島風ちゃんは考えるのをやめた   作:黒灰

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2019/04/11
全面改稿。


まなざし

 船室に荷物を置くと、私達は早足で甲板へと向かっていく。

 そして艦橋を出て甲板に出て仲間達と顔を合わせた。……猜疑の視線で迎えられた。

 ともかく、謝罪の言葉を反省文宜しくつらつら述べる。

 最後の言葉に、

 

「自分をしっかり保って……そのためには節制して、これからを過ごします……」

 

 と、なんとも締まりのない結びを加えて、頭を下げた。

 

 今回に道連れである艦娘達は……それに溜飲を下げる……とは行かなかった。

 頭を上げた後も気まずい沈黙が流れて、息が詰まる。詰まりながらも、彼女達を見回す。

 

 皆が皆、揃って─────早霜は除いてだ─────『だから何?』と言わんばかり。

 そんな顔で、けれどその一言すら口にしたくもない、という……それくらいの呆れ顔。

 そうやって私を斜に見ていた。

 

 それが私に一番効くということが分かっているのかどうかは分からない。

 けれども、彼女達の予想を上回る効果だろう……かなり参ってしまった。

 体がこわばって、息がうまく出来ない……。吐く息が、溜息になりそうになる。

 でも溜息なんて吐いていけない。彼女達がそうしたい、いやそうであるべき立場だ。

 鼻でなんとか、空気を吸い上げようとすると……少し、鼻が詰まっていて啜るような音がした。

 ……こんな常夏の島で風邪気味なんて、変だ。体も、心なしか重い気がする……。

 

 誠意─────私には何がその表現になるのかとんと分からない─────が足りないんだろうか。

 だから、とにかくもう一度頭を下げた。

 そして謝罪の言葉を……繰り返しにはならないように並べてみる。

 

 謝罪と行動はワンセットだ。けれど、それが謝罪に手を抜いていい理由にはならない。

 出来る精一杯、謝る。それから精一杯行動を正す。

 セットということは、どちらに不出来があってもならないということだろう……。

 

 そうして頭を上げると、彼女達はいよいよ驚いたらしく……目線の質は少し変わった。

 疎むようなものに、好奇の色が入っている。……少し、心外だった。

 逆上するようなことじゃあないけれど……彼女達の知る“島風”は一体、何をしてきたっていうんだ。

 けれども怒りを逆撫でして、機嫌をこれ以上損ねさせることはなかったという。

 そのことには少し、ほんの少しだけ安心した。

 けれど、早霜は……そう驚いたふうでもなくて、それが一番不思議だったかもしれない……。

 

 

 ●

 

 

 タラップが埠頭と離れて、係留ロープが外された。碇も上がってついに航海が再開される。

 長い帰り道。常夏の島とはおさらばで、冬真っ只中の日本へと帰る。

 帰り道は頭をよく冷やせそうだ……。

 

 船が陸を少し離れた所に来ると、甲板から船体の左側面へと縄梯子が降ろされた。

 最初が早霜で、次が……銀髪が目を引く”霞”。続いて、”満潮”。私は最後に降りる。

 私がシンガリなのは、新人だからだ。

 仮にずぶの新人が先に降りて……もし下手を打ったら、助けに行くのに”一手”遅れる。

 ちなみに、如月と皐月の2人はもう船内に引っ込んでいる。深夜から始まる勤務に備えて。

 

 登るときはともかく、降りる時は梯子が要らないんじゃあないかと思ったこともある。

 けれど飛び降りは禁止だった。そもそも、新人の私はそうする度胸とか、その根拠がない。

 だって勢いよく海面に突っ込んで、そのまま浮き上がってこれるのか……いや、浮くには浮くんだろう。

 ちゃんと立てるかどうかが問題で、下手をすると置いていかれることになる。

 私は……追いつけるだろうけれど、そういう問題ではない。単に危険だ。

 

