3年後 2008年 冬木市
俺、相川始は、夕暮れの中あまり整備のされていない区画を歩いていた。
「ここだよ、ここ」
俺はそんな虎太郎の言葉に足を止めて虎太郎の見ている方向を見る。するとそこには何の変哲もない空き地があった。
「ここが14年前の大火災で燃えてしまった。剣崎君の家のあった場所だよ」
言葉なんて出るわけもない、こんなところに来たところで何になるわけでもない、あいつを救えるわけもない。なのに、なんだ?この気持ちは…この胸の苦しさは…
「……………」
俺は、無意識に歯を食いしばっていた。
火事が起こっていなければ、あいつはあの嵐に飛び込んでいくことはなかったのではないか、家族というぬくもりの中にあれたなら、悲しい喪失と後悔がなかったならあいつは苦しみを背負うこともなかったのか…いや、違うな。あいつの最大の不幸は、この俺に出会ってしまったことだ。
「始、どうする?もう少しここにいるかい?」
俺を見かねて虎太郎が声をかけてきた。
「いや、いい。早く行こう」
俺はすぐに答えた。本当にここにいても何も変えられない。むしろ胸を締め付けるばかりだった。
そして俺たちは泊まる予定のホテルに向かって歩き始めた。もともとこんなところまで来たのは虎太郎の取材のためだ。とりあえず仮面ライダーの本で成功した虎太郎は、あれからも怪人関係の都市伝説を追っていた。魔化魍だのイマジンだの俺や橘が戦うこともあった。正直迷惑だ。今回もこの街に不可解な事件が起こっているらしいとのことだ。14年前剣崎の巻き込まれた大火災とも関係しているらしい。そして本のために写真を撮らされる。こいつ専属のカメラマンになったみたいで不本意だ。取りたい写真は他にあるのに…剣崎の故郷だと言うから付いて来たが、やはり何になるわけでもなかった。ただ…
「なぁ、もしその大火災が起こらなくて剣崎が家族と暮らせていたとしたら、あいつはライダーにならなかったと思うか?」
そんな言葉が自然に口から出ていた。
「…!…さぁ、どうだろ。剣崎君が戦っていたのは両親に何もできなかった後悔からだ。でもそうでなくとも剣崎君なら戦ってしまうような気もするよ。彼は誰よりも人間を愛していたからね」
虎太郎は俺の唐突な質問に驚きながらも答えてくれた。
「そうだな」
そうだ、あいつはそういうやつだ。
俺は心が少し軽くなり、同時に重くもなった。
そしてふとあの子はこのあたりに住んでいたなと思いだした。
※
私、間桐桜は食材の買い出しに出かけていた。
あの事件から3年が過ぎた。あの事件は、おじいさまや魔術協会でも原因が分からなかったらしい。ただその1年後、仮面ライダーについての本が発売され大騒ぎになった。その本には事件と事件の前に多発していた怪人騒ぎの真相とともに仮面ライダーの戦いについて事細かに記されていた。仮面ライダーが戦うのは不死身の生命体アンデットそれにおじいさまは強く興味を持たれた。なにしろおじいさまが追い求める不老不死の生命体だ。興味を待たないはずはない。しかし本は売れ、再建されたBOARDは、とても有名になった。魔術師たちは、知名度がありすぎて手を出せないらしい。
私を2年前救ったのは、仮面ライダーだったのだろう。だから、私もその本を読んで今でも繰り返し読んでいる。読み入ってしまった。仮面ライダー達、それぞれの葛藤を抱えながら戦っていたその姿に勇気づけられたからだ。そして知った。私を救ったのは、ハートスートのライダー、仮面ライダーカリス。何故か彼の経歴だけは特に記述がない。
だけどこう書かれていた。-彼は、拒絶されてしまうかもしれないという恐怖から愛する人に仮面ライダーであることを告げられず、またそのせいでその人たちを危険にさらしてしまう苦悩にさいなまれながら戦っていた。だが仮面ライダーブレイド、剣崎一真との対立と共闘を通して、彼は人を守ることに自信と誇りを得ていった。そして、ただ愛する人を守るため戦っていた姿はまさにハートのライダー、愛の戦士といえるだろう―と。
ただ、本を読むだけだったなら、なんとも思わなかっただろう。ただその戦士は確かに現れ、私を救った。その後ろ姿は今でも目見焼き付いている。告げられない境遇、それゆえの苦悩、私には痛いほど分かった。その戦士に強い親近感を覚える。どんな人なんだろう?会ってお礼が言いたい。本には名前すら載っていなかった。それは、その身近な人には話せていないのだと考えれば自然だ。だがなぜだろう、戦いは終わったのに、なぜ告げないんだろう。
彼に救われた時から、私は少しずつ変われた。やはりおじいさまは怖いけれど、私を助けてくれる人もいるんだと思えたから、あの人はただ純粋に笑っていてほしいと言っていたから。そして今の私には楽しみがある、一つはバイトに行くこと、そしてもう一つはとある写真家の写真集を見ることだ。
私がバイトに行っているのは、冬木から少し離れたところにある喫茶店。少し遠いけど週に一度必ず行っている。どうしてかというと彼、相川始さんがいるからだ。初めは弓道部の付き合いで、その喫茶店に行ったのだが、その時店番をしていたのが始さんだった。
