悪戯リスの冒険   作:龍華樹

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さんわ

 

 

 

拝啓、お母様へ

 

お久しぶりです、私です。

お元気ですかなどと、尋ねるのはやめておきます。どうせそのお体は当たり前のように無傷なのでしょうから。

 

さて、私は本日、海賊・麦わらのルフィ一味に加わらせていただきました。

これで私も晴れて海のクズどもの仲間入りです。がんばって早くお母様のような立派なド腐れ悪党になれるよう精進いたします。

 

思えば故郷を飛び出し、グランドラインを気ままにさまよっていた折、たまたま乗り合わせた船が大嵐にあい、カームベルトで難破した時は生きた心地がしませんでした。イーストブルーなんぞに投げ出されたときもどうしようかと頭を抱えたものですが、世の中なんとかなるものです。

 

一味は全員が最弱の海、イーストブルー出身のようですが、船長をはじめ見所のあるルーキー達ばかりです。それに、よく考えたらどこの海だろうが、所詮はグランドラインに比べれば目くそ鼻くそ以下の僻地なのですから、見下すのはよくありません。

みんな私を心から歓迎してくれる頭のユル軽くてチョロい連中です。上手く利用し尽くしたいと思います。

 

では、頼れる仲間達を紹介しましょう。

 

まずは、船長のモンキー・D・ルフィ。

ゴムゴムの実を食べたゴム人間で、格闘センスには目を見張るものがあります。生まれた時からバケモノどもを目の当たりにして育った私から見ても、ルーキーにしてはそこそこ、といわざるを得ません。しかも、初見で無意識のうちに私を「見聞」してきやがりました。馬鹿と天才はなんとやらの典型でしょう。

ちなみに、王の資質の持ち主です。自分が死ぬ瞬間にも笑えるイカレ野郎ならば、いずれお母様の首すら狙える大物に化けるかもしれません。

しかし、船に積み込まれていた一月分の食料の大半を、先ほど一人で平らげやがりました。海をなめているとしか思えません。

 

次に、副船長の剣士、ロロノア・ゾロ。

元々は海賊狩りの異名を取った賞金稼ぎだそうです。所詮は最弱の海の木っ端海賊どもを相手にしていたエセ剣士かと思いきや、なかなか凶悪な人斬りです。初めて会った時などは、すさまじい殺気でにらまれて、おしっこチビリそうになりました。酷い奴です。まず間違いなく、人間を斬り殺すのが三度の飯より大好きなのでしょう。

しかも、先ほど船に積み込まれていた、長期航海にあっては飲料水代わりになるため絶対に欠かせないはずのお酒の大半を、一人で飲み干しました。こいつも海をなめています。

 

狙撃手はウソップという男です。

体はほとんど鍛えられておらず、なよなよしたモヤシ野郎かと思いきや、これが大砲を撃たせてみれば、ほぼ百発百中の腕前というので驚きです。しかも、ご存じの通り大砲というのは、一度撃つ度に筒の清掃、火薬込め、砲弾装填が必要な手間のかかる武器ですが、これをたった一人でこなした上に、恐るべきスピードで連射できるという変態でした。

少し話をしてみたのですが、あろうことか、不治の病に侵された母親を置き去りにして海賊になったという父親に憧れ海に出たと、自慢げに話すキチガイです。しかも、自分も故郷にカヤという病弱な女を置き去りにしてきたそうなので、鬼畜の血は争えないとしか言えません。

 

コックはサンジというグルグル眉毛の優男です。

料理の腕前は見事の一言で、足技オンリーですが、格闘技も使いこなします。

サンジの作ったご飯は余りにも美味しくてほっぺが落ちそうです。これが毎日続くとなると、私はもう彼の料理なしでは生きていけない体に調教されてしまいます。料理がほしければ体を差し出せと脅迫されたら、とても抗える気がしません。 鬼畜過ぎます。肉奴隷待った無し!

