赤
紅
朱
強烈な火炎が吹き荒れた。
唯一の入り口から、このフロア事焼き払ってしまうかのような轟炎が奔ろうとしていた。
誰もが、悲鳴を上げる事は無かった。出来なかった。
何時の間にか、其処に居るのが当たり前の様に立つ黒髪の少年の放つ何かに動けずに居た。
「あ~あ、詰らない事してくれるねぇ。仕組んだ方も、煽った方も」
入口の前には少年と同じ背丈の石造の様な物が頬笑みを浮かべて居た。
時を少しだけ戻す。ほんの数秒前だ。
川神百夜は九鬼英雄に「現実を見ろ」と現実を見て行ったのに心配されたでござる等と、暢気に精神的苦痛をやり過ごそうとしていた時にである。
実際に、この距離で見える訳が無いのだから英雄の意見も仕方が無いかと考え直し、直ぐにあのハングライダーの目的を考え、瞬間的に襲撃と答えを出した。
(あっ、ヤバい)
意識的に自身の両目からフィルターを剥がす。川神鉄心との死闘の際に顕現を纏う事が出来た故に身に付いた技法である。技法と言っても百夜しか使わない様な業だが、久しぶりに焦点を合わせて人の顔を見て話す事が可能に成ったのだ。
ブッチャケ常に焦点の在って居ないレイプ目気味だったのが改善されただけでも、本人的には良かった模様である。
テーブルとその上にあるディナーに埃が入ったり、零したり倒したりしない様に細心の注意を図りながらレストランの玄関口まで移動し
「oh…」
思わず口調がアメリカンに成りつつも、現状の把握をしてしまう。
余りにも不審なダンボール。ソレとビルに備え付きの備品、絵画やら美術品やらがあり普通にダンボールが妖しいと考えるも、ブッチャケ全部黒と言う事に気づくと冷や汗が噴出した。
(フロアが吹っ飛ぶどころじゃねぇぞコレ!!)
襲撃に気づいたのは一度手酷い襲撃に遭い絶望を知ったから、前面に飛び出したのは一番耐久力が在り、生命力も有るのが自分だから、痛いのとかが大嫌いなのに飛び出したのは失いたくない宝物が在るから。
そして、ふと気づく。
個人での防御なら可能だが、フロア全体を護れる様な手段に当てが無い。
(…詰んだ?!)
事実、攻撃ばかりの脳筋的な闘いが楽だった為に全体防御の技等全く知らない。
メガテン2仕様状態で在る。全体攻撃一回で複数回主人公にダメージが行く位の衝撃をうけた状態で在る。独り旅を決行する事を決める様な覚悟をする様な物である。
つまり、いっぱいいっぱいである。
護らなくてはならない。好きな人を、愛する人を、大事な友人を、その家族を、護らなくてはならない。
高速で思考をすれど解決策が見つからない。
フロアが爆発に包まれる。アウトだ。これだけの量を一瞬で遠くに飛ばすとか無理だ。ブツを外した瞬間に爆発、恐らく、その衝撃で連鎖爆発。
かなりの確率で下の階にも爆発物は設置されているだろう。どうしろと言うのだ。
護らなくてはならない。
愛しい人にスプラッタな物を見せて堪るか。
愛しい人にグロテスクな物を見せて堪るか。
見も知らぬ連中の死を見せて悲しませてやるモノか。
護らなくてはならない。
九鬼揚羽達だけでは無く、このビルに居る関係ない人間を含めてその身と生命を護り、救わなければ成らない。
その瞬間、何かがガッチリと嵌った。川神百夜の考えと想いとその性根がガッチリと噛み合った。
「オン カカカ ビサンマエイ ソワカ!!」
爆音が響いた
Side out
ビル全体を揺らす様な爆音にレストラン内の人間の殆どが動揺し混乱した。その中で混乱して居ないのは九鬼一行のみだった。
「…百夜が何とかしてくれたか」
そう吐いたのは、川神百夜の少ない友人であり親友である九鬼英雄だった。その言葉に姉である揚羽は満面の笑みを持って頷く
「うむ。流石は我の伴侶だ!!」
うんうんと頷きながらも、伴侶と言う自分が放った言葉に耳まで赤く成っている。そんな娘を見ながら九鬼帝は思った。
メロメロじゃねぇか
口に出さなかっただけマシなのだろうが、呆れが少しマジったニタニタとした笑みが何を思ったのかを明確に表している。
「帝様」
「どうしたクラウディオ?」
(そろそろかと…)
(ん?あぁ、襲撃ね襲撃。…あんまり動くなよ?)
