島風ちゃんは考えるのをやめた   作:黒灰

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2019/04/09
完全改稿。


眠りこけ昼が来て

 ─────それで気づいたら。

 光のない蛍光灯が浮かんだ、知らない天井を見ていた。

 体には薄いブランケットが被せられて、私はベッドに横たわっていた。

 冷房は効いていて、寝苦しさは感じない。

 それで、ここが多分医務室か何かだろうと見当を付けた。

 

 ……自分が最後にしたことの記憶をたぐる。

 馬鹿なことをした。そして、まぁ……よく助けてもらえたな、と。

 

 そういえばいつかの夜、自分がヘマをやったら助けてもらえるのか、ということを考えたはずだ。

 結果は、助けてもらえた。

 本当に良かった。そこだけは。だけれど、皆の失望をもっと集めたのだろう。自業自得だ……。

 

 でも久しぶりの睡眠で、体はずいぶんと楽になっていた。少しダルいけれど……頭も冴えている。

 ……夢通信があったことも、覚えている。

 いや、なんだか覚えていない気がする部分もあるけれど……?

 ともかく、もうあそことは繋がらないらしい。それは本当に安心した。……改めて、溜息。

 

 厚手のカーテンの裾から漏れる光は、ものすごい明るさだった。

 木張りの艶のない床板が、こんなにも光を照り返している。

 外は相当な日差しだ。

 皆はどうしているだろう。時ならぬバカンス……ってやつ、いやもしかしてもう出発なんだろうか。

 上体を起こして、壁を見ると……時計があった。

 

 12時を少し回ったところ、だった。お昼時だろう。

 とにかく、急いでスケジュールを把握しないと。

 

 ベッドを這い出して足を床板に下ろす。

 靴下は履いたままだった。そこで何となく、自分の体臭を嗅いでみる。

 ……特段臭うことはない。けれど風呂を一回は抜かしているはずだ。

 臭わないし、人の側に立ってやる仕事じゃないにしても、少し気持ち悪い……。

 

 そう言えば荷物はどこだろうか。船に積んだまま……なのかもしれない。

 それは困る。煙草をたんまりと買って行くつもりなのだ。そのために入れ物が要る。

 とは言え、持ってきてくれているというのも期待しちゃいけない立場だけれど……。

 

 ベッドを左側に降りて、部屋の中を少し歩き回る。

 窓際の、陽の当たっている床板を踏んでみたけれど……まるで鉄板みたいに熱い。

 すぐに足をどけた。冷房で冷えた床が気持ちいい……。

 と、ベッドを降りたところと反対側が見えた。二つのキャンパス地の背嚢……私の荷物がある!

 

「誰が持ってきてくれたんだろ……お礼しないと」

 

 とりあえず、背嚢に向かって─────それを通して持ってきてくれた人への感謝を込めて─────深々と一礼した。本人に会ったらもう一度だ。

 リハーサルみたいなものか。いや、それはそれで馬鹿らしい……。

 

 とにかく、私は背嚢の片方……ぺちゃんこになってない方から一つ物を取り出した。

 靴を一組だ。私の一番履き慣れた靴。ランニングシューズ。

 陸上はもうやらないと固く誓っているけれど、走ることは好きなままだった私は、普段履きにこういうのを選んだのだ。

 もうこれで……4代目になるか。3組全て、履きつぶしてきた。

 そのおかげか、もう靴と足は一体化したみたいに馴染む。履きなれるのが異常に早いと思う。

 このことが私の誇りだと、私そのものだと思っている。

 

 私は機嫌を良くして、靴に足を押し込んだ。

 そして、トントンとつま先で床を叩くと……ああ、慣れた感覚だ。

 海の上じゃなくて、陸の上にいて、しかも靴は一番のお気に入りを履いている。

 もっと気分が良くなった。

 ……私は荷物を右肩に背負うと、軽い足取りくらいで部屋を出る。

 こんなところで走るのは……流石にみっともない。

 

 

 ●

 

 

「う、目が……」

 

 ドアを開けるとすぐに視界が眩んだ。

 薄暗い部屋で寝込んでいたからだろう。光の洪水にちょっと耐えきれなくて、思わず瞼を閉じる。

 二息ほど吐くと目がすぐに順応した。もうさほど眩しくはない。

 

 思ったとおり、ひたすらに熱く、そして眩しい。

 空気すら干からびているようだ。呼吸のたびに喉が乾く。

 リンガは今、乾季なのか……。

 

