短いですが、話の切れ目的に切らざるを得ませんでした。
何卒ご理解下さい。
「そういうかくかくしかじかで……坂神さん、私らもお外に出たいわけよ」
「……姉妹揃ってなんなのよアンタらは!脳ミソ蒸発したわけ!?」
……日が落ちて”ドック”から退出、現在は執務室で坂神さんの説得に入ってます。
上姉ちゃん主導で。私の外出を”ついで”で認めさせてやる、みたいな感じらしく。
でも、私が表に出ることありきの出来事なのに。意味が分からない。
ちなみに下姉ちゃんは”結果だけ知らせろ”って感じで食堂に行った。……どうでもいいってことだろうか。
ただ、前座……オープニングアクトが必要なのは事実。
地元のアマチュアとかがまず出てきて、その上で私のバンドがミニライブ……いつもの半分かアンコール込みで4分の3くらい。そういう流れになると思うから。
上姉ちゃんが坂神さんに机越しに詰め寄る。それで自分の顔を指差して、
「だーかーらー、顔隠せばイケるって。問題は顔でしょ、顔。ほれ、私なんかグラサンだしアルビノだ。”川内”だってバレやしないって」
「……それで済むなら最初っから那珂の時にも”バカだから馬でも被れ”で済ましてるわよバカ。そりゃ、問題の大本は顔なんだけどさぁ」
坂神さんが不味そうに煙草を吸って、それで上姉ちゃんから顔を逸して吐き出した。
煙吹きかけるのって、”ソの気がある”って意味もあるんだっけ。どうでもいいこと思い出すなぁ。
右手側に置いた安っぽい灰皿で煙草をねじ消すと椅子でふんぞり返りながら、坂神さんは溜息。
「アンタらバンド勢全員イケたらついでに那珂もOKが出るんじゃないかなー、みたいなこと考えてんの……?」
そのまま髪を一頻りわしゃわしゃして、結局煙草をもう一本取り出して口に咥えた。
……そう言えば坂神さんのライターって金ピカのジッポだ。カッコいいなぁ。
私は……メンテが面倒だし頻繁に失くすから買えないけど。
生涯100円ライターをとっかえひっかえする運命だ。
それから着火して火をつけようとしたところに上姉ちゃんが机に身を乗り出して、
「いや、別にそういうわけじゃあないんだよねぇ。坂神さんには単に許可を出して欲しいだけでさ」
「はぁ?」
いきなり距離を詰められたから、坂神さんがジッポの蓋を閉めて唇を曲げる。
咥えた煙草が持ち上がる。まさにクエスチョンマーク出てそうな感じ。
対して上姉ちゃんはダブルピースで、
「坂神さんご心配の上層部のゴタゴタについては、うちの父親使って根回し。だから大丈V!Vッ!」
「……マジで?そんなことで親使うわけ?いくら父親だからって中将閣下アゴで……」
坂神さん、ドン引きしたのか煙草を口からポロッと落とした。着火前で良かった。
まぁ……うちのお父さん、お偉いさんなのである。その中将閣下。
私達はなんだかんだも何も、いわゆる”いいとこのお嬢さん”ってやつなのだ。
そして私は……一番頼りたくない、というかもう頼らずに生きていきたい。生きていけると言いたい。
でないと娘として顔向けできない。
そもそも私がこうしているのは、艦娘として匿って貰っているからなのだ。お父さんの計らいによって。
おかげで、判決の日まで殺人の容疑者として扱われずに済んでしまった。
……自殺未遂、発狂による措置入院、という体で世間から姿を眩まして。
保釈金まで払ってもらったわけだし……返ってきたはずだけど。
そういうわけで。
社会人にもなってからなのにド級の迷惑を掛けた、とっても後ろめたい気持ち一杯の相手なのだ。
いつまでスネを齧ってれば気が済むんだ、と自己嫌悪になる。こればっかりは図太くいられない。
それで思わず俯いてしまったんだけれど、
「……ん?那珂、気にしなくていいって。あんたは”ついで”だから」
「ついでって……メイン私でしょ」
「私が出たいから頼んで、ついでであんたも出してもらうんだよ。私が前座をやるには五十鈴、神通、那珂が必要なわけだし。あんた”が”じゃない、あんた”も”ついで。扱いは二人と同じだって」
「って……前座も私が叩くの!?」
「いやその場で気付けよ」
……なーんでこっちが怒られるのかな?
