島風ちゃんは考えるのをやめた   作:黒灰

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2019/02/21
全面改稿。
前作との繋がりの情報も含まれていたんですが、オミットしました。
しかし余計に長くなったのは誤算でした。

2019/03/17
早霜が艦隊の旗艦であることを明記しました。

2019/07/18
夕食の描写がまるっきり抜けていましたので追加しました。


8時間くらい煙草を蒸かしている

 あの“島風”の居た船団と別れて、数時間経った。すっかり辺りは暗い。

 外洋……海以外何もない世界では船の灯り、その光が浮かばせる船影だけが頼り。

 それ以外は本当に何も見えないくらいだ。

 そうかと言って星がはっきりくっきりと見えて美しい、というわけじゃあない。船灯りが邪魔なのかも。

 ─────子供か私は。

 遠足に来ているんじゃあないんだ……。そこに文句を付けるのは筋が通らないだろう。

 

 

 でも……疲れは、かなり溜まってきている……。

 私はそろそろ、とある言葉を期待していた。

 

『─────交代です。一班は休憩、三班は護衛任務を再開して下さい』

 

 連絡が下った。これを待っていた。

 無線には連絡用と雑談用の周波数があって、私は常に前者と合わせている。

 後者は……私には使えない。

 話しかける勇気とか、聞いているだけでいる忍耐力は、無い……。

 代わりに音楽でも聞きたいけれど、潜水艦対策で耳をふさげない。

 これも私が”遠征”で憂鬱になる理由だった。でも、ああ、やっと今日も終わりだ。

 

 船団の右前方にいた私は、右肩越しに後ろを振り返る。

 船団の最後尾、その船の甲板で灯りが揺れていた。あれが目印、私達艦娘の寝床がある船だ。

 私は速度を緩めて陣形から外れた。

 その船がゆっくりと進んで来るのを待つ。全力ダッシュする気にはなれなかった。

 

 

 ……私達の労働時間は、一日一五時間。

 私の場合だと、朝の六時─────日本標準時でいうとだ─────から海を走り、一三時に休憩を一時間。そして二二時までまた海へ。

 しかし……遠征の要員はもう少し増やせないんだろうか?十人くらいでやればもっと楽になるだろうに、それより少ない六人を更に三班に減らしてしまうのだ。意図は、ちょっと分からない。

 

 ともかく、ようやく就寝の時間を貰えた。それは素直に嬉しいし、安心だ。

 幸いにして戦闘は一度も起きていないし、これからも起きないだろう、という漠然とした気楽さがある。

 ただ、これは慢心なのだろう……。戒めるべきだ。

 でも祈っている。この航海の無事を。

 

 ……近づくにつれて輸送船の形ははっきり見えるようになってきた。

 それに速度を合わせる。甲板の上で灯った光が目印。

 そのすぐ下には……吊り下がった縄梯子。これを捕まえる。そうしたら脚部艤装の動力をストップだ。

 ……気合を入れて、この梯子を頼りに体を持ち上げる。そして足で梯子を踏めたならこっちのもの。

 振り落とされないようにしつつも、ゆっくり、安全に気を付けながら登っていく。

 急いだ結果、足を滑らせて落ちたら洒落にならないだろう。

 

 もし仮に。仮にだ……。

 私がしくじったら……皆は助けてくれるんだろうか?

 ……そんなことを知りたい、なんて考えは馬鹿だ。

 そのためにわざとしくじるようなら、私の値段はより一層下がるだろう。

 ただでさえ低いのに。

 

 でも、私が安く見られる理由は最早理解できた。確信だ。

 やはり”島風”であることが、私個人の値を不当に低くしているのだ。

 それはさっきの……妙な、というか気持ちの悪い”島風”を見たからで、そう。

 あんなのと一緒な人種と見られている、だからなのだと。

 

 けれども……それはつまり。

 舞鶴の皆々様方は、”島風”を知っている、ということになるな……。

 それも非常に不愉快にさせられた、と言ったところか。

 挨拶回りでは、その”島風”に会うことはなかったけれど。

 

 ただ、その人と私は別人だ。本当の本当に、別の人間だ。100%。

 皆も分かっているはずだろう。

 だと言うのに、なぜ”私は私”として見てもらえない?

