島風ちゃんは考えるのをやめた   作:黒灰

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2019/07/18
全面改稿。

2019/07/22
終わりに1000字ほど追加。


夜の帰航路

『……そういえば、だけれど。このままお話に混ざる?OVER』

 

 ……あ、そういえばこれって雑談用の電波だった。

 他の人を締め出して─────本当に聞いていないんだろうか?実は筒抜けだったりして─────二人だけで話をしていたけれど。

 少し、考え込む。その前に、

 

「ちょっと、考えさせて」

 

 “OVER”はなしで、考えた後にそのまま続けて話そう。少し迷惑かもしれないから、なるだけ早く決断したい。

 

 ……確かに、早霜とは打ち解けられたと思う。いわゆる”アイスブレイク”か。

 でも他の人とは……どうだろう。

 早霜と私の他、二人が海にいるけれど……彼女達は、”霞”と”満潮”。

 いつもは一四時から海に降りる班だけれど、今日は一三時三〇分から。三十分ズレている。

 だから、早霜と私の班も三十分早く海から上がることなっていた。開始時間も同様。よって朝五時半に私達と入れ替わる形で休む。

 

 彼女達への印象は……少し曖昧だけれど、どちらも”キツめ”だ。

 どうキツいのかはまだ分からない。

 ただ、どちらも同じくらいキツいんじゃあないかという先入観だけ。

 

 だって、初対面の─────私の挨拶回りのことだ─────ときと、今回艦隊を組まれた時の顔合わせのときで、かなり酷い目で見られた。

 蔑みの言葉は一言もなかったけれど。多分”言っても無駄無駄”と思っていたんだろう。

 

 ……この鎮守府の皆が皆して私をそういう目で見ていた、というのは、早霜との話でようやく正確に理解できた。

 そして、それがまだわかりきっていなかったからこそ、彼女達の態度は尚更にキツく感じた。多分。

 

 しかしだ。態度だけでもあからさまにしている彼女達は……率直である、とも言えるんだろうか。

 他の艦娘からは……多分、無関心・呆れ・蔑みを足して割ったような目で─────考えてみるとそれはそれで嫌すぎる─────あったのだけれど、彼女達はストレートに嫌悪感を伝えてきている、気がする。

 

 つまり─────ダメだ。あまりに直球すぎてキツすぎる……。

 それに、人間関係を”新しく”始める……早霜が私を、”今での島風とは違う”と信じて話をしてくれたように、彼女達にも分かってもらうには……何か話題が必要だ。ほんのささいなことでいい。

 

 そうだ、荷物だ。

 私の背嚢二つを持ってきてくれたのは……。

 

 ……早霜、だろうな。同室だし。考えればすぐ分かることだった。

 

 結論として、私は彼女達とのお喋りに混ざれそうにない。

 無理。とりあえず言うこととしては、

 

「……ごめん、今は、やっぱり…………あと、私の荷物を持ってきてくれたのは早霜?OVER」

『分かった。……それと、荷物は私が持っていったわ。何か不備があったかしら?OVER』

「ううん。……持ってきてくれて、本当にありがとう。あと、霞と満潮には、お喋りの邪魔をしてごめん、って……それだけお願いします。OVER」

『そう……。でも、仕方ないわね。満潮、霞。聞いていたら応答お願い。OVER』

 

 え?

 ちょっと待った。

 その、私のガキ臭い決意表明とか、それ以前にゴミカスみたいにウジウジしていたのが、丸聞こえ?

 それで何も言えずに泡を食っていると、

 

『……聞いていなかったようね。流石、義理堅い』

「はぁー……」

 

 無線には乗らないように、今日一番の溜息を吐いた。……本当に良かった。

 あれは紛れもなく本心。そうであっても─────むしろそうだからこそ─────そうそう他人に打ち明けられるものじゃあない。

 ……でも、早霜には聞かせることが出来た。何故、いや、その理由は明らかだ。

 私は、彼女に縋り始めているんだ……。

 

 ……今はそれでいいのかもしれない。むしろ、今だけ大目に見てくれることなんだと思う。

 早くちゃんと自分の足で立ちたい。自分の足で歩いて、皆と”新しく”関わっていきたい。

 多分早霜は……これからも世話を焼いてくれるのだと思う。

 それは正直に、本当に、ありがたいと思う。

 

 いや、”だからこそ”だ。

 私は二十歳だ。紛れもなく若者。それでも成人、大人だ。

 その時が来たのだから、そう振る舞う。

 保護者とかの庇護下にいちゃあいけない。いてたまるか。……あんな”教条主義者”みたいな。

 カルトより質の悪い……”おとぎ話”をボクで再現しようとする、ろくでもない親……。

 

