俺は真剣でダラッと生きたい   作:B-in

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十七話

 

 

 

 

 

 

 

 

女は傭兵だった。

 

生まれた時から…と、言うわけではなく。育つ過程でその道を歩むことにした。

 

生まれが問題だったのだろうか? 安易な道に行ってしまった事が問題だったのだろうか?

 

それは分らない。強いて上げるとすれば、女の生まれた家が少々特殊で、育った環境も特殊だった。それだけだろう。

 

名をあずみ。忍の末裔であり、その末裔達がその技術・術を劣化させること無く伝える田舎で生まれ育った。

 

忍…忍者と言えば有名どころで風魔小太郎、服部半蔵等歴史上活躍したモノや創作の中で活躍した霧隠才蔵が居る。

 

軽い身のこなし、気配を消し自然に溶け込み、時に暗殺、時に策謀の手助けをする影に生きるモノ達。

 

そんな者達が使う技術の中には大いに役に立つ技術が多くあり、碌でもない技術も腐るほどある。そんなモノを代々受け継いできた。

 

戦い…戦闘・暗殺の技術は勿論、護衛や医学まで多岐にわたるモノ仕込まれた少女は当たり前のように世の中を斜に見た。

 

暗殺による莫大な報酬。要人の護衛ともなれば感覚が可笑しくなるような大金が動く。その半面命の危険にさらされるがそれが当たり前だった。

 

いつ頃からだろうか? 楽しく無くなったのは? 『女王蜂』と呼ばれる様になった頃には既に疲れていた様な気がする。

 

いつ頃からだろうか? 辛く成ったのは? 最初からだった様な気がする。

 

あずみは理解している。目的が、目標が無いのだ。強く成りたい。そう思っていた時期もある。だが、それも飽いた。そんなあずみにとって今回の仕事は渡りに船のようなモノだった

 

(当面金銭に関する問題は無くなった…暫く考えてみるか)

 

先の事を、自分の未来を、自分がやりたい事を。

 

それは誰もが考える事だった。それが来た。それだけだ。だが、それが出会いをもたらした。

 

瓦礫が落ち、血臭と悲鳴が入り混じる炎に彩られた場所であずみは出会った。混乱する場を治めた王に。

 

絶大なるカリスマを放つ少年に。己の負傷もなんのそのと幼子を助け、最後には囮に成ろうとした若き王。

 

一目惚れした。余りにも眩しかった。やられたと思った。思ったからこそこの若き王が心配する者にも意識が行った。

 

後悔した。そう、後悔だ。言葉を発するだけであれよあれよと言う間に敵を報振り、私的に罰まで与えるその暴虐。後悔する前にその姿は当たり前のモノだった。

 

今までも見て来た姿だった。其処までは良かった。銃弾が二人を貫いた。若き王の左肩にめり込んだ鉛玉を見て即座に判断出来たのは死にはしないと言う事だった。

 

止血を施し、逃げる準備をする。その合間にもう一人の手当てを行おうとして…後悔した。

 

既に傷が塞がっていた。だが、その視線はずっと一点を呆けた様に見つめている。

 

「…無理だ」

 

何が無理なのだろうか? 茫然と吐いた少年は年相応にみえた。

 

視線を銃弾を放った人物に向けた。東洋人と言うのは直ぐに解った。顔を見た瞬間に口元が引き攣るのを感じた。

 

李招功

 

中国武術の使い手であり腕利きの護衛であると同時に暗殺も行う武道家。何よりもその名を広めた悪名が有名だった。

 

師弟殺し。師を殺し、兄弟弟子も皆殺しにした男。

 

(拙い…負けはしないが絶対に勝つ事は出来ない。…この方を連れて逃げられるか?)

 

あずみがそう思った時、招功は持っていた拳銃を捨て口を開いた。

 

「ちっ、その若さで瞬間回復を会得しているか…先程の言魂と良い。日本語を学んでいなければ跳び込む所だった。」

 

腰を落とし拳を構える。その姿を見た瞬間に理解する。近づける様に成ったのだと。あずみは迷った。茫然としている少年を見捨てて王たる少年を助けるかどうかを、コンマ1秒に満たない時間でそうする事に決めた。

 

そう判断出来た。直感が告げていた。このままこの少年に付き合えば終わる。あっけなく終わってしまう。

 

「ふっ…ひ」

 

逃げようとした時、少年の口からそう音が漏れた。意思と関係なく体が動かなくなった。

 

(うっ…あっ…)

 

殺気、怒気、闘気。それらが入り混じった。そう、狂氣と言えば良いのだろうか?