 ”島風”であると言うだけで、なんでこんな目にあわなくっちゃあならないんだ。

 “あと1%”が必要だとでも言うのか?

 後ろ暗いものを隠しているつもりなんてないのに……。

 

 ……そう思いつつ、その他人の一人である艦娘とこれから対面するわけだ。

 今、梯子を登りきった。括り付けられている柵をまたいで、甲板に。

 足元が硬いから違和感がある。でも逆だ。変な足場にいるせいで感覚が変になっている。

 

 そして、そこに居たのが眩い船舶照明─────カンテラ、は違うのか?─────を手に持った、

 

「……お疲れ様」

 

 彼女は、如月という艦娘。茶髪のロングヘアーに、緑の襟をしたセーラー服。

 ……私は、今となっては他人なら誰でも苦手である。その中では、彼女への苦手意識は平均くらいだ。

 まぁ……普通に私に猜疑の視線を見ているのだ、彼女も。

 しかしなんだその”普通”は。……自分で自分が嫌になる。

 

「……次、お願いします」

 

 ともかく私が頭を下げると、彼女も一応会釈をしてくれた。

 こういうのでいいんだ。……いいのか?疑りは悪意よりはマシだ、そのはず。

 

 そして、

 

「皐月!いつまで煙草吸ってるの、もう!」

 

 如月が舳先に向けて声を投げる。それに対して、

 

「あー、ごめーん!今行くからー!」

 

 皐月と呼ばれた艦娘が、脚部艤装のガチャガチャとした音を鳴らしながらこっちに寄ってくる。

 ……私の姿を見せて不愉快にしたくない、そう思って私は急いで艦橋のドアを開けて船内に入った。

 

 ドアを閉めて、背中を預ける……のはやめた。魚雷発射管を背負っているから。

 ちょっとやそっとでどうにかならないとしても、利口でないことはしちゃダメだ。

 私は頭が良くないかもしれないけれど、バカをするほどバカじゃない……と思いたい。

 バカになんてなりたくない。

 

 本当に私は考えこんで、しかも落ち込むのが好きらしい。いつもそうだ。

 いつからこんなのになってしまったのかは分からない。

 けれど、もっとシンプルに、芯のある生き方をしたい。

 例えば、彼女。響のような……。

 バカではない単純さ、私はそういうのが欲しい。

 

 ドアの向こうから声が聞こえてくる。

 私に続いて這い上がってきたもうひとりの艦娘と、皐月が話しているんだろう。

 他愛の無い会話。私との乾いた挨拶と大違いだ。

 それから逃げるように、私は階段を降りていく。情けない……。

 

 トボトボ歩く私の丸くなった背中に、如月の叱咤の声がうっすらと染み込んできた。

 引き継ぎついでの多少のお喋り、の領域を超えたのだろう。事実、それからすぐに背後でドアの開く音がした。

 逃げるように、私は班の部屋に向かっていく。

 ……逃げにすらなっていない。彼女の部屋もそこなんだから。

 バカみたいだ。なりたくないのに、バカになっているじゃあないか……。

 

 

 ●

 

 

 船室で音楽を聞いている。イヤホンを耳に挿し、少し湿り気のある吊床に身を任せながら。

 光の微妙に弱い蛍光灯の下、弱く掛かった冷房の中。……眠気を誘うという点では実にいい。

 掛かっている曲は甚だ激しいのだけれど、それもまた気分が良いものだ。

 ……これが私の癒やしだ。休んでいるという、確かな実感がある。

 

 風呂は……私に続いて戻ってきた班員に順番を譲っていた。

 私が長い髪の世話に慣れていないくて長くかかるからだ。一応、行く準備自体は済ませている。

 

 洗い替えの制服のチェック─────見るだけで嫌気がさす─────とバスタオルの用意。

 後は……背中に接続されている魚雷発射管、それと脚部艤装を外して、むくみ気味の足を包んでいた靴下も脱いで汚れ物入れに入れた、とか。バカみたいなリボンも外して叩き込んである。

 

 それにしても……吊床で足が少し上がり気味の寝姿勢だから、なんだかむくみが収まっていく気がする。

 この体は丈夫で、しかも回復が早い。そのことを実感する……。

 

 唐突に思ったけれど、携帯電話というのはよく考えれば便利なものだ。

 世の中の当たり前の存在だけど、素直にそう思う。

 

 たとえ通信が出来なくとも娯楽を詰め込んでおける。そしてかさばらない。全く、フルーツの会社様様だ。

 ただ電力が必要、という欠点はあるのだけれど。いや、前提条件を欠点と言うのは違うか……?