 そして目に入ったのは窓。

 木造の窓枠にガラスをはめ込んだもので……今どき、古風すぎる。

 そのガラスを透かして差し込む夏の日差し。

 確か赤道直下の島だから、太陽は日本で見るより段違いに高い。

 私の立っている場所からは見えないくらいだ……。

 

 それにしても、廊下には誰もいない。

 スケジュールを確認できる相手を見つけなければならないから、分かる人を探さなくては。

 

 廊下を左右見回して……ああ、こういうところまでなんで古風なんだ。

 廊下にはまるで学校の校舎のように、その部屋の札が掛かっていた。

 ということは、と思って私は右に一歩、それから自分が居た部屋の札を見上げる。

 

「……やっぱり医務室だったんだ」

 

 次は右を見渡す……札は、特に見当たらない。

 左を見ると、

 

「あ、事務室……」

 

 ”改造”で近眼が治ったのは非常にありがたい。

 あの距離だと眼鏡なしじゃ見えなかったどころか、見渡す限り万華鏡の世界だった。

 今は澄み切って見える……気がする。

 

 私は心なし早足でそちらへ向かっていく。 ……少しばかり焦っている。

 置いてけぼりは流石にないけれど、相手が待ちぼうけというのは十分に有り得るから、早く確認しないと。

 

 事務室の引き戸の前に立ち、浅く握った右の拳で3度叩く。すると、

 

「はい、どうぞ」

 

 女性の声がした。澄んだメゾソプラノの声。

 知的さと洒脱さを兼ね備えた、まさに大人という感じの声だった。

 建物が学校みたいだったから、つられて学生時代みたく、

 

「失礼します……」

 

 少し遠慮がちなトーンで一声放ってから、引き戸をガラガラと開ける。

 ……ここまで来ると風情すら感じる。

 

 入った私を、声の主らしき女性―――窓を背に無骨な事務机に向かっている─────が視界に捉える。

 そして、苦笑いされた。

 

「ああ……随分とお疲れだったようですね。ほぼ丸一日寝てらっしゃったようですから。……本当に、お疲れ様です」

 

 眼鏡を掛けた黒髪の女性。服はセーラー服に似た別物。

 濃い青のカチューシャを髪に留めていて……私としては、声の印象通りの人に思えた。

 そして舞鶴でも見慣れた顔、制服だから分かる。

 

 彼女は艦娘。そして、”大淀”だった。

 非武装型の前期型、武装付きの後期型と2種類がいるけれど、彼女は前者ではないかと思う。

 

「に、しても……桟橋で見てびっくり、聞いてもびっくりです。遠征の途中からは一睡もしてなかった、って。私なら死んじゃいますね」

 

 そう、身体能力が違う。舞鶴の“大淀”なら多分、生きていられるだろう。

 というのも、艦娘を作り始めたころの“叩き台”として“改造”された者が数人いるらしい。

 特に“大淀”タイプだ。目の前の彼女はそういう“大淀”らしい。

 艦娘としては不完全……らしいのだ。戦闘は出来ないレベルで。

 それでも彼女達は少しばかり常人より頑丈になった。

 多少の体力増強もあって、意外とハードらしい事務仕事に従事している、と。

 

 ……ただし、後期型にしてもやはり事務方に回されることが多いらしい。

 艦娘の数あるタイプの中では少し不遇だ、と。

 ここまでは舞鶴に居た秘書艦、”大淀”の自己紹介で知ったこと。彼女は後期型で、戦闘が可能だ。

 知らぬ人に愚痴を垂れ流すという、よくある一幕の出来事だった。

 しかし、どういうことだろうか。

 

「桟橋で見た、っていうのは……それに、“聞いても”って……」

「ああ、覚えてらっしゃらないんですね。出迎え、私だったんですよ。いきなり物凄い速さでこっちまで来て、それで言ったことと言えば『煙草ください』なんですから。それと、あなたがずっと寝てなかったのは早霜さんから伺ってます。心配していらっしゃいましたよ?」

「それは、その」

 

 ひどく顔が熱くなり、思わず首が下がった。

 ああ、こっちの人にまで迷惑を掛けたのか、私は……。

 それに、早霜が心配を?……彼女はすぐに寝るから気付いていないと思っていた。

 ……いや、もしかして……彼女の声がけを聞き逃した……聞き流してしまった?

