悪戯リスの冒険   作:龍華樹

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よんわ

 

 

 

 

 

 

あまりにも巨大すぎるものの近くにいると、逆にその存在に気が付かないことがあるという。

 

恐らくは、これもそれに近い。

 

「あ、あ、あ、アイランド鯨だああああ!!!」

 

ジャネットは涙を流して絶叫した。

 

ウェストブルーに生息するという、小型海王類に匹敵する世界最大の鯨。

黒く艶のある皮膚には無数のフジツボが張り付き、ぷおんぷおんと特徴的な鼻を鳴らす音とともに短く激しい一息を吐いている。口元には一本一本が小型帆船くらいはある鋭い歯がびっしり並び、マッコウクジラのような肉食鯨であることを示していた。その鼻先は幾つもの傷で覆い尽くされ、激しい気性を想像させる。

 

それが海面から鎌首をもたげ、リヴァースマウンテンからグランドラインへ降る、水路の出口に居座っていた。

 

いや、数マイルはあるだろう水路の出口そのものを隅から隅まで覆っている、というべきか。

 

「どうする⁈戦うか⁈」

 

馬鹿を言え!戦うとか、もうそんなレベルじゃない!これはもはや天災だ!

 

船乗りの言い伝えに、こんなものがある。

 

『…出会うな、出会ってしまえば、終わりだ。どうあがいても、勝ち目のないものには、挑むな。 〜海王類に関してキャプテン・サンドバット』

 

誰が嵐や火山の噴火と戦おうと思うだろうか。これは明らかにその一種だ。

 

「でも進路をふさがれてる⁈」

 

そう、それが問題だった。

 

「あ、あの巨大から見ればメリー号なんか豆粒さ!こっちには気がついてない、と思う!…たぶん!」

 

ジャネットは恐る恐る提案した。こんなもの、全員一致で逃げるべきところだ。

 

「そっか、向こうが私たちに気づいているとは限らない!」

 

「でも、このままじゃぶつかるぜ!」

 

「見ろ、左に抜けられる!取舵だ!」

 

ゾロが指差した先には、確かに水路の左端、鯨と岸壁の間に小さな隙間があった。メリー号の船体ならギリギリ抜けられるだろう。

 

流石は副船長、単なる趣味の人斬りではなく、いざという時は頼りになる。

 

「舵、折れてるよ!」

 

しかし、ウソップが青い顔で叫んだ。

 

そうだ、さっきへし折れたんだった!

 

「ね、根元から折れたわけじゃないよ!オールでもなんでも括り付けて代用するんだ!後は船尾のラテンセイルを加減すりゃなんとかなる!」

 

ジャネットは叫ぶと同時に船尾に走った。

 

最後尾のマストに張られるラテンセイルは、船の操作に対して舵の機能を果たす。風を受けて翼の形となった三角帆の向きを変えれば、例え逆風でもジグザグと前進できるのだが、帆の向きを変えるために一手間かかるのが欠点だ。

 

ジャネットは素早く帆綱に取り付くと、力の限りにひきしぼり、セイルの向きを変えた。

 

今は正面から吹き上げてくる気流が一番強い。この角度を変えれば、進行方向を多少弄れるだろう。

 

その時、ドン!と船体に衝撃が走り、船足が急激に鈍った。

 

「なんだい⁈突風でも受けたのかい⁈」

 

船尾楼に邪魔されてジャネットの位置からは船首が見えない。何故かはわからないが、ほのかに火薬の匂いが漂ってくるのが、不安感を煽った。

 

「に、逃げろッ!今のうちだ!」

 

ゾロの悲鳴のような指示が聞こえてきたが、状況が掴めないのでは、何を意図しているかすらわからない。

 

「ギブソン!非常事態だ、前を見てくれ!あたしゃ、手が離せねえ!」

 

『おうよ!』

 

腰に履いた鞘から、魂を持つカトラスが動き出し、宙を舞う。

普段は口汚い相棒だが、いざという時は頼りになる。

 

ジャネットは風に負けないように両手で帆綱を引きしぼり、全身を使って踏ん張っていた。その体は力を込められ、鉄の塊のように硬化されている。これは覇気とは関係のない、純粋な体術の一種だ。

だが、欠点として体を硬化している間は身動きがとれない。

 

ブォオオオオ!!!!!

