草木に限らず、この世のすべての生を成す者が眠りについているかのように静まり返った丑三つ時に若い守衛は一人、門横の守衛室で交代が扉を開けて入ってくるのを今か今かとを心待ちにしていた。彼は眠い目を擦りながら時計に目をやる。秒針が一定の速度で回り続け、4を指す短針の上を通過した。
まだ来ないかと次に守衛はガラス越しに見える外へと目を移す。一定の間隔で設置された街路灯に照らされた車道には自動車の行き来はなく、歩道にはいくら待とうと人っ子一人来る気配はない。
眠気がピークに達した彼は落ち着きがなく、手元のボタンでモニターに表示された監視カメラの映像を切り替えながら、暇だ。眠い。早く来い。もうすぐ来るだろうし先に戻ってようかと考えを巡らせていたちょうどその時、守衛室の扉が大きな音を立てて開かれる音がした。守衛はすぐさま振り返るとそこには交代の顔なじみが肩に銃をかけ、寒さに手を擦り合わせながら立っていた。顔なじみは部屋に入るなり守衛と言葉を交わすよりも早く「あったけ~~~」と感想を漏らした。
「やっと来たか。早く変わってくれ、寝落ちしそうだ」
「お、おう。任せとけ。ゆっくり休めよ」
頼んだぞ、お休みと言って守衛室の扉をくぐると秋の寒さが体を包む。暖房で温まっていた体が急激に冷えていくのが分かる。若い守衛は銃を肩にかけて両ポケットに手を突っ込むと小走りで基地内に設けられた仮眠室へと向かう。
口から吐く息は白く、体を包む寒さと肩にかけた荷物が邪魔をし思ったように動かない体のせいで小走りしては歩き、歩いては小走りする動作を繰り返しながら佐世保第三鎮守府の前を通りすぎようとした守衛の足が突然ピタリと止まる。
自分の出す音以外の音が聞こえる。どこからか何かをカウントする音が聞こえる。
守衛は肩にかけていた銃を両手で握りしめると辺りに耳を澄まし、内心びくつきながらゆっくりと声のする方へと近づいていく。近づくにつれ、その声が怒声だと気付く。
「朝潮。そのお粗末な腕立てはなんだ?お前は言われたこともろくにできない欠陥艦か?」
「ち、……違います。千斗教官」
「そうか?体が下がらない、腰は上がってる、周りからは遅れている。欠陥艦と思わない理由を探す方が難しい。違うか?」
「違いま………す」
「青葉さんそんな貧弱でよく今まで生きながらえてきましたね。あなたが死ぬことは一向にかまいませんが周りはそんなひ弱なあなたに命を預けたいでしょうか?私だったら嫌ですけどね」
「う………ふー、あー、あー!!!」
「そうです、上げるんです!さぁ、さぁ!」
「曙さん、もうあきらめて間宮さんのように後方に回りますか?今よりはるかに楽ですよ?」
「それは………い、嫌。絶対に嫌です。大鳳さん」
「嫌なら態度で示してくださいよ。ほら、上げて」
こんな朝早くからだというのに第三鎮守府では訓練が始まっていたのだ。守衛は見るだけでもわかるあまりの厳しい訓練を目の当たりにして思わず言葉を失う。かわいそうにと同情の気持ちが思わず湧いた。しかし彼にできることは何もない。ただ自分が艦娘じゃなくてよかったと思うと守衛は止めていた足を動かし仮眠室へと急ぐのだった。
一週間に及ぶ午前4時から日跨いだ午前2時まで続く筋力トレーニングを乗り越えた艦娘達は心身ともに疲弊しきっていたものの、やっと辛く長い訓練も終わると思い込むことで一周目最終日に寝につくときには多少気持ちにも余裕ができていた。
そして迎えた前日と変わらない早朝訓練。
皆絶望を叩きこまれたことで今までの疲労が濁流として押し寄せ、訓練はこの一週間で出来ていたことができず、ペナルティの嵐となっていた。いつも以上に教官たちの罵声と怒声が彼女たちに飛んだ。
千斗は艦娘達の動きに溜息を吐くと訓練を止め、全員を集めた。
「なんてざまだ!ペナルティを受けないでノルマをこなす者が一人もいないなんてお前達ふざけているのか!?私は一週目は肉体作りに全力を注ぐといったが、それを一週目でやめるなんてことは一言も言ってない!………肉体作りは一か月間続く。それを肝に銘じておけ!………明日は休みだ。身体をしっかりと休め、万全の体制を整えろ。明後日になっても今日の姿をもう一度見るようなら、より厳しいペナルティを全員にやらせる。そのつもりでいろ」
「「「はい」」」
「早朝訓練はここまでだ。食事をとり次第作戦室に集合しろ。以上だ解散」
そう言って千斗はこれ以上の訓練の継続は期待以上の効果が望めないと判断すると訓練を終えさせ、解散の合図を出した。いつものように艦娘たちは朝食を食べ、小休憩をはさむと皆言われたように作戦室へと集合した。
