島風ちゃんは考えるのをやめた   作:黒灰

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2019/04/09
全面改稿。


謝罪とは?

 

 背嚢二つを背負い、左手首にペットボトル入りのビニール袋を提げて、砂浜を歩く。

 そして左手にタッパーを持って右手でおむすびを摘む。行儀は悪いけれど本当に急ぎなのだ。

 

 おむすびの色は真っ黒。海苔で丸々覆われている。

 口に含む前にちょっと匂いを嗅いでみると、いい意味で磯臭くて食欲を少し唆られる。

 それで思い切り齧り付くと……案の定、少し乾いた米粒がちょっと残念。

 でもカチカチの……プラスチックみたいな歯ごたえでは無いから、それで良しとする。

 

 このおむすび弁当、実は少し割高だった。

 列を外れた後からちょっと店先を睨んでみたけれど、良く観察すると、『デポジット制です。容器返却で50円お返しします』と張り紙が有った。

 どうやらこのタッパーは使いまわすらしく―――――いや、確かに使い捨てるには作りがしっかりし過ぎか―――――私のようなフラリとやってきた艦娘には些か厳しい。

 エコか経費削減か、その両方なのか……コンビニ感覚で使うところではない、というのは分かった。

 ここの食堂や酒保は、あくまでここで働くひとのためのものなのだ。

 

 お弁当の内容は……、まぁ、こんなものかという感じだった。

 黒々したおむすび2つ。

 それに唐揚げ、ウインナー、着色されたっぽく真っ黄色な沢庵。

 おかずを食べるためにあるのか、爪楊枝が最初から唐揚げに刺さっていた。手間がなくていい。

 唐揚げはまぁ……いかにも”から揚げ粉で安く作ってみました”を声高に主張しているし、ウインナーも”『ハリがある』だなんて期待するんじゃあない”って言わんばかりに安っぽい。

 

 とりあえず、おむすびが一つ片付いたので、唐揚げを頬張る。

 ……思ったとおりだった。硬いし、乾いている。

 外でお弁当なんてのは風情があるものだと思うし、まぁ、この味もまた風情の一つ……なんだろうか。

 

 さて、次にやることは決まっていて、それは艤装の受領だ。

 工廠はおそらく……潮風が良くないとは思うけれど、おそらく海岸のすぐ側だと当たりをつけていた。

 ところで、目の前にはどう見ても安っぽいトタン張りな建物。コンクリートの埠頭から少しだけ離れた位置に。

 さっき、港の方を見渡したときに見えていた。

 

 これは……大倉庫と言った大きさだけれど、潮風や雨風で錆びた様が実に痛々しい。

 どうでもいいけれど、あの屋根を剥がして布団にしようものならものの数分で人間は焼肉になるだろう。

 致死量の放射能に冒されればそれでも寒いと言い張れるのだろうか。

 ……バカバカしいし、不謹慎な考えだ。

 

 でも確か、”はだしのゲン”でそういうシーンがあったはずだ。原爆投下後の、焼け野原になったばかりの広島。

 そこでゲンを負ぶさって歩く兵隊さんが、突然苦しみだして……だったっけ。

 小学校に置くのは正しいのか、正しくないのか、私にはとんと分からない。

 そういう反戦的な漫画を読んで育ったくせに軍に入って、こうして戦争をやっているのだから。

 いや、この戦争にイデオロギーの対立なんてものはひとつまみも存在しないから、これでいいのか。

 御為ごかしではない、純粋な─────”生存のための戦争”なのだから。

 

 けれども。

 そこに違和感がないわけでも、ない。何故そんな違和感を感じているのだろう。

 答えは夢の中にでもあるのだろうか。……これもまたバカバカしい考えだ。

 

 

 ●

 

 

 やはり美味しくなかったおかずも、もう一つのおむすびも腹の中に叩き込んだ。空っぽのタッパーをビニール袋にしまっておく。

 そしてボロボロの大倉庫のような場所に着く。覗き込んで見ると……やはりそこが工廠だった。

 その中─────薄明るい?電灯も点いてないのに何故だ─────には艤装がいくつか見えるから、入って自分の装備を探しに行く。

 

 舞鶴の工廠は鉄筋コンクリートで出来ていて、立派な建物だった。

 大仰に言えば……ギリシャの神殿をも思わせる出来栄え。

 