 とにかく。

 イヤホンがあれば音楽が聞けて、本も、映画だって見れる。

 ああいや……映画は流石に容量が大きいから、入れていない。

 

 この点一番安心なのは……なんだろう。

 愛読書を持ってきて、不幸にも船が沈み、荷物を持ち出せずに失ってしまう……なんて悲劇がないことか。

 携帯一つを持ち出すなんてわけも無いから、いい時代だと思う。

 思い出すら、端末一つで大体持ち出せるというのは。

 だから船に関わる人達は真に携帯を大事にする……と思う。

 海軍の一兵卒……二等兵だった頃、確かに皆は携帯を大事にしていた。

 いや、そういう仕事じゃなくても携帯は貴重品だけれど。

 

 しかし、二等兵か。最後に私を”二等兵”と呼んだのは……あの頭のイカれた女軍医か。

 人の名前を“死ぬほど面白い”とか言ったり、“ぜかましん”と呼んだり……。

 畜生、あいつが最後に私を”あの名前”で呼んだやつだなんて嫌だ。

 ただでさえ好きな名前じゃあないっていうのに……。

 

 そう考えているうち、曲が終わった。もう一曲聞こう。

 流れ出す。血液がビートを刻むような……とても格好いい曲だ。

 

 ……今聞いていたのは、アニメの主題歌だ。次はその二期の主題歌。

 今も連載の続く、歴史ある漫画をアニメ化したもので……私はこの漫画の全アニメ化を見届けたいと思っている。

 まず制作を知った時は、ひたすらに祝福したものだ……。

 

 今の所の内容は幸い、原作を丁寧になぞっていて、なおかつ細かいシーンの追加までやってくれている。

 ファンとしては非常にありがたいことだ。

 ”ここが違うじゃあないか”というモヤモヤが無いのが……”非常によし”。

 ……でも、私は別にオタクってわけじゃあない。その漫画が好きなだけ。

 

 そして二曲目が終わったので、私はイヤホンを外す。そろそろこの航海の同居人が戻ってくる。

 

 思ったとおり、私が1分ほど待つと彼女は戻ってきた。

 

「……次、どうぞ」

 

 班員の片割れ、同居人が。バスタオル一枚で。

 着替えを持って行かずに、何故か半裸で戻ってくるのが彼女の流儀らしい。

 遠征が始まって以来ずっとこの調子だ。

 

 ……彼女の個体名は”早霜”。

 ”夕雲シリーズ”のタイプ17。

 各シリーズの中でも屈指の姉妹艦の多さを誇るーーー欠番も未だ多いけれどーーー、そんな中の1人。

 長い黒髪と、右目を覆うように伸びた前髪が特徴的だ。

 そして、今回の遠征艦隊のリーダー。旗艦ってやつだ。

 私と班を組んでいるのは、私が新人だからにほかならない。……多分。

 

 ……この遠征で名前を改めて確認したから今は分かる。

 早霜は、私を真剣に値付けしようとしていたのだ。

 視線自体が苦手になった今は……やっぱり怖い。

 特に、この遠征でよく分かったことだけれど……彼女は人をじっと見るクセがある。

 人が怖くなった私には、なんて怖い”クセ”なんだと思った。出さないで欲しい”クセ”だ……。

 今だってじっと私を見ている。どんな感情で見ているのかは……分からない。

 

 吊床を降りて、洗い替えの制服とバスタオルを拾ってサンダルをつっかけた。

 そして、なんとなくまた彼女を見てしまった。

 その時、初めて気付いた。

 

 この人は、私と目を合わせている。

 ……不思議だった。普通のことのはずなのに、彼女だけが普通だと却って変だ。

 その左目に吸い込まれそう……とまでは行かないけれど、じっと見ていると、

 

「……」

 

 目を逸らされてしまった。視線の先は……ドアだ。

 出ろ、ということだろう。口に出してくれればいいのに……。

 

 どうやら、彼女は着替えを見られたくないらしい人種なのだ。

 それはとても徹底していて、同じ部屋に人がいるだけで着替えないほど。

 

