本当に救いようがないな。アギ・スプリングフィールド。
多分、この時俺は生まれた。自我が生まれたのか、新しい命が生まれたのかは分らないが生まれたんだと思う。
生後数秒で死んだが、知識と記憶は有った。その両方が自分のモノであってそうでないモノだけど、知っているのと知らないのでは状況が全然違う。
嫌でも分るのは、生き残る事は出来ないという事だった。
そして、その原因も納得出来るモノだった。
本体≪アギ・スプリングフィールド≫と称するが、まぁ、完全に俺と言うイレギュラーが発生する事は予想外だったろうし、俺を確認する事も出来なかっただろう。本体を恨んだり、憎んだりする意志は俺には無い。
元より、中身≪命・意志≫が無い器に俺が発生する事はあり得ない事なのだ。
本体が自分の死を受け入れれる様に、俺も同じ。ただ、運が悪かった。
自分に非が在り死ぬ。受け入れられる。
自分に非が無いのに死ぬ。まぁ、受け入れるしかない。
相手の理由で殺される。受け入れはしないが、どうしようもなく手遅れなら受け入れるしかない。
痛みが無いのが救いだろう。だってもう、俺は死んでいるんだから。
貫かれた痛みも助骨を折られてる痛みも、感じたのは本体で俺ではない。恨むより感謝しても良いくらいだ。
だが、もし…望んでも良いのなら…
また、俺の儘で生きてみたい。
普通に生活をしてみたい
そう思った。
side川神鉄心
急に産気づいた義娘の容体が気になり、病院の待合室を行ったり来たりとしてしまうのは男親ならば絶対に通る道である。
少なくともワシはそう思っておる。まぁ、初孫が生まれてから四ヵ月後にまた妊娠した報告された時は驚いたが…
いや、やっぱり計画性は大事だと思うんじゃよ。
爺としては嬉しい事には変わりがない。初孫の百代は一歳になった。今から生まれてくる弟に対して並々ならぬ興味を示している様で良く。
「わたしがおねえちゃんだ!!」
と、まだ見ぬ弟が義娘のお腹に居る時より言っておる。かわいいもんじゃて、少々元気過ぎる所もあるが無いよりは全然良いじゃろうて。
生まれてくる子も元気に育ってくれれば、それで良い。
そう思うておった。