当時まだ暗かった私だが、妙に彼の雰囲気が気になった。彼は優しかったが、どこか影があった。何かを隠しているようで何かを探しているような。そしてどことなく私に似ている気がした。気づいたらまた彼に会いたくなっていた。もしかしたら一目惚れというやつかもしれない。そしてたまたまあったバイト募集に自分でもなぜそんなことができたのか分からないが、すぐ応募した。
その始さんの名前を知った。彼はとある縁で5年ほど前からこの店に下宿しているらしい。そして店を手伝いながらこの店のなくなったご主人と同じカメラマンをやっているそうだ。そう、2つ目の写真家とは彼のことだ。彼は真崎剣一という名前で本を出している。
彼がとる写真はどこかはかなげで純粋な写真だ。私は一目で気に入り、新しい写真集が出た時は必ず買っている。それは私の宝物で、シミでもつけようなら兄さんだって許さない。
そして、喫茶店ハカランダで働き始めた私、そこではすべてがひどく新鮮だった。家事もろくにできない私は、喫茶店を経営する、遥香さんにいろいろ教えてもらった。掃除の基礎から少しずつ接客も覚え、料理も時々教えてもらうようになっている。なぜそんなに良くしてもらえるのか彼女に尋ねたけど、前にも同じようなことがあったから、と微笑むだけだった。
私は今、充実している。始さんも遥香さんも本当によくしてくれる。家の中は地獄でも安らげる場所がある。しかし……
「はぁ…」
私は大きなため息をつく、大きな不安があった。
聖杯戦争、ちょうどアンデッドのバトルファイトによく似た戦い。私は兄さんのおかげで戦わずに済むけれど、今まで通りの生活が出来だろうか?それがとても心配だ。
始さんに会えなくなることだけは嫌だ…始さん、今何をしていますか?
※
ホテルへのチェックインを終えた俺たちは、もう少し街を回ってみることにした。もう夜なので俺としては、あの夜景や大きな橋の写真でも撮りたいものだ。
「不可解な事件は決まって夜に起こるらしいよ」
道を歩きながら虎太郎が唐突に話しかけてきた。
「………」
正直興味がなかった。
こんな静かな住宅街でそんな物騒なことそうそう起こらんだろう…
―キィン、キ…ンガキッ―
常人を越えた聴力を持つ俺の耳に不可解な音が入ってきた。
これは、剣戟の音…⁉
念のためだ、確かめてみるか…
「お前はここでじっとしていろ。いいな」
俺は虎太郎に忠告して駆け出した。
「え、おい!始?」
困惑する虎太郎をおいて俺は音のする方へ走った。
音は校舎のような建物から出ているようだ。しばらく走るとグラウンドが見えた。
「………!?」
そこでは赤い男と青い男が戦っていた。
赤い男は双剣を、青い男は槍を使っている。お互い火花を散らし、激しく戦っていた。
その奥には高校生くらいの女がいた。見たところ赤い男の味方のようだが…
あれは人間の動きなのか?
とても人間とは思えない、怪人か!?
俺は物陰で息を潜め、様子を見ていた。しかし…
「始~!どうしたんだよ~?」
虎太郎がよろよろと走ってきた。
あのバカ…
「誰だっ!?」
案の定気づかれたようだ。
「え!?え!?」
ようやく虎太郎も状況に気づく。
青い方が明らかな敵意をもって虎太郎に向かって走ってきた。
「おい!虎太郎逃げろ!逃げて橘を呼べ!」
俺の声に虎太郎は元来た方へ走り出した。
俺は物影を出て、グラウンドのフェンスを一気に乗り越え、青い方の前に立ち塞がった。
青い奴は紅い槍を構え、立ち止まった。
「へ~、もう一人いたのか見たところマスターってわけじゃなさそうだが…仲間のために囮になるとはいい度胸だ。気に入ったぜ、お前」
マスターだと?何のことだ…
「お前たちはなんだ?」
俺は相手を睨みながら言った。
「へぇ、この状況で全く動じてねぇとは、ますます気に入ったぜ。だが悪いな目撃者は消さなきゃならねぇ」
「アーチャー、ランサーを止めて!」
少女の声が耳に入ってきたが気にしなかった。
「…!」
次の瞬間、来る。破壊者の本能でそう感じた俺は、常人なら反応することすらできない速度で突き出される槍を紙一重で避け、カウンター気味に飛び蹴りを食らわせた。さらにその反動を利用して距離を取った。
躱されるとも反撃が来るとも思われていなかったのか、攻撃はうまく決まった。しかし、相当の力を込めたはずだが手ごたえはない。
相手は躱されたことにひどく驚いているようだ。
俺は時間稼ぎのため、引かずに油断なく敵を見つめた。
「ふふふ、はっはっは!いや、すまん。なめすぎていたようだ。力を入れてなかったとはいえ俺の一撃を躱して蹴りを入れるとは…その目、戦士の目だな」
相手の目つきが一気に変わった。ワンテンポ遅れて赤いのが俺と奴の間に入る。
「凛、どうするんだ?」
赤い男は肩越しに俺を睨みつつ向こうの少女に指示を仰ぐ。
「………」
しかし少女は戸惑っているようだった。
まずい、肌でそう感じた。今手元にカードは『SPIRIT』しかない。『カテゴリー2』では勝てそうにない、だからといって『ジョーカ―』の力をさらすのも危険すぎる。せめて『カテゴリーA』があれば…
それにしても赤いのは味方か?敵か?