なお、彼は悪名高いヴィンスモーク家の隠し子ではないかとあたりをつけています。いずれ航海が進めばわかることでしょう。

 

最後は、航海士のナミという小娘です。

見るからにおっぱいプルンプルンです。チキショウめー!

ただし、航海の知識は本物で、思わず舌を巻きました。何より、天候の変化を五感で感じ取る天性のカンの持ち主です。女だてらに航海士を任されるのも納得です。惜しむらくは、非力で戦闘能力を持ち合わせていないことですが、それは適材適所というものでしょう。

性格は一見、ひとあたりが良さげに見えますが、私の鼻は誤魔化せません。私やお母様と同じ、ドブ川に浸かったドブネズミの臭いがします。きっと仲良くできるでしょう。

 

以上の五人に、私を加えた六人が一味の全員です。

お気づきのとおり、船医も船大工もいません。いくらなんでもこいつらグランドラインをなめすぎです。これでは前半戦の楽園(パラダイス)ですら無事に超えられるか気が気ではありません。

 

かしこ、と。

 

『…おまいう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グランドラインは小さな島々が無数に連なっているので、島と島の間は、実はそんなに離れていない。

ただし、気流や海流、気象や天候が滅茶苦茶なので、それを読み切らないとまともに進めない。しかし、十分な経験を積んだ船乗りならば、どんなに離れた島同士でも、一ヶ月はかからない。それでも余裕を見て二ヶ月分はほしいところだ。

そういう意味では、グランドラインの外の海の方が遙かに広大で、過酷だ。1度の航海には最低でも3ヶ月分の食糧を積み込む必要がある。

 

新鮮な生肉や果物、野菜などは航海が長引くと数週間で腐ってしまうので、必要以上には積み込めない。

その代わりになるのが、主食となる硬く焼きしめて塩気のきついビスケットに、質の悪いコンビーフみたいな塩漬け肉や、塩漬け魚、かびた臭いのする乾物、やたらと酸っぱいチーズ、酢でどろどろに溶けた漬け物である。

いずれも決して美味しくはないが、長期保存できるので航海には欠かせない。船の上にいる間は、こいつを毎日毎食かじって過ごすことになる。

 

特に重要なのは飲料水だ。真水は当然として、腐りにくく水代わりになるビールやワイン、蒸留酒も必須。中身を飲み干した後の空樽も、貴重な雨水をためておけるので、清潔で質のいい物がいい。

塩はいざとなればいくらでも作れるが、あるに越したことはない。油、酢、胡椒といった調味料も料理に使うだけでなく、現地調達した食材を保存食にできるので便利である。

 

さて、ジャネットが見たところ、ゴーイングメリー号の船倉に詰み込まれている食材は、6人が食べるには一ヶ月分に満たない。「おや?」と思ったが、あるいはローグタウンでドタバタしたせいで、十分に食料が調達できなかったのかもしれない。

 

そんな疑問はその日の朝餉で消し飛んだ。

 

「うんめ~~~~!!!!」

 

ルフィは用意された料理の半分以上を、ただ一人で食べている。

 

ジャネットもよく食べる方だが、それでもせいぜい5人前で腹八分目だ。しかし、ルフィは文字通り体を丸く膨らませて、めいっぱい食べ物を腹に詰め込んでいる。どうやらゴムの弾力性を利用して、やたらと飯を詰め込めるようにできているらしい。すでに軽く10人前は食べている。 内臓までゴムでできているなら、驚異的な消化吸収力を持っているのだろう。

 

ゆゆしきことである。これでは食料が持つはずはない。せめてジャネットだけでも節制し、食料を持たせねばならない!