とか思って首を傾げていると、
「というわけで坂神さん。問題は解決!後は一言上司にお伺い立てるだけの簡ッ単なお仕事だよ!」
……上姉ちゃん、親を頼ることに全く躊躇無いなぁ。
まぁヤンチャ以外は私みたいに後ろめたいところないみたいだし、当然なのかも。
というか、今度は私が上姉ちゃん頼るみたいで……ああ、でも私って”ついで”なんだ。
そんな……気を使わない気遣いというか。矛盾してるけど。
こう考えればいいのかな。
”気負わせずに恩を着せる”のが上手い。
血を分けた姉妹同士で恩義のやりとり、ってのも変な話だけど、これが”持つもの”の人徳ってやつなんだろうか。
そんな感じに上姉ちゃんに感服していると、坂神さんは溜息。
そして床に落ちた煙草を拾って咥えて着火。
「……影響範囲デカいって分かるでしょアンタも。中将閣下、軍は勿論、他からも相当圧力喰らうと思うんだけど……」
「ああ、その辺大丈夫。うちの父親ってやけに顔が広いし、格上も黙るくらいの権威持ってるらしいよ。
最低でも……那珂をここにねじ込んどいて無事なくらいにはね。無茶の回数券もまだ残ってると思う」
「まぁ……そうなんだろうけど。言っちゃ悪いかしら、那珂がここに来た経緯だって親バカにも限度とか……ああ、もうちょっと違う方策なかったのって思ったわよ」
「まま、そう言わずに」
「分かってる。この通り立派にやってるし、結果オーライになったから悪手じゃなかったのも事実だけど」
坂神さんが少し呆れた声色で言って、煙を吐く。
……やっぱり、親の脛齧り。そう考えるだろうなって思う。私だってそうだし。
「あー、那珂?別にアンタを責めちゃいないから。一応艦娘としてちゃんとやることやってるわけで」
「え、す……すみません」
「なーに今になって殊勝な顔してんのよ。……ってか、あの余裕ブチかまして”生きよう”とか言ってたの何?あの気分どっか行った?」
「ん……?那珂、なにそれ初耳なんだけど」
「えー、あー……あ、はい、言いました……」
私にあの手紙が届いた日のこと。坂神さんが”叢雲”だった時のことだった。
それを読んで、私が殺してしまったあの子は……救われたと思って死んだのだと。
そのことに私は救われてしまった。
ひどく現金だと思う。でも、そのおかげで私は”生きよう”と思えた。私の死にたい日々は終わった。
おまけに正当防衛が認められて無罪、私のしてしまったことは、取り返しのつかないまま許されてしまった。
けれど私の人生は続くから。どうにか、笑えるだけ笑おうと決めた。
そして、あの子が生きたいと思える世界を描こうと。
……とは言っても、人からその言葉をほじくられると流石に相当恥ずかしい。
思わず苦笑いしながら俯いてしまう。
「……そっか」
上姉ちゃんが、噛みしめるような声で呟いた。
顔を上げて、頷く。
「うん」
「まぁーねぇ……もう心配はしてなかったけど、はっきり聞けてよかった」
……上姉ちゃんにも、下姉ちゃんにも、『もう大丈夫』としか言ってこなかった気がする。
あれは戦うことについてで、”生きたい”というのは口にしてこなかった気がする。
あの手紙を貰ってしばらくして、下姉ちゃんと仲直りしたときにも言い損ねていた。
はっきり言ってすっぽかしていたんだけど……こうして、素直に口に出す機会があってよかった。
すると坂神さんは何かを思い出すように首をひねって、
「まぁ死にたいわけじゃないならいいけど……って、そういや確か……死ぬつもりで艦娘になったのよね。アンタって」
「えっと……はい。病院で”死にたい”って延々言ってたら、いつの間にか……あはは」
「随分あっさりね」
自分でもこう、あっけらかんと言える日が来るとは思わなかった。
……罪悪感は絶対に消えない。消してはいけない。外してはいけない足かせ。
それに、命から逃げようとしたことへの痛みだって忘れられない。でも、遠くに行ってしまった。
その程度の、傷に染みるようなもので。”痛い”って笑うことが出来る。
明るいところを歩いていける。
坂神さんも安心した表情になって、
「えーっと……一応アンタの個人情報に加えて、前任者2人と軍医からの申し送り事項も頭に入れてはいるんだけど。その中でも”希死念慮有り”については解決した……と見て良いのね?」