 ……そんなのより、このひとのほうがいい。

 

『それじゃあ……他、何か話しておきたいことはある?OVER』

「え、あ」

 

 ─────何を考えているんだ、私は。

 ”ボク”なんて……もう子供じゃあないって考えているのに。

 しかもすべきことと”全く逆”のことまで思い浮かべて……馬鹿だ、ウスノロだ。嫌になる……。

 そうした自己嫌悪を噛み潰して飲み下す。また一つ溜息。

 

「……ううん。大丈夫。……ありがとう。OVER」

『そう……それじゃあ、がんばりましょう。OUT』

 

 不自然にトーンが低くなった。……と、思われていないか、そんな不安。

 それを見て見ぬふりをするように、無線のチャンネルを連絡用に直した。

 ……うっすらとしたノイズが、潮騒と混ざって落ち着く。

 

 そう言えば、話しておきたいこと─────というか“気になること”?─────はないわけじゃあなかった。

 

「あの時、”おむすび”じゃあなくて……”おにぎり”って言ってた……」

 

 本当に、そんなどうでもいいこと。無駄な疑問だ……。

 どうかしている、そんなことが頭に引っ掛かったままなんて。

 

「はぁ……」

 

 嫌気を三度目の溜息にのせて、吐き捨てた。

 ……とにかく仕事だ。

 しっかりやろう。それが私の義務だ。

 

 

 ●

 

 

『─────交代です。一班は休憩、三班は護衛任務を再開して下さい』

 

 二一時半になった。それをこの通信で知る。

 時間の感覚がほぼ無いままで仕事をしているからだ。

 ……そのせいでメリハリがないのか、それとも最後まで気を抜かずにいられるのか。

 

 私は……多分、後者寄りだと思う。

 というか日没が十分に区切りを作ってくれていると思うから。

 やっと半分終わったなというか……いや、全然半分じゃあないと思うけれど、ともかく心の中で一区切りはある。そう感じている。

 

 行きの道行きとは違って、カンテラ─────本当に”カンテラ”で合ってるんだろうか?─────の光は右前。

 それに導いて貰って、加速。そして並走。光の真下に伸びる縄梯子を掴んで甲板へ。

 

 ……よく考えると、行きの道の途中からはこれを意識朦朧としながらやっていたのか。ゾッとしない。

 でも慣れて来た感じはあるから、経験値はちゃんと貯まっているらしい。

 行きの道より随分危なげなく……というか自信を持って登れるようになった気がする。

 

 甲板に上がると、何度も見た顔。如月だった。私にいつも向ける表情をしている。

 けれども今はもう、特に悲しい気持ち─────悲しかったのか、今まで?─────にはならなかった。

 

「次、よろしくお願いします」

「……お疲れ様」

 

 やりとりもいつもと変わらない。でもなんとなく、

 

「気になってたんですけど、その灯りって”カンテラ”……なんですか?」

 

 そう聞いてみると、彼女はいささか面食らった顔になって、

 

「……え?あ……そう、とも言うのかもね。特に”そうだ”と言われたこともないけれど……」

「そう、なんですね。……ありがとう」

 

 なんだ、みんな結構ぼんやりした認識なのか。

 なんとなくで認識してる、というか……特に気にしたこともないんだろう。

 ”灯り”は”灯り”で、それが”ライト”であっても”カンテラ”であっても、あるいはそっけなく”電灯”でも。

 別に意味さえ通れば差し障りのないことで……。

 

 けれど……コミュニケーションって、こういうのから始めればいいのかな。

 一度煙草で失敗しているから麻痺していたみたいだけど……こういうのでいいはず、だ。

 なんでもないこと、世間話……私には”新人”という肩書がついているのだし、こういう”まだ知らないこと”を取っ掛かりに話しかけていく……そういうので行こう。

 だから今日は一歩進んだ。そういうことにして、いや違うな……”そういうことになればいいな”、だ。

 例えば今話しかけたことにしたって、返答をちゃんと返してくれただけであって……内心までは推し量れない。

 どう思っているのか、気になる……。

 

 そう思いながら私は艦橋のドアを開けて入り……その場で聞き耳を立ててみた。

 すると、すぐに甲板と艤装の擦れ合う音……早霜が上がってきたみたいだ。

 

『お疲れ様』

『ありがとう、次、お願いするわ』

 

 如月が声を掛けて、早霜が応える。

 ああ、この二人の関係はちゃんとしているし、会話らしい会話が聞けそう。

 そう思っていると、

 

『……ちょっと聞いていい?』

『?……いいけれど、何かあったのかしら』

 

 如月の問いかけだ。……流れから考えるに、私の話題になるかもしれない。

 怖いもの見たさ─────聞きたさだけど─────に心臓が少し速くなる。

 

『これって……“カンテラ”なのかしら。それとも単に“電灯”?』

『……私は”灯り”でいいと思うけれど。ずっとわかりやすいもの。”カンテラ”は……少し風情な言い方ね?』

『そうね。……けど、”灯り”の方が100%伝わるし、そういうことにした方がいいのかしら……』

『風情も好きだけれど。でもいきなりそんなこと、どうしたの?』

『ああごめんなさい。その……島風がいきなり聞いてきたものだから』

『あら……そう』

『えっと……彼女、まだそこにいると思うわ』

『え?』

 あ、?