 

ガリッ

 

歯が折れる音が聞こえた。少年の口から折れた歯が吐きだされた。もう回復しているのだろう。

 

綺麗な歯並びだと思った。血が滲んでいなければ。よくよく見れば顔立ちも整っている。血走った目をしていなければ、そんな目で笑みを浮かべていなければ。

 

「ッア!?」

 

「カッハァ!! ハハハハッ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

大ぶりの打ち下ろし。見え見えのテレフォンパンチだ。綺麗に受け流されるか避けられる。少年は死ぬ。そう確信出来た。

 

拳が李招功に届く前に払われた。ボキリと鈍い音が聞こえた。腕を折られた、続く一撃で首を狩られるだろう。止める術を持たない自分には何も出来ない。

 

ゴキッと聞きなれた音がした。

 

「アッ?…ガァァァァ!!」

 

「クッハァ、ハハハハ!!」

 

(何がどうなってる?)

 

二回聞こえた骨が折れる音。だが、骨が折れて苦しんでいるのは少年では無く李招功だった。いや、確かに少年の体から折れる音が聞こえた筈だ。しかし、目に映るのは五指の内四指が手の甲へ向けて折れ曲がり、膝を吐いて手首を抑えながら少年を睨みつけるその姿は何処か小さく見えた。

 

「合気かッ!! まさか本当に使える人間がこんな小僧とは!!」

 

「ケヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒ…はぁ~……OKOK。落ち着いた。取りあえず死ね」

 

(落ち着いてねぇ!! さっきよりか幾らか冷静に成っただけだ!!)

 

巻き添えを食らう。動こうにも体が動かない。少年は口で言う程落ち着いていない。見れば解る。周りも見えて居ない。

 

「疾!! 邪ァァァァァァァァ!!」

 

「あ~こうだっけか? 川神流・富士砕き」

 

考えなしに放たれた様な少年の蹴りが鋭く練磨され、確かに積み上げられて来た一撃を砕いた。

 

衝突した瞬間に聞こえたブチッっと音が聞こえた。良く見れば李招功の右肩から骨が飛び出していた。

 

「づぅ!! 牙ぁぁっ!!」

 

喉を狙った蹴り。至近距離で放たれたそれは、自分では避けれない。終わったと思うも、頭の冷静な部分が李招功では無く少年の情報を纏め始める

 

瞬間回復に因る回復力。そのスキルを使う事の出来る膨大な氣。

 

合気が実践で使える技量。川神流を使用した事実。そして、李招功の立ち位置からして…

 

打撃力は低い事。

 

「無駄」

 

ほぼ真っ直ぐな軌道を描く蹴りを少年は顎で逸らした。

 

(…はっ?)

 

「っ?!」

 

「凄いな、鋭い、重い、積み重ねが見える。アンタは凄い武術家で武道家だよ。だから…」

 

絶望の中で死ね

 

怖気が走った。少年は笑っている。無表情で有れば、機械的であれば恐れる事は有っても怖れることは無かった。

 

ドス

 

少年の指が李招功の右足に突き刺さった。

 

ドスドスドス

 

音が続き、残りの四肢にも突き刺さった。

 

「何をした!!」

 

「さぁ?」

 

馬鹿にした様な少年の言葉に李招功は蹴りで対応しようとして、ペタンと座りこんだ。

 

「???? ?!」

 

「筋力は重要だぁねぇ…ヒヒヒ、本当なら時間を掛けて行きたいけどさぁ…死んでくれる?」

 

「カッハァッ!!」

 

笑顔で言い切った少年と李招功を阻むように、軍服を来た男が残っていた僅かな窓ガラスを割って跳び込んで来た。

 

 

 

 

 

 

Side out

 

時は少し戻る。

 

その時、とある会場ではテロリストによるとある要求が届けられていた。会場から外を見るとポツリ灯る明かりとか細い煙の糸が空に昇っているのが見えた。

 

脅しではない。

 

会場にいる誰もがそう思った。娘は? 息子は? 妻は? 家族は無事だろうか? 死んでいないだろうか?

 

こう思った者達には申し訳ないが、少なくない犠牲が出て居るだろう。

 

虎狼と呼ばれる男は、ピクリと眉を動かした。ソレもそうだろう、たかがテロリスト如きに自分が鍛え選別した兵士がやられたと言う事に成るからだ。

 

信じたくないが事実である。自分が鍛えた者が負けた。其処に強者が居る。ブッチャケて言えば松笠の虎狼にはそれだけで十分だった。己の武力を行使するには充分の理由だった。

 

(ほぉ、久方ぶりの強者か…血が騒ぐ!!)

