「大人の理由で!! 餓鬼を無理矢理どうこうしようってのがよ!!」
そう吠えた男の輝きは、少年の未熟な心には眩しかった。
鈍いが明るく、綺麗とは言えないが美しい。その輝きは正に魂の発するモノなのだろうと川神百夜は察した。
釈迦堂刑部と言う男の精神は荒れている。ソレは幼い頃から知っている、そしてその生き方も荒れているのを知っている。
何処にでも居るのだ、社会に馴染めない突出した人間は。突出した人間ほど社会に馴染めないのだから、人間社会はどし難い。
だが、この男は己の心に正直に生きている。そして、ある種の信念を持っている。こうして、自分の前に出て護ってくれているのもその発露なのだろう。
だからこそ
(あぁ、眩しいなぁ)
美しい
だからこそ
(勿体ないなぁ)
虚しく、愛おしい。
そも、事の発端は己の無力と怠慢が原因で、ただ、ちょっとだけ拗ねているだけなのだ。子供の我がままと言えばそれでおしまいの事なのだ。
問題は、その当事者たちの背景にこそあるのだ。
大企業にして大財閥の跡取り
大病院の跡取りとその補佐候補
武神の孫
全部が生まれ持ったモノ故にその我がままは許容されない。
(あぁ、本当に面倒臭い)
世の大人達は言うだろう。力には義務が伴うのだと。
川神百夜は思う。何が義務だと、何が責任だと。
誰も彼もが上に行きたがり、誰も彼もが誰かを引きずり落とそうとする。誰かと一緒に居ようとする。同じであろうとする。
川神鉄心は言った。真剣マジに生きて見らんか? と
阿呆が
正直そう思った。同時にそう出来ればどれだけ楽かとも思った。
真剣に生きる。はて? 意味が重複しすぎるのではないか? そして、そうしてどうなるのか?
何が変わるのかと真面目に聞けばもっともらしい正論が出て来るだろう。何とも詰らない正しいと思われる答えが出て来るのだろう。
(それがなんだ、それでどうなるんだよ。
結果は変わらない。過程は変わるだろう。彼等が言う真剣とは人生の充実を指すのだろう。自分はこれだけの努力をした、より良く生きる為に、より善い人生にする為にと・・・
(明日死ぬので、今日を精いっぱい生きましょう。それこそ人それぞれじゃん)
人生の善し悪しは有るだろう。末後の幸福や後悔も有るだろう。後悔と幸福の多寡の差だ。簡単に言えば充実感の差、もっと俗に言ってしまえば
人は結局は死ぬ。終わるのだ。
だから、真剣に生きろと言うのだろう。死の瞬間、認識できるか、出来ないかも分らない確実に終わってしまう瞬間に満足できるように。恐怖に支配されないように。
宗教と似たようなモノだ。
色即是空 空即是色とはよく言ったもだ。だが、未熟な心に精神にはこれ程までに正しい事も無い。だからこそ、川神百夜はそれを感じてしまった。
(あぁ、そうか。そう言う事か)
釈迦堂刑部が殴り飛ばされる。胸倉を掴んで喚く少女が視界を埋める。弟の友人と言うだけの人間に、これ程の激情を燃やせる少女も美しく見える。輝かしく眩しい。
そうなのだ、川神百夜はその輝きが綺麗で堪らなくて、羨ましかったのだ。そもそもが羨む事自体が間違いなのだ。
妬む事が筋違いなのだ。
自分は自分でしかなく、他人は他人なのだ。同じな筈がない、同じで居ては気持ちが悪い。
だから、川神百夜が見つけた答えはどうしようも無いモノだった。
気を失った弟子に温かいモノが溢れた。一人を好み、孤りに成った男がそうでは無くなった。その事が喜ばしい。それが老人の我がままでしかないとしてもだ。
(九鬼のお嬢ちゃんや友人達の激情、さて百夜はどうなるか・・・)
そう思った。希望を持った。だが、何時だって現実は甘くない。
少女達の声を聞き、感情を感じそして何かを見出した実の孫の瞳は・・・
「っ・・・」
川神鉄心は歯を食いしばる。折れてしまうのではないかとさえ思えるほどの力を込めて。
拳を握る。どうしようもない葛藤と後悔を込めて。
硝子の様に綺麗な目をした孫は、川神百夜は口角をつり上げて、愛しさに気だるさをまぜて微笑んだ。
「
どうしてこうなったのか? ヒューム・ヘルシングは思う。性急すぎたのか? それとも、心が弱すぎたのかと
どうしてこうなったのか? 橘平蔵は思い至る。故に言葉にする。
「ヒューム殿」
「なんだ」
自慢の髭を撫でながら、深く息を吐いた。
「早過ぎた。それに限りましょうなぁ。」
その言葉にヒューム・ヘルシングは唾を吐くように言う。
「未熟だっただけだろう」
そうですなぁ、と同意の吐きを漏らし橘平蔵は続ける。
「じゃが、それが当たり前だった。良くも悪くもワシ等全員が間違っておった。少年に必要なのは時間と安息じゃった。」
「それが、未熟だと言うのだ。鉄心然り、川神百夜然り家族という見えない情が甘えを与え、贔屓を起こした。」
「そうじゃ、贔屓してしまった。ワシもお主も、武神もじゃ。」
分って居るじゃろ?
そう言われてしまえばぐぅの音もでない。出ない大人はこの場にはいない。それだけの期待と関心を寄せれる才があった。それだけの危機感と不安を寄せれるだけの天凛だった。
「ワシ等は理解しきれていなかった。あの少年の心と傷をのぉ」
嘆かわしい、教育者として恥ずかしい。そう、後悔する。
「・・・ケアは俺が引き受ける。すこし、離れた方が良いだろう。哀れに過ぎる。」
否、俺達が外してしまったか・・・
後日、川神百夜は川神市より姿を消す事になる。友との分れはあいさつ程度に、笑って分れた。何も知らない友人達とは・・・
結論はでた。此処からは回想でしかない。
川神鉄心は感情に蓋をした。奇跡を願って、本気の怒りを込めて子供を殴った。
世界が震えたと錯覚する程の、思いが籠もった一撃だった。
「うん、爺様。ありがとう、爺様も美しい。愛い愛い」
皮膚が裂け、血が噴き出した事に頓着もせず。綺麗な目を向け微笑みながら継げる。
「・・・・・・すまぬ。」
もう、それしか言えなかった。実の孫に思いは伝わった。伝わったが故に遅かったと分ってしまった。
どれだけで思いが伝わっても、受け手に響かねば意味は無い。
川神百夜は自分の伝えたかった事を理解して居る。だが、それだけでしかない。今現在、川神百夜の周りに居る人間達でも無理だろう。
何故ならば、川神百夜は既に舞台から降りている。
新たな出会いにもしもの可能性を見出すしかない。それ位しか、今は望めない。
余りにも、自分を含めた大人達は、余りにも無知であったのだ。川神百夜に対して。
もっと、知って居れば・・・家族と言う絆、感情に甘えて居なければ・・・
川神百夜は傍観者に成らなかったのかもしれないのに
川神鉄心が視線を逸らした川神百夜の瞳は、唯在るが儘を映していた。
いや、意味は違うんですけどね。ただ、其処に在るが儘を受け入れる様になっただけです。こんな我が強い小僧がそうそう変わる訳ない。