島風ごと撃て。インカム越しに届いた命令に朝潮は手にした二門の連装砲を構えた。島風ごと砲撃するためにトリガーに添えた親指をゆっくりと押し込もうとするものの、力を入れている筈の指は固くなり思い通りに動かない。おかしい。先ほどまで当たり前の事のようにできていたことが今となって急に出来なくなった。朝潮の異常はそれだけには留まらず、今度は手にした砲塔が小刻みに揺れ動き狙いが定まらなくなったのだ。
朝潮はなんでと小さく声を漏らす。頭では島風に向けて砲撃しなければならないと、私がしなければならないことと理解しているものの体が朝潮の制御を離れて言うことを聞かない。不思議と頭では意識とは別に砲撃なしで島風とヴェールヌイを引き離す方法を考える必要はないと分かっていながら今なお模索し続けていた。
なんだこれは。こんなこと今まで一度たりともなかった。整備不良?ガタがきた?違う違う違うと憶測を否定すると朝潮は考えを巡らせた。自問自答を繰り返し繰り返して朝潮は気づく。気づいてしまったのだ。
やるべきことを理解し行動しなければと思う気持ちと裏腹に島風を撃つことを躊躇い、最善の手を進言するために考え続けている自分自身がいることに。
砲塔が今までになく大きく揺れる。拒絶反応が起こった。朝潮の顔からは血の気が引き始め背筋を大量の冷や汗が伝っていく。考えを振り払おうとするもそれは離れることなくべったりとまとわりつき、意識すればするほどめまいと吐き気が彼女を襲う。そんな朝潮に再びインカムを通して催促する早乙女の声が届く。
「命令だ朝潮。島風を撃て」
「しかし提督、まだ何か方法があるはずです」
「ありもしない理想論は捨てろ。こうして悠長に答えを引き延ばしにしている間にも部隊は危険に晒されている。今見えている最善の選択をするんだ。命令だ朝潮。島風を撃て!」
もはや朝潮には事を考える力は残っていないかった。それでも尚どうすることが最善なのか考えて考えて考えて考えて考える。しかし分からない。自然と朝潮の目は溢れんばかりの涙を溜め込んでいた。
「やるんだ朝潮!」
「ご…ごめんな………さい」
朝潮は早乙女の声音に気圧されて大粒の涙を流しながらトリガーの押しボタンを引いた。飛び出した砲弾は島風にもましてや島風を盾にしたヴェールヌイにも直撃することなく彼女らの真横を通り過ぎると程近くに二メートルもの水柱を作り上げた。
これでは状況に何ら変化なしかに思われた。しかし撃てるはずがないと高を括ってたヴェールヌイにとって朝潮の予期しない行動はヴェールヌイに島風の有用性を早期に見切らせると彼女は島風の拘束を解き、その無防備な背中に何の躊躇いもなく砲撃を叩きこんだ。大きな爆発。黒煙に包まれ島風はその場に膝を落とす。
状況にいち早く対応するため赤城は青葉に無線を繋いだ。
「青葉さん、偵察機だけでは判りかねます。状況はどうなっていますか?」
「朝潮さんの威嚇射撃で島風さんを引き離せたんですが、島風さんが敵艦の砲撃で大破。私、羽黒さん、朝潮さんは被害軽微でまだやれます」
「分かりました。一度体勢を立て直します。島風さんを連れてこちらに合流してください」
「了解」
無線を終了すると青葉は様子がおかしい朝潮を、羽黒は頭から血を流しボロボロになった島風にそれぞれ手を貸すと赤城のもとまで撤退を始めた。ヴェールヌイは交代する彼女たちをよしとはしない。しかし追撃しようと距離を詰めようとしたものの新たな艦娘叢雲と上空の倍に増えた艦上攻撃機の登場に断念。頭上を飛び回る五月蠅い偵察機を打ち落とすと自らも一時島陰に身を隠しそうと反転した。
ふと水面に浮かぶインカムに気づく。ヴェールヌイはインカムを拾い上げると、自らに装着し無線相手に向かって怒声交じりに思っていたことを口にした。
「提督。私に赤城達を徹底的に叩き潰せと命じておきながらこれは一体どういうことだい?」
「ん、この声はヴェールヌイか?何のことだ?」
「とぼけても無駄だよ。君が朝潮に撃つように命じたのだろう?」
