喫茶ーmid nightー 作:江月
遠月茶寮料理學園。
料理人以外から見れば、何もそこまでしなくても、と思われることもアッサリと行われる、まさしく魔窟。
そんな魔窟において行われる食の決闘と言って良いものが存在する。
“食戟”
前述の暴挙が許可される根底にあるのが、これだ。この学園での対立は基本的に食戟によって治めらる。
守るべきは3つ。
“正式な勝負であることを証明する認定員”
“奇数名の判定者”
“対戦者両名の勝負条件に関する合意”
上記を守った上で行われる食の決闘。気に入らなければ捩じ伏せろ、である。
そして敗者に権利はない。食戟ではそれぞれが条件を提示しており、待ったは無し。例えば、退学を懸けて負ければ学園を去らねばならないのだ。
『勝負あり!勝者、薙切えりな!!』
会場に響く、興奮と熱狂。彼等が注目する舞台ではえりなと巨漢の男が食戟を行っていたのだ。
アナウンスの通り、勝者はえりな。彼女は勝利が決まると直ぐ様どこかに電話を掛ける。
巨漢の絶叫。今回の食戟、懸けられていたのは遠月創設からあるちゃんこ研究会の部室取り壊しとえりなの十傑からの辞退。
結果、ちゃんこ研究会の部室は取り壊しとなった。
その一部始終を見ながら昼也は冷めた目でそれらを見下ろす。傍らには自前のコーヒーを入れた魔法瓶。
隣には緋沙子が居り、嬉々とした表情となっている。
「で?これを俺にしろってのか?」
面倒という空気を隠そうともしない昼也はジトッとした目を緋沙子へと向ける。
これは明らかな面倒事だ。見ることですら面倒なのに、自分がその渦中に巻き込まれるなどたまったものではない。
緋沙子はそんな彼へと一瞬目をやり、すぐに前に戻すと口を開く。
「えりな様のご指示です。遅かれ早かれ貴方は食戟を挑まれるだろう、と」
「はあ?何でだよ。俺が何かしたか?」
「…………昼也さん、貴方、スイーツの授業を受けましたか?」
「あん?お前らが勧めたしな。それが?」
「貴方の受けた授業では共に受けた生徒が少なからず再起不能に陥るという事態が多発しているんですよ。学園を去った者も居ますね」
流石に身に覚えがない。
そんな表情の昼也。
彼からすれば寝耳に水だが、学園内には水が地面に染み込むように、ジワリジワリとこの話題は広まっていた。
曰く、夜帳昼也と同じ授業を受けると心が折られる。
最初こそ鼻で笑うものが殆んどだったが、その噂を笑った何人かが実際に学園を去った事によりその噂は現実味を帯びて学園を席巻していた。
当然、エリート(笑)揃いの学園でそんな話が罷り通るなど彼等が許さない、が現実味があるために大っぴらに批判できない。
それでも我慢ならない一部が彼を排斥しようと食戟を挑む可能性がある。
この説明に昼也は露骨に顔をしかめた。言わせてもらえば恨まれる筋合いなど無いのだ。ついでに言うなら、折れるなら勝手に折れろ、俺を巻き込むな、と内心で毒づいていたりする。
「それに食戟には利点もありますよ?」
「いや、面倒事の時点で俺からすればマイナスなんだが?」
「貴方が勝てば自分が提示した条件に見合った対価がえられます」
「聞けよ」
いつも話を聞かない事への腹いせか、緋沙子は昼也の言葉をガン無視している。
少し不貞腐れるが、そこでふと、彼は思い至った。食戟をして勝てば一人部屋位なら確保できるのではなかろうか、と。
ある意味間違いではないが、確実に更なる火種を呼び込むのは明白なのだが、今の昼也はその事に気付かない。
思い付いたのは適当な研究会の部室をぶん取ること。今回のえりなのようにぶっ壊さずとも設備があれば良いため、後は部室を奪い取るのみ。