 その時は頭がイカれていたからだろうか……何も思い出せない……。

 それは後として、

 

「お恥ずかしいところを……」

「まぁ、私としてはですね、一番びっくりしたのがバターンと倒れたことです。心臓に悪かったです。私、艤装持ってませんから水上に立てませんし、仕方なしに普通に飛び込んで、あなたを牽引して岸辺まで泳いだんですから」

「いや、もうその辺で……」

「何があったかは知りませんが、煙草の吸い過ぎと睡眠不足はいくらなんでも無茶ですよ?あと、私は吸わない人ですから煙草はあげられません。御免なさいね。でも酒保には在庫がありますから、次の出港までに買い揃えられます」

 

 当然こちらにも酒保はある。

 そもそも私達の守ってきた積荷はそういった物資が主だった。

 帰りはこの諸島付近で得られる資源を積んでいくと聞いている。

 

 それより、次の出港にはどれくらいの猶予がある?

 

「えっと、次の出港時間は……」

「ああ、あなたの艦隊の出発は13時半です。こっちの時計は……12時過ぎですね」

「良かった……じゃなくて。ありがとうございます」

「いえいえ」

 

 手を振って謙遜する大淀に、私は少し違和感を覚えた。

 艦娘なのに、私に対する態度が柔らかい。それがどうしてかは分からなかったけれど。

 

「その……”島風”の私に良くしてくれて、嬉しかったです……」

 

 それに少し面食らったのか、目を少し見開く。しかしそのまままた目を細めて、

 

「私にとっては、海に出られる人達は皆羨ましいんです。そして、有り難い人達です。私に出来ないことが出来る、それだけでも尊敬できるんですよ。だからあなたが誰だったとしても、私はこうします」

 

 ……分け隔てのない扱いだ。

 理解とは少し違うのかもしれないけれど、それは多分優しさだったから、

 

「ありがとう、ございます……」

 

 少し、涙ぐんでしまったのは仕方のないこと。

 ……私ってば、本当に病気だ。

 少し優しくされたぐらいで、なんで泣くっていうんだ。子供か……。

 

 

「さぁ、モタモタしている暇はありませんよ。遠征は帰るまでが遠征ですからね。しばしの休息の後は、また気を引き締めて。航海の無事を祈っています。頑張って」

「はい……ありがとうございました」

 

 涙を拭いて、先生みたいな激励に笑顔で答える。

 ……もしかすると、しばらく笑顔なんて浮かべてなかったかもしれない。

 顔の筋肉の動きが少しぎこちなくて、それがなおさら恥ずかしかった。

 

 そう言えば、”島風”は……『理解者を得ろ』みたいなことを言っていたっけ。

 この人がそれになるかもしれなかった、と思うと、このまま別れるのが名残惜しくなった……。

 

 

 ●

 

 

 事務室を出て、出口へ向かって歩く。そして歩きながら考える。

 

 出発までに何をすべきだろう?

 ……とりあえず、時計を持っていないから携帯を見よう。

 そう思って、背嚢の一つに手を突っ込んで、携帯を探り当てる。

 引き抜いて、電源ボタンをプッシュ。

 

「時差は……合わせてなかったか」

 

 表示だと、13時になっている。

 確か……リンガと日本だと、時差は1時間の位置関係だ。

 とりあえず、直さずに読み替えて対応しよう。でも充電は心もとない……。

 早めに船に入って荷物を置いて、充電もしておかないと。

 

「それと、ご飯……煙草……」

 

 酒保に行くのは決定だ。

 私は司令部─────多分。事務室があるから合っているだろう─────のドアを開けると、そこからは走り出した。

 

「……あと、艤装を拝領して」

 

 私の手元にないってことは工廠で預かってくれている、ってことのはずだ。

 そっちに行って……、

 

「最後に、みんなと合流、か……」

 

 まず謝らないと。というか、一番乗りする勢いで船に入って、荷物を置く。

 それからフル装備で到着をお待ちする……というのがあるべき私の姿だろう。

 加えて、可能ならば船団の代表者と面会して謝罪を述べたい……。

 

 私のやったことは、背任行為─────私の個人的事情など関係なく─────にほかならない。

 船団を見捨てて、陸恋しさに逃げ出した愚か者なのだ。

 

 リンガ泊地は現在、比較的安全な海域と言えるらしい。

 それは泊地所属の艦娘達による日々の掃海あってのもの。

 それでも私達が必要な理由は、掃海が100%の安全を保証しないからだ。

 