 

いきなり、鯨が盛大な雄叫びをあげた。

その咆哮はあたかも強力な蒸気釜から噴出する水蒸気を思わせる。

大気を震わせるあまりの轟音を近場でうけて鼓膜が痛んだ。

 

「ぐわああ、耳が痛え!」

 

「とにかく漕げ!こいつから離れるんだ!」

 

『そうだ、とにかくオールこげやぁ⁈』

 

「今喋ったの誰だ⁈」

 

状況が見えない場所から、阿鼻叫喚の絶叫だけが聞こえてくるというのは、恐怖を掻き立てられるものだ。いったい何が起こっているのやら。

 

「お前いったい、俺の特等席に…何してくれてんだァ!!!」

 

『「「「アホー!!!!」」」』

 

ギーブーソーンー⁈お前まで揃って、本当に何が起こってんの⁈

 

ジャネットは混乱していた。

 

「かかってこい、コノヤロー!!」

 

「「テメーもう黙れ!!」」

 

はぃ⁈

 

そこから先は、もう何が何やら、だった。

 

結論から述べれば、ジャネットが最後に目にした光景は、大口を開けた鯨の顔、そこに吸い込まれるメリー号、そして船べりから弾き飛ばされるルフィの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パチクリ。

 

「あ、起きたわね」

 

気がつくと、真っ正面にナミの顔。

 

ムクリと起き上がり、周囲を見渡す。メリー号の甲板の上に寝かせられ、つい今し方までナミが膝枕をしてくれていたらしい。

 

さて、最後に目にした光景は、あの巨大な鯨の口の中にメリー号が飲まれるところ…いや、そんな訳はないだろう。

空は青く、風は生暖かく、あたりは妙に薄暗いが、船が波間に揺れている。無事、グランドラインに入ることができたに違いない。

 

「すまないねえ、情けないことに気絶しちまってたらしいや」

 

「いいのよ、私もちょうど今、目が覚めたところだし」

 

ジャネットはまず腰のカトラスを確認した。いつも通り、ギブソンは鞘に戻っている。

無様に気絶してしまったことはこの相棒には筒抜けだろう。そろそろこの屑鉄を海の藻屑に変える時がきたのかも知れない。こんなことが兄ちゃん達に知られたら、またお尻を真っ赤になるまでペンペンされてしまう。

 

さて、ひとまず、ここはどこだろうか?

 

「おう、目が覚めたか」

 

「悪いね、気を失っちまってたよ」

 

「気にするな。それより、見てみろ」

 

ぐい、とゾロが顎で指し示した先には、小さな小島。人が住めるような大きさではないにもかかわらず、小さな家が建てられていて、その庭先には寝椅子でくつろぐ老人が新聞を広げている。

メリー号は小島の袂に係留されていた。

 

「誰だい?」

 

「医者で灯台守のクロッカスさん。さっきまで貴方を診察してもらってたの。特に大事ないそうよ」

 

老人はまるで花弁のように髪を分けて逆立たせている独特のヘアスタイルをしていて、体つきは年は取っているががっちりと鍛えられている。医者と言うより船乗りだ。あるいは昔は船医だったのかも知れない。

 

「それは、ありがとうございます」

 

ジャネットが丁寧に頭を下げると、老人は新聞を畳んで、こちらをジロジロと観察した。

 

「特に後遺症はないようだな。軽い脳しんとうだが、痛みに耐えかねて死にたくなったら言え。麻酔薬は大量にある」

 

なぜに軽い脳しんとうで、安楽死をすすめられねばならないのだ?

 

「その年で、かつて見たこともないほど、あくどい顔をしている。人生が詰んでいるとしか思えん」

 

この腕利き美少女船乗りを捕まえて、なんとひどい言いぐさ。謝罪と賠償を要求する!

