悪戯リスの冒険   作:龍華樹

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いちわ

 

 

「ほう、ではそのジャネットとかいう娘は、海の上を走ったと?」

 

「へ、へえ、そのとおりで」

 

ここはローグタウン。

イーストブルーからグランドラインへ出る際の玄関口となる町である。東の海中の無法者達が偉大なる航路を目指し、この島に集結している。また、海賊王ゴールド・ロジャーの出生地であり処刑地でもある事で有名な観光地でもある。

そのため、この町には海軍の支部が置かれ、常時、海軍本部の大佐クラスが詰めている。

 

サンタフラメンコ号は予定通りローグタウンに到着した後、道中で捕らえた高額の賞金首、吊るし首のザバンを海兵に引き渡していた。正確には、その死体を。

 

もとより懸賞金は『生死を問わず(DEADorALIVE)』なので、生け捕りに比べて三割減とはいえ支払い自体には問題ないが、海軍としてはその経緯は詳しく聞き取っておく必要があるらしく、船長は聞き取り調査に付き合わされている。

 

「…しかし、俄かには信じられん。まさか、あのザバン一味を小さな少女が潰してしまうとは」

 

馬鹿を言うな、と怒鳴られるかもしれないと内心覚悟していた船長は、思いのほか紳士的な下士官が対応してくれたことに感謝していた。

 

「ですが、海兵さん、天国の両親に誓って嘘じゃございやせん」

 

難しそうに唸る下士官を前に、船長は恐る恐る事の顛末を語っていく。

嘘や誇張は一切しない。それが世渡りの秘訣だと船長は信じていた。

 

ちなみに、他の船員は久しぶりの町へ繰り出し、ジャネットも引き止めたが契約が切れたために下船した。

船長はただ一人で船に居残り、積み荷の引き渡しや親会社への報告、停泊許可に必要な書類を作り、道中で捕らえた海賊を海軍に引き渡し、事情聴取に協力するといった雑務を淡々とこなしている。

 

「海面を走る脚力に、首を縄で括られても平気なほど硬くなる体、さらに目にも止まらぬ速さすら持ちあわせる、か…」

 

難しい顔で唸る下士官を前に、船長は無理もないと思った。

何せ、自分の船のことでなければ、船長自身も単なるホラだと思っただろう。

 

「…まさか、六式?しかし、あれは選ばれた海兵だけが習得をゆるされる体技。単なる船乗り、それもか弱い少女に身につけられるようなものではない」

 

「へえ、ロクシキですかい?」

 

ロクシキだか、ロクデナシだか知らないが、さっさと終わらせて飲みに行きたい、というのが船長の本音だ。

 

「何でもない。ひとまず、ザバンは確かに引きとった。だが、前後の事情については、もう少し問いただしたい。その、ザバンを倒したという少女は、今どこにいる?」

 

「たぶん、町に繰り出してる最中だと思いやすが…その、陸の上で何をしていようが、問わないのが船乗りの掟ってやつでして…」

 

応対した下士官は難しい顔で唸ると、傍らの電伝虫に手を伸ばした。

 

なお、電伝虫とは念波で会話することのできる特殊な昆虫で、その性質を利用して遠く離れた所にいる人間との会話のために世界中で飼育されている。

 

「私だ、スモーカー大佐に繋いでくれ」

 

しばらく電伝虫の向こうでは、何やらやり取りがあったようだが、やがてくぐもった男の声が響いた。

 

『俺だ』

 

「ハッ、お休みのところを申し訳ありません、スモーカー大佐!」

 

電伝虫の向こうに出たのは、海軍ローグタウン支部で一番階級が上の人物、白猟の異名を持つスモーカー大佐である。

 

『能書きはいい、なんかあったのか?』

 

「ハッ、実は先ほど引き渡しを受けた海賊、吊るし首のザバンに関しまして、お耳に入れたいことが。実は…」

 

一通りの報告を終えると、電話の向こうで、スモーカーも唸るように頷いた。

 

『…なるほどな。確かにそれは妙な話だ』

 

「いかがいたしましょう、一応私の権限で、確認がとれるまで懸賞金の引き渡しは保留、という形にしていますが?」

 

『いや、懸賞金はすぐに支払ってやれ。金の支払いで揉めると、懸賞金制度自体が揺らぐ』

 

「ハッ、了解しました」

 

傍で会話を聞いていた船長は、ホッとした。実際、金さえ貰えれば文句はない。

 

『だが、その賞金首を仕留めた娘については、可能な限り身元を洗え。何なら俺の名前で本部に問い合わせてみてもいい』

 

2100万もの賞金首、それも悪魔の実の能力者を年端もいかない少女が殺害するなど、尋常のことではない。

 

実際、海賊・吊るし首のザバンは懸賞金額こそ2100万だったが、食した悪魔の実の能力が厄介で、そんじょそこらの海兵では始末に負えなかった。

何せ、帆船というのは木と鉄、帆、そして大量の縄を組み合わせてできている。船上の戦闘では、縄を操るナワナワの実の能力は驚異である。

サウスブルーでは海軍支部一つを壊滅させた実績があり、平和の海・イーストブルーではなおさら手に余るので、近々懸賞金額が倍にまで引き上げられる予定だった。

 

「ハッ、ではそのように」

 

下士官は敬礼をして電伝虫を切った。

 

「…さて船長、聞いての通りだ。ザバンにかかっていた懸賞金は、すぐにでも支払おう」

 

下士官が部下に指示すると、すぐに札束の山が運ばれてくる。

 