 深海棲艦はどこから出てくるか分からない。ただ、掃海によって減るということは分かっている。

 まさにこまめな掃除だ。

 ……掃除をすることで汚れを以後完全に断ち切ることが出来るか、といえばノーだから。

 完璧に安全な海は、世界にはもう存在しない。

 

 無論、私達の護衛艦隊が100%の安全を保証できるわけでもない。

 けれど、艦娘の存在によって危険は”万が一”まで減らせる、という認識でいる。

 私はその”万が一”を崩したわけだ。

 残り3人が海の上に、そして2人が船の中で休んでいたとしても、絶対に”一手”を欠いてしまう。

 特に、私が位置を持っていた左前衛は……。

 

 もういい、とにかく急いで行動しないと。

 速いのは足だけで、私は”早い”人間じゃない……。

 

 

 ●

 

 

 外は砂地だった。

 シューズに砂が入るし、足元が悪いのが少し癪に障る……。

 そして、一瞬立ち止まって辺りを見回した。

 ちょっと考えれば分かることで、まだどこに何があるかも分かってない。

 ……わけも分からずに走るのは、馬鹿だ。馬鹿でいたくない。

 

 ……ともかく。

 目の前には水平線が広がっていて、その手前にはコンクリートの埠頭。

 右に視線をやると船団、4隻が係留されていてタラップが降りている。

 クレーンもあって、これはコンテナの積み下ろしに使うやつだ。

 簡素ではあるけれど、港らしい港と言える。それも物流の意味での。倉庫……みたいなものもあるし。

 

 当然だけど、漁港とは雰囲気が違う。

 私はこういうのは好きだ。特に臨海の工業団地―――――ここにはよく似ている。工場がないこと以外は―――――なんてのは走り甲斐があって、暗くなると幻想的で……まるでファンタジーの、ゲームの世界のようだった。……現実逃避だ。そんなことをしている暇はない。

 

 今度は左を向くと、建物がいくつか見える。

 寮らしきものは2階建てで、それが3棟ほど有る。影に隠れてもう一つあるのかもしれない。

 対して食堂があると思われる建物は平屋で見た目横に広い。多分、酒保はそこと併設だろうと思う。

 じゃあ、そこが目的地だ。

 走る。

 

 

 ●

 

 

 考えたとおり、そこは食堂だった。

 日の光が強く差すからだろうか、照明は付けられていない。

 建物の中身全てが心地よい日陰のような印象だ。薄暗さはどこか爽やかなものだった。

 

 ……昼時というのもあって、中は当然人で賑わっていた。

 人混みの熱に負けないようにか、強めの冷房がかけられている。

 入ると熱と冷気の境界線に入った感覚がして、人混みを避けて内側に進むと完全に冷気の中に入っていた。……こんな格好というのもあるけれど、温度差で体が震えそうになる。

 

 人混みの内訳は……物流拠点としての意味合いのある基地だからか、普通の人間が多い。それに混じる程度に艦娘がちらほらと。互いに談笑している様子とかは……ない。席は6人掛けがずらりと並んでいて、そこでも艦娘と人間は席を共にしている様子はなかった。……まぁ、距離感というのはそういうものが当然なのか。

 

 座っていない人達は、ほぼ全員が昼食を取りに行こうとしている列をなしている。

 ……もしかすると私の同僚達は既に準備を終わらせていて、ここで最後に昼食を取っていこう、という構えなのかもしれない。

 でも私は何分急ぎである。併設されているだろう酒保を探す。

 

 探すまでもなく、食堂に入ってすぐが酒保だった。人の列で気付かなかった。

 駅のホームの、アレだ……キオスクみたいな形で、頼めば品物を出してくれる……のだろうか。

 最後尾に並ぶと……前には10人弱……数えると8人が並んでいて、サクサクと買い物を終わらせると立ち去って食堂の列に並んでいく。すぐに私に順番が回ってきた。

 

 酒保のカウンターに立っていたのは”伊良湖”。

 私の所属する舞鶴鎮守府にも同じタイプがいるので、これもまた見慣れた顔だった。でも、100%別人だ。客を早く捌くことに集中しているからか、私には視線を合わせない。

 ……最後まで合わないといいな、とすら思っているのは、あまりに卑屈過ぎる。

 