 

「まあ、ワシにはどうでもいいことだ。好きにしろ」

 

「どうでもいいんかい!ブチ殺すぞ爺!」

 

あまりにもマイペースな爺に、ジャネットは凄んで見せた。 化けの皮がはげ、邪悪な本性がところどころダダ漏れになっているが、老人は涼しい顔で一別しただけだ。

 

「やめておけ、死人が出る」

 

ほう、腕に自信があるとみえる。所詮はロートル、魚の餌にしてやろうと、ジャネットは人差し指を突き出し、世にも悪どい顔をして構えた。

 

「私だ」

 

「おめえかよ!」

 

ここまでイライラさせられるのは久方ぶりだった。仲間の視線が無ければ、生皮を剥いで肉を切り刻み、海水につけて天日干しにする拷問を加えているところだ。

 

発奮してクロッカスに掴みかかりそうなジャネットを、ナミが押しとどめた。

 

「ジャネット、落ち着いて!そんなことより、あの空と海、何か違和感を感じない?」

 

「あン?言われてみれば・・・?」

 

空にしてはやや暗く、潮にしてはやや臭いがきつい。

 

いや、それどころか、改めて周囲の様子を見聞してみれば、何かとてつもなく巨大な気配につつまれているのがわかった。あまりにも大きすぎる生物によりそっているかのような・・・いや、まさか、ちょっとまて!

 

「ここはワシのワンマンリゾートだ。まさか、ネズミの腹の中だとでもおもっていたのか?」

 

つまり、ここはやはりクジラの腹の中らしい。

 

「うぉーい、やっぱり食われてたのかよ!じゃあ、あの空はなんなんだ⁈」

 

「なに、こんなところでは暇でな。ほんの手慰みだ」

 

あれは、胃壁に直接描かれた空の絵らしい。

ということは、船の周囲に満ちているのも実は胃液なわけで・・・

 

「や、ヤバイよ!!溶けちまうじゃないか!!」

 

メリー号はいい船だが、所詮は木造帆船。胃液にどっぷりと浸かっていたら、船底の竜骨から徐々に融かされて、沈没してしまう。そうしたらアウトだ。ジャネットはカナヅチなのである。

 

よく見たら、目の前の家が建っている小島も、底を鉄材で補強した浮島ではないか。

 

「そ、そんな安全なところで一人だけのうのうと!さては、あたしらが血も骨も内臓もグズグズドロドロになって溶け消えていく様子をとっくりと鑑賞して悦に入ろうって腹だな!!なんて優雅なんだ!!」

 

逆の立場ならジャネットもゲスい笑顔を浮かべつつ、マヌケどもが溶け消えて行くところを嘲笑うところだ。

 

「怖いわ!!その想像がすでに怖い!!」

 

ウソップは泣きわめいている。確かに自分で言っていてなんだが、怖い。

 

しかし、なんとドSな爺だろう。敵を溶かし殺すのが大好きとか、弟のマーマレードあたりと気があうかも知れない。

 

「・・・だいたいあんたって子の性格がわかってきたわ」

 

「まあ、そんなこったろうとは思ってた」

 

ナミとゾロは生暖かい視線を投げかけている。

 

「まあ、早く出口を探さないと、やばいのは確かね」

 

「なら、早く出て行け。出口は、あっちだ」

 

爺が指差した先には、あろうことか、クジラの胃壁に取り付けられた、特大の水門。メリー号が余裕で通船できるほどの大きさがある。

 

まさかと思うが、コレもこの爺が取り付けたのだろうか。クジラの心配をしてやる義理はないが、胃壁に穴開けて扉取り付けるなんざ、無茶やりやがる。

 

まあ、いずれにしろ出口があるのはいいことだ。

 

その時、ジャネットはクジラが何やら動き出すのを感じ取った。

 

「!・・・始まったか?!」

 

ほぼ同時に、爺が顔色を変える。どうやら、このクロッカスという男も見聞色の覇気の使い手らしい。

 