 縄を握ると……決して不吉ではない、ミシリとした音がする。

 そのまま最下段まで降りると、低速とは言え吹き付ける風、そして跳ねる海水が体中を包んでいる。

 霞と満潮の2人は、もう自分のポジションに行った。方陣の右前、右後ろへ。

 早霜が船と並走しつつ、私が海の上に降りるのを待っている。そういうのも旗艦の役目ってことだろう。

 

 彼女の視線に見守られながら、私は右足を海面へ。

 少し沈んで……そのまま押し上げられるような力を足に感じる。

 そして左足を降ろすと……梯子から両手を離して、主機に火を入れる。航行開始だ。

 船の側面から横っ飛びのように離れて、並んで海を走る状態。

 それを見届けると早霜は前方へと加速していった。

 ……私も、自分のポジションに行かなくては。

 

 少し速度を緩めて、船団の最後尾だったこの船を右前方に見る位置へ。

 ……今回の私のポジションは、左後方だった。早霜は、その前。左前方だ。

 

 私の謝罪が終わった後、1分くらいの打ち合わせがあった。というか、旗艦からの通達だ。それでこの陣形。

 意図は……多分、今度私が勝手をしても引き止めるためだと思う。

 もうあんなこと、しない。けれど保証なんて……100%は無理だ。

 ”絶対”なんて信用できやしない。……私だって出来ない。仕方がない。

 

 そして陸が遠のくのを肩越しに見つつ、私は無線を雑談用の周波数に合わせる。

 ガーピーうるさい音がした後、ノイズ混じりの人の声が聴こえるようになった。

 私は声を立てずに、会話にも耳を貸さず……早霜が呼びかけるまで待つことにした。

 

 

 一体、何を話すって言うんだろう。

 いや、これは……いわゆる先輩としての指導とか、そう、コミュニケーションだ。

 新しい社会に参入したときにはよくあること。一兵卒として軍に入隊したときもそうだった。

 

 でも……よく考えなくても、今までの私はコミュニケーションを避けてきたようにしか見えないだろう。

 その理由が着任直後に受けたハブられだとしても……諦めたのは私だ。私のしたことだ。

 そんな私にもこうして交流の機会をくれた。皮肉でも何でもなく、とても有り難いことだ……。

 

 でも私は……悩みや辛いと思うことを素直に打ち明けられるんだろうか。

 そういうのをいきなり打ち明けて、単なる弱音だと思われたりしないかと不安。

 ……自分が強くありたいと思う程に、そうすることは難しくなっていく。

 抱えられるだけの強さは私にあるか?吐き出せるだけの潔さが私にあるのか?

 ……どっちもない。弱くていじけた人間だ。

 

 ただ手を伸べられるのを待つだけで、いや、その手すらも跳ね除けるような……いやな奴だ。

 本当に、私はどうかしている。……どうかしていなくちゃあ救われない─────”救われない”?

 それじゃあまるで、私が”本当にどうかしている”ことを認めたくて仕方ないみたいだ。

 ”どうかしている”ことにして……本当はそこまで弱い人間じゃあないのだと、言い訳をしたいみたいで。

 

 でもそんなのは、浅ましくて……みじめだ。

 だからこそ私の性格の悪さなんかは……そういうものだと受け入れなくちゃならない。

 そしてそう見えないように、永久に取り繕い続けなくちゃいけない。

 誰にも心の奥底を見せないように、上っ面ではなくて……心底”正しい道を歩いている”ように見えるよう。

 そうすればきっと、誰も私の“真実”なんかには興味などなくなる。私に注意は向かってこない……。

 ボロを出さなければ─────いや、もう遅い……既に私は失敗した。

 疑いの目はもうこちらを睨んでいる。誤魔化すほど、繕うほど化けの皮がほつれていく。

 

 じゃあなんだ……どうやっても、私は”人として正しい道”を歩けないんだろうか?