 

「ンま~~い!!」

 

サンジの料理の前に、ジャネットの決意は三秒で陥落した。驚きのチョロさである。ルフィに負けない勢いで、料理をガツガツ貪り出した。

 

「おいちい!おいちい!あへへへへへへへへ!!」

 

おいしさの余り、少女が浮かべてはいけない危険なアヘ顔をさらしながら、料理に舌鼓をうっている。

 

「そうだろ!サンジの飯はうめーだろ!!」

 

はぐはぐもぐもぐ、とハムスターのように頬袋を膨らませて食べ物を詰め込むルフィとジャネット。大食らいが二人に増えて、一味の財政がますます悪化しそうだった。

 

「あんたら少しは加減しなさいよ!どのくらいで次の島にたどり着くかわかりゃしないんだからね!」

 

「あいひゃー、おひしゃー!」

 

もっしゃもっしゃと食べ物を口に詰め込んだまま、ジャネットは敬礼した。童女らしい愛らしい仕草なのでナミも苦笑を浮かべるしかない。

 

「まったくもう・・・サンジくん、本当に大丈夫?」

 

「任せてください、ナミさん。なんとか、次の島まで持たせてみせますよ」

 

サンジは自信ありげに頷いた。

食材を無駄なく使い切り、長い航海を乗り切るのは海のコックの基本中の基本である。料理がうまいに越したことはないが、何より優先されるのは、食材を無駄にしないこと。サンジはそれを幼い頃に身をもって知っている。

 

「んぐっんぐっ、ぷっはぁ!ビールおかわり!」

 

そんな深刻な食料事情はすでに記憶の彼方に置き去りにし、咀嚼もスピーディーに、ごくごくとジョッキのビールで流し込み、げっぷをかますジャネット。下品である。

 

「おめえ、結構いける口だな」

 

そういうゾロは摘む程度で、飯の代わりとばかりに、度数の高い酒をパカパカと飲み干している。

 

「あたしはうまい飯も好きだけど、うまい酒も大好き!」

 

「よし、俺が許す、飲め」

 

ゾロはジャネットの空のジョッキに、自分の呑んでいた酒を注ぎこんだ。

 

「「飲ますな!」」

 

当然、ナミやウソップからつっこまれた。

酒精の弱いビールなら、船旅には水代わりなのでよいとして、子供にやたら度数の高い酒を飲ませるのはやり過ぎである。

 

「うへへ、ごっつあんです」

 

だが、ジャネットはうまそうに口をつけ、一息に飲み干した。船乗りの世界では、新入りが勧められた酒を断ることなど、あってはならないのである。

図々しいことに、ジャネットはさらに飲みたいとばかりに、手酌で酒を継ぎ足していた。

 

「まったく、なんて子かしら。…さて、みんな食べながらでいいから、聞いてちょうだい。いよいよグランドラインに突入するわけだけど、入り口は山よ!」

 

ナミが断言した。

 

「「「「山⁈」」」」

 

「そう、海図を見てまさかと思ったんだけど、さっきジャネットに確認したら間違いないそうよ。導きの灯が指しているのは、ここ、リバースマウンテン!」

 

ナミが広げた地図の一点を指し示した。

 

たしかに、そこは標高の高い山。レッドラインと、グランドラインの交差点に聳え立つ山脈と、その山頂から四方の海とグランドラインに向かって流れ込む五つの川筋が描かれている。

 

「バカ言え、運河があろうと、船が山を登れるわきゃねーだろ」

 

ウソップの言い分はもっともである。

ナミとて、最初に地図を見た時には意味がわからず、何度も何度も見直してしまった。

 

「いいえ、そうじゃないのよ。四方の海から流れ込む、とても強い海流の力で、海から山に向かって水が流れ登っているらしいの」

 

「川が山を登るぅ?」

 

ウソップは顔全体で疑わしいと主張している。

 

「ああ、つまり不思議山だな。おもしろそうだ」

 

逆にルフィはそれだけで納得したようで、ワクワクと楽しそうに笑っている。まず間違いなく、わかっていない。

 

「まあ、あたしも話に聞いただけで、リバースマウンテン自体を通ったことはないんだ」

 