(御意にございます)
「何なんだ今の音は!!」
客の一人が立ち上がり、大声を上げた。
その言葉に周囲がざわつく。仕方の無い事だ、大音量の音が突然鳴り響いたのだそれもビルの最上階にだ。
警戒するだろう、不安に成るだろう。嫌な方向に想像が傾くだろう。パニックに成るだろう。
(あの男…素人か?)
英雄はそう思った。
勿論、英雄だけでは無い九鬼一行全員がそう思い身構えた。
次に明確なパニックを引き起こすモノが来る。そう確信した。
案の定、それは悲鳴と共にレストランの厨房から飛び込んできた。
火だるまに成りながら悲鳴を上げ、ノタウチながら、転がりながらホール内を移動する。
悲鳴が上がる。
火を消せ
水だ!! 水を掛けろ!!
こっちに来るな!!
悲鳴と怒号が上がり、火から逃げる為に立ちあがりその場から引き下がる人間。上着を脱ぎ手に掴んで火達磨に成った人間を叩いて消化しようとする人間。
水を掛ける人間。真っ先に入り口に駆ける人間。
人が入り混じり、走り回る。
そんな中、普通に歩いて来る人間が居た。
気づいてしまえば唖然とするしかない。この騒ぎを直視して溜息を洩らし、離れた位置に居る知り合いに
「おーい、ステーキ追加しといてー」
と声を出す少年に唖然としない方がオカシイ。
「200と300どっちだ!!」
しかもg数を聞いて来る返しが来ているのだから、パニックに成って居た人間は余計にパニックに成り逆に冷静に成ってしまう。
この騒ぎを仕掛けた人間は思った。
(どうしてこうなった?!)
因み、九鬼帝は爆笑していた
Side out
Side 百夜
爆弾を何とかして戻ってみれば民衆はパニック状態とか・・・凄く、面倒臭いです。
(そんな事よりお腹空いた)
いやマジで。食事の途中だったし、慣れない事したし…もう揚羽さんも妾云々の事は流してくれて良いと思うんだよ。
ソレに…こういう場所でパニックとか嫌な事しか思い出せない。
(んぁ~…引きずってるね~)
我ながら成長が無い。まぁ、じっくり行くから良いんだけども。
足に力を込めて、人の波を飛び越える。
埃を飛ばさない様に静かに着地してか~ら~の~
「ボッシュート!!」
「ぐぁっ?!」
揚羽さんに近寄って居た男の腕を取って投げ飛ばす。序にナイフは没収してリリースしました。
「ぎゃぁぁぁ?!」
「ホットサンドの出来上がり?」
「何で疑問形なのだ?」
「私が説明しよう!!」
あ、揚羽さん?
「百夜は投げる瞬間に相手を気で包み重傷を負えない様にし、火達磨に成っている様に見える男の上に落した上で没収したナイフを二人の服を貫き壁に縫い付けたのだ!!」
いや、うん。そうなんだけどね。
「付け加えるなら、あの火達磨に成って居る様に見える男だけどな。ありゃ、ハリウッドとかで使う特殊なジェルに火を付けて居るだけで、実際は熱くも無いし、苦しくも無いんだぜ?」
「おぉ!! 流石父上!! 博識です!!」
「ぬぅ、流石にソレは知りませんでした…勉強に成ります父上!!」
九鬼一家ぇ
「百夜様…」
「何さ?」
「ステーキが届きました。お熱い内に」
えっ? 冗談だったのに届いたの? いや、普通は消化の方に気が言って料理とか経営とかしてる場合じゃ無いんじゃ…
「大丈夫です。既に火は消し去り、あの二名は拘束しましたので」
「あっ、はい。頂きます」
なんだろ? 俺も対外おかしい存在だけど、案外俺って普通じゃね?