 そうならそうだと言って欲しい。誰かにこの迷いを断ち切って欲しい。

 誰か?……誰かになんて、また浅はかな考え方をしている。

 自分自身で断言できなければ、自分で自分を”間違っている”と、胸を張れないことには。

 でもそれもダメだ……そんなにも強く“悪”でいることに、耐えきれないだろう……。

 

 ……どうすれば、強くなれるんだろう。

 物理的な力じゃあない。”意思”だ。

 澄み切った黒のような。あるいは混じりけのない黄金のような。

 どちらに向かって走るにしても、遠すぎて、私の胸の中には収まってくれない……。

 

 

『─────風、聞いてる?島風。OVER』

「……ご、ごめん、なさい。聞こえてます。OVER」

 

 ああ……また、考え込んで聞き逃したのか。

 好意に対して、酷い無礼をしてしまった。

 きっと一昨日までもそうだったんだろう……。

 

『約束通り、他は外させたわ。それに謝らなくていいし、敬語はいらないわ─────OVER』

「じゃ、あ、わかっ……った。でも、話って─────OVER」

『話す機会が必要だと思ったの。あなた、行きの航海では部屋に居ないし、声を掛けても目が虚ろだし……それにリンガでも時間が取れなかったから─────OVER』

 

 私がずっと寝なかったから、そしてリンガで寝ていたからだ。

 ちゃんとしていれば、ちゃんと腰を据えて……お話が出来たのに。

 だからこんな、仕事の合間どころか……隙をつくような形での話になる。

 時間を取りたい、って言うからには、つまりそれなりの話題。

 ……ああ、でも”昨日も”って言うからには、もしかしたらただのコミュニケーションなんだろうか。

 

『……OVER』

 

 応えを返さない私に、再度の返信要請。私は……更に心が重くなりながら、

 

「聞こえてる……話っていうのはどういう話─────OVER」

『あなたの連日の徹夜についてよ。─────OVER』

 

 やっぱりそういうことになるんだ。……そりゃそうだ。

 徹夜して、気が変になって、悪いことをして、そして挙句の果てには一日眠りっぱなし。

 ”どうしてそんなことを?”……当然の疑問だ。

 それを解決することだって……きっと、”すべき”ことだ。上役、先輩として。

 答えなんて、決まりきっている。

 

「それは私が、勝手にやったことで」

 

 自分勝手で。

 

「自分で自分の世話も出来なくて」

 

 クソのつくガキで。

 

「無責任で」

 

 仕事もろくに出来ない。

 

「……馬鹿だったから」

 

 馬鹿をやる奴が馬鹿だから、

 

「馬鹿をやった。……それだけ。ごめんなさい。今日から、きっとまともになるから─────OVER」

 

 一番なりたくないもの。足の先から頭まで、馬鹿になった。

 自分で、自分が情けない。許せない。

 でも、きっと、今日から少しまともになる。上手くやる。だから、もうそういうことにしてほしい。

 これ以上言い訳するなんて、みっともなくて……。

 

『そうね。……でもそういうことを聞いてるんじゃないの』

 

 けれど、無線の向こうから聞こえる早霜の声は”ダメだ”と告げている。

 

『それに至る理由が有ったはずよ。私はそれに……関心があるわ。─────OVER』

 

 私は無線に声が乗らないようにして、

 

「関心……?」

 

 関心って、なんだ。なんなんだ……。まるで、見世物みたいな言い方。

 

 ─────違う。言い回しが私にとって少し変なだけ。

 考えてもみればいい。無関心の反対だ。それを表しているだけ。だからこれで合っている。

 “心配”ではないっていうのが釈然としないはずなのに……けれど、妙だな。

 ”それでいい”ような気がする……。

 私は返事として、

 

「どうして、関心があるの?――――――OVER」

『そうね……まず新人に無関心、なんて先輩は先輩失格じゃない?』

 

 そんなに深い理由はない。そうだろうか。でもまだ”OVER”が聞こえない。

 

『それに……あなたは今までの“島風”と違う。だからこそ、なおさらに興味があるのよ─────OVER』

「今までの……?」

 

 今までの“島風”。それとの差異を私から見出すためには、

 

「他の“島風”を知っているの?―――OVER」

『そうね。違いが分かる程度には、“前の島風”を見てきたわ――――――OVER』

 