 私は彼女を困らせたく無かったので、そそくさと船室を出た。

 

 

 ●

 

 

 シャワールームは電話ボックスを一回り大きくした程度の大きさで、少々狭っ苦しい。

 勢いのイマイチ足りないお湯─────節約のためだろう。真水は大事だ─────を浴びながら、とりあえず伸びをしてみる。

 ……流石に天井に手が届くほどじゃあない。

 髪をまんべんなく濡らして、左手に向けてシャンプーをプッシュ。結構量が必要だ。

 人間だった頃は短髪だから経済的だったし、時間も掛からなかった。

 髪の短い艦娘になれれば良かったのだけれど、艦娘の“適性”というのは1種類しか出ないらしい。

 選択の余地なく、私の場合は”島風”。

 選べるならば……陽炎型のどれかが良かったなと思う。

 

 陽炎型は……喫煙所に来ていた。確か、”不知火”だったっけ。

 あの制服はいいなと思う。憧れる。

 普通のセーラー服っぽい響の制服もいいなと。

 早霜や寮の同居人のような夕雲型も、洒落ていて……。

 ……それに比べて“島風”ときたら何なんだ。いかがわしすぎる。酷い。こんなの服じゃない。

 

 髪をゴシゴシと泡立てながら考えることは、適性……そして”艦娘になるということ”だった。

 

 ……実は、私達艦娘は”その艦娘”になると性格が変わるらしい。

 どうやら“その艦娘らしいところ”が植え付けられる……ようなのだ。

 私はその実感がないけれど。“改造”の最終工程を終えた後、確かあのヤバい軍医は……、

 

「二等兵殿改め、ぜかましちゃ─────ん!君はキャラが全ッ然ブレないッ!ひょっとして元々走るの大好きとかそういうやつですねぇ?元々キチガイくらい走るの好きだったとしか思えないですぞぉ二等兵殿本当に面白いですなぁ本名と合わせてッ!……実際今まで小生の受け持った”島風”達ですが、”速さが足りてる”感じになってもうねぇ、”走りたい”ッって気概で満ち満ち満ち溢れんばかりに走りたいっ子に変身したのですぞぉトランスフォ─────ム!俺の速さを見ろぉ─────!スピードこそパゥワー!という感じでしたなぁ。でも二等兵殿そういう感じッコレ全くなしとは如何ッ!……こりゃ今更”走ること”への好感度上乗せしてもカンスト状態でなんにもなりゃしなーいみたいなー……そういう感じですかねぇ……しかし二等兵殿、なんで海軍に?どう考えても陸軍向きですよ?正気ですか?まぁ作る艦娘が増えるのは小生も望むところですが……」

 

 まぁ、元々走ることは好きだ。

 確かにその気持ちが更に強くなる……ということはなかった。

 というかなんで最後に正気っぽくなって、あまつさえ私の正気を疑ってきたのか。

 

 

 髪を濯ぎながら、あの忌々しい軍医との思い出も流れていけ、雨のように……と念じている。

 その隣でもう一つの思考が走り出す。

 

 じゃあ、変わった人といえば?という話だ。

 例えば、彼女。

 早霜は違うらしい。明確に、変化があった、ということを彼女の言葉は示唆していた。

 

 それは数日前、私が風呂の順番を待っていたときのことだ。

 私は音楽を聞いていて……うたた寝をしてしまった。

 目が覚めた時は”やってしまった”と思って周りを見たのだけれど、すると彼女はバスタオル姿のまま、私の吊床の側に立っていた。

 私を見ていたのだ。なんで”起きろ”の一言も無かったんだ、と不気味だった……。

 

 その時、私は怖くて”なんで見てるの”と言った……と思う。

 すると彼女は少し左目を見開いて、もしかすると目が覚めたように、

 

『……きっと、”早霜”になったからよ。”他の早霜”もそうだったわ』

 

 だからあの”人を見る”という”クセ”は後天的に……この場合、艦娘”早霜”になって身についたもの。

 そういうこと。

 つまり個人差というものは、何事に関してもあるものだという実例だ……。

 

 しかし、そこまでして着替えを見られたくないのかと思ったのも事実。

 思うと、大変忍びないものがあった。努めて急いで船室を出たものだ。

 嫌がる理由はどうでもいい。詮索もすべきじゃない。

 その人が嫌だと思うなら、それは仕方がないことだ。大人として当然のことだ……。

 