「嬢ちゃんには悪いがクライアントに初見は本気出すなって言われててな。今は目撃者を消す方が先だ」
再び青いのが槍を構える。
次躱せる保証はない。どうする…?
シュッ!
先ほどとは比べ物にならない速度で紅い槍が迫ってくる。
「そこのあなた、逃げなさいっ!」
そう叫んだ少女は、宝石のようなものを投げた。
ピカッ!
彼女が投げた宝石は、閃光弾のように輝く。
逃がしてくれるなら素直にそうさせてもらう…
俺は閃光に乗じて飛びずさって全力で逃げた。彼女たちが足止めしてくれているのか、追ってはこなかった。
ピピピ
俺は走りながら、虎太郎に電話した。
トゥルルルルルルル
(…あっ、始!だ、大丈夫⁉)
「ああ、なんとかな…今お前はどこにいる?」
そのまま、隠れた場所を教えられた俺は、そこに向かった。しばらく走ると、大きな屋敷の廃墟が見えた。その屋敷の蔵に俺は入り、虎太郎を探した。
「あ、始、ここだよ」
俺は蔵の隅でうずくまる虎太郎に駆け寄る。
「とりあえず、無事なようだな…それにしてもなんだってこんな場所に隠れた?」
俺はあきれ顔で聞く、こんな場所は隠れるには適さない。
「え?なんとなく…だけど…」
「まぁ、とりあえず場所を変えるぞ」
もっと人波に紛れられそうに逃げなければ。
「う、うん」
「そういえば橘は?」
「ダイヤのカードとバックル、それとハートのカード持ってこっちに向かってるって…」
橘が来ればなんとでもなる、それまでどうするか…
「残念だったな、そう簡単に逃がすわけにはいかねーんだ」
その声にハッと振り向くと青い男が蔵の入り口に立っていた。
「ったく、嬢ちゃん達まくのに時間喰って探索のルーン使う羽目になっちまったぜ」
青い男はじりじり詰め寄ってくる。
「は、始…」
だからこういう閉所は逃走時に隠れるには適さないんだ。見つかった時に逃げにくくなる…
俺は再び青い男の前に立ちふさがった。
今『ジョーカー』になれば、確実に虎太郎を巻き込んでしまう…
「始、君だけでも逃げろ!君一人なら…」
馬鹿を言え、そんなことできるか…仲間を、俺の家族を、見捨てはしない!
やるしかないか。
俺は決死の覚悟で男に飛び掛かった。
ザシュッ!
男の槍がついに俺の左肩を貫いた。
「ぐぁぁ!」
しかしそれも想定済みだった。
「何…」
男は驚愕していた。それもそうだ、さらに赤く染まっているはずの槍は鮮やかな緑に染まっていたからだ。
一瞬の動揺、チャンスは今しかない!
俺は槍が貫通するのも気にせず相手に体当たりした。なんとか相手を倒すが…
「こんのぉ!」
ドッ!
すぐに蹴り飛ばされてしまった。
「グハッ…」
口からも吐血し、緑の血をまき散らしながら俺は、蔵の壁にたたきつけられた。
「ああ、は、始ぇ!」
虎太郎の悲鳴が聞こえる。しかし肩の傷と蹴りのダメージで動けない。
もう手はない。万事休すか…
俺があきらめかけたその時、目の前で蔵の床が光始めた…
「なんだ…!」
青い男も驚いてあとずさる。
右手の甲がなぜかうずいた。
光が収まるとそこには騎士の姿をした美しい少女が佇んでいた。少女は真っ直ぐに俺を見つめた。
透き通るような蒼い生地の上に纏った、月光を受けて輝く白銀の鎧。
それを見て俺が想起するものは一つ。かつて幾度も刃を向け合い、何度も並んで共に戦った気高き騎士、
「ブレ…イド…」
その場の全員が呆然とする中、少女は凛とした声で力強く言った。
「サーヴァント、セイバー。召喚に応じて参上した」
「問おう、貴方が私の『マスター』か?」
その澄んだ声を聴いて俺は、戦い運命がまた始まるのだと無意識のうちに理解した。
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