「何かと思えばそのことか。当たり前だ。あのまま一方的にやられては判断材料にならないだろう」
「そうかもしれないけど、せめて一言言ってもらわなければ困る。提督が赤城達に指示を出すのなら多少荒い手段を使わなければ私も勝てない」
「それに関して気にする必要はない。ヴェールヌイ、赤城達と合流して帰還しろ。終了だ」
ヴェールヌイは何かを察すると「そっか。了解した」と口にして無線を終了した。しばらくして演習終了のサイレンが鳴り響いた。
第一陣の演習結果は赤城達の戦術的敗北で幕を閉じた。
早乙女の指示にあったようにサイレンが鳴り響いた後ヴェールヌイは演習組と合流すると負傷した島風に肩を貸して提督のもとに帰投した。演習組は早乙女の前に横一列に並び整列する。彼は俯いたまま何一つ喋らない。赤城にはそれがまるで初めて会った時を彷彿とさせて先の見えない現状が不安で仕方なかった。
「演習ご苦労だった。率直に言うのなら予想を遥かに下回る結果だった。まぁそれは今後の改善点として百歩譲っていいとしよう。しかしだ。島風。あれはなんだ?………説明してみろ」
その場の空気が凍り付く。島風は口ごもりながら弁明を口にする。
「そ、その………攻撃を与えないことには何も始まらないと思い」
「それがあの行動につながったと?………腕立てだ。数えろ。良いと言うまで続けるんだ」
島風は瞬時にコンクリートに両手をつけると腕立て伏せの体制をとる。ボロボロになった体は所々悲鳴を上げているがお構いなしに早乙女のと合図とともに腕立てを始めた。艤装を背負ったまま痛みを堪えながらいつ終わるかもわからない腕立てのカウントを口にしながら一回二回三回と数えていく。
しかし既に島風の身体は先の演習で限界を迎えていた。自然と体は少しでも楽をしようとして腕が曲がらなくなっていく。変化は誰の目から見ても明らかだった。当然早乙女もそれに気づくと島風の背中を踏みつけた。島風は突然の負荷に耐えられなくなると崩れ落ちた。
「もっと下げろ。やり直しだ」
島風は小さな声で「はい」と返事するとまた一から数え始める。目元からは零れ落ちた涙はコンクリートに落ちる。40回目に差し掛かると再び腕が曲がらなくなった。
「下げるんだ」
再び踏みつける。皆見て見ぬふりをする。そんな中、朝潮は提督に意見した。
「提督。島風はボロボロなんです。休ませてあげてください!」
「ボロボロだからなんだというんだ?そんなことでやめる理由にはならない」
早乙女は島風の頭を踏みつけた。
「やめてください提督!」
怒りに我を忘れた朝潮は手にした連装砲を早乙女に向けて構えた。
「それで次はどうするんだ?俺を撃つか?」
朝潮はいったい自分はなんてことをと我に返ると連装砲から手を放そうとするものの早乙女は朝潮の手を握りしめると砲身を自らの身体に押し付けて「これで外さないだろう?」と口にした。収まったはずの気持ち悪さがぶり返してくる。彼女は必死に手を引き離そうとするも早乙女によって固く握りしめられた手はビクともしない。手伝ってやると早乙女は声をかけ、トリガーに添えられた手に力を入れていく。
「い、いや。いや、やめて。だ、だめ。いやいやいやいやいや」
早乙女は朝潮の指を押し込む。抵抗するも虚しくトリガーはカチッと音を立てた。
しかし砲弾が飛び出ることはなかった。セーフティが陸に上がった時点でかかっていたからだ。朝潮はその場にへたり込む。
「怒りや悲しみといった感情は冷静さをを大きく狂わせる。これでわかっただろう?戦いに感情を持ち込むな。貴様らは兵器だ。ただ目の前の脅威を倒すことだけに集中しろ。さて朝潮。命令違反に。上官への反抗。殺されても文句は言えんな。ただまぁ、今回はこれで勘弁してやる。歯をくいしばれ」
早乙女は手を振り上げた。
「待つんだ」
そんな早乙女を止めに入る人物がいた。名を六条優斗といった。
最近うまく書けない………。後半が特に納得のいくものではないためいずれ書き直します。