 一方、こっちの中身は鉄骨が剥き出し。天井を見上げればところどころ陽の光が差している。

 ……つまり、屋根に穴が空いているのだ。ああ、それであまり暗くないのか。

 そして床はコンクリ打ちっぱなしだけれど、そこはかとなく波打っていて精度の低い出来上がり。

 果てにはところどころにバケツが置いてあって、しかもその下は罅が入っている。

 灯りも電灯が吊り下がっているだけで、大きなライトなんて据えられていない。

 光量は明らかに足りないけれど、皮肉にも穴の空いた屋根がそれをサポートしている。

 多分作業に支障は無いくらいに明るかった。

 

 そんな建物の中では半端に日に焼けたメカニック達があーだこーだ言いながら駄弁っていた。

 私の想像とはぜんぜん違う……技術屋に職人気質というものを期待していたからか。

 ともかく南国の人間のおおらかさというか、適当っぷりが染み付いたのだろうか。

 彼れは……どうも軍人として”らしくない”有様だ。

 ……そこらの民間工場のほうがよっぽど引き締まっているかもしれない。

 

 とにかく話をしたい。それで、手近にいた半パン・Tシャツにワークキャップを逆向きに被った青年を捕まえて、

 

「駆逐艦クラス・島風シリーズ・タイプ1”島風”です。艤装の受取に参りました」

 

 そう言って敬礼すると、

 

「あー、艦娘さん。”遠征”の帰りかい?とりあえず補給と整備は済んでっからそのまま海に出てくんなぃ」

 

 えらくヘラヘラした様子で応対される。

 敬礼は一応返してくれたけれど、肘の角度がだらしないなぁ。

 陸軍式と海軍式の中間みたいになっている。

 ……ちょっとムカついたので、真面目な軍人を志す私としては、

 

「……はい、では案内をお願いします」

 

 当てつけのように、こんな話し方をしてみたくもなる。

 今思ったけれど、流暢に話せているのは意外だ。

 けれど人間として、肩肘張った口調のほうが話しやすいってのは如何なものだろう……。

 一方、メカニックの彼はやっぱりヘラヘラ笑って腕を組んで、

 

「あー、ダメダメ、そんな真面目はウチじゃ通用しねぇだよ。お淀さんくらいさ、ここで真面目なんはね。艤装は……まぁその辺にあっから適当に持ってってくんなぃ」

「適当って……えぇ……」

 

 不真面目は工廠だけじゃなくこの基地の至る所でらしい。

 お淀……多分、あの”大淀”だ。彼女以外はだらしないらしい。

 あの弁当の出来栄えもそれが原因かもしれない。

 こういう環境、食事まで手を抜かれだしたら士気に関わる気がするんだけれど。私ならガタ落ちだ。

 ……実際、士気はそう高くない基地なんだろうか。重要な場所のはずなんだけれど。

 いや、”やるときはやる”んだろう。きっと。多分。

 

「……良いです。自分で探して勝手に持って行きます」

「おう、そうそう。そういう感じだぁ。ダルく頑張んなよぃ」

 

 ダルいのか頑張るのか、どっちなんだ。

 本当に見ているだけで気が滅入ってくる彼に背を向けて、私は工廠内をウロウロしだした。

 うだうだ考えてる上にウロウロ探すだなんて、時間がいくらあっても足りない……。

 

 けれど艤装は……本当にそのへんと言ったところに置かれていた。

 連装砲ちゃんは……船に積みっぱなしらしい。ここには無かった。まぁ積む時以外に動かしていないし、別にいいんだろうか。

 いや、私が起きていなくて連装砲ちゃんが動けなかったから?

 それに結構重いし、手作業では搬出できなかったのかもしれないな……。

 そう考えると……また申し訳無さが募っていく。

 

 それは置いておこう。

 外履きを脱いで足に艤装を装着してスクリューを回転させてみる。

 ……一応手は入っているのか、具合は良くなっていた。

 陸で空回ししているだけだから実際はどうか分からないけれど。

 

 装備の修復は資材、そして”妖精さん”の力によって行われる。

 一方でダメージを受けたわけでもない、しかしこうやって酷使された装備は……メカニックの手によって整備される。

 それは工作艦である”明石”だったり、あるいはここのように人間だったり。

 機械である以上、技師もいじれないほどにも複雑ってわけじゃあないらしい。

 それに……こうして動きは良くなったのだから、腕は確かなのだろう。態度はともかく。

 