 “他の”ではなく“前の”。その言い回しに少し引っかかるところがあって、

 

「私の着任前、“島風”がいた?―――OVER」

『三人いたわ。―――――OVER』

「三人?」

 

 三人もいたのなら……舞鶴に居たときに見かけていなければおかしい。

 けれども、”前の”だ。つまり、今は居なくて……。

 背筋を氷が伝うような、そして首筋が軋むような恐怖。

 こわばる口をこじ開けて、問いかけた。

 

「……ひ、……し、死んだの?……OVER」

『死んだわ。OVER』

「ぜ……全員が?……OVER」

『全員よ。OVER』

 

 私より先に居た“島風”。三人。その全てが……死んだ。

 死んでしまった。……どうして。

 

「どうして、死んだの」

『……』

「どうして死んだの……」

 

 返事が来ない。苛立ちが呼吸を荒くするけれど、

 

「……ごめんなさい、OVER」

 

 私が返答を許可しなかったからだ。”OVER”を言わなかったから。

 癇癪を起こす前に気づけて良かった……。

 

『どうして死んだか。簡単ね。自分勝手をした、し続けたのよ。懲りもせず……皆を見下して、迷惑を掛けて、その挙げ句、誰も助けにいけない状況に自分から落ちていって……死んだわ』

 

 自分勝手で死んだ。

 それは……私が辿る道そのもので、早霜からの強い戒めだと理解した。

 そうなりたくないと願っている私が、結局そうなっていくという……予言の、”運命”のような。

 そんな運命はイヤだ。そんな運命に取り囲まれるだなんて……イヤだ。

 

『でも、あなたはそうならないと思うわ。OVER』

「え?」

 

 どうして?まるでそんな馬鹿そのものなのに、どうしてそうならないって言うのか。

 

「私だって……そんな奴なのに」

『……』

 

 ……私が”OVER”と言うまで、彼女は律儀にも返事をしない。

 でも、おかしいな。三人いたのに、まるで一人分のことしか話していない。

 

「でも、他には?というか、一人しか紹介してない……OVER」

『他も何も。正直、これ以外に言うことはないわ。決まりきったように、同じ死に方だったから―――OVER』

 

 決まりきったように?

 まるで台本─────それがあるかのように、”島風”が三人死んだ。

 皆の冷ややかな視線も頷ける。……三度目の正直すらも裏切られて、私で四度目。

 そう。その三人は……100%別人だった。それは皆が皆、十分に分かっている。

 なのに、こうも同じように振る舞った。”レッテル”なんてもんじゃあない。

 ”運命”としか思えない。私だってそう思う。

 だからきっと、今度もそうなる。自分で思ってるようじゃあ世話がない……。

 

 でも、早霜は”そうならない”って言った。

 何故?

 

「私がそうならないって、どうして……」

 

 続きそうになった言葉を、唇を引き絞ってこらえた。

 食いしばった歯の隙間から、涙のように涎がこぼれ……唇の内側を濡らす。

 

 ああ、くそ。こんなの弱音だ。それも酷く幼く、みっともない類の。

 己の運命を嘆くなんて、─────いや、それより浅ましい。

 ”こんな運命から助けて”……そう言っているようなものだ。

 ”自分で切り開くもの”、”強請ることなく勝ち取るもの”、そういう意味合いの言葉を知っている。

 きっとそうなのだと思っているのに、口はこわばりながら─────それは意のままにならないという意味で─────滑らかに、

 

「きっと私は……また馬鹿をして……迷惑を掛けて……最後は馬鹿らしい死に方をする……OVER」

『繰り返して言うけれど、そうはならないと思うわ。だって、あなた。そんなに思いつめるほど悔やんでいるし、反省しているでしょう?』

 

 思いつめる……。これが、そう?

 

『それに泣きそうになって謝るんだから、きっと素直で……でも頑固なのね。OVER』

 

 ……なんだ、それ。いじけてるだけだ。どこも素直なんかじゃない。

 だから”納得”出来ないはずなのに……胸がつまる。腹が煮えくり返るはずなのに、どうして胸が?