 

 ……思った途端、足が動いた。

 階段を下って逃げていく。ガンガンと階段と艤装のぶつかり合う音が響き渡って……きっと外にダダ漏れだ。

 情けなさすぎる……。

 

 そうして階段を降り終わったと同時、上からドアの開く音が降ってくる。

 閉じる音、慎ましやかな─────私のなんかより軽快な─────足音が続く。

 その音から逃げるように、早足で船室を目指していく。

 ……足音がうるさい。それに気がついて、急に速度を落とす。

 ああ、静かに歩く方法が分からない……そんなことも分からないほどに動転している。

 

 ダメだ。ダメだ。ダメだ。

 こんなの、本当に、子供じみてて。

 

 項垂れて歩くと、だらしのない音を引きずるようで。

 それがまた、ダメだ。

 

 曲がった背筋を、笑い声─────堪えてるらしい─────が撫ぜる。

 それを振り払うように背筋をピンと伸ばして歩く。もう足音なんて知るもんか。

 

 早足で風を切って歩くと、顔が冷える感じがする……それに気がついて、頬に手をやった。

 ……案の定だった。

 

 

 ●

 

 

 船室のドアを乱暴に開けて、脚部艤装を脱ぎ捨て、魚雷発射管……は、なけなしの冷静さでそっと床に置き、ドアのそばに置いてあったビニール袋を引っ掴んでから私はハンモックに飛び込んだ。天井が低く軋みの音を立てた。……少し肝が冷える。

 

 けれど、この熱くなった顔はどうしようもなかった。冷房なんかじゃあ冷めていかない。

 ブランケットで顔まで覆って丸くなる。少し湿気って居たせいか、冷たくなっていた。

 それに思わず身震いしたけれど、頬にこすりつけてみる。

 この湿っぽさは普通なら不快だけれど、今だけはほんのちょっぴり心地良い……。

 

 間髪を入れずに船室のドアがまた開く。そして足音。抑えたせいか低い笑い声。

 

「ふ、ふふ」

 

 何がおかしい、なんて言おうと思ったけれど、答えを自分で分かっていて聞くのは馬鹿らしい。

 ……私は、子供だ。本当にクソガキなんだ。

 こんなに顔が赤いのは、当然……恥ずかしくて仕方がないから。

 早霜が声を掛けてこないことが、却ってこの恥ずかしさをひどくしている……。

 

 そう思っていると、

 

「それじゃあ、今日も先にお風呂を頂いてもいいかしら?」

 

 ……いつもは黙ってそうしていたのに、今日になってこんな言葉。

 それに不意を打たれて思わず体が震えた。ハンモックが僅かに振れてしまう。

 

「どうぞ……」

「ありがとう」

 

 そう言うと、艤装を床に降ろしたゴトゴトという音、そしてゴソゴソと何かを漁る音が続く。

 先ほどとはまた違う、ひたひたという足音。ドアが開いて閉まる。

 ……静かになった。

 

 一人だ。

 

 ……少しだけ落ち着いたかもしれない。けれども、まだなんだか胸の中がモヤモヤしている。空腹を満たせば少しは変わるかもしれない。

 そう思い立ってビニール袋を開けると、いつものおむすび。今晩の分は梅干しが散らされていて……いつもより美味しそう。思わず食欲がそそられて、行儀は悪いけれど寝姿勢のままラップを剥がしてかぶりついた。二つ一気に、がっつくように口の中に放り込んで、ろくに噛んだりもせずに飲み込んでしまった。

 

 いくら美味しいからって、短気が過ぎる。だから顔を……頭を冷やしたい。そう思って、

 

「……煙草、吸いに行こう」

 

 私はブランケットをのけて、ハンモックから降りた。そして部屋の隅に置いてある背嚢の軽い方、そっちの口を開いた。

 煙草のカートンがたくさん詰まっている。どれにしようか。

 

 ……頭を冷やしたいのなら、ひんやりするのがいい。キツめのメンソールだ。

 ラーク・アイスミントにしよう。カートンを半分ほど引き出して、シュリンクを剥がす。そこから一つ取り出して、また箱の包装を剥がす。ライターは……確か背嚢の奥かな。空っぽになったところにカートンを押し込めたから、多分……。