「ありがたいお話です」

 

2100万ベリーのうち、実際に支払い対象になるのは三割減の1470万ベリー。

ジャネットを船に乗せたときの契約により、その半分は船の取り分として転がり込むことになる。その代わり、ジャネットの取り分は船会社が立て替える事になっていて、既に今朝方、下船する際に給金と共に半金の735万ベリーは支払い済みだ。

それを差し引いても残金が入ってくる。船員達に分け前を配っても、ちょっとしたボーナスほどの額が彼の懐に残るだろう。

 

「ただし!」

 

屈強な下士官の鋭い視線を受け、船長はびくりと震えた。

 

「そのジャネットという娘について、知っている限りのことを、話してもらおう」

 

いや、とは言えなかった。

 

「は、はい。ですが、その、あの娘はゴア王国のあたりで船に乗っけやしたが、どこから来たのか、どこの誰なのか、さっぱりです。そもそも船の上でのこと以外は詮索しないのが、船乗りの仁義ってやつでして…それでもいいですかい?」

 

「かまわん。だが、隠し立てはためにならんぞ!」

 

船長はしどろもどろになりながら、ジャネットについて知っている限りのことを話した。

 

顔形、髪の色、肌の色、身につけている物、船に乗り合わせた時の状況、船での生活、態度、他の船員達との仲など、根掘り葉掘りあらゆることを聞かれた。 しかも、途中で何やら騒ぎが起こったとかで海兵が出払い、ならこれで帰れるかと思えば、しばらく詰所で待っていろと指示される始末。

 

結局、船長が解放されたのは、日がとっくりと暮れた深夜のことであり、既に酒場も閉まり、彼の仲間の船員達も船に戻って大イビキをかいている頃合いのことだった。

船長自身もすっかり疲れ切っていたので、その日はすぐにベッドに潜り込んで寝てしまった。

 

そして朝になると、船内では大騒ぎが起こった。

 

乗客達の持っていた高価な金品や、船員の給金が、いつの間にかなくなっていたのだ。

いずれも専用の頑丈な金庫や鍵付きキャビネットにしまい込まれていたもので、鍵がこじ開けられた痕跡もなく、中身だけが煙のように消えてしまっていた。

その中には船長愛用の私物や、秘蔵の酒も含まれていたので、まさに踏んだり蹴ったりだった。

怒れる乗客や給金を心配する船員、そして報告を求める親会社への対応に忙殺され、それがひと段落着いてから船長は自棄酒をあおった。

 

結局、サンタフラメンコ号がローグタウンをでる頃には、短い間船に居合わせた不思議な少女のことは、誰の記憶からもきれいさっぱり忘れさられていた。

 

船長がジャネットのことを思い出すのは、そこからさらに数ヶ月あまり後。何気なくニューズクーの紙面を広げたときのことであったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、話はその前日の昼過ぎに巻き戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンまーい!!なにこれ、すっごくおいしい!!」

 

ジャネットはローグタウンで一番のレストランと名高い名店で、料理の数々に舌鼓をうっていた。

 

テラスに面した日当たりのいい特等席を一人で陣取り、大量の料理を次々と運ばせて、瞬く間に賞味する。

他の客達も、小柄な美少女が美味しそうに料理を食べる光景をほほえましそうに鑑賞していた。

 

舌平目のムニエルに子牛のフィレのクリーム煮、白身魚と貝柱のポサレ、ロブスターのリゾット、それに船乗りにとって何よりの御馳走、新鮮な果実や野菜のサラダ。透明なグラスになみなみと注がれた冷えた白ワインがよくあっていて、どれも驚くほどおいしい。

 

いつも食べている船乗り御用達の下町食堂も、安くてうまくてボリュームがあるのだが、たまに大きな町にやってきた時には、こんな高級店で飯を食うのも悪くない。

 

「お嬢様、お次は当店の自慢!紅マグロのカルパッチョでございます!」

 

黒いウェイター服をビシっと決めたイケメンの店員が前歯を光らせ、エレガントな仕草で銀の皿にのせられた虹色の光沢を放つ魚の切り身を、ジャネットの前に差し出した。

 

「おいしそ~~~!!」

 

ジャネットは料理にかぶりつくと、瞬く間に食い尽くした。店にふさわしくない下品な食べ方だったが、訓練されたウェイターは動じない。

 

「気に入って頂き、感謝の極み!」

 

高級店にふさわしく、店員の対応も親切丁寧で見事の一言に尽きる。

なお、入店の際にジャネットの年齢や服装やらが気にくわなかったのか、遠回しに金はあるかと聞かれたが、目の前に札束を積んでやったら態度を一変させた。まあ、些細なことだろう。

 

どれもこれもおいしさに見合うお値段だが、幸い給金は下船するときに「たんまり」貰っているので、懐は温かい。いくらか豪遊しても大丈夫だろう。

それに見た所、この店には財布の重そうなお大尽が何人もいる。ありがたい話である。

 

「さ~~て、お次は何を頼もうかしら?」

 

小さな体のどこにそんなに入るのか、既に5人前は食べているのに、この言いぐさである。

 

にわかに店の外が騒がしくなってきたのは、その時だった。

 

『民衆ども、派手にその場を動くな‼︎これから俺様の恐怖を見せてやる‼︎』

 

そんな下品な声が、店内にまで響いてきた。

 

この店はローグタウンの中央に位置する広場に隣接しており、その賑やかさも店のBGMの一つになっているのだが、いくらなんでもけたたましい。

 

「ん?外が騒がしいね」

 