 罪悪感?……そうだ、そう見えているなら”ダマしてる”ってことなんだから……。

 

「……素直じゃあないよ」

 

 ……素直になれない。根性が曲がっているから。

 まぁ、”頑固”は正しいかもしれないけれど……正確には”思い込みが激しい”だと思う。

 

 そのせいで恥ずかしいことばかりだ。自分で”お願い”すら出来ない、子供以下の意地っ張り。

 夢通信の切断だってそう。困りきってようやく嫌だと言った。それでさっさと切って貰えたのだから。

 素直にあの次の晩も眠って……嫌だ嫌だと喚いていれば、きっと”島風”はそれを聞いただろう。

 あの世界の主なのだし、きっと……。だから私は、

 

「素直なんかじゃあない……全然。OVER」

 

 私が返答を許すやいなや、早霜の笑い声が聞こえてきた。

 ……なにがおかしいっていうんだ。

 

『あなたが言う通り素直ではないにしても……とても正直者なのね。だから、正直に何があったか話してみて。OVER』

 

 ……言いたくない。言うべきだけれども。

 今回のあらましは例えて言うと……そうだな。

 近道というか、脇道を通って行ったら酷いことになって、それで結局普通の道順に戻ったら……それが最短ルートだった。

 ”遠回り”がどうとかじゃあなく、眼の前の行き止まりがそのままゴールだったのだ。

 

 あまりにあっけなさすぎる、つまらない話だ。

 大迷惑をかけた罪悪感だってある。けれど……少し心が軽くなっている?不思議だ。

 彼女の語り口のせいだろうか……。

 

 それにしても、早霜は……こんな人だったんだ。穏やかと言うにも暗すぎる、だから怖い人柄だと思っていた。

 実際はこう、凄くおおらかだ。例えるなら……”晴れの日の木陰”だろうか。落ち着くのだ。

 だけど”甘い人”……いや、そう思ってしまうのは誹りで、恩知らずだ。

 全く何を考えているんだ、私は……。

 

 自己嫌悪を一旦隅に置いて、もう観念しよう。

 私は口を開いて、

 

「ひどい夢を見た。行きの航海で、別の船団とすれ違ったでしょ。あっちの護衛の艦娘とも会った。その晩に。OVER」

『……ひどい夢……それがどんな夢だったの?OVER』

 

 早霜の反応を聞いて、静かに溜息した。

 ……彼女は、”たかが夢でしょう?”となどと茶化したりしなかった。

 いや、まだ分からないけれど。とりあえず続きを話してもいいことに安心する。

 

「ところで、あっちの艦隊に”島風”がいたのは覚えてる?OVER」

『?……ええ、勿論覚えてるわ。……口に出すのは勿論、それを当人に言うのはもっと変だけれど……”島風”同士が話し合うように促す”不文律”のようなもの。私達にはそういうものがあるわ。OVER』

 

 ”不文律”とは、また大仰な単語が出てきたと思う。けれど納得した。

 まるで示し合わせたかのように、私とあの”島風”は二人きりになった。そう仕向けられていたから。

 ……この際だから感想を伸べておこうか。

 

「でもあいつ、”クサレ脳ミソ”だった。OVER」

 

 かなり遠回しかもしれないけれど、”絶対にもう会いたくない”ということは伝わったんじゃあないか、と思う。

 少し間が空いて、

 

『いや……その……本当に正直ね。でも、もうちょっと他の言い方は無い?OVER』

 

 ……ダメだ。流石に口が悪すぎる。

 彼女も戸惑ってるらしい。これが私の”正直”だけれど……酷すぎる。

 けれど、これに対応する言い換えなんてもっとキツい。

 なにせ─────”ド低能”だから。むしろ言い換えてこうなのだ。

 だから更なる言い換えが出てこないんだけれど……ああ、まぁコレでいいか。

 