 

「あった」

 

 安心した。これで煙草が吸える。

 ……でも、一本吸ったらすぐに戻らないと。早霜の風呂は早いから……。

 

 邪魔なリボン、靴下は脱ぎ捨ててもう汚れ物入れに。

 と、それと携帯とイヤホンを拾って……靴を履いて。

 船室を出る。

 

 

 ●

 

 

 甲板に上がるまで、やっぱり誰とも会わなかった。

 ……それでいい。急に誰かと出くわすと、猫のように固まってしまうような……そんな気がする。

 それはとても恥ずかしいことだ。何か後ろめたいことがあるようで─────勿論そもそもあるのだけれど─────みっともない。

 

 甲板、船尾近くにやってくると、半分くらいの月が昇っていた。

 ……行き道の時は北が後ろだったけれど、今度は南を背にしている。当然のことだった。

 行き道では月が昇ってくるのを見て海を走っていたし。

 

 いつもは手すりに寄っかかるんだけれど、今日はなんとなく座っていたかった。本当は構造物に寄りかかって月を見上げたい。でも灰皿がなかった。仕方なし、手すりを頼りつつ甲板の縁に座ることにした。海面上に足を放り出す形。……靴がゆるくないか心配になったけれど、なじみ具合からして多分大丈夫だろう。

 携帯は……手の届く範囲で遠くに置いておく。

 

 手に持った煙草のパッケージ、その蓋を開けて……中紙を剥がしていなかったことに気付いて、破り捨てた。そのまま海へ。一本取り出して、前歯でカプセルを噛み潰す。そのまま咥えてターボライターで着火。

 

「……ふう」

 

 軽く一回蒸す。生暖かい空気にハッカとミントの味が混じって涼やかだ。落ち着く……。

 パッケージとライターを甲板、ちょうど背中くらいの位置に置くと、手すりを掴みながら背伸びをした。天を仰ぐ。星の海は当然だけれど、凪いで透き通っている。

 

「海の上って、本当に星がキレイだな……」

 

 煙草を咥えながら、思わずそんな独り言が出る。

 

「星……星屑……」

 

 ”星屑”と来れば”十字”。そう連想して……南十字星を探し始める。

 けれど、普段天体観測なんてしないわけで、満点の星空から星座を見つけることはできなかった。

 東京じゃあ星空を満喫するところなんてロクにないわけで、当然といえば当然か。

 せっかく海に出る仕事を続けられているんだから、趣味に天体観測を増やすべきだろうか?

 趣味は人生を豊かにしてくれる。それに星を見るとは……自分にしては静かな趣味で、なんとなく心惹かれる……。

 

「……音楽、聞こう」

 

 一本吸い終わるまでの短い時間だけ、ほんの一曲だけ。

 ……この航路は帰り道だから、そういう曲がいい。

 タイトルには”Train”が入っていて、海の上には似つかわしくないようにも思えるけれど……帰り道には本当にいい曲だと思う。

 イヤホンを携帯に挿して、耳に装着。検索するまでもなくプレイリストからその曲を選んで再生開始。携帯を脇に置く。

 

 汽車の音のような美しいリズム。

 弦の音とも電子音ともつかない不思議な旋律。

 ノスタルジックで叙情的なピアノ。

 

「……何の楽器なんだろう、コレ」

 

 そう思いながら、月を見ている。けれどもそれだけじゃない。この曲の雰囲気が心を飲み込んでいく。

 そういう気分に浸りたかったのは事実だけれど、思った以上に感傷的になって……。

 半分のあの月がどうしようもなく綺麗に思えてくる。

 

 

 

「……何の曲?」

「─────うわぁっ!?」

 

 背筋がビリビリと痺れて、体から叫び声が出ていった。

 口はポカンと開いて、短くなった煙草が素足をかすめながら海面へ落ちていく。

 ぞわりとくる気配に、右肩から振り返る。

 

 膝立ちで、キョトンとした顔の早霜がそこにいた。制服はちゃんと着ている。

 イヤホンを外しながら、

 

「び、びっくりした」

「……ごめんなさいね。呼びに来たつもりだったのだけれど」

「あ、ごめん……」

 

 思った以上に長居してしまったのか、それとも早霜がそれ以上に早かったのか。わからないけれど、手間を掛けさせてしまった……。

 

「いつもここで煙草を?」

「う、ん」

 

 質問が来たのでそう返す。別にどうってことない。誰かの場所ってわけじゃあないんだから……。

 

「えっと……曲の話、だっけ」

「ええ。何の曲なのかちょっとね」

「……”Last Train Home”。これ」

 