「・・!!なんだ、急に揺れ出したぞ⁈おい、何かに掴まれ!」

 

ゾロが機敏に揺れを感じ取り、警告を促した。

 

船が盛大に揺さぶられ、ジャネットは思わず船縁に手をつく。これは恐らく、揺れているのは外のクジラ本体だ。

 

クロッカスが深刻な顔で忠告した。

 

「お前たち、出て行くなら早くしろ。この揺れはな、クジラがレッドラインに頭をぶつけ出したのだ」

 

ナミが何かに気付いたように手を打った。

 

「!…そう言えば、確かにこのクジラ、頭が傷だらけだったわ。それに、空に向かって叫んでもいた。つまり、苦しんでいるのよ!」

 

そういえば先程、麻酔薬は腐るほどあると言っていた。察するにこの爺、巨大なクジラを内側から殺して肉を取る気なのだろう。

 

結構なことである。クジラは肉だけでなく、骨や皮、脂まで無駄なく利用できる。肉は赤身で柔らかく、癖がないのでジャネットも大好物だ。煮ても焼いても、生でもいける。これだけ大きければ、小さな町なら数年分の食料になるだろう。

 

「謎が解けたら、サッサとここを出るぞ。ぼやぼやしてたら、俺たちが溶けちまう」

 

「まぁ、捕鯨をとやかく言う気もねぇし、クジラを助ける義理もねぇ」

 

ジャネットもゾロとサンジに賛成だった。

船乗りとしては、船を痛めるところに長居なぞしたくない。

 

「ああ、それがいい。帆をたたんで、手間だけどオールで少しずつ進むしかないね」

 

何せクジラの腹の中では風は期待できない。抜け出すまでに胃液でオールがダメにならなければ良いのだが。

 

「とにかく漕ごうぜ。早くしねぇと、俺たちの命もルフィの命も気がかりだ。あいつは胃袋にはきてねぇ。口からはじき出されるのを見た」

 

そう言うと、ゾロが人数分のオールを投げてよこした。

 

そういえば、真っ先に騒ぎ出しそうなルフィがいない。

本当に外にはじき出されていたとしたら、厄介だ。何せルフィは能力者。ジャネットと同じでカナヅチである。

 

オールを受け取ると、メリー号の側面に二人ずつ、ゾロとウソップ、サンジとジャネットがオールを持った。ナミはウソップが応急処置したらしき、梶棒に取り付いている。

呼吸を合わせてオールを漕ぐと、船体はゆっくりと進み出す。

 

ゾロとサンジはなかなか腕力があるが、この船体をたった四人で動かすとなると、流石にパワー不足。こんなノロノロ調子では、時間がかかり過ぎる。

 

遅々として進まない船に苛立ちつつ、必死にオール漕ぎをしていると、ウソップか何かに気付いたらしく、前方の水門を指差した。

 

「オィ!扉が開いてる、ていうか、なんか飛び出てきたぞ⁈」

 

そう、ポ〜ンと勢いよく扉の隙間から、何かが三つほど飛び出てきた

 

「あれはルフィ⁈…と、なんか妙なの二人⁈」

 

一人は確かに、ルフィだ。麦わら帽子を抑えつつ、器用に空中で1回転すると、メリー号の甲板に降り立つ。

 

「よう、お前ら!無事で良かった〜!!」

 

ニシシと笑うルフィ。

 

問題は残りの2名だが、珍妙な格好をした男女である。彼らは飛び出てくるや否や、胃酸の海に真っ逆さまに突っ込んだ。

 

「まずいぞ、ミス・ウェンズデー!下は胃酸の海だ⁈」

 

「い〜や〜〜っ!!?」

 

ボチャン、と小気味いい音を立てて水面に激突する。

 

その有様を眺めつつ、ジャネットは幼い日によくやった遊びを思い出した。

大型のカエルを思い切り水面に叩きつけながら打ち込み、気絶して浮いてくるか、それともそのまま泳ぎだすかを当てるという、幼子特有の罪のない遊びである。ジャネットはひっくり返って気絶したカエルを見るのが大好きで、指をさして大爆笑したものだった。