ほろ酔い気分のジャネットが、機嫌良さそうに口を挟んだ。

グランドライン生まれのジャネットも、流石にリバースマウンテンを目にしたことはない。用がなかったからだ。

 

「でも、グランドラインじゃ川が山を登るくらい、まだ常識の範疇なんだよね、これが」

 

残念ながら事実である。特に『新世界』と呼ばれるグランドライン後半の海では、耳を疑うような非常識こそが常識だ。

 

そう不敵に笑うジャネットに、ゾロは、面白い、と相槌を返した。

 

「つまり、この程度は超えられなきゃ話にならねえってことだな」

 

「まあね」

 

ジャネットは酔っ払い特有の赤ら顔で笑っているが、ゾロはそこに別のものを感じ取った。

 

「一口にグランドラインて言ってもさ、入り口付近はまだまだ外海に近い感じで普通だよ。でも、奥に踏み入るに連れて気候や海流はてんでデタラメ、海には海獣や海王類がうじゃうじゃ、悪魔の能力者もごまんと居る。誰が呼んだか、海賊の墓場ってね」

 

「なるほど、聞きしに勝る、ってのは本当らしい」

 

ゾロは持ち前の勘を働かせ、ジャネットが見かけ通りの存在ではないことに気付いている。

それを見ていたルフィはニヤニヤ楽しそうに笑っていたし、サンジは何気ない顔で新たなタバコに火を灯したが、彼らも鈍そうに見えて、見るべきところは見ている。

 

「そうらよ、ちゅよくないと、生き残れないんら、グランドラインてとこは、さ。ヒック、あたしは弱いけど、まあ、なんとか生き残ってきたんだ」

 

ジャネットは胸を張った。

 

「そうなのか?十分強いのに」

 

「アヒャヒャ!冗談!…あたしなんか、てんで弱っちくてダメダメさ。……だから、故郷を飛び出したのさ」

 

最後の言葉は、口中で消えた。

 

「だって、海軍のケムリンぶっ飛ばしてただろ?」

 

「あんなん、ロギアの能力頼みの三下さ。あたしはともかく、あたしの兄弟姉妹なら、あんなん瞬殺だね」

 

「お前、兄弟いるのか?俺もだ。エースはすげえ強いんだ!」

 

はて、エース?何処かで聞いた気がするが?

酔いのせいか、ジャネットはうまく頭が回らなかった。

 

「あたしの兄弟もすげえ強いよ!カタクリ兄ちゃんにプリザーブ兄ちゃん、スムージーの姉ちゃんにクラッカー兄ちゃん、スナック兄ちゃんあたりはマジでバケモノだから!ああ、ペロスペローの兄貴やコンポートの姉貴も何気にやばいよなぁ」

 

それから、ダイフク兄ちゃん、オーブン兄ちゃん、モスカート兄ちゃん…と指折り数えていると、流石にウソップからツッコミが入った。

 

「いったい何人兄弟なんだよ⁈」

 

「え〜っと、確か…80人ちょいだね」

 

「は、80人⁈どんな兄弟だ、てゆうかどんな両親だ、おい⁈」

 

ウソップは目の玉が飛び出そうなくらい驚いている。その馬鹿面が面白かったのか、ジャネットは手を叩いて笑った。

『おいぃ…!ジャム、流石に喋りすぎだろ!』

 

この状況では口出しするに出せず、見えない相方は気が気ではなかった。

 

「そーか、みんなつえーのか。そういや、海軍のケムリンぶちのめしたのはどうやったんだ?俺が蹴っても殴っても、どうにもならなかったぞ。煙だし」

 

ルフィは興味津々である。何せ、ルフィとサンジが二人掛かりで手も足も出なかったスモーカーに、ジャネットだけが深手を負わせたのだから。

 

