何も無い思考だけの空間。
此処には思い出と記憶以外何も無い。
最後の思い出は巨漢の拳、その少し前に壊れる夢が在った。
記憶の最初は死の瞬間で生まれた瞬間でも在った。
その二つを足したよりも長い記録が在る。
(俺は何なんだろう)
アギ・スプリングフィールドから生まれた何か?
本当にそうか?
川神百夜?
本当にそうか?
何で真似をした?
そういう生き方を知っていたから
何で生き方を探そうと思わなかった?
別に、そうまでして生き方を探さなくても左団扇で暮らせる力を持っていたから
じゃあ、何で夢なんて持った?
…楽しそうだったから
理解する。所詮その程度のモノだったのだ。俺と言う生物は。
ソレ位しか思えなかったのだ。友達と言うモノに
何で涙が流れたのだろうか? 悲しかったから?
(くだらねぇ)
単純だ。単純な理由だ。俺のやった事を理解できなかったから、呑み込めなかったから、遣り易く無かったから。
(餓鬼だなぁ)
下らない。本当に下らないと思う。護る事が出来た、でもしなかった。気づいた時にはもう手遅れで、なにもかも持って行かれた。
(はっ…ハハ、ハハハハッ!!)
所詮、俺なんて人間はこんなモノだった。屑なのだろうか? 下衆なのだろうか? まぁ、どっちでも良いか。
もうねぇ、ヤル気もなんも出ねぇ。疲れた。なんか物凄く萎えた。
そろそろ起きよう。そう思えば直ぐに目を開けられた。
体に異常は無し。逆に色々と張っている。なんか息子も起っきしてる。
「…はぁ。帰ろ。」
体に刺さっている点滴の針を抜いて、今日の日付を確認する。どうやら一日は過ぎている様だ。見覚えのある部屋は九鬼の家の客室だ。窓からこっそりと行こう。
(あぁ~…言い訳は…野球出来ないアイツをキーワードにして置こう。それで良いや。アイツの家が切るだろうしねぇ)
ひょいっと窓から飛び降りて、駆け足忍び足でも「何処に行く小僧」…oh
「いやいや、お家に帰ろうかと」
「逃げるか?」
ズボシ。いや、はい。その通りですが何か?
「yes!!」
「そうか」
止める気は無いって事ね。この辺の見切りと言うか切るか切らないかの判断は即決で良いね。この人。
「んじゃま、お世話に成りました。」
「…詰らんな、川神の孫。」
「いや~すみません。どーも血は繋がってても中身は似無いようでして。それじゃ、失礼しましたー」
さくっと帰ろう。
「怒りも悔しがりも悲しみもせんか…つくづく似て無い。いっそ憐れだ。本気に成れない人間と言うモノは」
振り返れば、とうに姿は見えず。川神百夜は消えて居た。その事にどうしようもなく憐れみが湧く。
あの小僧は、川神百夜はコレから先も本気に成れず仮初の幸せを集めては惰性で生きて行くのだろう。
川神鉄心と言う男がどうするか次第だが…それでも、川神百夜が奮起する事は無いだろうと考えている部分が在る。
中に在るモノは極上の一級品だ、その肉体も正に一級品。
だが、その性根は平凡と非凡の間を行ったり来たりでブレている。
「…英雄には酷な事だろうがな。今のアレと長く付き合っていても勝手にアレが離れて行くだろう。ドレだけの王気を身に付けようとな。だからお前は何もするな。アレが腐ったら腐ったで良し。腐らなくとも良しだ。」
門の影から一人の少女が静かに外を見つめて居た。
九鬼英雄が目を覚ましたのはそれから一時間後の事だった。
最初に目にしたのは見知った天井。ピッピッと規則正しい機械音が耳に障るが、ソレも生きている証なのだろうと思い込むことにした。
上半身を起こすと眩暈がした。直ぐに九鬼の従事隊が部屋に入って来た。体の具合や身体の違和感等を聞いてくる。
ソレに素直に答える。ガチガチに固められた左腕が気に成る。だが、それよりも気に成る事が在った。その事を口に使用とした瞬間、覚えの在る顔が在った。
見るからに着慣れて居ない従事服に身を包んだあずみだ。表面上は着こなしている様に見えるが若干他の従事達と比べて違和感が在る。
それも、長年見慣れていなければ分からない様なモノだが…其処で思考を打ち切り言葉を出す。
「あずみよ。百夜は!!」
大きな声を出した所為か、意識がぐらついた。
「はっ、川神百夜様は一時間ほど前に目を覚まされ帰宅されました。」
その言葉に流石は我が強敵、と思い心底安心した。
「そうか、無事か。」
「はい。」
嬉しそうに頬を緩める英雄に安堵の笑みを浮かべるあずみを含めた従事隊。そんな姿を見て居たヒュームは何も言わずに誰からも気づかれる事無く部屋から立ち去る。
向かうのは、今の自分がまかされている九鬼の血を引く末姫の所だった。何を感じ何を考えているのかは分からない。
ただ、その顔が一瞬だけ歪められたのは確かだった。
葵冬馬と井上準が九鬼邸に到着したのはそれから三時間後の事だった。
二人は従事の者に連れられて英雄に合う。二人は絶句した。当たり前だろう。ガチガチに固められた利き腕を見れば野球少年である英雄を知る人間ならばドキリとするだろう。
「フハハハハハハハ!! 良く来たな!! 褒めて遣わす!!」
「フフ、テロに巻き込まれたと聞いたので心配しましたよ? 英雄君」
「お前はブレねぇのな」
呵々大笑で迎える英雄に二人はそう返すも、小声で確認する。
(なぁ、若)
(えぇ、準。空元気というヤツでしょうね)
小雪と言う少女を背負う様に成って数日。たった数日だが二人はそういう機微に聡くなっていた。
それもそうだろう。今でも小雪には少々おっかなびっくりで関わっている所が在るのだ、まぁそれも準だけなのだが。
「英雄君に心配はいらないでしょう?」
「それもそうだな。で、百夜の奴は無事なのか? いや、無事なんだろうけど」
「然り!! 我より先に目覚め帰ったぞ!!」
その言葉に二人はおや? と思った。
百夜が帰った? 友人の顔も見ずに?