 

その場にいた部下に一言良い。窓から全速で飛び出る。そのまま、目的地に一直線に走る。ビルの壁にクモの巣状の後を付けながら駆けあがりその場に跳び込んだ。

 

橘幾蔵はその場に現れた瞬間に二人の敵を同時に相手にしようと膨大な氣を放つ。

 

「カッハァッ!!」

 

男と少年は吹き飛ばされまいと踏ん張るも、耐えきれずに吹き飛ばされた。その後の二人の選択は真逆のモノだった。

 

逃走と様子見である。前者は男。後者は少年。

 

幾蔵は逃走しようとする男を最初のターゲットにしたが、直ぐに思い直し少年の方を向いた。

 

少年の取った行動は一つ、構えず、逃げず、引かずに呪いの言葉を吐きだした。

 

「削げろ削げろ肉の檻!! お前は絶望の中で老いて逝け!!」

 

その言葉に逃げ始めて居た男がビクリと奇妙に跳ね、転がるようにして窓から落ちた。

 

(言魂…見た事もない様なレベルの技量…楽しく成ってきたぁ!!)

 

「構えろ小僧!!」

 

武人としての言葉を放つ。

 

が、そんな事は少年…川神百夜にはどうでも良い事である。故に、帰って来たのは罵倒だった。

 

「何が構えろだおっさん!! 空気読めねぇの?! ねぇ? 馬鹿なの? 阿呆なの? ねぇ、何で邪魔してくれてんの? 殺せ無いだろうが!! 俺の…俺の将来奪ったカスを殺せねぇだろ!! お前が変わりに死ぬかぁぁぁ?!」

 

完全にトンでる百夜に対して、幾蔵には失望しかなかった。どっちも自分勝手が過ぎる。

 

此処で一言言っておかなければならない事が在る。

 

馬鹿(アギ)=百夜ではなく、馬鹿(アギ)≠百夜である。と言う事だ。

 

前者ならまだ、理性的だった。後者故に感情的なのだ。

 

コンプレックスがある。自身が何者で在るかも良く解らない。己の根源が解らない。厨二臭い悩みだが、意外な事に己が誰であるか解らないと言うのは致命的なモノなのだ。

 

そんな物を抱えた人間は成長が難しい。成長したのかと思えばソレはただ枯れただけであったり、諦めただけであったりと地に足が付かない、周りに関心が無い。気力が無い、湧かないといった事を引き起こす。

 

つまり、子供の儘か動く屍か老人なのだ。

 

そして、川神百夜は餓鬼でしかない。未熟な未熟な子供だ。ドレダケ知識が有っても唯の頭でっかち。怠惰を気どってもただのモノマネ。中身の無い軽い軽い子供でしかない。

 

ただ、其処に根ざした本能だけは本物だ。血に影響されたのか? 日頃から感じるモノに影響されたのか?

 

ドン

 

と音を立てて瓦礫が吹き飛び、小さな拳が幾蔵の拳に収まった。

 

「…基礎修練は出来て居るか」

 

「アァァァァァ!!」

 

奇声を上げて拳を振るう百夜の拳と蹴りを受け止め逸らしながら幾蔵は感じる。惜しい、実に惜しいと

 

(僅かな理性。己に負けぬ強固な精神が有れば…)

 

「カッ!!」

 

「オボェ?!」

 

もっと楽しめる。

 

百夜の腹に幾蔵の剛拳が突き刺さる。加減はして在るが内臓を確実に痛めた。自分の娘よりも年下であろう子供が自分に向かって来た。更に…

 

「フン、掠ったか…」

 

既に治癒しているが自分の頬を軽く撫でながら呟いた。この身に傷を付ける事が出来る武人が世界にドレだけいるかを考えると、実に先が楽しみに成った。

 

ソレが油断だったのだろう。

 

過過過過過(カカカカカ)()ッ!!」

 

聞く者が居れば既に狂っいてるとその声を聞けば思うだろう。この言葉に意味が在る等思いもしないだろう。

ただ感情が込められている事だけは解るだろう。

 

既に川神百夜は感情で動いてる。八つ当たり、そんな事は承知の上で行っている。子供の癇癪でしかない。そんな事は理解している。知っているから今、発散している。

 

感情の儘に拳を振るう。

 

言葉の意味は直ぐに幾蔵が体感した。体が重い。腕を動かすのに、拳を作るのに倍以上の体力を消耗する。ピシリと床に罅が入った。

 

突出された小さな拳に己の拳を合わせる。

 

本来なら百夜が吹き飛ぶ筈だった。だが、動かない。そのまま止まる。

 

「ぬ?! カァァァァァッ!!」

 

本来の半分以下の動きしか出来ないが、十分に人を超えた乱撃を行う幾蔵。その拳に己の拳を当てながらも捌き切れずに被弾し、吹き飛ばされ、追い打ちされ回復しながらボコボコにされる百夜。

 

どんな虐待だ。と、あずみは思った。

 

(化け物かよ…)

 

そう思う。だが、今はそんな事よりも重傷の若き王を病院に運ぶ事が最重要だった。その為にはあの二人を何とかしなければならない。

 

其処で気づく。

 

ポンポンとピンボールの様に殴り飛ばされる百夜が、まだ一度も此方に殴り飛ばされた事はない。

 

(おい…マジか?)