「申し訳ございません、お嬢様。どうやら広場で海賊達がさわいでいるようでして。よくあることなのですが…」

 

イケメンのウェイターが申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「知ってるよ、海賊王の処刑台が見えるのも、この店の売りなんでしょ?」

 

「仰るとおりでございます」

 

海賊王、ゴールド・ロジャー。

ローグタウンは彼が生まれた町であり、処刑された町でもある。特に、広場の中央に設置してある海賊王の処刑された処刑台は、町一番の観光名所だ。

 

「海賊か…いったいどこの馬鹿が…ん?」

 

鬱陶しそうに処刑台のあたりを見やったジャネットだったが、不意に何かに気づいたかのように目を閉じ、耳をすませた。

そして、服の内側から銀の鎖のついた円盤形の大きなロケットを引っ張り出す。

見事な細工の施された上蓋を開け、中身を凝視すると、片眉をしかめた。

 

「お客様、そちらの立派なお品は懐中時計でございますか?」

 

ウェイターはコーヒーをカップに注いでジャネットに差し出しながら、興味深そうにロケットを眺めた。

客の持ち物を見定めるのは、ウェイターには必須の技能である。太い客に媚びれば、チップをたくさんもらえるからだ。

 

「半分正解。もう半分は気圧計さ。船乗りの必需品だ」

 

ジャネットは難しい顔を一変させ、ニコリと人好きのする笑顔を浮かべると、ウェイターに上蓋の内側を見せた。

そこにはCの形になった扁平密閉管に、矢印のついた針と歯車、そして目盛りが組み合わされたブルドン管型気圧計が取り付けられている。

 

今、その針は通常の目盛りをぶっちぎり、イタリック調で描かれた『TEMPEST』の文字を指し示していた。

 

「今日はもう店を閉めた方がいいかもね、すぐにでっかい嵐がくるよ」

 

ジャネットは手と口元をナプキンで拭き、差し出されたコーヒーに息を吹きかけて冷ましながら、うまそうに飲んだ。

 

ウェイターは思わず空を見上げたが、雲一つない晴天である。風は暖かく頬をくすぐり、うららかな日差しがテラスを照らしている。

 

疑わしそうな顔のウェイターをよそに、ジャネットはバンダナを締め直して、帰り支度を始めた。

 

「お帰りですか、お嬢様。コース料理のデザート、ザッハトルテがまだお済みではないのですが、よろしいですか?」

 

「いいよ、あたしは甘い物が大嫌いなんだ。特にジャム菓子とか吐き気がする」

 

それを聞くと、ウェイターはすばやくデザートの皿を引っ込め、代わりに銀の盆に領収書を乗せて差し出した。

 

「ごちそうさま、お代だよ。つりは要らないからね」

 

ジャネットはベリー札の束を放り投げた。厚みからして、請求額の倍はありそうだった。

 

「ありがとうございました~~~!!またのおこしを~~~!!」

 

ウェイターは満面の笑みで手を振り、ジャネットを見送った。

残額は全てウェイターのチップ代になる。今日の売り上げは彼がトップだろう。

 

「あれ、わしの財布がないぞ?」

 

「私のもよ!」

 

ジャネットは何やら騒がしくなった店をそそくさと後にした。良い店だった。 お腹も懐も温まった。

 

「さて、腹ごしらえも済んだことだし、そろそろ次の船を見繕うとしますかね」

 

サンタフラメンコ号はいい船だったが、所詮はイーストブルー内を巡る船でしかない。

 

『そろそろグランドラインに戻るのか、ジャム』

 

何処からともなく、甲高いボーイソプラノが響いた。

それはジャネットにだけ聞こえる程度の小さな声で、周りにたむろする人間には聞こえていない。

 

「ああ、イーストブルーもそろそろ飽きたよ。懐かしのグランドラインに戻ろう」

 

ちなみに彼女が歩く広場の中は、海賊達によって絶賛占拠中であり、市民達は恐怖に竦んで動けない。

だが、彼女は気楽に鼻歌を歌いながら、広場を横切って港への道を歩いている。海賊達の凶行など、まるで恐れていない。

 

空は彼女が店を出たあたりから急に曇りだしており、あたりは薄闇に包まれだしていた。 東の海から接近してきた積乱雲の塊により、生暖かい湿った風が吹いている。

 

『じゃあ、軍艦でも奪う?海軍の船ならカームベルトも超えられるでしょ?』

 

「おいおい、そんなことしたら流石に目立ち過ぎて収集がつかなくなるよ。海兵のやつら、身内をやられるとシツコイからね。それに船は一人じゃ動かせない。ま、適当にグランドラインに向かう船に紛れ込むさ」

 

吹きすさぶ風に嬲られ、バンダナからはみ出た髪を整えるジャネットの口元は、楽しそうに緩んでいた。

 

「とはいえ、この最弱の海からグランドライン入りしようなんて、馬鹿な連中は限られる。そんな物好きといえば…」

 

真横に視線をうつしたジャネットの目に入ってきたのは、手に手に武器を持って広場を取り囲み、包囲の輪を狭める、白い服にカモメのマークの男達。

 

「海兵か、あるいは…」

 

次に視線をうつしたのは、広場のド真ん中で、大道芸人のような派手な身なりで騒ぐ男達。髑髏のマークを掲げ、手にはカトラスにピストルを持っている。

 

「海賊だ」

 

