晴れ渡る秋空のもと演習場に響くサイレンで両艦隊はゆっくりと行動を開始した。早乙女は艦隊を二つに分ける指示を飛ばす。朝潮・羽黒・叢雲の三名を先行させ、ある程度距離を置いてから赤城そして青葉がそのあとを追随していく。
現状演習開始前の顔合わせから相手方は6隻に対してこちらは5隻という数的アドバンテージと戦艦の有無という戦力的アドバンテージを早乙女陣営は背負っていた。これを打開するためには戦術で六条艦隊を翻弄し圧倒するほかない。そのためにも相手方よりも早く敵艦戦の位置を把握する必要があった。
最も手っ取り早い方法として空母あるいは軽空母などの艦載機を発艦させ偵察させる方法が挙げられる。しかしここで偵察機あるいは攻撃機を何の考えもなしに飛ばせば、上昇していく機影から位置が把握されてしまう。それは相手方も同じこと。
故に両者とも航空機を飛ばさず、敢えて身を潜めながら索敵をしていくこととなるのが演習における定跡となっていた。
だがこれでは勝てないと踏んだ早乙女は次の指示を飛ばす。
「赤城そこから一時方向にある島が見えるか?」
「はい、見えます」
「よし。ではその島まで艦載機を低空飛行で近寄らせ、回り込んだ後高度を上げて敵艦隊に見つかるように飛んで敵を引きつけろ。また可能な限り敵機の数を減らせ」
「低空飛行で侵入し、その後高度を上げて敵を引き付けて数を減らす。了解しました」
「他の艦娘に伝達する。赤城の陽動作戦後敵艦隊は何かしら反応を示す。もし敵が艦載機の方へと進路をとるのならば、背後に回り込みT字戦闘に持ち込んだのち離脱する。逆に進路をとらず発見できないようならば、予定通りの進路そのままで発見次第交戦を開始しろ」
「「「了解」」」
早乙女の命により赤城はその足を止めると矢入れに手を伸ばし一矢手に取って弦につがえた。弓はしなりを上げて弧を描く。赤城は島へと狙いを定めると筈から手を離した。赤城の手から勢いよく放たれた矢は風を切りながら海面スレスレを飛んでいき、やがて自然発火するとその姿・形を航空機へと変えた。
放たれた三機の戦闘機はフルスロットルで水煙を立てて島を回り込むと機首を上げて空高くへと飛行機雲を作りながら上昇していく。その姿は島陰に姿を隠していた赤城達からも確認できた。当然六条艦隊も上昇していく戦闘機を捉えていた。
六条艦隊旗艦榛名は六条に指示を仰ぐ。
「提督、島陰から上昇していく航空機を三機確認しました。恐らく敵艦隊はE地点にいるのではないかと予測されます」
「え?もう動いてきたのか?意外だなぁ」
榛名の報告で拍子抜けするほどあっさりと姿を現した早乙女艦隊の行動がどうにも腑に落ちず六条は艦隊の動きを止めさせると考えを巡らせる。六条は言わずもがな早乙女のことを嫌っていた。しかし彼について調べるうちに、早乙女は前任の横須賀鎮守府では数々のそれこそ勲章を授与させるような成果を上げている事実を知り、彼の指揮官としての才をいやいやながら認めてはいた。
人間としては下衆野郎だが、軍人としてはもはや英雄レベルで数々の死線を乗り越えてきた早乙女がこんな安易な行動をとるようには今の六条には思えない。
「どうも腑に落ちないなぁ。………よし、瑞鶴。艦載機で上空の敵機を迎撃。その後予想潜伏位置を索敵。榛名、進路そのままでなるべく敵機の方へ近づかないように索敵を続けてくれ。接敵後はそちらに一任する」
「「了解」」
瑞鶴が戦闘機を倍の数放つと上空の早乙女陣営の戦闘機に向かって高度を上げていく。周囲警戒していた赤城の戦闘機はいち早くそれに気づくと機首を上昇してくる戦闘機へと向けて両者攻撃を開始する。ここで地獄のような訓練の成果が動きに現れた。
赤城機が数的優位のある瑞鶴機との差を瞬く間に縮めていったのだ。
赤城には瑞鶴がこの一か月どれほど厳しい訓練をしてきたのかも積み上げてきた努力があったのかも何も知らない。ただ言えることは一つ。
それは私の一か月には遠く及ばない。
一日何十機何百機と二時間の睡眠以外大鳳教官の指導のもと延々と飛ばし、制御してきたうちの三機のエース級戦闘機は瑞鶴機を喰い散らかしていく。しかし瑞鶴機も負けてはいない。追加で投入された機体で赤城機を二機撃墜することに成功した。
「流石一航戦の機体。頭おかしいほど強すぎだけど残りは一機」
瑞鶴はそれ以降飛んでこない敵増援から赤城に搭載させている戦闘機はこの三機だけだと勝手な想像を口にした。そして次には慌てて六条へと回線をつなげていた。
