喫茶ーmid nightー   作:江月

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十一杯目

 遠月茶寮料理學園。

 魔窟にして、弱肉強食の異世界。蹴落とすことなど当たり前。エリートの頭でっかちが幅を利かせる狂気の世界。

 

「諸君ら99%は1%の玉を磨くための捨て石である」

 

 本日は始業式という晴れの舞台なのだが─────一発目から食の魔王が爆弾をかましている件について。

 その言葉を顔を青褪めさせるもの、武者震いするもの、不敵に笑むもの等、様々だが、共通して皆がプレッシャーを感じていた。

 さて、遠月の始業式は外で行われている。幔幕で周囲を囲いその中で開催されるのだが、非常に陽当たりが良い。周りに咲く桜からは柔らかな風に煽られ散った花弁が舞っており、ほんのりと甘い香りが漂っているように感じられた。

 まあ、つまり

 

「……………………」

 

 眠気を誘う、ということだ。

 案の定、睡魔にアッサリと敗北した昼也は幔幕の外に設けられた椅子に座り惰眠を貪っている。今更ではあるがある意味大物だ。

 その隣の席に座るのは、ボケッとした表情の創真。彼がここに来たときにはけっこうえりなが荒れたものだ。

 曰く、落としたのに何故居るのか、と。

 堂々と見せられた合格通知に目を白黒させていたのも記憶に新しい。

 とにもかくにも時間は進み、編入生の自己紹介─────なのだが、そこで創真がやらかした。

 

「この学園の事は正直踏み台としか思ってないです。テッペンは俺がとるんでそこんとこ、宜しくどうぞ」

 

 後続の者の事も考えてほしいものだ。

 案の定、返ってきたのは罵詈雑言のフルコース。まあ、プライドの高い相手に挑発を投げ掛ければこんなものである。

 そんな爆弾をぶちかました当の本人はというと、罵詈雑言など、どこ吹く風と適当に聞き流していた。

 そして次は昼也の番となる、のだがいまだに彼は夢の世界。コックリコックリ揺れながら目覚める気配はまるでない。

 先程から何度も司会が読んでいるのだが、彼の耳には届かず起こすには至らない。流石に不味いと判断して、えりなと緋沙子の二人が彼を起こしにかかっていた。

 どうにか最終手段の連続ビンタに至る前に昼也を起こすことに成功するのだった。

 そうして、未だに半分寝惚けており、脳細胞の大半が休眠している昼也を舞台へと送り込んだ。

 編入生の二人は自分達をなめているそれが在校生大半の感想である。

 片方は大口を叩き、もう一方は半分以上寝ているのだから当たり前だろう。

 

「調べもんが終われば辞めるんで。それじゃ」

 

 大欠伸をかまして、昼也は一礼すらすること無く軽く手を振ると、そのまま舞台から降りていってしまった。

 数瞬の間が空き、そして先程の創真へと降りかかった罵詈雑言の非難の嵐に勝るとも劣らない嵐が吹き荒れるのだった。

 

 

 ◇■■■■■◇

 

 

 料理学校の授業と言えば、やはり料理だろう。

 

「……………………眠………」

 

 ヒソヒソと騒がれながら睨まれているにも関わらず、昼也は欠伸をかましながら眠たげに調理台へと寄り掛かっていた。

 周りはコックスーツ等に身を包むなかで彼は一人、いつものバーテン姿だ。

 その在り方がまた、エリート(笑)の彼らの神経を逆撫でしており、時間が進む毎にその悪感情は強くなり続けている。

 

「皆さん、揃ってますかー?」

 

 険悪な空気漂う調理室。その空気を破るように入室してきた一人の女性教師。彼女が今回の授業の監督を務めており、専門はスイーツ。

 そう、今回の授業は菓子作り。回りの生徒達もパティシエ志望の者が多くの割合を占めていた。

 昼也がこの授業をとっているのは至極単純、相談したえりなや緋沙子、アリスに黒木場が薦めたためだ。

 

「本日は食後のデザートを1品作ってもらいます。調理時間は三時間程で良いでしょうかね。少し余裕をもって始めてください!」

 

 教諭の言葉に一同調理へと取り掛かっていく。

 そんな中で“一人”昼也はボケッとそんな様子を見ていた。

 本来は二人一組になるところを彼が入ったお陰で、このクラスは奇数となってしまった為に一人省かれた結果こうなった。

 さて、三時間とは長いように思えてスイーツを作る際にはその括りには当てはまらない。

 生地を寝かしたり、ジャムなどを煮詰める際、その他諸々、時間の掛かる行程が多数存在している。

 さて、この物臭店主。はっきり言って時間をかけることをあまり好まない。手早くできて、尚且つ手抜き感が出ないものを考え、動き始めた。

 手に取ったのは、板ゼラチンとクリームチーズ。

 チーズは常温に戻し、寒天は早めに並々と注がれた氷水に浸けておき芯までふやけさせる。

 それと同時に、バターを湯煎にかけて溶かしつつ、その傍らで生クリームをかき混ぜ泡立て、きめ細かくなったら冷蔵庫へIN。

 ここまでは下準備。次に取り出したのは厚手のビニールとビスケット。

 ビスケットを袋へと突っこみ、口を閉めてガッスガッスと砕いていくのだ。

 ここまででわかる人には分かるだろう、昼也の作るもの。

 レアチーズケーキだ。材料その他、調理の手間を含めて、家庭でも簡単に作れる一品。

 そうこうしているうちに砕き終わったビスケットを型に敷き詰め、その上から湯煎しておいたバターを回し掛ける。そしてよく混ぜ合わせ、上からラップをかけて確りと固めればこちらも冷蔵庫へIN。