「いや、お前は俺の同類」
「うるせぇミッチー、この裏切り者が!!」
「何だとこの野郎!! 愛しちゃったら一直線何だよ!!」
やっぱ俺って案外普通だよね?
Side out
普通ならば食事の場では騒がし過ぎると文句が出そうな言い合いをしている九鬼帝と川神百夜を、クラウディオは微笑ましく見守って居た。
それはそうだろう、何だかんだで自分の姿勢を変えない九鬼帝が此処まで童心に帰り騒ぎ合う。その光景はとても微笑ましく見えたのだから。
(どうやら、百夜様と帝様の相性は良かった様ですなぁ。しかし…)
「百夜!! デザートはピーチシャーベットで良いか!!」
「否!! 百夜のデザートはピーチジェラードなのだ!!」
普通に柑橘系のアイスが食べたいとは言えないこの状況…皆さんお元気でしょうか? 私は普通です。
脂っこい物食べた後はさぁ、アイスだよねぇ。シャーベットとかも好きだけどアッサリしたのが食べたい。ほら、水っぽいのよりもっと口に残る様な…ね?
さて、揚羽さんへの説得が有耶無耶に成って居るこの状況ですが…仕組んだのは
「団子喰いたくなってきた」
「普通に洋食にしとこうよ其処は」
隣でもっちゃもっちゃとデザート喰ってるミッチーこと九鬼帝しか考えられん。いや、もうどうせだからこの状況を利用させて貰おうと考えて居るんだけども。ソレまで含めて策に嵌められた様で腹立つ。
(次に何が来るか解ってるんだけどね)
襲撃ですよプロデューサーさん!! とばかり殴りこんでくると思うんよ。仕掛け人のへっぽこ具合見てたら。
(アレ? なんだろう…可哀想に思えてきた)
見込みが在ったらスカウトしてあげた方が良いのかなぁ?
Side out
自爆特攻
その手段は在る意味で最終手段であり、苦し紛れの攻撃でしかない。
だが、その効果はそれなりに高い。
目の前で爆発四散する人体、降りかかる肉片と血、ばら蒔かれた内臓は異臭を放ち慣れたモノでも鼻を押さえるだろう。
「準備は良いか?」
「…はい」
ソレが今から私のする事だ。
「良いか、九鬼帝が無理ならばその子供のどちらかを殺せ。トラウマ植え付けるだけでも良い。良いな? 今まで育てて貰った分の金を此処で返せ」
「はい」
ソレが私の命の値段なのだろう。
自分がまともでない所に売られたのは理解していた。幼心なりに自分は真っ当な人生は過せないのだろうとも覚悟していた。
でも、死ぬのは怖かった。嫌だった。
私の性別は女で在り、捕まれば死んだ方がマシな目に合うのも理解している。こんな仕事しか出来ないのだ。ソレが当たり前だろう。
だが、初仕事が特攻とは幸か不幸か…解らない。
人を傷つけた事は有る。殺した事は無い。今までもずっと訓練してきた。
投擲術、隠遁術等だ、私は暗殺者に成るのだと思って居た。
(私に殺せるだろうか?)
ソレが不安だ。
(そもそもこんな事をして何に成るのだろうか?)
私の養育費も馬鹿には成らないとは思うのだ。
(考えるだけ無駄か…)
何が正しくて、何が間違いなのだろうか?
跨る鋼の塊は何も答えてくれない。着込んだ防護服とプロテクターがガチリと音を鳴らした。
エンジンに火を入れる。
響く重低音。体に響く振動。あぁ、死ぬんだな。私は今から死にに行くんだな。
そう思うと…どうでも良く成って来た。
ハンドルを強く握る
「良し、行け!! 別働隊が来るまで五分だ!!」
高層ビルから助走をつけて飛び出した改造バイクに跨り私は思った。
(別働隊なんて関係ないだろうに)
なんだろ?…なんか違うんだよなぁ。
もうチョイリハビリしたがいいか?