「ご注文をどうぞ」

「煙草を。ケントのアイブースト8ミリ。それを6……いや、7カートン。あと、ゼリー系の食料もあればそれを3つ」

「はいはい……って、7カートン?」

 

 私の注文に淡々と答えて、煙草の棚を開けようとした彼女だけれど、その数にびっくりするとようやく私を見た。

 ……ああ、失敗か。─────違う、普通だ、これが。普通は客を見るものだ。

 何を考えているんだ、私は……。

 

「……島風、さんですか」

「……そう、ですけど」

「……ああいえ、なんでも」

 

 ……そんなものだ。いい。これで。

 ”島風”がどう思われているかはとっくに分かっている。さっきの、”ここの大淀”みたいなのは少数派だと思う。

 彼女の視線に含まれる、私の苦手なものは……補給艦娘だからかその度合は他に比べて確実に弱い。

 けれど彼女は、その後努めて忌避感を隠すかのように考え込む表情をして、

 

「けど7カートン……うーん、ちょっと銘柄分けていただけますか?」

「……まぁ、そう、ですよね」

 

 買い占めとも言える大量購入だ。

 在庫に偏りが起きて私以外が迷惑を被るわけだ。売る彼女としては居た堪れないだろう。

 申し訳ないことをした……。

 

「じゃあ、分けます……。読み上げればいいですか?」

「ええ、どうぞ」

 

 とりあえず、思いつく銘柄を好きなだけ……。

 

「まず、メビウスメンソール8ミリ」

「はい」

 

 すぐに煙草の棚を睨んで私の言った銘柄のカートンを引き抜いて、バーコードリーダーに通す。

 じゃあ次、

 

 

「黒マル」

「はい」

「ケント・アイブースト8ミリ」

「……はい」

「ラーク・アイスミント5ミリ」

「はい……メンソール、お好きなんですね?」

「メンソールが慣れてるから………でも」

 

 レギュラーも良いかもしれない。なので思い切って、

 

「ピース・インフィニティ」

「はい」

「中南海ライト」

「はい」

 

 これで6カートン。あと1カートン買って行こうか……。

 皆は何を吸っているんだろう。

 喫煙所で共に吸う人が居ないから、何が好まれているかとかは実はわからないのだ。

 それじゃあそうだな……、

 

「ここで一番出てる銘柄、何ですか?」

「まぁ……メビウスか、セブンスターか……そのあたりでしょうか。在庫もそれが多いです」

 

 そんなのは日本でも買える銘柄だ。

 せっかくだし異国情緒を楽しむ─────楽しむ?バカか私は、仕事で来てるんだ。

 それも迷惑をかけている……。

 ……いや、くそ……、その、お土産にいいものはないだろうか。

 

「現地の煙草って、あります?……インドネシア領だし……」

「じゃあガラムですね。それも意外と根強い人気があるみたいです。タール値は……ああ、名前しか分からないんですが、ヌサンタラが一番売れます」

「じゃあそれを」

「はい」

 

 ……多分、日本でも買えるんだろうけど。有名そうだし。

 ともかく、7カートン買った。カウンターにカートンが積み上がって、なかなか壮観。

 それはいいとして、

 

「……それと、ゼリー系の食料ってありますか?なければカロリーブロックとかでも」

「うーん、食堂があるのでそういうのは置いてないですね。……そういえばここの方じゃないみたいですけれど。ウチには”島風”は1人も居ませんから。どちらからお越しで?」

「舞鶴から……。今回は、”遠征”で」

「お疲れ様です。それと携帯できる食料ってことなら……食堂にはおにぎりも置いてますから、それならどうでしょう」

「ありがとうございます……それじゃあ、会計を」

「それでは失礼して、ちょっと指をお借りしますね」

「どうぞ」

 

 レジスターの脇に置いてある指紋認証機をカウンターの真ん中に置き直して、私にタッチを促す。すかさず右手を差し出して、人差し指でひと撫で。

 

 これが艦娘の基地内での買い物のスタンダードだ。

 いくら艦娘が均一に”製造”されていても、指紋までは同じにはならない。

 だから指紋認証は有効な個体識別方法として成り立っている。身分証明書よりよっぽど信頼できる。

 こうして給与の控除額に今の買い物の料金が加えられる、というわけだ。

 ……手取りが結構目減りしてて凹む、までがセットだろうか。給与明細が楽しみなのか、嫌なのか……。

 

 ともかく指紋の読み取り、それから照会は10秒足らずで終わり、少し間延びした電子音が一度鳴る。

 これで、

 

