前線にはまだ生徒たちが残っている。
恐慌状態に陥っているらしく、また一人と巨躯に食われていく。
我に返ったリンクシィはストレイドを駆り、全速力で陸皇亀へと接近する。
ジェットを噴射させながら法撃特化杖から戦術級魔法を放つ。慣性の力も合わさって高速で大火球が陸皇亀の甲殻を赤熱させる。ストレイドは赤熱した個所に狙いを定め、法撃特化杖を突き刺さんとする。
法撃特化杖は効率を重視した形状のため、先端が鋭く尖っている。これを利用し、簡素ではあるが物理ブレードの役割を果たすことができるのだ。
はたして、法撃特化杖は陸皇亀の甲殻に罅を入れた。甲殻はすぐに冷却され、深く切り込むことは叶わなかったが明確なダメージを与えることに成功した。流石の陸皇亀も自身の体に傷をつけられては何もしない訳にもいかず、体を小刻みに揺らす。
たったそれだけでもストレイドを仕留めるには十分すぎる。ジェットを巧みに噴射し後の操縦技術である
ここで最悪の事態が起きた。
陸皇亀は首をもたげ竜巻の息吹を放とうとした。
リンクシィの目に薄汚れた白のアールカンバーが映る。その手はどこかに伸びていた。
視線を移すと、そこにはヘルヴィの操るトランドオーケスの姿があった。
「まさか!」
そのまさかだ。
陸皇亀の狙いは疲弊しきったトランドオーケスだった。
トランドオーケスの魔力残量は僅かでありとても回避するには足りなかった。
ストレイドで救援に向かおうとするもジェットの調子が悪い。言わずもがな、魔力切れである。さっきの強襲によって元々少なかった魔力が底をつきた。一度休憩を挟まなければならない。
「ヘルヴィィッ!! くそ、間に合えっ!!」
エドガーの悲鳴にも似た叫び声が聞こえた。
リンクシィは己の無力さを呪った。結局、私には何も救えないのか? 今まで抑え込んできた邪悪な感情が彼女の心を支配する。
なら、せめて安らかに逝け――
ストレイドは降下する中、片腕を上げる。法撃特化杖の先端がヘルヴィのトランドオーケスに向けられる。
リンクシィは、かつて自分の相棒を撃った時のことを思い出した。今まで支え続けてくれた彼女が、自分の夢を思い続けてくれた彼女が、言葉僅かに海中に没した時のことを。
あの時、リンクシィの心は何を感じたのか。その答えは、今ストレイドの中でリンクシィが笑みを浮かべながら蒼い瞳から涙を流していることを鑑みれば容易に察することができる。
最後の一撃を放たんとしたその時、狂気染みた哄笑が轟く。
「あははははははふっははははは、いましたいました見ぃつけたー!!」
紅い幻晶騎士が戦場へ迷い込んだ。いや、違う。あれはそんな場違いな存在ではなく、限りなく存在しえない
紅い機体、グゥエールは剣を振りかざす。狙いは陸皇亀の頭部。
無駄に終わる。そう思われたが、グゥエールの剣はたしかに陸皇亀の片目を貫いた。
しかし、剣が抜けなくなったらしく、グゥエールはあっさりと武器を捨て後方へ跳んだ。
リンクシィは思わず目を見開いて驚きを露にした。
突然乱入してきたグゥエールはエドガーたちには目もくれず、陸皇亀のみを見ていた。次の瞬間には走り出し、予備の剣を構えて陸皇亀へと攻撃を仕掛ける。驚異的な跳躍力で陸皇亀の背中に飛び乗り、背中を疾走しながら剣を振り回す。いずれも弾かれていたが、グゥエールの動きに迷いはなかった。おそらく、試しているのだろうとリンクシィは直感した。
とにかく、陸皇亀の注意は完全にグゥエールへと向けられている。片目を奪った紅い機体を射殺さんばかりの視線で追っている。エドガーたちはその隙に退却したようだ。
今しばらくはグゥエールに任せ、ストレイドの回復に専念することにした。グゥエールがやられる心配をしていないわけではないが、従来の幻晶騎士の範疇を越える高機動を行っているグゥエールを見ていると不思議と彼のことを思い出した。きっと、その勘は間違っていないだろう。
あれに乗っているのはエルネスティだ。どうやったのかは知らないが、彼があの紅い機体を動かしているのだ。ロボットをこよなく愛し、その全てを我が物にしようとする恐ろしくも強大な決意をキメている彼のことだ、しばらくはそつなく戦ってくれることだろう。
ストレイドの中で大きく深呼吸する。湧き上がっていた狂気を抑え込む。
だが、同時に戦う決意を胸に宿す。さっきもそうだったが、彼女は些か慎重に動き過ぎていた。もっと果敢に攻め込めば決定打を生み出すこともできたはずだ。
何を期待していた? 援軍? バカな、あんな連中は当てにならない。
結局、あの男も使い物にならなかった。最後の戦いの時、真っ先に沈んでいったあの狂人も私の隣に相応しくなかった。いつだって自分の力だけで切り抜けてきた。
……まぁ、だからといって支援機を使わないつもりはないが。むしろ使いつぶす気だ。
魔力は充分に回復した。
戦場に目を向けると、グゥエールが刃のなくなった剣を捨てたところだった。
さぁ、戻ろうか。私の戦場に。
かつて人類を殺戮した