「─────”Screw loose”。OVER」

『……英語?そんなに聞き慣れないイディオムだけれど。OVER』

 

 ……当然、学校教育では出ないからだ。悪口をわざわざ教えてどうするって話だ。

 仮に”言ってはいけないです”なんて言おうものなら……みんな喜んで使うだろうな……。

 

「“イカレてる”。ネジが……特に頭の。それが緩い、ってことだから……OVER」

『なるほどね……そういう英語の”スラング”。”イカしてる”と思うわ、少なくとも私はだけれど』

 

 今度は”ジョーク”として気に入ってくれたみたいだ。

 ……まぁ、結構に酷い貶しで、確かに”言い換え”には十分だな。

 つまり口は悪いままだ。反省しろよ、私……。

 

 それはともかく。

 耳障りが良く聞こえるのは……母語ではない─────私とてそうだけれど─────ってだけで、それに含まれるニュアンスの伝達が弱まっているせいか。

 ”Fワード”だってそうだ。これも日本人には”イカした”煽りに聞こえるだろう。

 実際は……日本語で言うと”くたばれ”にあたるはず。

 

 よく考えると、“スラング”として“死ね”という……超ド直球が使われるってのは変な話だな。

 世界を探してもなかなか無いんじゃあないか?

 そういや“くたばりやがれ”相当の言い回しは、相手を辱める類のものがほとんどだ。そんな気がする。

 

『それはいいとして……あなたが言うのも尤もね。私も”またか”って思っているもの。……だからこそ、あなたが興味深い。どうしてそこまで違うのでしょうね。OVER』

「……どうしてなのかは、分からない」

 

 私とて頭がしっかりしているとは思えない。

 それでも……彼女は、私と”島風”達を別のものだと見てくれている。

 正直、とても心強いし……裏切りたくない。どうして私を”信用”してくれるのかわからないけれども。

 私は、誠実に─────努めてだ。客観的には分からない─────ちゃんと話そう。そう決意できた。

 

「続きだけれど……私はあいつに”発見”された。……それで、『見つけたから、これであなたも”私”』……って感じのことを言ってた。最初に言った酷い夢は、その晩に見た」

 

 ”OVER”は言わない。このまま一気に話してしまおう。

 

「夢の中は、黒かった」

 

 黒い世界。暗いのではなく、あれは明らかに”黒”だった。

 光らしい光はなかったと思うけれど、たとえ頭上に太陽が輝いていても、きっとあの世界は黒かっただろうと思う。

 

「そこに、何人もの”島風”がいて……私を”私”って、呼んできた。あいつらはその夢を、空間を……”夢通信”って呼んでた」

 

 一人称としての”私”ではなく、二人称として使われた”私”。

 ……文法上おかしいと思うんだけれど、つまりはこの”おかしさ”がそのまま答えだ。

 そもそも二人称……他人がないのだ。

 

「みんな、”私”だって……”私”を分かることが出来るのは”私”だけって。あいつらはもう”自分自身”じゃあなかった。”島風達”……になっていたんだと思う。もうその中には”一人ひとり”ってものがなかった……”自分”をなくしてた」

 

 “I(わたし)”と“You(あなた)”。その境界が失われていた。

 ……こういうのを、なんて言うんだろう。

 それに、なぜ彼女達は”We(わたしたち)”ではないんだろう。

 完全に同一である、という意味なんだろうか。

 

 多分この話とは全く関係ないけど、”We”は……バリエーションとして”I & I(アヤナイ)”という言い回しもあったな。

 確か”ラスタファリアン”─────ステレオタイプな認識だと”ヒッピー”の親戚か何か。いや色々間違ってる気がするな─────の用語。

 あの言い回しはどういう思想で発明されたのだろう?……まぁいいか。

 

「私は、”私であること”を失くしたくなかった。”自分自身”でいたかった。……あんなのと一緒にいたら、気が狂って……”島風達”に、一つにされてしまうような気がして。それで、”夢で通信”なんだから、寝なければいいと思った」

 

 あまりに短絡的すぎた……けれど、もうそれについて反省は済ませた、そのつもりだ。

 

