島風ちゃんは考えるのをやめた   作:黒灰

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恐るべき父親

「今回の件は私も悪かったと思うけど、それ以上にうちの父親、たまに想像を絶するバカだから」

「えっ」

 

 初耳と言うか、バカはともかく”想像を絶する”って……実の父に言う言葉じゃない。

 いや、確かに天然気味だとは思ってたけれど、ああでも、私だって間抜けはそれ以上なわけで……。

 

「……お父さん、意味分かんないくらいバカな時があるんだよ。そのせいでろくでも無い目にあったこともある。今や、笑えそうで笑えないけど、仕方なく笑うしかない思い出」

「えっ─────えっ」

「……まぁ、あんたは知らないんだよなぁ」

 

 ろくでも無い目って、なんじゃそりゃあ。

 

 色々思い出はあるけれど……特に旅行行ったりとか。

 いつもお母さんが運転、お父さんがせっせとカーナビ操作。そしてちょいちょいミスる。もっと言うとお母さん画面見てない。

 

 外国には行ったことなかったけど、国内は色々行ったと思う。北海道にフェリーで行ったり、霧ヶ峰でハイキング、軽井沢で散策したり、日光でお参り、飛騨高山で飛騨牛食いまくり、群馬の尾瀬で大冒険とか。大体アウトドアな感じで山系が多かった。ちなみに上姉ちゃんは日光対策フル装備。

 あれ?でも公共交通機関……使ったこと無いな。

 

 それに今思うと、気温低めの標高高めが多かった。……上姉ちゃんが重装備でも暑くないようにと思ってだったのかも。

 

 そんな中、私は……多分3回くらい”致命的な迷子”になった。山の中で。見つけてもらえたから生きてる。助けに来たのはいつもお父さんだった。

 

 山梨や長野だと、私対策に景色のいい開けた場所でキャンプ。お父さんもお母さんも滅茶苦茶に手慣れてるし装備が本格派。……というか、アレって軍用品だったんじゃ……。お父さん、昔は陸軍だったのが海軍に移籍した人だし、その使い古しを買い取ったんだろうか……。

 

 あと……授業参観に父母揃ってやってきたりもした。

 その時お母さんキメキメの着物でお父さんは何故か礼服。私も私でいつものトロさを遺憾なく発揮して……死ぬほど恥ずかしかったっけ。

 

 とまぁ、私の中では結構美しい思い出が多いはず。

 鈍臭すぎる私を根気強く育ててくれた上に、ミュージシャンになるという夢まで応援してくれた大事な両親。お父さんに至っては命の恩人。

 ……なんだけど、上姉ちゃんはそれだけじゃ済まないらしい。

 

 と考えてたら、坂神さんが首を傾げながら煙草を加えて着火、紫煙の溜息。

 どうもピンと来ないって感じの顔をして、

 

「……そんな風には見えなかったけどねぇ」

「あれ?実物知ってる?」

「ええ、閣下本人をかなり近くでお目にかかったことがあってね」

 

 そういえば、他人というか、他の軍人さんから聞くお父さんの印象ってなかなか聞く機会がなかった。

 なので、心持ち前のめりになって坂神さんの話に耳を傾ける。

 坂神さんは思い出を振り返って宙を見つめながら、

 

「なんかね、主計学校に視察に来たのよ。講演とかもなしで、本当にただ見てくだけって感じの。ニコニコしてたけど、すっごいオーラだったわねぇ。あとめっちゃ男前だったし……」

「へぇ……」

 

 こう、身内を褒められると面映いって言うのかな。自分のことじゃないけど、ちょっと照れる。

 と思っていたら上姉ちゃんが、

 

「あーそれね。確か……”ちょっと若い衆を見に”とかで行ったらしいよ。ノーアポで。部下に怒られたってさ」

「えっ」

「はぁ!?……ああ、でも教官が必要以上にビビってたのってそういう……」

 

 全く心の準備もないままに軍の重鎮が視察……。

 それはビビる。ビビらないわけがない。そして何も口出しせずに見ていくだけって逆に怖すぎる……。

 そして上姉ちゃんは釈然としない表情で続けて、

 

「ただまぁ、一部の軍人からの評価はえらく高いんだよね……。部下にも怒られるのに。なんか、軍大学の教官が私と神通に常時死ぬほどビビっててさ。恐怖っつーか、畏れ多い的な感じで。んで“その態度何すか?”って聞いたら、“あの人は伝説だから”って言うから何の伝説だよって思うじゃん。“バカ的な意味っすか?”って聞いたら“とんでもない”って……あれ?これって否定してんのかマジでバカなのか分かんなくない?」

