喫茶ーmid nightー   作:江月

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一杯目

  ─喫茶 Mid Night─

 少し奥まった通りにひっそりと店を構えるここは知る人ぞ知る名店として様々な人々に親しまれている。

 名物はここの主人が気紛れにブレンドするコーヒーとこれまた気紛れに作る軽食の数々だ。特にアップルパイの日に当たった者達は皆ガッツポーズをするほどの人気を誇る。

 

 

 ◇■◇

 

 

「鬱だ…………死のう……」

「じゃあ、さっさと死んでこいよ」

 スーツとコート果ては手袋まで全身黒でキッチリと決め、髪もしっかりと整えた男性が味を感じさせるカウンターテーブルに突っ伏してぼやいていた。

 それに対してカウンター内の少年は目線を彼に寄越すこと無く揺り椅子に腰掛け、カップのコーヒーを啜る。そして若干眉根を寄せるとソーサーへとカップを戻し膝掛けの上に置いていたハードカバーの本を持ち上げ読み始めた。

「少しはお客の悩みを聞いてくれないかな?」

「…………じゃあ、客らしくしてろよ」

「ちゃんと君のコーヒーを飲んでやっているだろう?」

「苦い汁が啜りたけりゃ表行って泥水でも啜ってやがれ」

 男の言葉をバッサリと切り捨てた少年は本からピクリとも視線を動かそうとしない。それほどまでに面白いのか、ただ単に男に興味がないのか。

 先程までの反応を省みると明らかに後者だろう。

「無視しないでくれたまえよ、昼也くん!僕は客だよ!?」

「キャラぶれてるぞ、薊のおっさん。いつもの余裕を見せろよ」

 昼也と呼ばれた少年は初めて顔を動かし薊へと目を向けた。その目は冷ややかであり、まるで養豚場の豚を見る目だ。

「だいたい、あんたが敵を作りすぎてるんだろ?」

「ぐっ…………しかし、だね……」

「そんなんだからマトモな友達居ねぇんだよ」

「グフッ!?」

「どうせ、堂島さんぐらいでしょ?おっさんにマトモに話しかけてくれるの」

「ゴフッ…………」

「だから、娘にも嫌われるんだよ」

「カッハァ…………!」

 昼也の容赦ない口撃によりライフを削られオーバーキルを食らった薊はキャラもかなぐり捨てテーブルへと突っ伏してしまった。心なしか口の回りに接するテーブルに赤いシミが見える気がする。

 一通り言い切って満足したのか昼也は再び本へと視線を落とした。

 微妙に薄暗い店内にはこの二人以外の客は居ない。故のやり取りなのだが流石に酷いものだった。

 およそ十分が経過した頃、漸く薊は顔をあげた。その顔色は悪く、しかしながらイイ笑顔だ。口の端から血が流れていなければそれはもういい笑顔だったのだが。

「話しは変わるが昼也くん」

「…………」

「ちゅ、昼也くん?」

「…………」

「無視しないでくれないか?」

「………………ん?何だまだ居たのか?」

「さっきからずっと居るよ!?君の口撃で死にかけたけど何とか生き残ったからね!?」

「だから、キャラ崩れてるって」

「僕のキャラ何てどうでも良いんだ!問題は僕の愛しい娘の事さ!」

「嫌われてんだろ?」

「カハッ!?……そんなダイレクトに言わなくても…………」

「『もう!お父様!一緒の洗濯物で出さないでください!臭いが移ります!』」

「ゲフォ!?こ、声真似でもその台詞は僕には効く…………ぐふ……」

 再び突っ伏する薊。その姿に興味が失せたように昼也は本へと戻っていった。

 この喫茶店ではよく見られる光景だ。見ている側からすればコントにしか見えないそんなやり取り。

 美食の権化、薙切薊と中学生兼喫茶店マスター、夜帳昼也(やとばり ちゅうや)のいつもの光景だ。

 

 

 ◇■◇■◇

 

 