「ともかく、以上。これが徹夜の理由。OVER」

『……かなり奇妙な話ね。けれど……”島風”という艦娘が必然的に抱え込む孤独。それを埋めるため、慰め合うために……”夢通信”、で合ってる?ともかく、”島風”同士が夢の中で集合する仕組みがある。この認識でいいかしら?OVER』

「……うん。それで合ってる、けど」

 

 ……随分とさっぱりと纏めてくれた。過不足ない。

 

「まるで、前から知ってたみたいに理解が早いね……OVER」

『……それは……その、なんだか似た話というか、筋書きを知ってるから……なのかもしれないわね』

 

 うん?……”筋書き”。ストーリーとか、計画とか、そういうのだろうか。

 そう考えていると続けて、

 

『”エヴァ”は知ってる?OVER』

「……エ、ヴァ……えっと、”エヴァンゲリオン”?OVER」

 

 確か……”新世紀エヴァンゲリオン”だったっけ。古いアニメだ。古いんだけど、あんまり古そうじゃあないな……。

 未だに新作が出ているっていうのは凄いと思う。けれど私の好きな”あの漫画”に比べればまだまだだ。

 そんなに休みもなく連載が続いているし、アニメ化だって進んでいる。いずれ全部アニメ化する。絶対だ。

 ”エヴァ”はペースがやたら遅いみたいだし……そうだ、”リオン”は”リオン”でもどっちが先に終わるかな。

 

『それよ。……ネタバレではあるけれど、古い作品だし……実際にこんな似た話が出たから、今説明するわ』

 

 と、いきなりアニメの話にされてしまったけれど、まぁ私は理由を話し終わった。

 顛末はまだだけれど……いいか。まず聞いてみよう。

 

『核心から話すと……ストーリー上で動いていた計画があってね。”人類補完計画”というのだけれど。この計画の目的は、アニメが終わってもなお謎を残している。ただ一応、”何が起きるか”はちゃんと表現されたわ。

 

 それが、生命を”一つ”に還元するということ。一つというのは……文字通り一つなの。人間の自我、そして肉体という境界を解体して……劇中では液体、最終的には海のようになった。

 

 このような”過程”を経たいというのは、計画を進める2つの勢力の間で共通する。彼らの目的は異なる……のかしら。曖昧にされているからはっきりとは言えないけれど。

 

 ……とにかく分かれば良いことは、最終的に全ての生命が”自我”を失ってしまう、ということ。だから似ているのよ。”島風達”の試みというのは。OVER』

 

 ただのロボットアニメでは無い、ということは何となく知ってたけど、そんなに大仰なストーリーだったのか。

 2つの勢力がどっちも世界をホロ暴走としているっていうのはとんでもないな……。

 

「……なんか、難しいアニメだったんだ。OVER」

『単に難しいだけじゃなくて”無駄にややこしすぎる”のよ。いくらでも深読みが出来るってことで、考察ブームが物凄かったみたいだし……今でも漫画の”考察本”なんてもの、あるでしょう?私はそういうのに興味はないけれど……多分、そのはしりね』

 

 当時のサブカルチャーの情勢がそうだとすると、”エヴァ”以前はシンプルだった、ってことなんだろうか。

 妙に勘ぐってしまうというのが許容されるくらい、込み入っているのに曖昧……それが”エヴァ”か。

 未だにコンビニでその手の考察本を見かける気がする。

 

『……話を戻すけれど、その計画は最終的に頓挫するわ。それが何故かというと……その計画の核となった”碇シンジ”という主人公が、”他者の存在を望んだ”の。自他の境界を失くして、全てが”一つ”になるはずだった補完計画、それと真反対の思考。これによって計画は破綻した、というわけ』

 

 ああ、そういうことか。

 似ているな……確かに。その主人公と私のスタンスは逆だけれど、シチュエーションは少し。

 でも私は他人を望むわけでもなくて、”自分”を望んだわけなのだけれど……いや、それは関係ないか。

 似ているのは“島風達”の方だった。

 