 正直に、携帯の画面を見せながら曲名を教えた。

 すると彼女は意外そうに目を丸くして、

 

「あら、パット・メセニー?」

「知ってるの?」

「ええ、有名なジャズギタリストだもの。あなた、ジャズ系が好きなの?」

「……いや、全然」

 

 というか……この曲、ジャズ系だったんだ。

 ジャズって……もっとなんというか、うわんうわん揺れる感じのイメージがあるんだけれど、全然そんな感じはしないし。というか、ジャズギタリスト?……勿論そういうのもいるんだろうけれど、どういうギタリストなのかピンとこない。私が知ってるのはロック系くらいで……ジミとかクラプトン、あとペイジのイメージだ。

 

 釈然としない様子の早霜は首を傾げ、左手の親指を唇に添えて、

 

「あら?じゃあどうやってこの曲を知ったの?名曲ではあるけれど……」

「その……アニメのエンディングテーマになったから」

「アニメのエンディングに……洋楽を取り上げるようなアニメがあるの?」

 

 え?

 ……知らないんだ。YESの曲だって使われて話題になったのに。

 

「最近のアニメ、見ないの?」

「ええ。昔はちょくちょく見てたけれど……ここ数年見てないわね。どちらかと言うとゲームや活字の方が好き、というのもあるかしら。それで、何のアニメなの?」

「ジョジョ」

「ジョジョ……ああ、アレ」

 

 趣味の守備範囲外ってことなら仕方がないんだろう。”ジョジョ”も名前くらいしか知らないみたいだし。

 知らない人間に語ることほど情けないものはない……。

 

「去年放送された分、そのエンディングに使われたから……いい曲だなって」

「そうね……メセニー先生も大人しくギター・シンセサイザーを弾いていて、聞いていて落ち着く曲かしらね」

 

 ミュージシャンを”先生”呼び?変な感じだけれど……もしかして”Mr.”が転じて、とかなんだろうか。

 けどそれより耳馴染みがない言葉、

 

「ギター……シンセサイザー?」

 

 疑問の調子で問いかけてみると、

 

「ああ、メセニー先生が多用することで有名よ。ギターでシンセサイザーを鳴らす、変わった楽器ね」

「”Synthesize“……合成?ギターで、えっと……”合成“って、どういう?」

 

 彼女は膝立ちの姿勢を崩してそのまま座ると、

 

「シンセサイズ……って、良く単語の意味が出てくるわね」

「英語だけは得意だったから……」

「それにしたって……使い所が思いつかないのだけれど」

「英単語なんてそういうもんでしょ。中学英語レベルで日常会話には不便しないし」

「つまり……マニアなのね」

「……そうかも」

 

 確かに、少なからず言語への興味はある。つまり文系の頭をしているんだろう。

 文系に未来はないと思って理転したけど。まぁ今となっては何の意味もない……。

 少し嫌な気分になった。自業自得だ……。

 

 目線を逸してまた月を見上げる。話の途中で顔を背けるのは、失礼だと分かっているけれど。

 ため息を吐きかけるわけにもいかないからだ、と言い訳を考えて、一つ息を吐いて視線を戻す。

 早霜が首を傾げ、うっすら疑問の色をした左目を向けてきて、

 

「英語に何か思うところでもあるの?」

「いや……なんでもないよ」

「……そう。そう言えば、タバコ。吸わないの?」

「……普通、人が話してるところで吸わないでしょ。喫煙所ならともかく……」

「それも……そうね。じゃあ一本もらえるかしら?」

 

 彼女は私の左隣に身を滑りこませて、足を甲板の縁からぷらりとぶら下げた。

 それよりも、私は彼女がタバコ吸いだということは全く知らなくて、思わず、

 

「タバコ、吸うの?」

「昔はね。軍に入る前に禁煙したから……2年ぶりくらいかしら?」

「ふぅん……」

 

 背中に右手を回して、タバコの箱とライターを手に取る。箱を開けて左手に持ち、彼女に差し出した。

 

「ラークの……何かしら?」

「アイスミント。カプセルも入ってる」

「今時ね」

 

 左手で一本摘んで取り出し、そのまま唇へ。着火する。

 一息蒸すと、薄っすらと微笑んだ。

 

「ありがとう」

 

 懐かしんでいるんだろうか……吸う姿を見るに、それなりに慣れた様を感じる。

 もう一度吸い込んで吐き出すと、左手の人差し指と親指でフィルターをつまんでカプセルを割った。

 ……歯で噛めば楽なのに。

 そう思いながら私も私でもう一本着火。歯でカプセルを潰した。気分がスッとする……。

 