 後はチーズ生地。

 先程常温に戻したチーズをボウルへ。よくかき混ぜたら、グラニュー糖、レモン果汁、サワークリームを入れて更によく混ぜる。

 綺麗に混ざったら、先程水戻しした板ゼラチンを湯煎で溶かして、そこに作ったチーズ生地を少量加えてよく混ぜて、元の生地へと落としこんで更に混ぜる。

 むら無く混ざったことを確認したら、最初に作った生クリームを、少量ずつ何度かに分けて加えつつ再び混ぜる。

 綺麗に混ざれば、生地を型へと流し込み、型の底を数度台に軽くぶつけて空気を抜く。

 暫く冷やせば完成となる。

 本来、この冷やす時間は半日を目処とするのだが、如何せん今回は時間がない。故に冷凍庫にぶちこんだ。

 冷えすぎる可能性もあるがそこは昼也の黄金比。最初のクリームチーズを出したタイミングから、混ぜる回数、入れるものの分量、温度、全てが予定通りに行われており、ここまでで凡そ40分で作業を終えていた。

 周りでは未だにぱたぱたと動き回る生徒達が居るなかで、昼也は徐にコーヒーを淹れ始める。

 いつぞやの寮の一件のようにブレンドしたコーヒー。それを淹れる傍らで昼也はケーキに掛けるソースを片手間で作っていた。

 イチゴ、グラニュー糖、レモン果汁の織り成すハーモニー。甘い香りが部屋に漂う。

 数分で完成したソースを器に移して、こちらは冷蔵庫へINして冷やす。

 やってることは市販のレシピと何ら変わらない。変わっているのは、その割合を昼也の感覚で割り出したものを使っていることだ。

 材料はそこらのスーパーで買い揃えられる。しかし、その味は彼しか出せない。

 つまりは、誰でも作れる手順であるが、誰も作れない味を産み出す、ということだ。

 そんなことは知らぬ存ぜぬの夜帳昼也。彼は暇潰しに淹れたコーヒーに舌鼓を打っていた。

 

 

 ◇■■実食■■◇

 

 

 教諭の前に置かれた一枚の白い皿。中央にはレアチーズケーキの一切れが乗っており、その隣には小さめのミルクポット。中身は先程片手間で作ったイチゴソース。

 そして皿の隣にはソーサーにのったカップ。中身はコーヒー。それもサッパリとした味のケーキに合わせた特注のブレンドだ。

 教諭の喉が自然と鳴った。この学園で教鞭をとってきた彼女だが、匂いでここまで期待させてくれる1品はそうそう御目にかかったことがない。

 微妙に震える手で、フォークを取り、ケーキへと切り込み、三角の先の部分を切り取った。

 柔らかな、しかし同時に確りとした感触。先ずは一口。

 数度噛み、そしてフォークを落としてしまった。同時に彼女の目から溢れる涙。

 はじめて味わった言い様の無い旨味は、あまりにも鮮烈すぎたのだ。突然の事態に、生徒達も動揺が走る。

 教諭は一度落ち着こうと、添えられたカップを手に取り、ブラックのまま、煽ると再び目を見開いた。

 この教室に用意されていたのは、コーヒーの粉だ。お高いやつだがやはり挽きたてには劣る品。

 何種か常備してあるが好んで飲むようなものでもない。

 だが、この一杯はどうだろうか。

 コクと深み、しかし尾を引かない、少し酸味のある味。

 一口で止めようとしていた筈が体が拒否してゴクゴクと飲み干してしまった。

 ホッと息をつきカップを置き、今度は添えられたミルクポットからソースをケーキへと掛け、落としてしまったフォークを手にとって、切り取り、頬張る。

 幸せ。表情を見れば一目了然の幸せの表情を浮かべた教諭は瞬く間にペロリと一切れ平らげてしまったのだ。

 気づけばフォークと皿が空しくぶつかる音が響くのみ。

 お代わりが注がれたカップを再び手に取り、中身を味わい、人心地のついた教諭は目の前で気だるそうに立っている昼也に対して

 

「合格です。私がA以上の評価を下せるならば間違いなくそうしている一皿でした」

「…………………そりゃどうも」

 

 教諭の絶賛、昼也は肩を一度竦めると、自身の作業台へと戻って片付けを行ない教室を出ていってしまった。

 注目を集めるのは教諭の前に置かれた大皿に乗ったケーキの残り。

 生徒の一人が許可を貰い、一口切り取る。それが呼び水となって結局、全員がケーキを味わうこととなった。

 待ち受けるのは一時の幸せ、そして覆しようの無い圧倒的なまでの実力差。

 全員が等しくそれを味わった一皿となってしまった。

 その日、一年のパティシエ志望の生徒の一部が学園を去っていった。

 彼らは知ってしまったのだ、圧倒的な旨味を持ったスイーツというものが存在するという事を。そしてその事実は自分達が何かを作る度に目の前に立ちはだかり決して越えることの出来ない壁として存在し続ける。

 図らずも昼也は若い芽を叩き潰した結果を出してしまった。

 しかし、本人はその事を知らない。知る気もない。彼の一番は自身の研鑽のみ。結果他人の心をへし折ろうとも、何の感慨もない。

 そのせいで余計に面倒事が大挙して襲ってくるという事を昼也はまだ知らない。

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