「フフン、乙女には秘密が多いのれすよ。なーんて、まあ、ぶっちゃけ覇気を使ったんだ。悪魔の実の能力とは別、純粋な技術さ」

 

ジャネットの目はとろりと泳いでおり、明らかに酔っ払って口が軽くなっている。

 

「ハキ?」

 

「そう、覇気」

 

「そうかハキか」

 

「うん、覇気さ」

 

「ハキね、ハキ」

 

「そうそう、覇気」

 

何故か訳知り顔で覇気ハキ覇気ハキと繰り返す、酔っ払いとアホの二人。

放っておくといつまでも繰り返されそうなやり取りを打ち切らせたのは、ゾロだった。

 

「技術、と言ったな。何かの特殊な武術か?」

 

酒も好きだが人を斬り殺す方が好きな男だけあって、戦闘力の向上に余念がないらしい、とジャネットはホロ酔い気分で納得した。

 

「覇気は、まあ、武術かな?素質だけなら誰でも持ってるよ。ただし、剣術だって向き不向きがあるだろ?それと同じで、実際に会得できるのは、そういないのらけど」

 

赤ら顔のジャネットは、うぃ〜ヒック、とシャックリをした。だいぶ酒が回ってきたようだ。たが、気にせずにジョッキの中身をクピクピと飲んでいる。

 

「お前も、その覇気の使い手なんだよな?」

 

「まあね〜♪まだまだ修行不足のあたしの覇気じゃ、この程度が精一杯だけどぉ」

 

そう言うと、ジャネットは右手の人差し指を立ててみせた。その爪先から黒く変色し、染まりきると、何気ない仕草でジョッキの側面を突く。すると指がガラスのジョッキを綺麗に貫通した。

 

「「「!!!」」」

 

穴の周囲にはヒビ一つ入っていない。極めて強力な力が一点に集中した証だ。

 

「…まあ、こんなもんらね。覇気を纏えば攻防力を格段に高められるし、何より、厄介な悪魔の実の能力者の実体を捕らえられるんら」

 

小柄なジャネットのタフネスでは、武装色硬化で黒化できるのは、せいぜい手足の末端を覆う程度。そこで指先を超スピードで突き出し貫く「指銃(しがん)」という体術を重点的に鍛え上げたおかげで、本気をだせば50ミリの鋼板を容易く打ち抜く威力がある。

 

ゾロとルフィ、サンジは興味深そうに眺め、ナミとウソップは息を呑む。いつのまにか、全員が険しい顔をして、ヘベレケ状態のジャネットの話に耳を傾けている。

 

「言っとくけどぉ、新世界の海賊なら使えて当たり前らし、海軍も中将以上は、全員、覇気使いらお。それも、中途半端に齧った、出来損ないの、あらしと違って、どいつもこいつも、なんもかんもよくできた、バケモノばかりらぁ」

 

ジャネットは穴の空いたジョッキを頭上に掲げると、穴から漏れた酒を大口を開けて飲み干した。

 

「そんらんを相手にして、勝ち抜けると…思うのかい、キャプテン?」

 

つかの間、その目はゾッとするような冷たさを放つと、真っ直ぐにルフィを見つめる。

 

「おう、あたりまえだ!海賊王には、俺がなる!」

 

ルフィは即答した。

 

「さっすがぁ、はおうひょくのおひとはちがうよ〜!!」

 

ジャネットはケラケラ笑った。その目は、もう酔いに流されて、焦点を失っている。

 

「あんらなら、いずれぇ、あの、おにばばあもぉ、ヒック!ぶちたおせりゅ、かもぉ………zzZ」

 

そのまま、すやすやと酔夢の世界へ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ゾロ、子供にいったい何飲ませたのよ?」

 

ゾロがかざした酒瓶に記されたラベルを確認すると、ナミは「うげっ」と、うめき声をあげた。サラリと飲めてしまうが、とんでもなく度数が高いので有名な酒だ。

 