 あいつらは“他人を望まなかった”んだ。

 “島風”だけの世界に引きこもって、ひとつになった彼女達。

 確かに”人類補完計画”とやらの目指したものに似ている気がする。むしろ具体化ですらあるかも。

 

 加えてだ、彼女達のいずれかでもが“他人”を求めたならば。

 きっとあの“私”という集まりは破綻するんだろう。そういうところまで同じだ。

 ”イカリシンジ”という主人公の胸先三寸で世界が変わったように……本当に脆い。

 たった一人の思想が、共同体─────と言うか、群体?─────のあり方をそのままに覆すのだから。だからそんな異物は排除されてしまう……違うな、むしろ置き去りにするのだろう。

 

 ……って、そんな“無駄にややこしすぎる”抽象的な物事が本当に具体化しているのがおかしい。

 なんなんだこの世の中は。

 

『少し、話しすぎたわ。ごめんなさいね。……とにかく”夢通信”には、寝ると繋がるのでしょう?リンガで寝ていた間はどうだったの?OVER』

「繋がったよ。また”島風達”と出くわした。……でも、今晩からは大丈夫。OVER」

『本当に大丈夫なの?……気が狂いそうなほど、嫌なのでしょう?OVER』

 

 それじゃあ顛末を話すとしよう。私にターンが返ってきた。

 “きっとまともになる”。その根拠を話して彼女を安心させたい─────そうだ。

 “信用してくれる”ことに、“信用してもらって大丈夫”と返したい。

 ……普段からトーンが低い自覚があるから、少し上げ目に言ってみよう。陰気な声で言うより良い。

 

「もう私は”夢通信”とは繋がらないことになったから。……”オリジナルの島風”に会って、切ってもらうように頼んだ。だからちゃんと寝るし、きっと……”信じて”くれる通り、ちゃんとしていられると思う。OVER」

 

 ”ちゃんと寝る”……その言葉は勿論、この動機だって子供っぽいかもしれないけれど……。

 彼女が信じるような私でいたい。

 ……だってそれは、もとより私が望む”私自身”と同じだと思うから。

 

『……問題は解決した、と思っていいのね?OVER』

「うん。……あなたは私を信用してくれた。それに応えたい。心の底から、そう思ってる。OVER」

 

 少し恥ずかしいけど、そう言ってみた。

 前向きな自分がこっ恥ずかしいのは、普段から俯いて後ろ向きだからだ。……たまには顔を上げないと。

 

 無線の向こうから、木陰のような笑い声が聞こえてきた。

 いつもなら不気味に聞こえるはずなんだけれど、今は涼やかに聞こえる。

 

『大袈裟ね。でも……やっぱり、あなたはとても正直で……そう、素直な子ね』

 

 また”素直”と言われてしまった。それに”素直な子”って言い方も、なんか。

 けど、私の決意をちゃんと取り合ってくれたし……いや、やっぱり恥ずかしいな……ガキ臭すぎた。

 正直に話したことをそんなに後悔はしてないけれど、もうちょっと上手い言い方とかあったんじゃあないか……。

 

 遠くを見て、けれど心の内側─────一番近くだ─────を覗いてみる。

 絶望のドス黒さは、随分と薄くなっていた。

 心を軽くしてもらった、支えをしてもらったことに情けなさがないわけじゃあないけれど。

 

『……頑張りましょう。私は、見ていますから。OVER』

 

 見ていてくれる……。”見物”ではなくて、きっとこれは”応援”だ。

 彼女の視線─────いや、今物理的に通っているわけではない─────を感じる。

 こんな純粋に、嬉しいと思える”視線”……いつぶりに感じただろう。

 

 いじけるのをやめたわけじゃあないと思うけど、心の縮こまりが少しほどけた気がする。

 少し視線を上げると、空が青かった。

 ……普段ならイヤミな空だと思ってしまう。いつも暗い気持ちだからなんだけど。

 でも、今日は違っていて……素直に少し嬉しかった。

 


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