「あぁ、やっぱり無事なんですね」
「若、俺は今この時に日本が沈没してもアイツだけは生き残ってるって自信が在るんだが」
「我が強敵だからな!!」
二人は英雄の台詞に茫然としながらも眩しいとも思った。
ひたすら信じて居るのだ。川神百夜と言う人間の事を、裏切る事の無い存在と認識しているのだ。分かりあえると信じて居るのだ。
その事に眩しさを覚えてしまう。同時に何て傲慢なんだとも思う。
だが、ソレは開いても同じではないのだろうか? 確かに川神百夜にも傲慢な所が在る。全てを知っている様な理解している様な態度や発現もする。
自分が正しいと言わんばかりの態度の事だってある。在った。
二人の似て居て違う所はその眩しさだろう。
九鬼英雄は正に太陽の様な眩しさと正々堂々と正道を進む生き方から来るモノ。
川神百夜は淡く光り、ドス黒く渦巻く様な夜や月明かりの様な眩しさと、自己保身が一番最初にきて、正々堂々と汚い事をバレないようにする曲がりくねった生き方から来るモノ。いや、無軌道な生き方からくるモノ。
何でこいつ等友達なんだろう? と思ってしまう様な二人だがお互いがお互いを良い具合に補助し合って居たのだろうと結論付ける。
そんな事を考えている内に二人は自宅に戻っていた。携帯で連絡を取り合い。明日、川神道場に行く事を決める。
そこで…取りあえず仲直りしようと話す。
そんな話が進んでいるとも知らず、川神百夜普通に家に帰り自室に引きこもっていた。
帰って来たタイミングが良かったのか、姉や他の師範代達は合同で山へ修行に行っている。すると、大きな道場に居る人間は少ない数に成ってしまっていた。
川神鉄心は今回の修行には参加せず道場でチビッ子達を指導していた。
釈迦堂形部も今回の修行には参加せず、定食屋のバイトに行っていた。
本家とも言える部屋で唯一人、川神百夜はダレている。
何も考えたくないし、何もしたくない。もうどうでも良い。
完全な無気力状態だった。
そんな時だった。年若い、まだ少女の大声が響き渡ったのは。
「頼もう!!」
その声に反応したのは道場でチビッ子達の指導をしていた鉄心だった。
元気の良い子だと感心しながら道場を後にする。
そろそろ昼に成ると言う時間帯、チビッ子達の指導もそろそろ終わる時間だったと言うのも有った。
「少し早いが、今日はコレで終いじゃ。皆、夏の暑さに負けることなく過ごす事!! 良いな!!」
鉄心の声に元気の良い肯定の返答が響き、皆が一礼し柔軟を始める。その姿を見て一度頷くと、少女の元へと向かった。
最初に感じたのは懐かしさ、その少女の動きに知り合いの動きを見た。目を細める。
肩ほどまで伸ばした髪に真中分け、額に×傷の快活な雰囲気の少女。
(…九鬼の家の者か……ヒュームの弟子。否、教え子と言った方が良いかの? と言う事は百夜の友達…英雄君の姉か。)
「どうしたんじゃ? 百夜なら家の方に居るぞい?」
「うむ。川神百夜に我、直々に話が在って参った!! 呼んで貰えないだろうか!!」
その言葉に、後ろを振り向き言う。
「じゃ、そうじゃが? お茶位出した方が良いかのぉ? 百夜よ。」
「パス」
「おぉ!! 其処に居たか百夜!!」
ハイテンションな少女の言葉に百夜は盛大に溜息を吐いた。