ゾロは人の悪い笑みを浮かべている。

 

「何か、腹に一物ありそうな気配だったからな。そういう時は、一杯ひっかけて吐かせるに限る」

 

「この悪党」

 

ナミもニヤリと笑った。

 

このくらい仲間がしっかりしていなければ、この船のクルーは務まらない。

 

「さて、どうする船長?グランドラインてのは、えらく恐ろしいところらしいぜ?」

 

ゾロがおもしろそうにそう言うと、ルフィは鼻を鳴らして、再び即答する。

 

「当たり前だ!」

 

「こいつも一緒にか?こいつ、そうとうなタマだぞ。それでも連れてくのか?」

 

ウソップは額に汗を浮かべ、不審そうにジャネットを見ている。ようやくこの少女の異質さに気がついたらしい。

 

「当たり前だろ、おもしれぇじゃねーか!」

 

ルフィはニシシと笑った。邪気のかけらも感じ取れない、底抜けに明るい笑顔で。

 

「了解」

 

ゆっくり上下する小さな肩に、サンジが静かに毛布をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウゲロウゲロ…ウゲゲゲゲ

 

ジャネットは程なく目を覚ますと、船べりに直行した。

 

「こ、コンコンニャロのバーロー岬ぃ…」

 

まるで新米船乗りのように、胃の中のものを盛大にぶちまける。朝も早よから深酒しすぎたらしい。飯を食っていた時から記憶がない。

全てはサンジの料理が美味すぎて、つい酒量を誤ったせいだ…ということにしとこう、そうしよう。

 

痛む頭を抑えながら、ジャネットは顔を洗おうと、船べりから桶を投げ入れた。海水を汲み取り、備え付けられたロープで手繰り寄せる。飲み水以外は全て海水で賄うのが、船乗りのルールだ。

 

汚れた口元と口の中を塩水ですすぐと、塩気せいで鼻がつーんと沁みて、ようやく頭がまともに動き出した。

今後は勧められても酒量は控えよう。残念ながらジャネットは酒は好きだが、そう強くはないのである。

 

その時、船の正面から、悲鳴が聞こえてきた。

 

「リヴァースマウンテンの入り口が見えてきたわ⁈なんてこと、本当に海が山に登ってる〜!」

 

その声があまりにも驚愕に彩られていたせいか、すぐに船室の扉をけやぶり、ルフィが駆け出してきた。

 

「不思議山が見えたぞ!」

 

「待て⁈その後ろの影はなんだ⁈」

 

「馬鹿でけえ!」

 

霧に覆われた空から微かに見える、視界全部を覆うように広がる真っ赤な岩塊。世界を分断する唯一の大陸、レッドラインだ。その頂上は雲にすら届き、とても見渡せない。

 

「ぶつかったら座礁じゃ済まないよ!ここらの海底は恐ろしく深いんだ!」

 

ジャネットは警告した。ナミに見せてもらった海図では、水深5、6マイルはあったはずだ。

 

「お前ら、舵しっかり取れ‼︎」

 

「「任せろ!」」

 

ルフィが指示を出すと、サンジとウソップが舵棒にとりついた。

 

「すごい」

 

「嘘だろ…?」

 

やがてグランドラインの入り口、その全貌が露わになると、全員が言葉を失った。

 

高く険しく聳え立つ真っ赤な岩山の真下から、遥か雲に隠れて見えない頂上まで続く、一本の白い線。

それは、白い水飛沫を迸らせながら、凄まじい勢いで山裾を削り登り、海面から昇り立つ水の道。

 

「ほんとうに、うみがやまをのぼってやがる…」

 

だれが口にしたのものか、その言葉が、目の当たりにしたものの全てを端的に表現していた。

 

「まずい!このままじゃ、ぶつかるよう!」

 

ジャネットが顔色を真っ青にして悲鳴を上げた。

 