「ふぅ……それじゃあ話を戻すわ。シンセサイザー……つまり”合成機”か何かになるのかしら。その言葉も、楽器に興味がなければ知ることもないのかもしれないけれど。楽器は何か経験があるの?」

「ないわけじゃないけど……ないのと同じだと思う」

「そう……」

 

 父親のギターで少し遊んでいたくらいでは、ないのと変わらない。

 別に謙虚に振る舞ったつもりはない。私が”ある”と断言できる基準に達していない、それだけのことだから。

 

「なら……誰でも分かるように言うと、所謂”キーボード”って言われる楽器はシンセサイザーに分類されるわ」

「へぇ……」

 

 でも、”Synthesize”ってイメージではない。色々な音色が出るってだけで……。

 

「じゃあ、何が”合成”なの?」

「私もそこまで詳しくはないから、あなたが満足できる説明はしてあげられないと思うけれど……多分、”合成音声”だから、じゃないかしら?」

「あー……音を録音して、それを鳴らしているわけじゃなくて……ってこと?」

「本物の音の波形、それを再現して音を出している、とかだったと思うわ」

「再現……だから妙にパチモン臭いんだ……」

「それはそういう味、って考え方もあるでしょう?……とは言え、今時はリアル志向が主流だけれど」

 

 窘められるような声で、咎められた。……よく考えなくても今のは口が悪かった。

 本当にダメだ……。そう思って目を閉じつつ、適当な言い換えを考えて、

 

「……じゃあ、趣があるってこと?」

「そういうことね。本物ではないなりに価値があるものなの。カップ麺のようなもので」

「……なるほど」

 

 私だって、中華屋の本格的な焼きそばとカップ焼きそばは分けて考えているし……確かにそういうものなのかもしれない。

 

 シンセサイザーについては、少しわかった気がする。少し勉強になった、と人心地着いたところで、タバコから長くなった灰を落とす。

 早霜も左手を遊ばせてタバコを弾いていた。一息とばかりに吸う。

 薄い煙を吐きながら、

 

「けれど、そういうものは作り置きと言うか……楽器メーカーが作っておいた波形パターンを使うだけのものってことになるわね。これが所謂キーボードで、デジタルのシンセサイザー。でも、原型のアナログシンセサイザーや、それを模したデジタルシンセだと、音色はまさに”自分で合成する”ものになる」

「……自分で?どうやって……」

 

 楽器メーカーが作り込んで用意した波形に勝るものなんてあるんだろうか。

 そういうのって結局出来合いが一番、と相場が決まっていると思うんだけれど……。

 

「波形の形、周波数……音を重ねたり……そうして作るのが本来の形だったはずね。そこまで詳しくはないから、今度調べておくわ。それと……ああ、昔はタンスみたいな形だったのよ?」

「タンスって……なんでそんな大きな……」

「今ほど科学技術が進んでいなかったから。だから大きくなってしまったの。多分……大昔のコンピュータが巨大なのと同じね。けれど、ライブで使うミュージシャンだって居たのよ?坂本龍一って知ってるでしょう?彼もその一人」

「坂本龍一は知ってるけど……今じゃ考えられない」

 

 ライブの度にタンスのような機材、それも……多分タンスとは比にならないくらい重い機械のはず。そんなものをステージに上げるなんて、一体どれほどの苦労があるものか……。それに、きっととてつもなく高価な代物のはずで。ミュージシャンだけじゃなくて、スタッフの苦労も計り知れないだろう……。

 私が古き時代に呆れる感じで一口吸って吐くと、

 

「そうでもないわ。今だって、自分の音を作る……こう言えばいいかしら、音作りの”システム”が大きいミュージシャンはいるもの。キーボードだけじゃなくて、ギターでも、ベースでも……流石に、タンスまで行くのはそう居ないにしてもね」

「そういうもんなんだ……」

 

 

 それにしても、先に出るべき質問を放ったらかしていた。

 つまり、

 

「早霜はシンセサイザーに詳しいけれど……楽器をやっていた、ってことだよね」

「……そうね、ギターがメインで、ピアノは多少。あと、ちょっとだけドラムが出来るくらい。……元バンドマンだったの」

 

 そうか、バンドマンだったから機材に明るいと。……そうだとしても、早霜だってマニアだ。音楽機材の。

 ……ともかく、棚上げしていた疑問も消化したし、本題に戻す。

 

「シンセサイザーはわかったけれど。ギター・シンセサイザーはどういうものなの?」

「ああ、それを言わなきゃね。今まで話したシンセサイザーは鍵盤楽器。つまり、鍵盤でシンセサイザーをコントロールしている、と言い換えられる。つまりは……分かるかしら?」

 

 ……意味はよく分からない、けれど文をそのまま置き換えれば、

 