何の冗談か、海賊の頭目らしき、いっそうド派手な男は、顔面にピエロのようなペイントを施していた。

あるいは海賊の集まりではなく、海賊に扮した大道芸人の集まりなのだろうか。

まあ、どちらでもいいことだとジャネットは思った。

 

「 これより派手死刑を、公開執行する‼︎」

 

ピエロの男が仁王立ちしている海賊王の処刑台の上には、何故か麦わら帽子を被った年若い男が拘束されていた。

 

いったい何をやらかしてそんな状況になっているのか、ジャネットは興味がなかったが、もしかしたら、よくある胴体を輪切りにしても大丈夫とかいう、手品のショーの最中なのかもしれない。

 

馬鹿騒ぎに興味をなくすと、ジャネットは港への道を歩き出した。

この場に彼女の眼鏡に適う人間はいないようだ。まあ、この町はそこそこ大きいし、探せばグランドラインに用のある連中は他にもいるだろう。

 

グランドラインへの入り口、リバースマウンテンはレッドライン屈指の名峰。入るだけでも命がいくつあっても足らない難所だと聞く。下手な船に乗り合わせて、万が一にでも転覆して海に投げ出されてしまえばアウトだ。船乗りにはあるまじきことだが、彼女はカナヅチなのだ。

 

ジャネットが処刑台に背を向けた、まさにその時だった。

 

「俺は、海賊王になる男だ!!!!」

 

麦わら帽子の男から放たれた怒声に、思わず足が止まる。

 

「な、なんだ今、クラッとしたぞ?」

 

「俺もだ。意識が飛びかけた…」

 

「しかし、海賊王だって?」

 

「よりによってこの町で、なんて大胆な!」

 

周囲を伺う有象無象どもが何やら騒いでいたが、既にジャネットの耳には入っていない。

 

海賊王、確かに大胆な発言だ。この海でそれを口にすることの意味を、わかっているとは思えない。

そんな口先だけの馬鹿は、放っておいてもすぐに死ぬ。これまでの航海で、ジャネットはそういう馬鹿をいくらでも見てきた。

 

しかし、彼女の視線は鋭く、処刑台に拘束された麦わら帽子に向けられている。

 

「…はぉぅしょく?」

 

ぼそり、と呟いた言葉は、降りしきる雨音と周囲の雑音に紛れて消える。

 

そして、ジャネットが見つめる最中、ピエロの男が今まさに麦わら帽子の男の首に向かって、鋭い刃を振り下ろした、その瞬間のことだ。

 

天空から降り注いだ稲妻が、処刑台を直撃。

空気を切り裂き、轟く雷鳴。

周囲は白い光につつまれ、音が死ぬ。

 

だが、ジャネットは見た。

 

首を切り飛ばされるかという、まさにその時。神に生かされるかのように、雷土に命を救われた男の姿を。

誰もが恐れおののき、許しを請うかのように地面にひれ伏す中で、堂々と立ち上がった男の背中を。

己が殺されるという瞬間に、笑顔を浮かべた男の顔を。

 

思わず、総身が震えた。

かつて感じたことのない戦慄が、彼女の背筋を駆け巡っている。

 

『あいつ、持ってるね!』

 

相棒の声も、隠しようのない驚愕に震えていた。

 

「ああ、持っている…それにあの覇気の強さ…おもしれえ」

 

周囲に群がっていた海賊達は茫然自失といった有様で、力なく麦わら帽子の男を見つめているが、然もありなん。こんな奇跡を目の前で見せつけられて、すぐに立ち直れるような気概のあるタフガイはいないらしい。

 

でくの坊のように立ちすくむ連中の間を縫って、ジャネットは易々と麦わら帽子の男の前に進んだ。

 

「なははは、やっぱ生きてた。もうけっ!」

 

その男は死にかけたばかりだというのに、気楽な仕草でポンポンと服の汚れを払うと、麦わら帽子を被り直した。

そして、底抜けに明るい笑顔を浮かべてそんなことを、のたまいやがったのである。

 

普段、ジャネットが浮かべている作り笑いとは明らかに違う、まるで悪意というものが感じられない、そんな笑顔で。

これは本物の馬鹿か、あるいは大人物のどちらかだとジャネットは思った。

されど命を惜しまず、天に見放されず、王の資質すら持ち合わせている。少なくとも、こんな最弱の海で死ぬようなタマではない。

 

気がつくと、思わず口笛を吹いていた。

 

「ん、何だおまえ?」

 

ようやくこちらに気づいたのか、麦わら帽子の男は、訝しそうにジャネットを見つめた。

 

「よう、あんた。今の、すごかったなあ。思わずマジマジと見物しちまったよ!」

 

ジャネットはにっこり笑うと、右手を差し出した。

 

「あたしはジャネット、ただのしがない船乗りさ。あんたは?」

 

「俺はルフィ、海賊だ」

 

ルフィはジャネットの手を取ることなく、真顔で見返した。

 

「やっぱり海賊かい。だと思ったんだ」

 

ジャネットは特に気を悪くした風もなく、差し出した右手を引っ込める。ただし、その顔は笑っていたが、目は決定的に笑っていない。

 

「なあ、船長さん、どうせこの町にきたってことは、グランドラインが目当てなんだろう?あたしをあんたの船に乗せておくれよ!」

 

今度は男を魅惑する女の顔に切り替えると、妖艶に笑ってルフィの腰と腕に手を回す。

 

「ちと、グランドラインには用があってね。あたしゃ、これでも腕のいい船乗りなんだぜ。船においてくれりゃ、イロイロと役に立つよ、イロイロと」

 