運河の入り口は真四角の鳥居型をしたいくつもの支柱に囲まれていたのだが、ゴーイングメリー号は微妙に左にずれていて、このまま直進すると入り口に入りきらず、支柱か岸壁に激突してしまう。

 

それは船首にすがりついていたルフィにも確認できたようで、珍しく顔色を青くさせて指示を飛ばした。

 

「舵ずれてるぞ!もうちょっと右!右!」

 

「お〜もか〜じ、いっぱい!」

 

ほぼ同時に、ジャネットが叫ぶ。

 

「右⁈面舵だな!」

 

「おらァアー!!」

 

ウソップとサンジが全力で舵棒を左に傾けたが、力が入り過ぎたのか、はたまた海流の勢いに負けたのか、バキと嫌な音を立てて舵棒がへし折れてしまった。

 

「ギャー!!!ぶつかるー⁈」

 

万事休す。

 

メリー号の真ん前に、支柱が迫った時、流石のジャネットも生きた心地がしなかった。

 

船外に飛び出し、自分だけ逃げるか、という選択肢が脳裏をよぎるが、即座に却下する。

視界一面が霧に覆われ見通しが効かないこの状況下、船もなしに逃げるのは不可能。しかも、海面は海流の影響で激しく波立っている。ジャネットの技量では未だに『空』を踏むのは三歩が限度。この有様では波立つ海面も踏み切れず、すぐに沈んでしまうだろう。カナヅチには致命的だ。

 

私、死ぬ。

 

そんな絶望感で、目の前が暗くなった瞬間のことだった。

 

「ゴムゴムの…‼︎」

 

ルフィが、あろうことか支柱に激突する寸前のメリー号の前に飛び出した。

ご丁寧に、トレードマークの麦わら帽子をゾロに手渡してから飛び降りたのだが、気が動転していたジャネットには、そんな所まで気にする余裕はない。

 

「風船‼︎」

 

ルフィの体が一気に膨張し、ゴム風船のように膨れ上がると、船と支柱の間に緩衝材となってショックを和らげる。

さらに、ゴムの反発力を利用して、船の進路を無理やり補正し、見事に入り口の中に叩き込んだ。

 

そんな恐ろしい光景を目の当たりにして、ジャネットは思わず見張り台の上でへたり込んでしまった。

 

「た、助かった…」

 

潮と霧のせいで、さっきから全身ずぶ濡れだったのだが、乙女の名誉のために早急に下着を変える必要があるだろう。

 

一味のほとんどがジャネットと同じように呆然とする最中で、誰よりも冷静なのがゾロだった。

 

「ルフィ、掴まれ‼︎」

 

船べりから手を差し伸べ、腕を文字通り伸ばしてきたルフィの手をしっかりと握り、引き戻す。

ゴムの反発力のせいか、甲板に引き戻されたルフィはデッキに叩きつけられて伸びているようだが、五体満足。怪我のひとつもしていない。

 

「ふ〜、ああ、ヤバかったなあ!」

 

しかも、笑顔でそんなことを、のたまわった。

 

「後は降りるだけだ〜!!」

 

満面の笑みで騒ぐルフィを他所に、ジャネットは険しい顔でゾロとルフィを見つめていた。

 

「………」

 

並大抵の度胸でできることではない。

 

少しでもタイミングがズレれば、逆巻く海へドボン。能力者には、いや、そうでなかったとしても致命的だ。

例え、体をゴムにすることで支柱と船の間に挟まれる衝撃を無効化できると分かっていたとしても、実際にそれをやれるかどうかは別の話だ。

 

ジャネットは、確信する。この男は、やはり持ち合わせているのだと。

 

さらに、もう一人の男、ロロノア・ゾロを凝視する。

 

仮にあの瞬間、ゾロが動揺して、一呼吸でも手を伸ばすタイミングが遅れたら、やはりアウトだった筈だ。

いや、それ以前の問題として、ルフィが飛び出すのを、この男は止めるそぶりさえ見せなかった。

これを、信頼関係というだけで済ませていいものやら。

 