私が自分自身に刻んだ命令。
”生きろ”と、自分で自分の背中を蹴飛ばす言葉。這いずってでも前のめり。
”死にたい”って思うことは、これからもきっとあるけれど。
でもそれ以上に、この命令は強いから。そう信じているから、
「はい。─────大丈夫です」
胸を張って、そう言うことが出来る。
それを”よかった”と素直に受け入れられる。
「んじゃそれについてはOKよ。って、相当話逸れたわね。で─────」
「後はうちの父親にお任せーってことで、坂神さんとしても……OKな感じ?」
上姉ちゃんが右手でOKサインを作りながら再度問うと、坂神さんは笑いながら溜息、
「上がOKって言うならね。そうなったら仕方ないわよ……」
椅子の背もたれに体を任せて宙を仰いだ。
「よっしゃあ!喜べ妹!」
「……わーい」
……あっという間にほぼ解決してしまった。あとはお父さん次第か。
上姉ちゃんがハイタッチの構えを取ってるので、とりあえず応じてみる。
「YEAH!」
「イエー……あ痛っ─────!」
滅茶苦茶に強烈なのを食らった。手のひらがビリビリする……。
でも、そういえば……なんだか分からないこともある。
お父さん、具体的にはどこからぶっ叩かれるんだろう。軍”以外”ってのが分からない。
だから痛い手をこすり合わせながら、
「坂神さん、ちょっと聞きたいんですけど……」
「……え?」
「さっき言ってた“影響範囲”ってのがあんまし分かんなくて。具体的にはどこまで……?」
私がそう質問。上姉ちゃんは、
「おいおい、そりゃ国防省上層部と─────あ」
上姉ちゃんが一つ答えて、そのまま顔が青ざめる。……あれ、地雷?
いや、普通に質問だし、私に落ち度は……ないと思うんだけど。
坂神さんは流暢に、
「国防省、法務省、国家公安委員会、そのいずれでも極一部の高官、あとは閣僚と直近のOBだけど?……って、川内。何よ”あ”って」
え?
閣僚や軍上層部、つまり行政トップと国防省が知ってるのはともかく、法務省と……国家公安委員会……何だっけ。お役所の中でもどういう仕事をしてるところだろう。
それは良いとして、坂神さんが青ざめた上姉ちゃんを短い煙草を持ちながら指差す。人に指差すのあんまり良くないと思うんだけど……。
それで呼ばれた上姉ちゃんは、首をギギギとぎこちなく坂神さんに向けて、
「……そういや、私達って艦娘になるときさ、”どこが私達の正体を知っているか”って指導受けたよね」
え?知らないんだけど……。
「あったあった。”改造”を受諾して”工廠”行く前にね。逃げ場無くしてから”例のアレ”に署名。それがどうかした?」
例のアレ?なにそれ。署名?逃げ場をなくして?
それで私がポカンとしていると、上姉ちゃんは何かを察したのか、私に震える右手の人差指を向けて、
「……こいつ、もしかして、そういうのすっ飛ばしてる?」
「……は?」
坂神さん、絶句。口から消えかけの煙草が落ちる。
「あヤバ、って、いやいやいや無いでしょそれ……」
椅子に座ったまま床に落ちた煙草を拾おうと体を折りつつ、そう言うけれど、
「いやいやいや、だってさ、影響範囲の見当もつかないんだよ?要するに……」
「ちょっと……嘘、コイツ……今まで何も知らずにってか……まさか”人権持ったまま”やってきたわけ……?」
え゛?
”人権持ったまま”?
「あいやちょっと待った、そこまではないでしょ。未だに兵士、人間を自認してる私ですらだよ、一応……まとめると、”私は死にました”って、”人権ありません”って署名してんだよ。那珂、あんたも─────え?」
私の困惑顔で上姉ちゃんが絶句。
いや、こっちが絶句なんだけど。
私は被告人という立場もあったから、確かに事情が違うかも知れない。あの軍医の先生も言ってた。
艦娘になると死んだ扱いになるどころか、─────実際に、公的に人間をやめちゃうの?
衝撃の事実に私が呆然としていると、
「も」
「も、も」
ふたりとも何故か”も”しか口から出てこない。
”も”って何。
「モグリだあ─────!?」
「モグリじゃないのよ─────!?」
「えぇ─────!?」