たった今、白目をむいて海に浮いている連中にしているように。

 

「クヒヒヒヒ…!!お腹いたひ…!」

 

笑い過ぎて痛めた腹筋を抑えつつ甲板をバンバン叩いているジャネットを他所に、海から引き上げられた彼らはルフィによって尋問されていた。

 

「で、お前らなんなんだ?」

 

いつの間にやら、クジラも落ち着いたのか、海面の揺れも収まっていた。

 

「(ミ、ミスタ9、こいつら海賊よ!)」

 

「(わ、分かってるよ、ミス・ウェンズデー!しかし、話せば分かるはずだ!)」

 

二人は何やらコソコソと話しているが、敵対の意思はないらしい。

 

「ヒヒ…!と、ところでこいつら何?新手の芸人?」

 

ようやく笑いを沈めたジャネットは、改めて彼らを観察した。

 

まず目につくのは、彼らの傍らの武器、両手もちのバズーカ砲。なかなか物騒な代物だが、男の方は真っ当な勤め人のような黒いスーツをきて、何故か頭には豪華な黄金の冠を被っている。芸人だと言われても通用するだろう。

女の方は超ミニのワンピースなのだが、目眩がしてくるようなグルグル模様が描かれていて、非常に目に良ろしくない。しかも、よく見たら腰は細いし胸はバインバイン、手足も長くてモデルのようだ。チキショウクソウ、この余分な脂肪をそぎ切りにして、魚の餌にしてやりたい!」

 

「おまえ、心の声がダダ漏れだぞ・・・」

 

「ヒいぃ!!!」

 

ビシリとウソップのチョップを受けてジャネットはハッと正気に返った。

女は涙をあふれさせてガタガタと震えている。

 

「ああ、悪かったね。つい、本音が漏れちまったよ。あたしはジャネット、しがない船乗り改め単なる海賊さ!ところで、そのバインバインもごうぜ!」

 

「ギャー、もがないでーー!!!」

 

ワキワキと指を怪しく揺らし、もぐ気まんまんのジャネット。

 

「もう、バインバインから離れなさい!!」

 

ゴチンと、ナミの鉄拳が炸裂し、ジャネットは沈んだ。

 

「さてと。で、あんたら何なの?」

 

ナミが威圧的に問いただすと、二人は目配せをし合い、しどろもどろに口を開いた。

 

「わ、我々は近くにあるウィスキーピークから来たものだ」

 

「え、ええ!そうよ、私達はこのクジラに用があるの。だって私達の町にとってこのクジラはスィートハニーなんだもの!」

 

スイートハニー?つまり。こやつらもクジラの肉が目当てということか?

 

「わしの目の黒いうちは、ラブーンには指一本触れさせんぞ!!」

 

突如響いたその声に振り向くと、クロッカスが水門に陣取って胸を張っていた。

 

それを見て、二人はやおら立ち上がり、バズーカを構える。

 

「フフフ…!私達の捕鯨の邪魔はもうさせないわ!」

 

「我々はすでにクジラの腹の中!この胃袋に風穴をあけることだってできるぞ!!!」

 

「このゴロツキどもめ!!」

 

二人はあてずっぽの方向に狙いをつけると、引き金を引いた。

 

だが。

 

「…あら?」

 

「た、弾がでない⁈」

 

その砲口からは何も飛び出る気配がない。

 

マヌケ面を晒して砲口をのぞき込む二人組を、ジャネットは呆れた調子で馬鹿にした。

 

「おいおい、突然現れた怪しいやつらの武器なんか、取り上げないわけないだろ?」

 

その手から、黒い砲弾が二つこぼれ落ちる。武装解除もしないほど、ジャネットは甘くない。

 

「き、貴様、いつの間に!砲弾を返せ!」

 

「そうよ、私達の町にはこのクジラが必要なのよ!」

 

目尻を吊り上げジャネットに迫る二人だが。

 

「「?!!」」

 