『ヒヒヒ、おい、とんでもねー船に乗り込んだもんだな、ジャム』

 

しばらく黙っていた相方が、再び口を開いた。

 

「ああ、少なくとも退屈はしないで済みそうだよ」

 

『強がりしなさんな、お漏らし娘』

 

「うっせー!クズ鉄にしてやろうか、ギブソン⁈」

 

ジャネットは頭にきて、腰のカトラスを引きぬいた。

 

鈍い鉄色に輝く刀身の半ばあたりには、ギョロリと蠢く目玉が二つ、そして小ぶりな唇が付いていた。それが、意思を持って先程からジャネットに語りかけていたのである。

これは故郷から長い付き合いの相棒で、魂を持ったカトラス。名をギブソンという。

 

『イーストブルー暮らしで腑抜けた小娘にはいい刺激さ。実際、ザバンとかいうチンピラ相手にした時も、俺様が縄を切らなきゃ、どうなってた?』

 

「うっ…ど、どうにかしたさ」

 

たぶん、と小声で付け加えたジャネットに、喋るカトラスは容赦なく突っ込んだ。

 

『嘘つけ。宙吊りのまま、なす術がなかったくせによ…まあ、麦わら達と仲良くやりながら、勘を取り戻すんだな。なかなかいないぜ、こんな素敵な奴らはよ』

 

「?…あんたにしちゃ、妙に人を買ったもんだねえ?」

 

この口の悪い相棒にしてはほとんど最大の賛辞だ。

 

『相変わらず、お前は酒が弱いって話さ、ヒヒヒ』

 

「?」

 

それきり、カトラスの目玉と唇は消え去った。ただの刃物と見分けがつかなくなったそれを、釈然としない面持ちでジャネットは腰に戻す。

 

そして、舌打ちをひとつ。

 

「…コンコンニャロのバーロー岬!」

 

苛立ちを吐き出し、気持ちを切り替える。

 

こんな時は一杯やるに限る。迎え酒だ!

 

とにかくグランドラインには無事入れたのだし、後は流れのままに海まで降るだけ。なら軽く酒でも取ってくるかと、船室に戻ろうとした時だった。

 

ぷお〜〜ん

 

妙に間延びした、それでいて遠くまで響き渡るような鈍い音が、何処からか聞こえてきた。

 

「ん?霧笛かい?」

 

確か、リヴァースマウンテンのグランドライン側の出口には、確か導きの灯とかいう灯台がある筈だ。あまりに霧が濃いので、灯台から霧笛を鳴らしているのかもしれない。

 

ぷお〜〜〜ん、ぷお〜〜ん

 

「おい、何か聞こえないか?」

 

「知るかー!行けー!」

 

「風の音じゃないかしら、変わった地形が多いから」

 

呑気な事を言っている仲間たちの様子が、逆にジャネットの危機感を煽る。

船べりから身を乗り出し、ジャネットは前方に注視した。何か、悪い予感がする。

 

ジャネットが見守る最中、リヴァースマウンテンを降るにしたがい、徐々に霧が晴れてきた。

 

「オイ…なんか前方にあるぞ?」

 

「黒い、山?」

 

ウソップがヘルメットにつけたゴーグルで前方を見渡し、ほぼ同時にジャネットも見張り台で同じものを発見した。

 

「そんな筈ないわよ、この先の双子岬を超えたら海の筈!」

 

ナミが海図とにらめっこしながらそう言うが、そういった常識が時として通じないのが、グランドラインの怖さだ。

 

「山じゃない⁈クジラだ、超特大の⁈」

 

「くじらァー⁈!!」

 

一難去ってまた一難。

 

前方には、山と見紛うばかりね巨大なクジラが、よりにもよって、船の進路を塞いでいる。

 

前途は多難だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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