 喫茶 Mid Night。美食の一族を筆頭に各界の著名人や政治家、筋者等、様々な人々がお忍びで訪れるそんな場所。

 店内は照明が少し暗めでつけられておりクラシック音楽が蓄音器から流れ、コーヒーの臭いが店内に染み付いている。

 そんな店のカウンターに今日もマスターとの会話を求めて一人の客が席についていた。

「ねぇ、昼也くん」

「………………」

「そろそろ無視は止めてくれないかしら?」

「…………」

「あの…………」

 金髪の美少女は昼也に何度か声をかけていた。その全てを無視され瞳には薄くだが涙の膜が張られている。

 と言うのも少女がこの店を訪れ既に15分が経過していたのだ。その間何度も昼也へと話しかけていた。そして、彼はその全てを無視していたのだ。心も折れかけるというもの。

 補足をすると昼也自身は少女を嫌っているわけでも況してや苛めているつまりもない。ただ単にめんどくさいと考えさっさと帰るように仕向けているだけなのだ。

 彼は喫茶店に居座るのが好きなのであって、客と会話をするのが好きな訳ではない。そもそも、この店を経営するのも単に自分の好きな雰囲気に包まれ、好きなときにコーヒーを飲みたいが為についでにやっていることだった。

「ちゅ、昼也くん…………?」

「…………」

「少しぐらいこっち見なさいよ!」

「……………はぁ……何だよえりな。俺は忙しいんだ、後にしてくれ」

 そう言うと昼也は再び本へと目を落とした。どこが忙しいのか傍目には分からない。

 それは少女、えりなも分かっておりその表情は一気に不機嫌なものへと変わっていった。

 プックリと頬を膨らませ、頼んだコーヒーに口をつける。

 彼女は美食の一族に名を連ねる一人でありそして料理界で知らぬものは居ない神の舌を持つ少女だ。過去の教育によりそれは徹底的に磨き抜かれ不味いと評価されれば誰が作った料理であってもごみ箱行きとなる。

 そんな彼女が嫌な顔一つせずむしろ先程までの不機嫌な表情を霧散させ美味しそうにコーヒーを飲む姿は珍しいと言えるだろう。

 この店とえりなの付き合いはそれこそ幼少の頃まで遡る。

 美食に染まり豹変した父。そしてその父が珍しく連れてきたのがこの店だった。

 他人と和やかに話す父、そしてその話し相手である壮年の男と体格にあっていない揺り椅子に腰掛けてユラユラと揺れながら本を読み時偶コーヒーカップへと口をつける少年。

『…………なに?』

 見られていることに気付いたのか少年が本から顔をあげること無くえりなへと声をかけた。それが始り。

 厳格な、そして冬空のような父もこの店に来ることだけは何故か許可してくれたのだ。

 そしてその日からほぼ毎日この場所を訪れた。

 壮年の男は毎回暖かく迎えてくれた。少年はぶっきらぼうだが話を聞き続けてくれた。

 幼心のそれは一種の依存だったのかもしれない。

 それでも薙切えりなは救われたのだ。

 さて、そんな彼女もいまや中学三年生。彼女の通う学校は中学から高校へのエスカレーター形式を導入している、が途中編入が可能なのだ。

 先程から昼也に無視されていたのもこれが原因である。

 つまりはえりなは彼に同じ学校へ来てほしいと思っていたのだ。

 だが、昼也からすれば迷惑千万。中学すらも適当に行っている男が高校等に進学する気がある筈もない。このまま喫茶店のマスターに収まることを望んでいた。

「私と一緒に遠月に…………」

「断る。爺さんにもおっさんにも言ったがあんな殺伐とした所に誰が行くかよ。俺は静かに旨いコーヒーが飲めりゃ良いんだ」

「っ、遠月に来れば高級な豆や専用機器も優遇します!」

「だから、興味ねぇって。確かに高い豆も良いがな。自分でブレンドした旨いやつを飲むのが良いのさ。せっかくかたっ苦しい中学が終わるってのにまた、学校なんぞに行くもんかよ」

「どうしても?」

「どうしても。ほれ、さっさとコーヒー飲んで帰れ」

「………………」

 捨てられた子犬のように見てくるえりなを黙殺し昼也は再び本へと目を落としてしまった。

 暫く粘っていたが軈てためいきをつき、えりなは一通の封筒を取り出すとカウンターにお代と共に置いて店を出ていってしまった。

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