「提督、提督、提督!そこかしこから敵戦闘機が!二義撃墜するだけでも7機近く食われたっていうのに見えるだけでも10機以上いるよ!!!それに艦爆の二編隊がこちらに向かって飛んできてる。あの一航戦多分防衛そっちのけで艦載機全機発艦させるよ」
「落ち着け瑞鶴。全艦に伝達。既に相手方にはこちらの位置がバレている。恐らく制空権を完全に掌握したのち、艦攻もしくは艦爆の攻撃でとどめを刺すつもりだろう。これより対空火器の使用を許可する。最優先は敵艦爆。敵機種を判別しながら一機たりとも近寄らせるな。瑞鶴スクランブルだ。勝てないことは承知だ。それでも艦爆相手なら落とせるはずだ」
「「「了解」」」
榛名達六条艦隊は制空権を完全に掌握し思うがまま飛んでいる敵戦闘機へ向け、対空射撃を開始した。瑞鶴も対空範囲外の敵航空機に対して迎撃のため矢入れの中を全て空高くへと放った。
赤城機を近づけさせない無数の弾丸によって作られた弾幕の軌跡で位置を把握した早乙女は先行していた青葉たちに敵艦隊との距離を詰めさせた。
青葉・叢雲・朝潮は射程に入り次第その手に握りしめた銃口を榛名達に向けてトリガーを引く。一か月で鍛え抜かれた体は踏ん張りを効かせ、体に伝わる反動を最小限にまで殺すと共に精度の高い砲弾の連射を可能とした。
「散開!」
いち早く気付いた榛名が声を飛ばす。しかし上空を舞う赤城機に集中していたため反応がわずかに遅れると一隻がモロに砲撃を受けて艤装から中破判定の黄色旗が上がった。六条艦隊も負けじと反撃を開始するも砲弾はかすりもしない。
榛名は横目で旗を確認すると舌打ちを打つ。早乙女艦隊がこの一か月死に物狂いで訓練していることは耳にしていたが、ここまで一隻一隻の練度を上げてくるとは思いもしなかった。誰が見ても追い詰められているのは一目瞭然。彼女達だった。
「榛名、体勢を立て直す。全艦で後退するんだ」
「………了解」
指揮官としてたとえ愚策だろうと即断即決することが求められる軍において六条はすぐさま榛名に指示を飛ばすと、彼女は中破した艦に肩を貸して進路を出撃開始位置へと取ると後退していく。この判断が今後の戦況を決した。
六条は良くも悪くも艦娘を大事にする男であり、囮や犠牲を好まない。
そのため部隊一人ひとりを大切にするあまり中破艦を連れて後退したため、部隊の後退速度はその分遅くなり早乙女艦隊の追撃を許すこととなった。
さらには出撃開始位置まで後退したことによって、それ以上の後退ができなくなると空からは艦爆の襲来・近距離からは朝潮・叢雲による砲撃そして見えない位置からの青葉・羽黒による観測射撃によって榛名達は一方的に叩きのめされることとなった。
演習終了のサイレンが響き渡る。
六条艦隊6隻全艦の大破に対して、早乙女艦隊は前衛を務めていた朝潮そして叢雲の中破に被害はとどまり赤城・青葉・羽黒は無傷での勝利となった。他のメンバーの演習も同じく六条艦隊の被害に対して早乙女艦隊は一隻の大破や中破と言った必要最小限の被害で勝利を収めることとなった。
両者の艦娘がお互いに意見交換と題して間宮の炊き出しを囲みながら、仲睦まじく笑いあいながら話している横で早乙女少将と六条中将は向かい合っていた。お互い口を開こうとはしない中、先に口を開いたのは早乙女だった。
「いい演習になった。ありがとう」
「こちらこそ………」
「どうした?何か言いたそうだが」
「あぁ………この際言わせてもらうがな、私は君のことが大嫌いだ。艦娘達を道具として捉える考え方や、この一か月間の指導方法といった君のすることの十から百まで何から何まで嫌いな奴だ。だから今回の演習で君を還付無きにまで叩き潰すつもりが逆にされてしまった。気に食わない。それにだ見てみろ。彼女たちのあの顔を見ていると君のやり方が間違っていないような錯覚までさせられる。全くもって気に食わない」
「………そうか」
「今回はこれで私は帰らせてもらうが、次回はこうはいかない。何が何でも彼女たちを道具として扱わない方が彼女たちのためでもあり、深海棲艦を撃滅させる最善の手だということを教えてやる」
そう言って六条は早乙女に背を向けて歩き出した。そしてふと思い出したかのように後ろを振り返り一言。
「今回は許すが、私は中将。君は少将。言葉には気を付けるように。ではな」
「………二度と来るな!間宮!塩まいとけ!!!」