腕を絡ませて耳元に口を寄せ、そっと舌を這わせて囁く。まるで熟練の娼婦のような手管であり、新たな船に乗り込む時のジャネットの十八番である。

 

実際、サンタフラメンコ号の船長もこのやり方で口説き落としている。もっとも、船に乗った後は指一本触れさせなかったが。

 

だがしかし、大抵の相手ならイチコロなのだろうが、残念なことに今回は相手が悪かった。

 

「やめろ、気色悪ぃまねすんな!」

 

ルフィはジャネットの手を振り払い、いやそうに口元を歪めている。

 

「やれやれ、つれない男だねえ」

 

まるで女への性欲というものが感じられない仕草だったので、さては男色趣味かとジャネットは勘ぐった。

 

だが、そもそもジャネットのロリボディに擦り寄られて喜ぶのは一部の特殊性癖だけであり、前述のサンタフラメンコの船長にしても、童女が背伸びする愛らしさにほだされて乗船を許可しただけのことであることは、本人だけが気が付いていなかった。

 

「おいクソワラ!!俺様を無視して派手にイチャコラするたーいい度胸じゃねーか!!派手に死ねえええ!!!」

 

そうこうしているうちに、例のピエロが復活した。黒コゲに焦げているのに、実に元気な男である。

 

「バギー船長、生きてたんですね!」

 

「生きらいでか‼︎」

 

ほぼ同時に、広場を囲んでいた海兵達も動いた。

 

「広場を包囲‼︎海賊どもを追い込め‼︎」

 

どうやらルフィが殺された後で、海賊どもを一網打尽の手筈だったようだが、段取りが狂ったらしい。

 

「おい、お前、神をしんじるか?」

 

「馬鹿言ってねえで、さっさとこの町出るぞ‼︎」

 

さらに、奇妙な掛け合いをしながら、此方に駆けつけてきたのは、二人の男。

 

一人は緑色の髪を短く刈り込み、腹巻を巻いた腰に、刀を三本も履いた剣士。

もう一人とともに、先ほどからルフィを救おうと大立ち回りを繰り広げていたのは、ジャネットも見ていた。

全身から滲み出る狂犬のような闘争心、剣の腕もなかなかにたちそうだ。どうにも人の下につくような性分には見えないが、それだけに船長の度量が伺える。

 

もう一人は黒いウェイター服のような身なりをした、グルグル眉毛が特徴的な優男で、何かポリシーがあるのか、先ほどから蹴り技だけで海賊どもをなぎたおしている。

 

どうやら彼らが、ルフィの仲間らしい。

 

「やあ、ルフィの一味の人かい?あたしはジャネット、これからよろしく!」

 

ルフィが何か言う前に、そう切り出したジャネットに対する二人の反応は、実に対称的だった。

 

「アン?なんだこのチビは?…おい、ルフィ、お前また妙なのを仲間にしやがったな」

 

剣士は眼光鋭くジャネットを睨み据えた。

あまりに殺気がキツイので、今すぐ刀を抜いて、切り捨てられるかと思った。こいつ、イカレてやがる。

 

だが、もう一人の黒服の男は、何故か目をハートにしてジャネットを讃え出した。

 

「ああ、なんて麗しいブルネットの瞳!ジャネットちゃん、ようこそ一味へ!大歓迎するよ‼︎」

 

ああ、こっちの男は扱いやすそうだ、とジャネットは確信した。

 

「よろしくお願いするよ。え〜っと?」

 

「ああ、俺の名前はサンジです、麗しのリトルレディ!」

 

はて、気のせいだろうか?

何故かサンジという男に、ジャネットは見覚えがあるような気がした。

 

「ねえ、サンジさん?もしかして以前に何処かで会ったことないかしら?」

 

そう言うと、サンジはハートの目を多少マシなものに戻して、首を捻った。

 

「もしかしてバラティエに行ったことがあったりしないかい?俺はあそこの副料理長だったんだ」

 

「バラティエ⁈あの有名な海上レストランの⁉︎」

 

バラティエといえば、世にも珍しい海上レストランとして有名な店だ。

その味はニュースクーの主催する格付けランキングでも上位に食い込むという。

 

「ああ、そうさ」

 

「すごい!いつか絶対食いに行きたいと思ってたんだ‼︎」

 

紛れもない本音である。うまい店の食い歩きは、趣味と実益を兼ねたジャネットのライフワークだ。

イーストブルーに流れ着いてしまった際に、この最弱の海で唯一、足を伸ばしたいと心惹かれた場所である。

 

これは思わぬ収穫だった。ルフィの船に潜り込めば、もれなくバラティエのコックが付いてくる。毎日うまい飯が食えるだろう。

それに、とジャネットはサンジの頬に手を寄せてキスをしつつ、その耳に囁いた。

 

「ねえ、サンジさん。あんたの名字って、もしかしたら『ヴィンスモーク』って言わないかい?」

 

ノースブルーにその名を轟かせた、悪の一族の代名詞。

その名を口にしたとたん、サンジの顔がこわばり、真顔になってジャネットを凝視する。どうやらビンゴらしい。

 

あまりにも特徴的なグルグル眉毛を持った男。しかも名前がサンジときては、彼の一族との関連性を疑わずにはいられない。

あの一族も長男から数えて『イチジ』と『ニジ』がいて、末の息子が『ヨンジ』である。ならば、その間にもう一人『サンジ』がいるのではないかというのは、裏社会では酒の肴代わりによく囁かれるゴシップの一つだ。

 

「…いいや、知らないね。俺はただのサンジだぜ、ジャネットちゃん」

 

