六条優斗海軍中将。六条は早乙女より4つ若くして中将を務め、驚くべき事に数年前までは士官学校出の少尉として従軍する新米だった。その異様な昇級に六条には何か裏があると多くの若手・中堅将官は疑念を抱いていた。
しかし実際のところ彼はただ単に運が良かっただけなのだ。運命の歯車が回り始めたのはおよそ三年前、深海棲艦に対して大規模攻勢作戦に多くの将官が軍戦に乗り、殉職したことで中堅がその穴を埋めるために中堅の空いた穴を埋めるために若手が出世した。六条も出世組のうちの一人として昇級すると数か月後次に訪れたのは艦娘の登場。
当初は多くの将官がヒト型兵器に戸惑っている中、一人六条は兵器としてではなく一人の少女として彼女たちに優しくまるで家族のように接するというアプローチ法を見出した。彼の働き掛けによって次第に生まれる信頼関係と共に六条の期待に答えるようと艦娘も奮起したことで見事深海棲艦の海域を奪取することに成功した。今にすれば大したことではないが、当時にしてみればそれは大成果と共に艦娘の有用性と良きアプローチ法を証明してみせることだった。そのため六条はこの多大な功績を認められ、当然の結果として破竹の勢いで中将クラスにまで上り詰めた。
こういった経緯もあり、六条自身艦娘は将官一人ひとりの接し方で彼女達もきっと答えてくれると信じていた。加えて彼は不正を憎み、正義を尊ぶ気持ちの持ち主だった。だからこそ彼には早乙女の行動は目に余るものがあった。
そして今早乙女の度の過ぎた横暴に待ったをかける。しかし早乙女はそれを聞き入れることなく知らんふりすると頭上高々に振り上げた拳を振り下ろす。身構える朝潮。六条は早乙女の動きに瞬時に反応するとかばう様に朝潮の前に立ち、その手を鷲掴みして勢いを殺した。六条は朝潮に振り向き、ただ一言「大丈夫」と言ってほほ笑むと早乙女を睨みつける。両目を大粒の涙で真っ赤に腫らした朝潮の境遇に目の前に立つ男に対する嫌悪感が内から止めどなく沸き上がる。自然と握りしめる手にも力が入った。
早乙女は六条の手を振りほどき一歩距離を開けると手首を襲う痛みを和らげるように揉んでみせた。先に口を開いたのは六条だった。その声音はどこか震えていた。
「後任が来たというから様子を見に来てみれば………やりすぎだ!」
「それは俺が決めることであって、お前が決めることではない」
「こんな横暴大本営が野晒しにしておくと思うのか?君は彼女たちを何だと思っているんだ!」
早乙女はまるで次の質問を予測していたかの如く一切の間を置かずただ一言『道具』だと答えた。六条の内でプチンという何かが切れた音と共に押し殺されていた感情が限界を迎えて爆発した。六条は反射的に早乙女の胸倉を掴む。
これは不味いと慌てて長門と六条の秘書艦金剛型三番艦榛名は二人の間に割って入ると、お互いがお互いの上司を宥めそして引き離す様に働きかけた。長門は早乙女の言動に呆れたように「発言には気を付けてくれ」と耳打ちするも彼はいい加減な返事で返す。
「逆に聞こう。お前は艦娘を何だと思っているんだ?」
「共に立ち向かう仲間であり誰一人として欠かすことのできない大切な家族だ!それを貴様は………道具だと!?ふざけるな!艦娘達には嬉しかったら笑ったり悲しかったら泣いたり、時に仲間のために怒ったりする人間と変わらない感性や感情を持ち合わせているんだ!これのどこが道具だと言うんだ!」
「笑わせる。そんなにも仲良しこよしがやりたいなら他所でやれ。ここは軍だ。ここにいる時点で俺もお前もを含めてここにある全ての物は戦争という盤上で動かす道具、駒だ。俺たちがここにいるのは道具に成り下がってまでこの戦争を終わらせるためだ。家族だ?誰一人欠かせないだ?お前こそふざけるな。犠牲無くして手に入らないものが平和だ。平和を手に入れるために俺たちは戦争をしているんだ。そんなこともわからないお前みたいな甘ちゃんが軍部に多くいるからいつまでたっても膠着状態を崩せないんだよ!」