 

 ●

 

 

 シャワーだけだと言うのに、20分くらい─────もしかするとそれ以上かもしれない─────掛かってしまった。

 湯船に浸かってリラックス……でもないのに、体を流すだけでこんなに掛かる。

 全部髪のせいだ。切りたい。許されていないようだから残念。

 そう考えると……早霜の早風呂は、最早技術と言っても差し支えない。

 多分、私より髪のボリュームは多いのにだ。

 その方法を是非ご教授いただきたい……とは思ったけれど、私には話しかける勇気がない。

 諦めよう……。

 

 また一人勝手に落ち込みながら体を拭き、髪を適当に拭い─────しかし重い。本当に邪魔だ─────、洗い替えの制服に着替える。リボンは……ちょうどいいので髪を結ぶのに使う。長さは足りていた。

 ……戻ろう。

 

 

 ●

 

 

 戻ってきた船室は……電気は豆電球が一個だけ付いている有様。

 早霜はと言うと……着替えるなり早々に寝てしまったらしい。

 全くの暗闇ではないのは温情だろう。多分。暗いと寝れない、なんて理由ではないと思う。

 

 とにかく私はまだリフレッシュし足りないわけで、煙草を吸いたかった。音楽も。後はお腹だって空いている。

 

 私は今回2つの背嚢を持ってきたのだけれど、片方は煙草で満たしていた。そこから未開封のパッケージとライターを引っ掴む。そして吊床の中に放置していた携帯、イヤホンをもう片方の手で持って……ドアの脇のビニール袋を手首に引っ掛け、船室を出た。

 

 喫煙所、というのはこの船にはない。あってもいい気がするけれど、まぁ甲板に出れば換気も、あとゴミの処理も要らない─────環境への配慮はどうした?─────から、作らないんだろう。

 そんなことを考えながら階段を登っていく。イヤホンを耳に挿して音楽もスタート。

 

 艦橋のドアを開けると、すぐに強い風に煽られる。結構、熱を持った風だ。

 夜になったというのに……。赤道近くだからだろうか。

 そう言えば今回の行先はリンガだった。東南アジア、赤道直下の常夏の地だ。

 

 舞鶴を出るときには防寒着が必要だったけれど、ここ数日で一気に要らなくなってきた。

 そう言えば……2月のリンガは雨季なんだろうか、乾季なんだろうか……調べようにもネットには繋がらない。

 知識というものは頭に入れておくべきだ、ということを実感している。

 

 ともかく、艦橋を出て甲板を後方へ。

 

 歩きながらビニール袋を開ける。中にはラップで包んである大きなおむすび、それが二つ。これが毎日の夕飯。

 船内の食堂は既に店じまいで、艦娘の休息時間には合わない。だからこうして、作りおきの食事が毎晩部屋に届けられている。

 がっつくように口に詰め込み始めて……最後方、船尾に着く。おむすびは一つが終わったので次。手早く食事を済ませて、そのままリラックスしたかった。

 

 おむすびを片付け終わると、腹が満たされたからか気分が落ち着いていく。

 一息入れた後に、タバコのパッケージを開封。

 

 シュリンクのゴミは……風に乗ってバイバイだ。ああ、でもビニール袋に入れて持ち帰ればよかったのか……早合点で判断ミスだ……。

 これくらいの失敗は誰も気にしない。きっと……そう自分に言い聞かせ、気を取り直してタバコの箱を開けて一本を取り出すと、咥えてからターボライターで火を点けた。

 

 そう、ターボライター。これがないと、海沿いや海の上では暮らしていけない。

 普通のライターだと風と格闘してだ、最後には諦めることになるだろう。

 特に私なんかは、プレハブに入るのを止めたと同時に百円ライターとは付き合えなくなった。

 そして次の相棒を見繕いに酒保に行くと……なんと煙草に景品としてこのライターが着いていたのだ。

 それを買った。パッケージもカッコよかったし。

 

 舞鶴の酒保はなんだかコンビニみたいで、煙草もそういう形で入荷する場合があるらしい。

 ちなみに免税だ。人権を投げ捨てた代わりに、その辺はお得になる。

 そう言えば給与だって税金とかは天引きされないらしい。

 ただ、艦娘としては新人の私は明細を未だに見れていない。

 この遠征から帰ってしばらくしたら出るだろう。

 

