黒は白には染まらない   作:RGT

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新作です。


着任

 秋。それは夏の暑さも落ち着き冬の寒さが顔を出す季節。

古くからこの季節は赤や黄色に木々が紅葉し風情豊かになる、日本らしさが出る季節と言われるが、特に食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋、行楽の秋、芸術の秋といった季節に関連付けて新たなことに挑戦する季節と言われることが多い。

 

 九州地方の北西に位置するここ長崎の地に降り立った一人の海軍中将もまた新たな試みに挑もうとしていた。名を早乙女太一(さおとめたいち)という。早乙女は高速道路を走る公用車の車内から佐世保の空を見上げる。あいにくの雨模様。空一面を黒ずんだ雲が覆い、雨粒が窓ガラスを伝って上から下へと止めどなく流れていく。

早乙女にはまるで天気が新たな門出が不吉なものになると予期しているように思えた。

 

 まだ始まってもないというのにこの気持ちの持ちよう。これでは先が思いやられる。

 

 早乙女は自身を落ち着かせようと煙草に手を伸ばす。ふと前に向き直るとルームミラー越しに運転手と目が合った。運転手はまるで分かっていたかのように「足元のドアホルダーに備え付けの灰皿があります」と言った。

 

 早乙女は一言「ありがとう」と口にすると、軍服の脇ポケットから煙草箱を一本取り出し咥えた。続いてライターを手探りに探す。ない。胸ポケットに手を伸ばす。ない。後ポケットに手を伸ばす。しかしない。早乙女は肝心のライターを持ち合わせていないことに気づく。これでは一服することもできない。煙草を箱へと戻し、頬杖をついて空を見上げた。

 

 未だなおも黒ずんだ空。車内ラジオから聞こえてくる元気ハツラツな女性ラジオレポーターは今日一日雨模様が続くことを伝えた。

 

「ライターは―――ないよね。しょうがない。次のサービスエリア寄ってくれ。買ってくる」

 

 早乙女は幸先の悪さに思わずため息をつくのだった。

 

 先が思いやられる

 

 

 

 

 

 早乙女を乗せた公用車は高速道路を降りると市街を抜けていく。進むこと30分余り。通称佐鎮こと佐世保海軍基地の玄関口がその姿を現した。公用車は守衛に門前で停止するよう指示される。守衛は二人。一人は門前で待機しその手には固く自動小銃が握りしめられていた。運転席に近づく守衛に合わせて運転手は窓ガラスを開けた。

 

 守衛は車内をのぞき込み後部席に座る軍服に身を包んだ早乙女を横目で眺めると許可証の提示を求めた。運転手は手慣れたように助手席のボックスから取り出す。守衛は早乙女を軍関係者と察すると形だけでも証書を確認する。許可が出る。固く閉ざされた門が甲高いサイレンの音を立ててゆっくりと開いていく。早乙女は海軍基地内に足を踏み入れた。

 

 海軍基地内に数ある鉄骨造のレンガ造り鎮守府のうち一つに公用車は停止した。早乙女は運転手に礼を言い、車から降りると黒いロングコートを羽織った軍人然とした態度の艦娘が敬礼して彼を出迎えた。長門型戦艦の一番艦長門は弾む気持ちを抑えて平然を装おうとしているが、意識すればするほど反して口角が挙がってしまう。

 

「提督。またこうして一緒できることを嬉しく思う」

 

 早乙女と長門は横須賀鎮守府での部下と提督の関係だった。長門は早乙女のことを尊敬と共に最高の指揮官だと豪語していた。対して早乙女も長門には海戦においての力量と判断力に一目おいていた。二人の信頼関係は横須賀軍基地内では知れていた。そういうこともあって上層部の計らいで今回の派遣に艦娘として長門も一緒したのだった。

 

「長門か。案外早く合流できたな。俺が鎮守府を離れてからはどうだ?………っとここで立ち話もなんだな。早く入ろうか」

「了解した。荷物は私が持とう」

 

 早乙女と長門は佐世保鎮守府内に足を踏み入れる。玄関口には館内の経路図が記されていた。指でなぞるように執務室に手を伸ばす。二人は中央階段から上の階へと上がると扉をいくつか素通りして部屋札に執務室と書かれた扉の前で立ち止まる。

 

 早乙女は扉を開ける。そして自分の目を疑った。

 

 部屋は無残にも荒らされていた。本棚やクローゼットは倒され、床には書類が散らかり窓ガラスは割られ、ありとあらゆる棚という棚から中身が飛び出していた。執務室は足の踏み場もない状態だった。

 

「早速か」

 

 早乙女は驚きはせずある程度予想していたかのような反応を示した。それというのも早乙女が佐世保鎮守府に派遣された理由がかかわっていた。

 

 事の始まりは数日前にさかのぼる。横須賀鎮守府で提督業務に勤しんでいた早乙女のもとに一通の指令所が大本営から早乙女宛に届いた。早乙女が指令書に目を通すと、佐世保に配属する新たな提督としての異動命令が書かれていた。早乙女は「なぜ俺が」と不審がるとすぐさま大本営へと確認をとった。帰ってきた答えは何とも言い難いものだった。

 大本営曰く、前任の提督が艦娘に対して性的虐待や裏金など数々の非道を行い、現在その行方を暗ました。大本営は前提督の逮捕に全力を挙げているが、逮捕するにもしないにも後任を立てる必要がった。しかし前事実があるため、新人には荷が重い。そこで艦娘をまとめる手腕に長け、数々の功績を持ち合わせ、上層部の多くの者から推薦をする声があった早乙女海軍中将を後任として抜擢したというものだった。

 

 手腕や実績が認められたといえば聞こえはいいが、要は面倒事を押し付けられたにすぎない。しかしかといって大本営の指令を無視することはできず、しぶしぶ早乙女は佐世保の地に降り立ったのだ。

 

「なんだこの状況は!?」

「長門、落ち着け。想定内だ」

 

 早乙女は館内放送マイクに手を伸ばす。押しボタンに手を置き一呼吸置くと口を開いた。

 

「佐世保第三鎮守府に所属する艦娘は至急執務室に集合しろ。繰り返す佐世保第三鎮守府に所属する艦娘は至急執務室に集合しろ」

 

 押しボタンから手を放した早乙女の顔を見て長門は背筋に寒気を感じた。あぁ、久方ぶりに見た。これだ。この顔だ。敵も味方も死の恐怖へと陥れた早乙女の笑顔だ。

 

 それから5分余り。佐世保鎮守府に所属する全艦娘が執務室にそろった。執務室の現状を目の当たりにした艦娘たちはそれぞれ違った態度をとった。ある者は目を見開き驚き、ある者はこれからのことに体を震わせ、ある者は今にも泣きだしそうな顔を浮かべ、またある者はそっぽを向く。早乙女が執務机の上に腰を下ろすと口を開く。

 

 事が済むと艦娘は恐怖と共にあることを思い知らされた。

 

 魔王が来たと。

 




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