ゴン、といい音が二回鳴り響くと共に、再び白目をむいて気絶した。

 

「なんとなく、殴っといた」

 

彼らを黙らせたのは、ルフィの鉄拳だった。

 

 

 

 

 

 

さて、その後のことである。

 

クジラの体内に作られたいくつもの水路や水門をくぐり抜けて外に出ると、クロッカスの灯台がそそり立つ岩場の艀にメリー号を係留した。そこでようやく、詳しい事情を聞くことができた。

 

例の二人組はミスタ9にミス・ウェンズデーと名乗る、近くの町のゴロツキで、何度もこのクジラの肉を狙って来ているらしい。だが、それを阻止していたのが、クロッカスだったそうだ。

 

そのクロッカスにしても、クジラを守るにはそれなりに理由があり、なんでも50年以上も前にウェスト・ブルーから来た『とある海賊団』から、当時はまだ小舟ほどの大きさだった赤ちゃんクジラのラブーンを預かったそうな。しかし、その海賊団は大いなる航路に耐えきれずに逃げ出したとのことで、クロッカスからそれを聞かされたもののラブーンは信じず、彼らの帰還を50年以上たった今でも、この双子岬で待ち続け、時折興奮してレッドラインに頭をぶつけているとのこと。

 

以上が、サンジの作ったランチに舌鼓を打ちつつ、ジャネットが適当に聞き流した事情とやらである。正直、どうでもよかった。

 

「おいちい!おいちい!あへへへへへへへへ!」

 

「鼻がうめぇよ、エレファントホンマグロ」

 

エレファントホンマグロの美味なる料理の数々の前には些事である。

 

ジャネットとルフィは口いっぱいにご飯を詰め込んでいる。

 

「…このまま頭をぶつけ続ければ、こいつは死ぬ。だがな、妙な付き合いだが、50年以上こいつとは一緒にいるんだ。今更見殺しにできるか」

 

最後にそう、クロッカスは告白した。ツンデレ爺とか誰得だよ。

 

「ああ、美味しかった。ご馳走さま!」

 

さて、お腹も膨れたところで、残る問題は、例の二人組の処遇である。

 

正直、肉の分け前をよこすなら、ジャネット的には捕鯨に協力してやっても良かったのだが、すでに一味はラブーンとかいうクジラを助けるムードになっている。今更、そこまで友好的にしてやる義理はない。

 

で、あるならば、いつもなら速やかに金品を奪い海の底に沈めるところなのだが、今はできたてホヤホヤの『仲間』がいやがるので、もう少し穏便に海に流す程度にしてやろう。

 

まあ、海に流されたところで、天日に干されて干物になるか、嵐に飲まれて魚の餌になるだろうがねぇ、ケケケケケ・・・・!」

 

「だから心の声がダダ漏れなんだよ、お前は!!」

 

ウソップは邪悪な笑みを浮かべるジャネットに驚愕した。

 

「まあ、それは冗談だとしても、どうするのさ?やっぱりあと腐れなく海にドボン?」

 

「冗談じゃねーのかよ?!」

 

クロッカスは縛り上げられた二人組を横目でジロリとみやると、鼻を鳴らした。

 

「ほっとけ。こいつらをどうにかしたところで、また新しいゴロツキが送り込まれてくるだけだ」

 

一理ある。

 

特に依存はないのか、ゾロが縄を解くと、二人を海に蹴り出した。

 

「ほらよ、行っちまえ」

 

「海賊どもめ、我々の任務を妨害するとは!いずれまた顔を合わせることも、あるだろう!その時は覚悟しておけよ!」

 

「ええ、そうねミスタ9!こいつらが海賊である限り、我が社と無関係ではいられない!」

 

最後に意味深な捨て台詞を残すと、珍妙な二人組は泳ぎだした。まあ、捨て台詞など小物にはありがちだが、ジャネットは少々気にかかった。

 

「(…ギブソン、わかってるな)」

 

『(ヒヒヒ、仲間に見えなくなったところで膾切りか?久々に生き血にありつけるぜ)』

 