そう惚けて、紙巻き煙草を一本口に咥えた。嘘の下手な男だ。

しかし、流石ルフィは自分が見込んだ男、手下も粒が揃っている。

 

「悪い悪い、ごめんよサンジさん。あんまりに特徴的なグルグル眉毛だから、つい勘ぐっちまった。過去を詮索するのは、船乗りの御法度。お詫びに、後で一杯奢らせてくれよ」

 

ジャネットは、内心の嘲笑を押し隠しつつ、できるだけ明るく邪気のない笑顔を作って頭を下げたのだが、これに思わぬ方向から食いついた男がいた。

 

「おう、悪いな。奢りの酒ほどうまいものはないからな」

 

「ジャネットちゃんはてめーにゃ言ってねーだろ!!三枚に下ろすぞクソマリモ!!」

 

どうやら剣士の方は酒好きらしい。ちょうど先日、サンタフラメンコの船長から巻き上げたばかりの、とっときのオールド・オークが手元にある。そいつで一杯やらかせば、この男を懐柔するのも難しくはないだろう。

 

「酒はみんなで飲んだ方が楽しいさ!あんたもいける口なんだろ、キャプテン!」

 

「俺は酒より肉の方が好きだ!!」

 

「そいつは豪儀だ!あたしはうまい飯も大好きさ!!」

 

そう言うと、ルフィはニカっと笑った。

 

「腹へった!!サンジ、船に付いたら早速飯だ!!」

 

「まかせろ、ちょうど見事なエレファントホンマグロを仕入れてきたところだ!!」

 

「サウスブルーの魚だね!たまに海流に乗って東の海に紛れ込むんだ!潮流に揉まれるせいで脂がのってるよ!」

 

「えー!!うまほー!!!」

 

ルフィは馬鹿面をさらしてよだれを垂らしている。既にうまい魚を食うことで頭がいっぱいのようだ。

 

「じゃあ、これからよろしく頼むよ、麦わらのキャプテン!」

 

「おう、一緒にグランドラインに行こうぜ‼︎」

 

…なんてチョロい連中だろう。なし崩し的に仲間になれてしまった。やりやすくて大変結構。

 

そんな風にじゃれあい、親交を深めていたのだが、すぐにそれどころではなくなった。

海軍と海賊の大乱闘が始まったからだ。

 

「まだだ!ゴムゴムの奴は島から出られねェ‼︎叩きのめして島から出るぞ、野郎ども‼︎」

 

例のピエロの男が何やら叫んでいたが、広場を取り囲む海兵の方が数は圧倒的に多い。彼方此方で取り止めのない乱闘に発展している。

しかも、何処からか、白い煙がもうもうと立ち上って広場を包み出していた。銃弾の火薬で、火事でも起きたのだろう。

 

「チィ、ボヤボヤし過ぎだ。ルフィ、早くずらかるぞ!」

 

「おっと、そうだった!野郎ども逃げるぞ‼︎」

 

「船まで走るよ、ジャネットちゃん!」

 

「アイサー!」

 

四人は土砂降りの雨が降りしきる中、一斉に駆け出した。

 

しかし。

 

「ロロノア・ゾロ‼︎」

 

いつの間に回り込まれたのか、進行方向に、一人の女が立ち塞がった。

 

「あなたがロロノアで海賊だったとは‼︎私をからかってたんですね‼︎許せない‼︎」

 

黒縁のダサい眼鏡に、黒いジャケットを羽織った黒髪の女。腰には大振りの刀を下げている。どうやらこの女も海兵らしいが、あまり強そうではない。

 

「ロロノア?」

 

訝るジャネットだったが、答えは真横を走るサンジが教えてくれた。

 

「お前、あの娘に何をした⁈」

 

「てめえこそ海兵だったのか?」

 

どうやらサンジの反応からして、この緑頭の剣士がロロノア某のようだ。

 

あの女海兵と、何か色恋絡みのイザコザでも抱えていたのだろうか?海賊と海兵が互いの身分を知らずにベッドインなんて、今の世の中じゃあ、よくある話だが。

 

「名刀、和同一文字、回収します」

 

「やってみな」

 

ロロノアと海兵が、互いに刀を突き付けあって向かい合う、修羅場の横を走り抜けた。

 

「先、行ってろ」

 

「おう」

 

それだけでロロノアとは意思が通じたようで、ルフィは足も止めずに駆け抜けた。

しかも「レディに手を出すな!」と憤るサンジの首根っこを掴んで止めながらだ。

完全に互いの息があっている。いいコンビだ。

 

まあ、あの程度の海兵なら、適当に切り殺してすぐに追い付くだろうとジャネットは思った。

しかし、ロロノアは女を誑かして捨てる悪癖がありそうだと、心にメモをするのも忘れなかった。

それに、女海兵に向き合った時の、あの生き生きした顔。人を斬り殺したくてウズウズしていた。やはり生粋の人斬りだ。

 

「…?なんだ、まだ誰かいる?」

 

「またか!」

 

さて、さらなる問題は、さらにそんな彼らの先に立ち塞がった、一人の男である。

 

「おっと、今度は強そうだねえ」

 

その男からビリビリと伝わってくる気配を見聞すれば、今度はさっきの雑魚とは格が違う。

 

「オレの名はスモーカー。海軍本部、大佐だ」

 

ジャネットは目を細めた。

本部の大佐となれば、辺境の支部に燻る海兵とは一味も二味も違う。

 

「お前を海へは行かせねエ‼︎」

 