 しかし、この背負った魚雷発射管。こちらは発射する機会がないから試し様が無い。

 けれど、多分、きっと、メンテナンスはされているはずだろう。

 ……足の艤装のついでくらいに、ちょちょい、って感じなのは想像がつくけれど。

 

 ともかく、これで艤装は確保できた。

 今の時間は……工廠の中の大時計が嫌でも目に入った。大きな文字盤が吊り下げられている。

 白いペンキの上に黒の文字と針が乗っかっただけの簡素な作り。

 こういうルーズなところだからだろうか……ペンキが剥がれて錆色が滲んでいる。

 ここは本当に基地なのか?あまりにだらしがない。

 ……いや、これは多分手入れがしづらいから、仕方がないんだ。きっと。

 あまり目くじらを立てるべきじゃあない……。

 

 とにかく、時計の短針は1、長針は概ね0を指していた。

 やることの少なさの割に、意外と時間を食った……のろまだ、私は。

 

 沼みたいな居心地の工廠を後にして、私はまた陽の光を浴びた。

 ……干からびそうだ。そう思って、ビニルの手提げからペットボトルを取り出して一気飲み。

 これで1本空になった。まぁ、あと2本有る。

 仕事終わりの度に真水タンクから拝借していれば当面暮らして行けるだろう。

 

 さて、もう船に乗って荷物を置かなければ。

 そして同僚達への謝罪を終えれば、私のすべき準備は全て完了。

 帰りは、ごくごく真面目に、ただ真面目に。

 “夢通信”に心を乱されることもないのだから、仕事に集中していればいいのだ。

 退屈ではあるけれど、気楽で良い……。

 

 

 ●

 

 

 船団が係留されているところまで行くと、艦娘は居なかった。

 ここにいる数人はさっき工廠で出会ったメカニック達と同じ装いだった。

 多分、ここに勤める人達だろう。タラップ前に置かれた吸殻入れを囲んで煙草をモクモク蒸かしている。

 クレーンももう動いていなくて、コンテナは甲板上で整然と並んでいた。出港前だから当然か。

 

 ……同僚や船員達だけれど、荷物を置いたりするために船の中には居るはずだ。

 乗ればまず必ず行き当たるだろう。合う都度に最敬礼で平謝り、は想像がつく。

 

 そう思いつつも、タラップから船へ上がる。

 脇で立ち上る煙の匂いが、やたら恋しい。今日はまだ一本も吸っていないからだろうか……。

 

 ペンキで丹念に錆止めされたタラップを上って行くと、チラリとまた長い黒髪が見えた。

 早霜が艦橋に入って行くところのようだった。

 彼女は私に気付いて居ないだろうし、……私も話しかける気は無かった。

 

 タラップを上がりきった所で、艦橋のドアの閉まる音。

 鉄の擦れる音を引き摺りながら、最後に叩かれるようなやかましい音。

 そこに……”跳ねのけられる”というイメージが浮かんだ。

 ……気分が心持ち、沈んだ。

 バカだ。我ながらナーバスが過ぎる。被害妄想の域だ……。

 

 けれども、昨日の醜態……その負い目がそうさせている、というのは分かる。

 だから謝って─────楽になりたい?

 

 そう考え至って、思わず立ち止まって俯いた。

 

 ……楽になるために謝るのか、私は。それは謝る理由がおかしいだろう。

 自分のためにだなんて、そんな謝罪は自己満足でしか無い。

 じゃあ人はなんで謝るんだ。人の機嫌を直させるため?

 

「別に立ち止まらなくたって、いいじゃあないか……」

 

 あえて声に出して自分を叱りつけた。考えることなんて、腰を据えなくたって出来る……。

 左目の端、舳先が見えて……そこには艦娘が4人居た。私がドベだったのか……。

 彼女達から逃げるように、艦橋のドアを静かに開いて船内に入った。

 

 蛍光灯の明かりは、夜明けすぐを思わせる涼し気な色。

 焼けるような日差しよりも、冷たくて気持ちがいい。

 逃げられたという安堵、ともに冷たい空気を吸い込んだ。

 けれど、胸の中が後ろめたさで……凍りついていく感じだ。

 

 階段を降りていく。そして、降りながら考える。

 歩きながらでも出来ることだから。

 

 ……謝罪はなんのためにあるのか。

 過ちを認めて、もうやらないと誓って……それを以て誠意を証明するため?