「ギターでコントロールするシンセサイザー……ってこと?」

「そうよ。シンセサイザーというのはあくまで音を出すものなの。”どの音階を出すのか?”という、入力は他の機器や部品の仕事になる。それを鍵盤ではなくギターでやったのがギター・シンセサイザー」

「でも……鍵盤とギターで同じように出来るものなの?」

 

 心底疑問だ。アレだ……鍵盤だと、まさにスイッチみたいに”ラ”の鍵盤を押せば”ラ”が出る仕組みのはずで、でもギターってそういうものじゃない。チューニングによって押さえる位置と出る音の関係は一変する。キーボードみたいにどうにかなるとは思えない。

 問いかけに早霜は少し笑って、

 

「ふふふ……それがギター・シンセサイザーがメジャーにならなかった理由の一つかもね」

「……これが?」

「つまり、当時はそこまでうまく出来なかったの」

「……じゃあ、失敗作?」

「それは言い過ぎ」

「あ」

 

 短くなったタバコを指し棒のようにツンツンと振って、また苦言を頂いてしまった。

 本当に口が……酷すぎる。口ごもるくらいの猶予、そういう動作を身につければ考え直せるのに……。

 

「ご、ごめんなさい」

「でも、別に私が悪口を言われたわけじゃないし、謝らなくていいわ。けれど、あなたは率直で……嘘もつけない性格みたいね。社交辞令も苦手かしら?」

「……いや、その」

 

 全く否定できない。そういうマナーと言うか、細かな社会常識に欠けている自覚はある。

 ……クソガキなんだ。いつまでそのままでいる気なのかと、自分で自分を叱りたくなる。

 思わず俯いて、また短くなったタバコを唇から離して海に落とした。

 薄い紫煙のため息が風に乗って消えていく。

 

 

「でも、私だって社交辞令は好きじゃないわ。むしろ……あなたのような率直さは、少なくとも私にとっては好ましい」

「……そう」

 

 褒められるのも、何だか違和感があって……据わりが悪いというか、落ち着かない。

 自分の人格を褒められることなんて、揶揄されたり厳しく叱られたりするのに慣れていたから……変な気分。

 

「少なくとも……そうね、あなたに言うのも、ましてや死んだ人間を悪く言うのも気が引けるけれど、今までの”島風”と比べればずっと素直よ」

 

 私でこれなのに、増して酷い?一体どれだけ酷かったんだか。

 私のような間抜けにすら寛容を示してくれる早霜が、気げ引けるといいつつも苦言を零してしまうほどだ。

 ……ああ、ダメだ。下を見下ろして安心するなんて、それこそ大人げない。

 

「そうじゃないかもしれないんだよ。もっと、酷いのかもしれない……」

 

 自分で自分を蔑んで、他人からの追い討ちを避けるなんて真似も……謙虚なんかじゃあない。これは卑屈だ。でも一体どう返せばいい?”そりゃあ良かった”だなんて言うのは考えられない。

 

「でも、あなたは恥を知っている。だから十分に素直なのよ」

 

 ……”恥知らず”ではない。それは美徳かもしれない。確かに、そう思う。

 思いたいとだけいう願望も、ないわけじゃあないと思うのはともかく。

 己の恥ずべきを知っている。口の悪さ、意固地の汚さ……それに、あの”夢通信”の中で起こした短気も。

 

 それにしても……私は今、”いいところ探し”をされているんだな。

 真摯で、誠実で、嘘のない。……言い換えなのかもしれないけれど。長所短所には裏返しがあるものだし。手放しで喜ぶべきじゃあないとも思ってしまう。だから、

 

「……褒められるような人間なんかじゃないよ」

「ふふふ……本当に頑固で、でもやっぱり素直」

「矛盾してるよ……」

「言うことを聞くだけは素直じゃないわ。……覚えておいて、ね」

「うん……」

 

 それもご尤もだった。ロボットを素直とは言わないように……。

 

「そう言えば”失敗作”という言葉で思い出したのだけれど。私の昔話をしてあげましょう」

「”失敗作”……で、昔話?」

 

 顔を上げて、彼女の方を見た。前髪で隠れた右目は見えないけれど、左目ははっきり捉えた。

 眦を下げて、笑っていて……懐かしそうに、さっきタバコをくわえたときみたいな。

 左手で短くなったタバコをつまむように持ち直すと、最後の一口を吸いきって、海に放り投げた。

 

 まだ話は続くようだし、私はもう一度タバコの箱を差し出した。

 

「あら、もう一本頂いてもいいの?」

「うん。……まだ蓄えは十分にあるし」

「随分買ったのね」

 

 またひっそりと笑うと、彼女はタバコを手にとって唇に挟んだ。また火を差し出して着火。

 それでまた左の指でカプセルを潰そうとしていたから、

 