 

 ……要するに、”バカなんてとんでもないほど伝説”と、”とんでもない伝説のバカ”、どっちでも意味が通りそうってことか。

 他の軍人さんからの認識が後者じゃないことを祈りたいけど……。

 

「トンデモと言ったらそれの極みみたいな思い出もあってねぇ。聞きたい?聞きたくなくても聞かせるけどさぁー!?」

 

 ……上姉ちゃん、珍しく半ギレだ。

 ヤンチャではあるけどブチ切れることはめったになくって、特に半ギレ状態なんてもっと珍しい。私との姉妹喧嘩もキレてない状態でやらかしてきた。

 もっとも、”野球やろうぜ”のノリでチンピラと戯れる、もといフルボッコにするような人だから、精神状態とやることなすことの関係が普通の人と全然違うんだけど。

 

「……那珂は確か2歳か……うん、そこらかな。まだネンネみたいなもんだったからお母さんと留守番だったし、そりゃ知らないよね。お父さん、私、神通でキャンプ行ったんだよ。私ら2人にとっては初めてだった。幼稚園の夏休み終わり頃に”思い出作ろう”みたいな感じでね。車で出かけてったわけだ」

「へぇ」

「……普通の話にしか聞こえないんだけど。アウトドア好き家族の、だけど」

 

 知らない思い出だけど、私達一家にとっては本当に普通。キャンプの思い出が多いことから考えても。でも2歳かそこらなら、キャンプはちょっと厳しいかもしれないし、姉2人は5歳と4歳で、多分まぁ大丈夫だった……んだと思う。

 

「まぁもうすぐヤバいって分かるから。……場所は富士山の麓あたりだった。んで、テント張る場所探してかなーり歩いて森っつーか茂みの中へと……。私のために日差しを避けてね……そんで、そこに着いてからはお父さんの作業ちょっと見た後に放ったらかして、2人で楽しく走り回ってたんだけど」

「……普通ね」

「うん、普通。うちだと特に」

 

 思わず坂神さんと顔を見合わせちゃった。そして二人して頷く。

 その様子を見て、

 

「……ハハハハハハ」

 

 上姉ちゃん、こわれた。

 なんか、聞いたこともないほどカラッカラに乾いた笑い声で……サングラスの奥の目が、笑ってない。

 下手すると今までで一番怖い。久々の地毛モードだから尚更幻想的に怖い。

 もう一度坂神さんの方を見る。目を丸くして、上姉ちゃんを二度見する始末。

 上姉ちゃんは笑い声を止めると、口を凶悪に歪めながら俯いて、

 

「─────突然遠くで地面が爆発した」

「えっ」

「はぁ?」

「10年くらい経ってから思い返して分かったんだけど、あれは砲弾だった」

「ほ、砲弾!?キャンプ場に!?」

「なんなのよそのキャンプ場!?」

「坂神さん、煙草と火くんない?……ムカついてきた」

「えっ、ああ、いいけど……」

 

 上姉ちゃんが左足のつま先をカツカツ言わせ始めた。……相当イラついてる。初めて見る仕草だけど本当にキレてるのが分かる。

 煙草を受け取って唇にねじ込み、頭を突き出す。ちょっとブルった坂神さんがササッとジッポに火を着けて差し出す。

 

「あんがと」

 

 大きく吸い込んで、ドでかい煙の溜息。

 

「あー……」

 

 それで少し落ち着いたのか、足のカタカタは収まった。

 

「幼いながらに死の危険を感じたね。爆発音に気付いたお父さんが急いで片付けて、私と神通を抱えてダッシュ。無事生還。帰ったらお母さんがお父さんにデンプシー」

「デンプシー!?」

「おう、もうボッコボコだった。んでお父さんも倒れないんだよなぁー。最終的にお父さんがゲザって決着。最後までKOされずに。……でさ、こんな話が起きる”タネ”が分かるかぁい?」

 

 憮然としながら苦笑いを浮かべる。ニヒルに。

 それに答えようと坂神さんがくわえ煙草でまた宙を見つめ……ようとしたところで、煙草を右手に移した。

 灰皿の上で手をストップ。……何が来て驚いても床に落とさないようにかな。

 

 んー、でもこれで何が分かるんだろう。

 引っかかるもののない私、一方坂神さんは頭を捻っていて、

 

「富士山の麓……砲弾……夏休みの終わり頃って……8月……8月末かそこら?」

「おー坂神さぁん要点しっかり抑えてるねー。そうだよ時期はそのへんだったなぁー」

 

 それから一呼吸置いて、坂神さんがビシッと石のように……。

 

「……え?」

「それで合ってる、ハハハ」

 

 えっと、これで分かるもんなの?