皆何をやるかは聞かされていない。そこに遅れて入ってきた早乙女が演台の前に立つなり、マイクにスイッチを入れた。いつものように早乙女は淡々と話し始めた。
「皆、朝早くからの訓練ご苦労。軍人として兵士として肉体作りをすることは多いに大切なことだ。だ、なにもそれだけがあればいいということではない。戦場において必要なものは状況の判断力、瞬時の決断力、そして生き残るために確かな知識が必要だ。二周目は体力づくりに加え、これらの知識を身に着けるための座学を中心としていく」
そう言って早乙女は慣れた手つきでパソコンを操作し、モニター上に前回の演習時に撮影した映像や早乙女が指揮した艦隊が遭遇した過去の状況をもとに戦争における知識を艦娘に教えていく。早乙女は何かと問題の多い海軍軍人だが、大本営に新たな提督として推薦されるだけあって、戦術や戦略の立案や部隊の動かし方においては群を抜く才能があった。
大胆不敵な作戦と奇策で数人の艦娘だけの犠牲で深海棲艦相手に勝利の二文字を納めることのできる早乙女の戦場における有能さを証明した。艦娘達はそれぞれ指にペンを刺したり、足を踏んだりとそれぞれの方法でに眠気を飛ばすと話に耳を貸して必死にメモを取っていく。
「とにかくお前たちに今日覚えておいてほしいのは三つ。たとえ誰かが命を落とすことになろうと個人より集団の命を優先しろ。決断を迫られたときはたとえそれが最善の手ではなかろうと躊躇うな。そして最後に突出するな。この三つだ」
そうして一日目は終了した。それからというもの一か月という月日はあっという間に過ぎ去り、辛く厳しい訓練を耐え抜いた艦娘達は最後に六条提督の協力のもと演習を執り行うこととなった。しかし六条提督は早乙女そして千斗達の教官の訓練方針を快く思っていなく、演習自体も考え方の違いから乗り気ではなかったものの、大本営からの命によりしぶしぶ承諾した。
早乙女は演習出撃位置で装備をお互いに確認しあう艦娘達赤城、青葉、羽黒、朝潮、叢雲のもとに近寄った。早乙女に気が付くと皆その手を止め、敬礼する。早乙女はその手を下ろさせると神妙な面持ちで口を開く。艦娘達は提督の言葉を一字一句聞き逃さまいと身構えた。
「………その、悪かったな。俺の教育方針は間違っていた。それを押し付けるような形になったことを」
「「「「「!?!?!?」」」」」
その場にいた赤城、青葉、朝潮、羽黒そして叢雲は耳を疑った。あの早乙女の口から艦娘に対して謝罪の言葉を耳にするとは思ってもいなかったのだ。
「そ、そんなことありませんよ。あれは私たちを思ってやってくれていたことですし、それに島風の件は彼女にも非がありますしね、はい、うん」
「そ、そ、そうですよ」
「私の時ももとを返せば私が悪いんですし」
今までの早乙女からは想像追出来ない行動にみな混乱し、早乙女を庇う様に動く。
「いや、いいんだ。千斗教官たちに指導されたお前達の体つきが何よりの証拠だ。………今回の演習はお前たちの今までの成果を証明するものだ。この一か月どの鎮守府よりも厳しい訓練をし、そしてやり遂げたお前たちだ。自信をもって徹底的に叩き潰せ!!!」
「「「了解!!!」」」
そう言って早乙女は仮設テントの中に戻っていった。
話し終えたタイミングを見計らって、六条の艦娘達が朝潮たちに声をかけた。
「今日はよろしくお願いします」
差し出された手を朝潮は握り返す。朝潮は金剛型3番艦戦艦榛名と合わせていた目をそらすと上から下へとゆっくりと目線を動かしていく。どこを見ようと衣服の上から触ろうとも鍛えられた形跡はない。対して自分を見る。身体は締まり、腹筋が割れ、上腕筋がうっすらと筋肥大している。握り返す拳に力を軽く入れるだけで榛名は痛がった。
「本気で来てくださいね?」
「え?」
「すぐに負けられても訓練になりませんし、本気で来てくださいね。私たちもある程度は加減してやるので」
朝潮は榛名の静止を無視して演習開始地点に移動すると水面へと降り立った。
その様子を画面越しに早乙女は見ていた。横で控えていた千斗は周りにいる艦娘達に聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の声量で早乙女に話しかけた。
「なんで彼女たちに謝罪したのですか?その必要がないというのに」
「今回君達教官の指導法を見て改めて自分の行ってきたことの愚かさに気づいたよ。だからこそ今までの自分との決別の意もこめてのことだ」
「………変わりましたね」
「そうだといいがな」
演習開始のサイレンが鳴り響く。朝潮たちはゆっくりと動き出した。