いきなり男の両腕が実体を無くし、大量の白煙に変わって、もうもうと噴き出す。

しかも、あろうことかその煙は意思を持っているかのように、こちらを包み込むようにして広がってきた。

 

これはおそらく悪魔の実、それも数ある能力の中でも、最強の力だ。

 

「自然系(ロギア)⁉︎なんでイーストブルーなんかに希少なロギアの能力者がいるんだ⁉︎」

 

ジャネットは驚愕した。

 

自然(ロギア)系の悪魔の実を食べた者は、自然現象そのものに自らを変えることができる。

目の前の海兵のように、多くは煙などの流動物のため、物理的な攻撃はほぼ無効。このほとんど無敵に思える防御力に、攻撃力も文字通り自然災害級の破壊力を発揮するため、悪魔の実の中でも最強種とされている。

 

「うわっ⁈何だ何だ何だ⁈」

 

アッと言う間に煙に巻かれ、まずルフィが捕まってしまった。

 

「このバケモノがァ‼︎」

 

直後にサンジの蹴りが見事にスモーカーの顔面に食い込んだが、文字通り煙にまいて攻撃を受け流したようで、全くのノーダメージ。

 

「い⁈」

 

「雑魚に用はねえ!」

 

たちまち煙の腕に突き飛ばされ、サンジが家屋に激突する。

 

残念ながら単純な物理攻撃では、どれだけ威力があろうと、ロギアの能力者には通用しない。

イーストブルーみたいな辺境にいては悪魔の実の能力者に出会うこと自体が稀である。特に、希少なロギアと出くわす経験などなかったに違いない。

 

「サンジ⁉︎んニャロー!…ゴムゴムの銃(ピストル)‼︎」

 

煙に胴体を掴まれたまま、今度はルフィの右手が数メートルも伸び、スモーカーの顔面にクリーンヒット。

 

ジャネットはこの時初めてルフィも悪魔の実の能力者であることに気がついた。

おそらくは超人(パラミシア)系、人知を超える能力が身につく系統だが、能力者自身の肉体は原形を留める場合がほとんどである。

 

「馬鹿、ロギアにマトモな攻撃が入るもんか!」

 

思わず声を荒げると、スモーカーの目がギロリとジャネットをとらえる。

 

「クッソ、あれがあれがロギアか。ジャネットちゃん、俺の後ろへ!」

 

頭でも打ったのか、サンジが額から血を流しつつ、スモーカーの視線からジャネットを庇うように前にでる。その顔は戦慄に歪んでいた。

 

「あらゆる攻撃を受け流せる流動する体のバケモノ…まさか本当に実在するとは思ってもみなかったぜ」

 

流石はヴィンスモークの小倅、悪魔の実の知識もそれなりにもっているらしい。

だが、奴に通用する手札は、まだ身につけていないようだ。

 

となると、誠に遺憾ではあるが、ジャネット自身が一働きするしかない。

 

「コンコンニャロのバーロー岬!この煙野郎、うちのキャプテンをはなしやがれ!」

 

ようやく探し出した金の卵を、こんなところでカチ割られるなんて冗談じゃない。王の資質を持つものなど、そうザラにはいないのだ。

 

ジャネットは利き腕を背中に隠すと、スモーカーからは見えないようにサンジの背に隠れつつ、人差し指をまっすぐに伸ばし、意識を集中させた。すると、指先を黒い何かが覆っていった。

 

都合のいいことに、スモーカーの注意はルフィにのみ向けられていて、男どもの背後に隠れる女には何の関心も払っていない。目を盗んで不意打ちを仕掛けるには、絶好のチャンスだ。

 

やがてジャネットの指は黒く艶のある金属のような光沢を帯び、それが黒鉄の硬度を得た瞬間、目にも留まらぬ速度で大地を蹴っていた。

 

「黒鉄指銃(アイアンブリッド)!」

 

「うお…⁈」

 

間一髪、額のど真ん中を打ち抜く筈の指先は、慌てて飛び退いたスモーカーの目尻から右頰にかけてを、ザックリと抉るに留まる。

傷口から吹き出た赤い血が、能力者の実体にダメージを与えたことを示していた。

 

「チッ…‼︎おとなしくクタバレ‼︎」

 

間髪入れず機銃のように繰り出した指先の連打。それは、咄嗟に頭部を庇って差し出されたスモーカーの右腕を蜂の巣に変えた。

残念ながら、穿たれた穴の半分ほどは、瞬時に白煙と化した体内に吸い込まれるようにいなされて、致命傷には程遠い。

だが、それなりに深手を与えた手応えはあった。血まみれの右腕はしばらく再起不能だろう。

 

「何だと⁈」

 

さらに言えば、スモーカーに与えた心理的なダメージは、それ以上だった。

顔面と右腕から盛大に出血しつつ、信じられないような目をこちらに向けるその顔を、ジャネットはニッコリと笑って見返した。

 

「その体技は⁈お前、何もんだ⁉︎」

 

もちろん、その問いに馬鹿正直に答える必要は無い。

 

「ただの、しがない船乗りだよ、海兵さん」

 

血に染まった指先を美味そうに舐めしゃぶりつつ、ジャネットは惚けてみせたが、内心では煮え繰り返っている。

ロギアの力を過信した馬鹿を、最初の一撃で仕留めるつもりが、失敗したことで相手は完全にこちらを警戒してしまった。

腐っても海軍大佐、恐るべきは初撃の危険性すら見切った判断力だ。

 