 と思って私が焦りながら頭を捻っている、それをよそに今度は坂神さん、手が震え始めてる。

 右手に持った煙草もブルブルと……。

 

「え、ちょっと、そんな馬鹿な話……」

「しかしそのまさかさハハハハハハ!」

「……信じらんない。なんでよりによって”その日”に”そこ”でキャンプなのよ!?」

「まぁ”キャンプ富士”とも言うしね!ハハハハハハハハ!」

「洒落になんないわよ!?」

 

 ……まだわかんない。けど、”キャンプ富士”?

 それは……軍事施設じゃなかったっけ。米軍の。

 そんなのあるところでキャンプって、職権乱用ってやつの気がするけど……。

 もしかしてフツーに開放されてる時期もあるの?私が心持ち上を向いて更に考え始めると、

 

「……方向音痴で”北富士”と”東富士”を間違える時点でもうバカ極まってるんだけどねぇ?─────その日、どうやら”総火演”だった」

「き、聞きたくなかったわ……」

「そう、かえん、って……あの”総火演”!?」

「その。ハハハ」

 

 坂神さん頭抱えて、私は思わず口があんぐり─────って。

 ちょっとどころか本当に意味が分からない……!

 

 “総火演”。

 本物の砲弾銃弾がブッ飛んでいくのを皆で見るっていう陸軍のデモンストレーション、もとい軍事ショー。

 あるいはサーカスのドンパチ版……と言ったら語弊しかなさそう。

 

 近年は『いつもよりちょーっと遠くに飛ばしております!』とか放送がかかるらしい。……傘じゃないんだから。

 でもその調子だと遠い将来、富士山そのものをブチ抜くんじゃ……外したのを誤魔化してるとかじゃないよね?本当に練度大丈夫なのか不安になるけれど、一応4年前の戦争では大活躍だったみたいで……。

 

 ただ、そういう軍人さん達の悪ノリには賛否両論あるみたい。……もちろん否が多め。

 特に『“演習”なんだからふざけるのはいい加減にしろ』と。そもそもどうしてそんな企画が通るのかも分からない。

 

 とにかく、当然それだけ国民から注目されてるし、軍の広報として滅茶苦茶重要な行事。

 よりによってそれを忘れるって、本当にわけがわからない。演習場に入って来れないように警備とかされててもおかしくないはずなのに、どうして潜り込めたのか……。

 

 呆然としていると、上姉ちゃんは執務机の灰皿に右手を伸ばして灰を落とし、

 

「私も神通もよくトラウマにならなかったなって思うね。それからだよ。お父さんが外出する時、お母さんも絶対について行くようになった。それ以降が……那珂も覚えてるような旅行の形になるわけだ」

 

 となると、私の美しい思い出は上姉ちゃんと下姉ちゃんの尊い犠牲の上に成り立ってたってことに。

 不憫すぎる……!

 それに、いや、まさか……、

 

「お父さん、ちょっとコンビニ行くのにもお母さんがついていくのって……」

「ああー、それも……そう、かもなぁ……そうなんだろうなぁ……ハハハハハ」

「否定しないの!?」

「うん、あの頭じゃなあ……ハハハ」

 

 もしかしてお父さん、一人でおつかいも行けない?

 残念すぎる……!

 

「上司がボンクラ……想像だにしないボンクラ……アホ……男前なのに……アホ……」

 

 坂神さん、ショックで体が震えたり揺れたりしてて、ちょっと話できなさそう……。

 上姉ちゃんも笑うのをやめて、というか幾分いつも以上にスッとした顔になって、

 

「……まぁ、後は本当にお父さん次第だから、飯行くか」

「坂神さん放置で……?」

「うん。まぁ……そっとしておこう」

「うん……」

 

 ……というわけで、放心の坂神さんを放っといて私達は執務室を出た。

 食堂で坂神さんのジャッジ待ちしてる下姉ちゃんにも、とりあえず状況は伝えないと。

 

 いや、それにしても。

 親を美しいものだと思いながら育つことが出来て救われたというか。

 ホント、知るのが大人になってからで良かった……!

 

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