 そんなことを考えながら、一口目。

 暑いところだとメンソールは爽やかだ。まぁ寒いところでも吸っていたけれど。

 手すりに寄りかかって、少し空を見てみる。海には何もないし。で、見えるのは自然、北の空だ。

 北極星らしき星は、見えている。ただ、真ん前ではなくて、結構視界の左側に寄っていた。

 

 ……ということは、見ていたのは北東の空だったとさ。

 まぁ真南に進んでいるわけでもなし、当然だ。

 今更バカ正直に北を向く必要なんて……無いのだけれど、寄りかかったまま首を左にひねった。

 何となく、あの星を見ていたいと思ったのだ。

 真ん中に……。

 

 

 冷たい煙をいっぱいに吸い込んで、それに合う音楽を聞いている。おまけに星空も。

 いい気分転換だ。

 

 今聞こえているのは、さっきの曲とは違う。

 喧しいのに澄んだドラムの音。

 それに乗っかる歪んだギターとベース、そして儚い声で熱唱するボーカル。

 デビューから確か……二、三年くらいの。まだ新しいバンドの曲だった。

 戦争が始まったのと大体同時期にデビューしていた、はず。

 戦争という大ニュースに紛れてしまって、その辺はあまりよく理解していない。

 

 でもこのバンドの音源は、今は少し入手難である。

 CDも回収され、ダウンロード販売も止まった。

 今の入手経路はネットオークションか……違法なものくらいだ。

 ネットで流れているデータ─────マイナーなバンドだからあるか分からないけれど─────とか。

 私は勿論CDを買った。データを吸い出して、こうして携帯に入れている。

 

 ちなみに何が起きているかというと、去年の秋頃に起きた事件が原因。

 バンドの屋台骨とも言えるドラマーが殺人容疑でとっ捕まったのだ。

 事件の内容は……よくわからない。

 けれど、ともかく要点だけ抜き出すと”正当防衛か過剰防衛か”という話になると思う。

 

 このバンドは元々カルト的人気でのし上がったらしい。

 そこからちょっとしたタイアップ曲が出て少しだけ有名になったくらい。

 そんな売れっ子というわけではなかった。

 ネットでの評を見ると……”ゼロ年代の復刻”とか言われていたっけ。

 

 ゼロ年代なんて、時代が近すぎて復刻になっているのか?と首を傾げてしまう。

 まぁ、私はそもそもゼロ年代どころかロックというものをあまり知らないけれど……。

 私は基本的に、古い音楽ばかり聞かされて育ったから。ロックの割合はさほどでもない。例外は……本当の本当に子供の頃、駄々をこねて買ってもらった1枚だけ、だと思う。

 

 ともかくそういうのに嫌気がさして、初めて自分で買ったCDが『凛として時雨』のシングルだった。

 これもアニメとのタイアップ曲だった。そのアニメは見ていないけれど。

 で、それに似ている音楽性、と聞いてこのバンドのCDも買ったわけだ。結構気に入っている。

 

 ……煙草がずいぶん短くなってきた。そして、思う。

 

「一人、か」

 

 ここまで、誰とも会っていない。船員の交代時間とは外れているし、艦娘はみんな寝ている。

 そして、ここにいる私は……あの、更に後方に陣取っている艦娘2人には見えないだろう。

 

 私は、人の輪というものを未だに作れていない。誰の円の中にも入っていない。

 あえて私をそういう図形で例えると……、

 

「私の円、ちっちゃ――――――ってか、無いのか……」

 

 点。それが私、というわけだ。

 思わず咥えた煙草をポロリ。煙草はそのまま転がり、海面へと落ちていく。

 ……まぁ、もう短くなっていたし、構うことはない。

 

 今日はこれくらいで、もう寝よう。

 でも─────嫌な夢を見そう、という予感がしていた。

 

 ●

 

 

 目が覚める……いや、夢の中で意識を取り戻すと、辺は暗かった。

 暗いというよりも寧ろ黒かった。

 

「……なにこれ」

 

 夢の中で、自分の口が思わずぼやく。

 心の中に留めておくつもりだった言葉が、口から滑り出た。

 夢の中のことだから、実際は頭の中の出来事で、それは全く問題ないはずだけれど。

 