「……はい、認証完了です」

「ありがとうございます」

 

 会計が終わったので、私は空の背嚢へとそれを詰め込み始める。急がないと。それに……、

 

「……」

 

 後ろを振り向くとちょっとした列が出来ている。

 私ってやつは、面倒な客だ。本当に迷惑だ……。全く反論の余地はない。

 ただ、それをいちいち気にする神経なら、とっくに煙草に諦めなんかついている。

 

 

「お買上げありがとうございました」

 

 煙草の全てが私の背嚢に入ると、伊良湖がそう言った。

 

「……邪魔しました、ごめんなさい」

 

 目も合わせず、軽く一礼して……それだけ言って列から外れた。

 

 

 ●

 

 

 酒保で食料を手に入れるという目論見は崩れた。

 けれど食堂にはおむすびがあるという。……弁当なのだろうか。そこまで聞けばよかった。

 後の祭りとはこのことだ……。

 

 どうやって手に入れるのかどうかはわからないまま、とりあえず食堂を一望する。

 

 舞鶴と雰囲気は違う。それは普通の人間の割合が結構多いからだろう。

 ひょっとすると、”人間の”人混みを見るのは久しぶりなのか?

 ……娑婆からはもちろん、軍からも一兵卒としては離れてしまってしばらくだった。当然か。

 それはいいとして……どうやら食堂の中にもう一つ行列が出来ている。お盆を持っている列じゃない。捌ける速さはそれなりだ。見ている内に2人がその行列を外れた。

 

 そして視線を少し上に上げると、高速道路のサービスエリアみたいな看板、ゴシック体の『弁当』の文字が掲げられている。

 どうやら弁当らしかった。

 胸をなでおろしたけれど、あの聞き方だったら当然弁当の話をするだろう。

 考えるまでもないことだ……。

 

 とにかく、おむすびはあそこに売っているはずだ。

 と言う訳で私はその列に向かっていく。そして並んだ最後尾、その目の前には

 見慣れた黒髪の背姿。……早霜だ。黒い大きなボストンバッグを一つ、肩に掛けている。

 

 特に気付いた様子はないから、話し掛けない。

 気まずいから、合流した時で別にいいだろうか……。

 でも、あちらから話しかけられるのも、それはそれで居所がなくなってしまう。

 なのに……欲を言えば、謝るのは一度で済ませたい。

 同僚全員と顔を突き合わせたそのときで、

 

 そして早霜が列の先頭になり、

 

「……」

 

 じっと目の前のショーケースを睨み始めた。

 ……おかしいな。私の目利きでは選択の余地なんて無いはず。

 いや、だっておむすびの弁当以外ないでしょ?そこには。

 

「何、悩んでるの?─────ぁ」

 

 思わず声を掛けてしまった。

 後悔する間もなく、早霜は左肩越しにバッと振り返り、

 

「……あら、ごめんなさいね」

 

 そう言って目を見開いて謝罪すると、

 

「ああ……お目覚めだったの。良かった」

 

 平静の表情を取り戻し、私に向かい合う。

 

「昨日は……ごめんなさい。それより、後ろがつかえてるから……」

「……そうね」

 

 私の謝罪に特に関心がないのかまたショーケース側に向かうと、

 

「……この、おにぎり弁当下さいな」

「はいよ、どうぞ」

 

 悩んでいたのは何故だったのか……?

 ともかく、店員役の青年がそう返事をして、ケースの上に載った指紋認証機をズラして彼女の前に出す。すぐに照会は終わり、会計完了。ケースの裏から弁当を取り出して、

 

「袋は入用で?」

「いえ、いりません」

「それじゃあこのままどうぞー、ありがとーございました」

 

 市販のタッパーに入った弁当を右手で掴むと、早霜は列から外れ、

 

「……無線、雑談用に合わせて。他の人は外させるから」

 

 そんな想像だにしなかった言葉を残して、去って行った。私は驚きのあまりしばらく呆然としていて、

 

「艦娘さん、ご注文は?」

「――――え、あ、はい、その。彼女と同じものを。それとミネラルウォーター3本」

「袋はご入用で?」

「あ、下さい」

 

 ……いくら何も考えていなかったからって、『彼女と同じもの』ってのは、どうなんだろう。

 そんなことを言ったことが、そして言ったことを気にしていることも恥ずかしくて、顔が少しこわばった……。

 

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