「(馬鹿、後を付けるんだよ。連中、見てくれはアホだが、ちと気にかかる)」

 

『(フン、つまらねえ)』

 

「(さあ、行ってこい。送り狼には拘るなよ)」

 

喋るカトラスは悪態をついたが、存外に素直に空中に飛び上がると、泳いで双子岬から離れつつある二人組を空中から追い始めた。ギブソンには、ジャネット自身の魂の欠片が仕込んであるので、どこにいようが主人の居場所がわかる。帰り道は迷う心配がない。

 

「さァて、何が釣れることや……はァ⁈」

 

密かに人の悪い顔で海の向こうに消える相棒を見送ったジャネットだが、振り向いた瞬間、驚きのあまり目を飛び出させた。

 

「ゴムゴムのォォオ、生け花!!!」

 

何せ、彼女の船長たるルフィが、何故か折れたメリー号のメインマストを抱え、今まさに例のクジラの脳天に突き刺したところだったのだから。

 

「な、な、何やってんのォ〜〜!!!?」

 

プシューっと、潮を吹くかのよいに大量の血液を噴きださせているクジラ。つぶらな瞳から涙を流し、明らかに怒っている。

 

ブォオオオオ!!!

 

怒りの咆哮をあげ、頭をルフィごと岸壁に叩きつけた。生け花とやらが、突き刺さったまま。

所詮はケダモノか、怒りに我を忘れているらしい。

 

ブシュ〜〜!!!

 

当然のごとく頭の傷はさらに広がり、先ほどより盛大に血が噴き出した。

 

プォオオオオ(泣)!!!

 

涙を流しながら、さらに暴れるクジラ。あまりの暴れっぷりに、海が波立ち、逆巻き、メリー号が今にも転覆しそうである。

 

「ゴムゴムのォ、銃(ピストル)!!」

 

だがしかし、何を血迷ったのか、ルフィはクジラへさらに攻撃を加え、いたずらに興奮させている。

馬鹿め、とジャネットは思った。あの巨体に生半可な攻撃など通用するわけがない。

 

ジャネットの脳裏に、クジラに一飲みにされた時の恐怖が蘇った。

 

「ルフィ!お前、いった何を!?」

 

ジャネットが怒りと困惑をないまぜにして叫んだが、肝心のルフィは無視してクジラにのみ意識を向けている。

 

「引き分けだ!」

 

だが、驚くべきは、ルフィの一言によってクジラがピタリと静まったことだ。

クジラは大きくてつぶらな瞳で、不思議そうにルフィを見つめている。

 

「俺とお前の勝負は、まだついてないから、俺たちはまた戦わなきゃならないんだ!!」

 

このサイズの生き物にすら声を届ける覇気の強さは、尋常ではない。声の大きいか小さいではない、存在としてそもそも認識されるか否かの問題だ。

このクジラは幼い頃に西の海の海賊団に懐いていたらしいので、あるいは、人に対して感受性が強いのかもしれないが。

 

「お前の仲間は死んだけど、俺はお前のライバルだ。俺たちがグランドラインを一周したら、またお前に会いにくるから」

 

ジャネットは呆れたようにそのやり取りを眺めていたのだが、他の仲間たちやクロッカスは、笑みを浮かべてルフィとクジラを見守っている。

ひょっとして、おかしいのは自分のほうなのだろうかと、ジャネットは頭を抱えた。

 

「そしたら、また喧嘩しよう!!!」

 

ブォオオオオオオオ!!!

 

 

涙を滝のように溢れさせ、今日一番の雄叫びをあげるクジラ。

 

見聞色の覇気を使うまでもなく、その声には歓喜で満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

…まったく、わけがわからない。

 

ただ一人、その光景を見つめるジャネットの胸には、仲間たちのそれとは、別の感情を抱いていた。

 

饐えた目はルフィをまぶしげに、そして羨ましそうに睨み据え、小さな手のひらはきつく握りしめられて、血の雫を滴らせていた。

 

 

 

 

 

 

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