 しかし、奇妙な夢だ。

 夢ってのはこう、色鮮やかと言うか、なんか変な感じをしているはず。

 けれど、私は意識を保っていて─────夢の中で意識があるというのも不思議な言い回しだ─────それにここは黒い。

 

 そう思っていると、突然、目の前には人の塊が現れた。

 プラチナブロンドの髪、兎みたく立った黒いリボン。そして、纏うものなき白い肌。

 纏うものがない?つまりは、全裸。そこには、幾人もの”私”が居た。

 

 思わず自分の体を見ると、私も裸だった。

 それに気付いて、そして他人が─────他人?いや、とにかく自分ではないと思われる“自分”─────がいるので、身を抱いて秘所を隠そうとする。

 

 私がもじもじしていると、”私”達の1人が私に気付いて、

 

「こんばんは、”私”。やっぱり会えたね」

 

 それを口火に、

 

「こんばんは」

「こんばんは、”私」

「こんばんはー」

「こんばんは、一緒に遊ぼうよ」

「こんばんは、かけっこでもする?」

「こんばんは、一緒に楽しもうよ」

 

 次々と、”私”達が私に向かって話しかけてくる。

 

 ……これは、なんだ?

 何だ、コレ。私が、たくさんいる。いや、違う。これは、

 

「夢通信にようこそ、私」

「初めてなんだ、ようこそ私」

「仲良くしようね、私」

「みんな、みんな”私”なんだよ。きっとうまくいくよ」

 

 この”私”達は、別の”島風”達だ。

 つまり、他人。無二ではない自分。

 

 夢通信というのは……こういうことか。

 読んで字のごとく”夢で通信している”のだ。

 つまり、私は他の”島風”達と何かで繋がっている。

 こんな仕様、聞いたことない。

 

 ……なんて、気持ち悪い。おぞましい。

 私もアレの1人?冗談じゃない。願い下げだ。

 私は私だ。ただ一人だ。誰と同一人物でもない。

 共有なんて出来ない。”私”どうしはわかり合える?一緒になれる?

 嫌だ。

 

「ッ、一緒になんか、なりたくない!」

 

 そう啖呵を切ると、”島風達”は一瞬面食らった顔になり、次は悲しい顔になった。

 

「そんなこと言わないでよ、同じ”島風”じゃない」

「そうだよ、”島風”を分かるのは”島風”だけ」

「私達、一緒だよ、ずっと一緒だよ」

「寂しいよ、そんなこと言って」

「いいの?ずっと寂しいよ?」

「一緒にいようよ」

 

 口々に私を引き込む言葉を掛けてくる。嫌だ。

 ……これに絆されて、嫌がった”島風”もあの中に取り込まれたのかも知れない。

 私は激昂して、

 

「私はあんた達みたいにはなりたくない、絶対に!」

 

 そう吐き捨てた。

 

 

 ●

 

 

 ……突然、目が覚めた。

 悪夢だった。内容はしっかり覚えている。まるでログが有るかのように、確かなものとして。

 ”島風”は、奇怪な艦娘である。それをハッキリと実感した。

 そして……私以外─────自分をアレに含めたくない─────は“クサレ脳ミソ”だ。

 何があんな風に人を変えてしまうんだろう。いや元々ド低脳だったのか?

 気味が悪いと同時に……私は恐れていた。

 私も”あれ”になってしまうっていうのか?

 嫌だ。嫌だ。それだけは嫌だ……。私は、私でいたい……。

 確かに”島風”になってしまった、そこまではいい。私は私で有り続けられている。

 それを実感できている。この感覚を守り続けたい。

 

 ……携帯電話を取り出して画面を付けると、時刻はまだ深夜の2時だった。

 睡眠は全く足りていない。けれど、これから眠るとまたあの夢を見るだろう。

 またあの“夢通信”に入る。そんな予感が、怖気がしてしまって……眠気が消え去った。

 寝れない。となると、暇を潰すしか無い。

 

 私は静かに吊床から降りると、そっとドアを開けて船室を出た。

 ……6時まで、煙草と音楽で暇を潰し続ける。やるしかない。

 

 

 ●

 

 

 それから数日。

 睡眠不足と煙草切れで気が変になるのは、輸送船が目的地に着く直前のことだった。

 

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