「…思い出した。お前、確かサンタ何とかいう船で、吊るし首のザバンを仕留めた奴だな。あるいは六式使いかも知れないと聞いちゃあいたが、まさかこんな年端もいかない餓鬼で、しかも麦わらの一味だったとは!」

 

「ああ、ほんの数分まえに仲間に入れてもらったばかりさ」

 

「減らず口を…!」

 

ジャネットは軽口を叩き、可愛らしく微笑んだが、もはやスモーカーに油断などあるはずもなく、背中に背負っていた武器に手を伸ばす。

 

「あン?どこいった?」

 

だが、その手は空を掴んだ。

 

「探し物は、こいつかい?」

 

クツクツと嘲笑うジャネットの手には、スモーカーが探していた大型の十手。

 

「!…手癖の悪ぃ餓鬼め‼︎」

 

「こちとら、悪所の育ちなんでね!」

 

ペシペシと十手を弄んでいたジャネットだが、不意にあることに気がついた。

 

「…なるほど。この珍妙な武器、先端に海楼石が仕込んであるな?」

 

「…⁈」

 

スモーカーは面白いくらいに、顔色を変えた。図星らしい。わかりやすい男だ。

 

海楼石とは、グランドラインで採掘される、海と同じエネルギーを持つ特殊な鉱石だ。ダイヤモンド並みに硬質で加工が難しいが、その性質から海に嫌われた悪魔の実の能力者には、これ以上ない武器となる。

 

こんなモノに頼るところを見ると、悪魔の実の能力にさえ気をつければ基礎戦闘力は低いのかもしれない。

しかし、問題はその能力が手に負えないことにある。何せ腐ってもロギア。流動する能力者の実体を、確実に捕らえるのは中々骨が折れる。先程のように油断していればともかく、もう不意打ちは通用しない。

 

だが、思わぬところで、確実に有効打を与えられる武器が転がり込んできた。

さて、どう料理してやろうと、舌なめずりしながら考えていると、ジャネットを庇うようにして、二人がスモーカーの前に出た。

 

「…おいおい、あんた達じゃ、まだロギアの相手は荷が重いよ?」

 

「うるせえ、次は必ず勝つ!」

 

「レディに守られるなんて、恐竜時代の作法に背くんでね」

 

ジャネットが思う以上に、麦わらの一味は、馬鹿ばかりだったようだ。

しかし、勝つ算段のないものに無謀に立ち向かうのは勇気ではない。生きてナンボの人生だ。

 

「総員、スモーカー大佐を援護しろ‼︎対能力者用監獄弾用意‼︎」

 

何処から湧出したのか、ワラワラと雑魚海兵どもまで溢れてきた。流石に少しばかり鬱陶しい。

 

せっかく、ただの腕利き美少女船乗りとして振る舞い、隠し通してきた力を、こんな所で赤裸々に暴かれるのは業腹なのだが。

 

「…フフフ、もうめんどうくせえ、まとめてヤッちまうか」

 

背を向ける二人の背後で、ジャネットが狂気の表情を浮かべた。その悪意に歪んだ笑みを見ることができたのは、正面に立っていたスモーカーだけ。

戦慄に歪むスモーカーの視線には答えず、ジャネットが右手をゆっくりと正面に向け、何かをしようとした、その時だ。

 

先に、状況が動いた。

 

「突風だァ‼︎‼︎」

 

隊伍を組んで進路を塞いでいた海兵が、つむじ風に舞い、紙屑のように吹き飛んだ。

それは、いきなりそこに発生したかの様に唐突な強風で、人体を軽々と家屋の上まで投げ上げた。そのおかげで、見事にジャネット達の進路が開く。

 

嵐が近づいてくるのには随分前から気が付いていたが、流石に都合が良すぎて気に掛かかった。まあ、今はそれより降って湧いたチャンスを活かす方が先だ。

 

「ルフィ、走れ!島に閉じ込められるぞ‼︎」

 

ちょうど良いタイミングで、緑頭の剣士、ロロノアが駆けつけた。哀れな女海兵を惨殺してきたのだろう。

 

「グズグズすんな‼︎」

 

「何だ⁈何だよいったい⁈」

 

ルフィが四の五のいうまえに、脇に抱えて走り去る。その後を、当然のようにサンジとジャネットも追う。

 

「バカでけえ嵐が来る‼︎」

 

「…ナミさんが言ってたのは、そういうことか」

 

さて、このままうまく逃げ切れればいいが、問題はロギアの能力者。こんな突風くらいでは…⁉︎‼︎

 

「ば、馬鹿な⁈なんであの男がこの町に‼︎」

 

逃げながら背後を振り返ったジャネットは、見た。

 

スモーカーの肩を掴み、抑え込んでいる全身ローブの怪しい男の姿を。

 

「何故、あの男に手を貸す‼︎ドラゴン⁉︎」

 

「男の船出を邪魔する理由がどこにある」

 

世界最大の犯罪者、世界政府を直接倒そうとする革命軍の首魁が、そこにいた。

 

「フフ…行ってこい!それがお前のやり方ならば‼︎」

 

ドラゴンは祝福するかのように両手を広げている。

 

それを見た時、ジャネットは確信した。

 

これは運命だ!

このルフィという男を中心にして、いずれ世界が動く!

 

「さあ、出発だ!錨を上げろ、帆を張れ‼︎あたしを新世界まで連れて行けえ‼︎‼︎」

 

常軌を逸した哄笑が、嵐の最中に響き渡った。

 

これが、後に世を騒がす大悪党ジャネットと、麦わらのルフィの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

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