早乙女が口にしたことは的を射ていた。実際数あるアプローチ法の中でも今の海軍将官の考え方の基盤を作り上げた六条のそれは艦娘を大事することで犠牲はほぼゼロに近い。しかしあまりに大事にするあまり本来の目的である海域奪取がおろそかになり、未だ当初予定の半分しか奪取できていないという現実があった。
「戦争を終わらせるためにも我々人類には艦娘の存在が必要不可欠だ。だからこそ密接に信頼しあえる家族のような関係である必要がある。そうすることで今は無理でも我々があきらめない限りいつか必ず勝利するときが来るはずだ」
「いつかとはいつだ?10年後か?100年後か?お前はそれを恐怖で夜を眠れずにいる民衆に面と向かって言えるのか?」
ここに来て初めて口ごもる六条。
「戦争は長引けば長引くほど泥沼化する。もうあの日から五年たっているんだ。いつかじゃない。今すぐ殲滅する必要がある」
「それでもやり過ぎだ!」
「甘やかせば甘やかしただけ実戦でツケが回ってくる。我々指揮官はこいつらを戦地へ送り出す責任がある。だからこそ俺は厳しくその体に頭に戦場というものを覚えさせ、敵を殲滅し無事帰ってこられるよう鍛え上げる義務がある。そして今すぐにでも深海棲艦を殲滅しこいつらが………いや、これ以上言い合いを続けたところで平行線だろう。時間の無駄だろう。お引き取り願おう」
「待て、まだ話は終わっていない」
六条の訴えも虚しく早乙女は話を聞き入れることなく、六条に背を向けて仮設テントへと歩き出す。六条は早乙女の後を追おうとする。しかしヴェールヌイと長門が行く手を塞ぐように立った。
「お引き取りください」
「まだ話が終わっていないんだ。ここを通してくれ」
「お引き取りください。それとも憲兵をお呼びいたしましょうか?」
「提督これ以上は」
「し、しかし」
六条は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべると「また来る」と言ってその場を後にした。ヴェールヌイと長門は六条をあしらい終えると仮設テントに戻った。テントでは先に戻った早乙女が椅子の背もたれに全体重を預け、不機嫌そうにタバコを吹かせていた。
ヴェールヌイはいつもは冷静な提督がたまに見せるまるで子供のような態度に微笑すると早乙女のもとに近づいた。
「六条提督は帰ったよ」
「そうか」
「………提督、ちょうど切らしてるんだ。一本もらえるかい?」
「お前、禁煙してたんじゃないのか?」
「禁煙?まさか。まぁ、提督の子供を産ませてくれるって言うなら今すぐにでもやめるけど?」
早乙女はすぐさま箱ごとヴェールヌイに投げ渡した。ヴェールヌイはまだ駄目かと悔しがると箱から一本口に加えて火をつけた。
演習場に再びサイレンの音が響き渡る。第二陣が演習を開始した。龍驤の艦載機が空高く上がっていくのが見えた。近くに他の艦娘はいないのを確認してからヴェールヌイは話を切り出した。
「ちゃんと言えばよかったのにどうして言わなかったんだい?」
「何のことだ?」
「最後のだよ。平和にして艦娘なんて生物兵器を廃止するって。私たちが1人の少女として生きていけるようにするっていえばよかったのに」
「………箱ごとやる」
そう言って早乙女は灰皿に煙草を押し付けるとその場を後にした。ヴェールヌイはせっかくの煙草をやめてまで追いかけるつもりはなく、空いた席に腰を下ろしてタバコを吹かせると一言。
「不器用だね、君もそして私も」