「カプセル、噛んで潰すと楽だよ」

「……ああ、そうか。その方がいいわね」

 

 またくわえ直して、前歯でカプセルを探るように口を動かして、カチリと噛み潰した。

 煙をゆっくりと大きく吸い込むと、ロングサイズのタバコの先が灯りのように赤くなる。

 

「それじゃあ、私の愛する”失敗作”の話。“ジャズマスター”と……大学生活の話をしましょうか」

「……大卒だったんだ」

 

 意外だったからって、直でその返事はどうなんだ、と思ったけれど……まぁギリギリセーフか。

 そんな少しの心の淀みを、煙に乗せて消し去ろうとする。

 

「そうは言っても、一浪して二年も留年した、バカな学生のお話よ。……今年で28にもなる、おばさんのね」

「……おばさんって歳でもないでしょ」

「あなたは……いくつ?タバコを嗜むのだから……二十歳以上だとは思うけれど」

「ちょっと前に、二十歳になった」

「あら、やっぱり若い子だったのね。じゃあ尚更私はおばさんね。ふふふ……」

 

 そう言って笑った顔は、懐かしみだけじゃなくて……ほんのちょっぴり寂しそうな顔で。

 何故か私は……目を離せなかった。

 

「それじゃあ─────と思ったけれど、あなた、お風呂がまだだったわね。部屋で話をしてあげる。子守唄とでも思えばいいから」

「……あ」

 

 そう言えば、そうだった。すっかり忘れてた……。

 それに気がついて、目一杯吸い込むとタバコを海に弾き飛ばした。脇に置いていた携帯、タバコの箱、ライターを持って立ち上がる。けれど、彼女はそのまま甲板の縁に腰掛けたまま。タバコはまだ長かったし、私ももう少し落ち着けばよかったのか……。もう見えなくなってしまったタバコが名残惜しい。

 

「それじゃあ……」

「ええ。ゆっくりでいいから。話すことを考えておくし」

「うん……」

 

 早足でその場を後にしようとして、思わず振り返った。

 煙をくゆらせながら……足をプラプラさせているのか、体が少し揺れていた。

 

 ……少し、違う雰囲気に見える。

 最初のイメージ、今のイメージ、冷たいほどの静かさや木漏れ日のような穏やかさとはまた違う……。

 私には、それをどう言えばいいのか……分からなかった。

 

「……立ち止まってどうしたの?」

 

 左肩越しに振り返って、左目を流して私を見る。

 それで思わず、

 

「……なんでもない」

「なんでもない……ね」

 

 眦を下げて笑って、タバコを蒸す。

 ……理由もなく人をじっと見るなんて、言い訳として下の下だった。

 だから別のものをでっち上げようと上を向いて……、

 

「……月を、見てて」

「月……そうね。いい月」

 

 彼女は回した首を元に戻すと、少しの感慨と一緒にそう呟いた。

 私も目に入った輝きを眺めて、深呼吸ひとつ分。

 

「それじゃ、お風呂行ってくる」

 

 振り返らない頷きのモーションを見届けて、私は足早にその場を立ち去った。

 

 失敗作。昔話。”ジャズマスター”。大学生活。

 つながりの見えない言葉達。

 どんな話なんだろう。

 

 そう考えながら、艦橋に入って階段を降りて……。

 そして、

 

「……年寄りくさいな」

 

 無礼だけど、そう思ってしまった。

 でもそういうものなんだろう。きっと、歳を取るっていうのは……。

 じゃあ私もそうなるんだろうか。昔の自分について語る、ってことは……多分、”今となっては良い思い出”と言えるようになったってことなのかもしれない。

 

 それに、なんだか。

 パット・メセニーを”先生”と呼んだ彼女は、それこそ”先生”のような気がして。

 ”先輩”とはなんだか違う。7,8歳も離れているからちょっと遠い気がするし。だから多分、きっと”先生”なんだろう。多分、本人の前でそう呼ぶことはないにしても……。

 

 それなら……早霜先生か。語呂も良い。

 そこまで考える頃には、もう風呂の支度を済ませて部屋を出るところで、

 

「……先生に、甘えてるんだな」

 

 自分を省みて、少し情けなくて……なのに、少し居心地がいいのが不思議だった。

 

 廊下を歩きながら、果たして先生のためにゆっくり入るのが正しいのか、早く出るのが正しいのか……そんなことは分かりゃしない。どうせ、風呂の遅い人間だ……。

 ただ、年寄りくさいと馬鹿にした割には楽しみにしている自分がいるのも事実で、自分の中で矛盾している気がする。

 それも含めて、理由のわからない心地よさがあった……。

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