 

横殴りの拳をまともに受けた少年が吹き飛ぶも、直ぐに床に激突してクモの巣状の罅を刻む。そのまま半円を描く様に転がり直ぐに跳びかかる。

 

蹴り落とされる。踏みにじられる。蹴りあげられる。殴り落とされる。膝で受け止められる。衝撃で浮かび上がった体に頭を落とされる。

 

(護ってるのか…? この状況で? そんな状態で?)

 

血が熱を持って駆け巡る。心が叫び上げる。

 

情けない。

 

情けない。

 

情けない。

 

冷静な部分が逃げろと叫ぶ。自分が仕えたいと思った少年を連れて逃げ出せと叫ぶ。

 

情けない。

 

情けない。

 

情けない。

 

一言言えば良いのだ。その男はパーティー参加者の誰かが雇った護衛だと。

 

情けない。

 

情けない。

 

情けない。

 

委縮した喉が声を出す事を拒否している。最初に浴びたおぞましい狂氣に当てられたのだ。

 

(情けない!!)

 

蟻が巨象に立ち向かう姿は滑稽だ。相手にされないのだから、気づいてさえ貰えないのだから。ソレ位の差が有ればきっぱりと見捨てられた。怨まれるだろうが出来た。今までもそうだった。コレからもこの少年の為ならそう在れると思った。

 

だが、コレは闘争だ。戦闘だ。戦いだ。弱者が護る為に強者に嬲られ続ける敗戦だ。負け戦だ。

 

込み上げる。込み上がってくる。湧いてくる。湧きあがってくる。張ってくる。

 

体験した。敗戦濃厚の民族戦争。横槍を入れて雇わせて勝利を掴んだ。

 

経験した。戦争に負けるからこそ少しでも長く時間を稼ごうとする兵士・戦士達の強さを。

 

胸を打つモノが在った。心に響く悲壮が在った。魂を揺さぶる誇りが在った。

 

(あぁ…そうか。ソレか…ソレが落したモノか)

 

この王たる少年を連れて逃げ、仕えればソレは手に入るだろう。だが…それを、胸を張って声高々に言えるだろうか?

 

(無理だね…アタシには無理だ。)

 

だから、この場で王の友人も助けて堂々と凱旋しよう。そうすれば、アタシは…私は胸を張って、声高々に言える。誇れる!!

 

「ぁ!!……そ…う…っ!!」

 

右手に持ったクナイを逆手持ちに変え、腿に刺す。

 

ヒュゥーっと掠れる様に息を吸い込み吐きだす。ソレが出来ればこの空虚から抜け出せる。

 

「双方待った!! 餓鬼!! そのおっさんは味方だ!! 虎狼!! その餓鬼は被害者だ!! 馬鹿やってないで人命救助しろぉぉぉ!!」

 

叫び終われば蹂躙は終わり、少年は少なくない血だまりの中に倒れ虎狼は信じられないモノを見たと言う表情で己の拳を見つめた。

 

其処からは速かった、少年達は直ぐに九鬼の医療チームに手当てされ専用機で日本へと運ばれた。

 

そして、私は九鬼のメイドとしての教育を受ける事に成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

橘幾蔵は己が所有する戦艦の甲板で己の拳を見つめていた。

 

感触が残っている。確実に意識を刈り取った感触が何十何百と残っている。なのに…あの少年は回復し続けた。

 

瞬間回復の弱点は使用者の意識が無ければ発動できないと言う所だ、他にも膨大な氣の量や無意識でも良いが己の体の事を良く知らなければならない。

 

自分の娘より幼い少年がそのスキルを使える。才能に恵まれたのだろう。環境にも恵まれたのだろう。血筋にも恵まれたのだろう。そう言った事も在る。理解できる。

 

だが…

 

「無意識…意識が無い状態での発動は出来ない筈。それにあの氣の量」

 

まるで、ダムが決壊した様な…周りから無理やりかき集めた様な…

 

「調べて……否、成長すれば血が求めるか。あの中の獣…正に飢狼よ。クッハッハッハッ!!」

 

「トト様~ご飯出来たよ~」

 

「うむ。直ぐに行く!!」

 

 

 

 

縁は奇な物。彼等は再び出会う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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