 そういうことだったら単に行動を改めるだけで謝罪に値するだろう。

 

 じゃあなんだ、改まって言う”ごめんなさい”には、一体何の値打ちがあるんだ。

 悔やんでいることを伝えるため?……嘘なんかいくらでもつける。

 ”ごめんなさい”と言いながら過ちをおかすことだって出来る。

 例えば、─────”ごめんなさい”と言えば、言いながらだったら人を殺して良いのか?

 

 ……入ってすぐの階段を降りて、居住区画に。

 そして多分、私にとってはただの荷物置き場に成り下がるだろう船室へ。

 

 一体、私はどうすれば償えるんだ─────ほら、また楽になろうとしている。

 償うことで、荷物をおろしたいと考えている。

 じゃあ、許しってものは……荷物を下ろしていいよ、っていうこと?

 でもそれだけじゃあないはずだ。私の視点は、私自身しか見ていない。

 もっと他人のことを見れば、きっと、許しには別の意味があるって分かるはずなんだ……。

 

 そもそも許す、それそのものがどういう意味なんだろう。

 ……そんなの、もう分かっていていい歳のはず。

 私はきっと許したり、沢山許されたりしてきたのに、なんでそんなことも分からないんだ。

 私の日々の”ごめんなさい”は、こんなに虚しかったのかと思うと……恥ずかしくて仕方ない。

 

 下を向いて、また勝手にどこまでも落ち込みながら、階段の最後を降りる。

 

「さっきのことだけれど」

「……ぇ?」

 

 声に顔を上げる。降りてすぐのところに、バッグを肩に掛けた早霜が待ち構えていた。

 目はいつもの無表情で、私を見据えている。

 射抜くようで……刺さるようで……、そしてまるで切り開かれているような。

 そんな痛みが喉と胸に走って、こわばる。

 目をあまり合わせないように、そして……私は逃げとして、頭を下げた。

 

「ごめんなさい……」

 

 こんな”ごめんなさい”に、何の意味があるんだ。中身なんてない。

 ただの逃避のために……こんな、”ごめんなさい”という立派な言葉を振りかざして。

 

「……別に、今そうしなくてもいいじゃないの」

 

 そう言って、彼女は私に歩み寄ると……頭を撫でた。

 くすぐったいし……むず痒い。顔まで熱くなってきて、私は思わず一歩後ずさった。

 

「そんな、泣きそうな顔しなくても」

 

 私は、そんな顔をしていたのか。情けない……。

 それで顔を引き締めると、彼女は左目の端を少し緩めて、

 

「いい?謝ったなら、行動するのよ」

 

 ……少なくとも、私の疑問は一つ消えた。

 いや、消えてはいないけれど……不思議とその言葉は腑に落ちた。

 ”ごめんなさい”と”これからの私”がセットで……”謝罪”なんだな、と。

 あまりにも当然のことだった。何を見失っているんだ、私は。……馬鹿だ。

 こんな当然のことの再確認のために、なんでわざわざ悩んでいたのか……馬鹿馬鹿しい。

 

「はい……」

 

 恥ずかしくて、上げた顔をもう一度、深々と下げた。早霜は正面から私の両肩に手を添えて、

 

「だから……ほら。しゃんとしなさいな。よく寝たでしょう?今日はちゃんとお話が出来そうね」

 

 私の前のめりを正して、”気を付け”をさせてきた。

 なおさら恥ずかしくて、思わず右手を左腕にやって……いや、しゃんとするんだから、手はそうじゃない。

 きちんとまっすぐ立って、彼女に向き合うべきだ。

 姿勢を正したことに彼女は満足したのか、振り返って前に進んでいく。

 

「それじゃあ、荷物を置いたら甲板に集合よ。スケジュールを後ろに倒して良かったわ。もう少し遅らせても良かったかもしれないけれど……とにかく無線、雑談用に合わせておいてね」

 

 スケジューリングまで彼女が気を回してくれていたことに、この上なく恥じ入り、また私は俯いてしまった。

 けれど、それだけじゃない。これは……暖かい。胸の中がなんだか、心地よく埋まっていく。

 私は逃げではなく、そう、”感謝”として……また頭を下げた。歩いていく彼女には見えない。

 これは自己満足だと内心思いながらも、私はそうしたかったのだ。

 

「ありがとう、ございます……」

「別に敬語じゃなくていいから」

 

 カチャカチャと足音を鳴らしながら、彼女は先に進んでいく。

 頭を上げて、その後をついていく。

 

 ふと、気付く。

 さっき、肩に彼女の手の冷たさを感じたけれど……それはちっとも嫌じゃなかった……。

 

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