面倒事はごめんと言いながら、自分から火の粉を被りに行くスタイル。常日頃から頭を使わないから、安易な道へと踏み込んでしまい、リスクリターンを勘定できないのだ。
物臭ダメ店主がそんな悪巧みをしているとえりなが戻ってきた。彼女は眉間にシワを寄せて瞑目する昼也を見て首をかしげる。
「彼、どうしたの?」
「食戟の話をしてからこの調子ですね」
「そう…………昼也君?」
「…………………………………………ん?」
「いえ、どうだったかしら。食戟を見たのは初めてでしょう?」
「まあな。情け容赦ねぇな、と思ったぐらいか。何つうか悪い顔してたぜ?」
「貴方に言われたくないわ。いつも悪い顔してるじゃない」
「してねぇよ。素の顔がこれだ」
眉間を揉みほぐしながらため息をつく昼也。眠たげな三白眼と猫背、伸びた髪の影響で不良と間違われることが多々あるのだ。
「髪ぐらい切れば良いじゃない。それか、黒木場君みたいにバンダナか何かで髪を纏めなさいよ」
「似合わんだろ……………………切るか」
「待ってください、昼也さん。まさか自分で切るつもりですか?」
「あん?ハサミでバッサリ切ればいい感じに……………………」
「「却下」」
にべもなかった。近年稀に見る二人の凄みに流石の昼也も身を引く程度には驚く。因みに彼の人生のなかで散髪をしに床屋や美容室に行く、という選択肢は無かったりする。今までは祖父が切ったり、自分でバッサリが当たり前だった。
結果、超適当なザンバラ髪が基本なのだ。
しかし、しかしだ。料理人とはただ料理が作れれば良いわけではない。創真の様に客の要望に答えることも必要であり、他にも衛生面も考慮せねばならない。
ここで昼也の身嗜みに戻るが、彼は基本的にバーテン姿。これは、まあ似合っているために問題ない。が、その頭はいただけないのだ。どれだけ綺麗に洗っていると言えどもザンバラ髪では不潔感が出てしまう。
「とりあえず、美容室ですね。予約しますか?」
「そうね…………いえ、薙切の専属を使いましょう」
「待て、本当に待て。髪の毛なんて……………………」
「昼也君、貴方も高校生でしょう?料理をするものとして身嗜みはきちんとするべきよ」
「いや、俺は…………」
「こちら、カタログです」
既に悪巧み所ではない。頬が引き攣って、冷や汗が伝う。まさか料理以外でここまでこの二人が食い付いてくるなど昼也には予想も出来ていなかった。この事態に対処する方法など知るよしもない。
どうしたものか、と頭を捻っていると視界の端に何かが映った。
そちらへと目を向ければ、一人の男子生徒がこちらへとやって来るのが見えた。
「夜帳昼也!君に食戟を申し込む!」
男子生徒は昼也の目の前で止まると指を突きつけてそう宣言した。
突然の事態。キョトンと彼を見る三人。
ここでこの男子学生の説明を少しばかり。彼の名前は森武、アダ名はモブである。典型的なエリート(笑)であるがなまじ実力が中途半端にあり増長していた。
彼は始業式での昼也、そして創真のナメた態度を腹に据えかねていた。ついでに先程までの三人のやり取りを影から見ており、嫉妬していたのだ。
「まさか嫌とは言わないだろうな」
「…………んじゃ、嫌だって言わせてもらう」
「逃げるのか?」
「生憎と何処の馬の骨とも分からん奴に割く時間は、無い」
森の蟀谷に青筋が浮かび顔は赤く染まる。誰の目からも明らかに怒りの様相だ。
しかし、昼也は慣れたもの。というより先程までのえりなや緋沙子のお節介等に比べれば負の感情は向けられなれているのだ。
口が悪く、相手が傷つくことでも平気で宣い、地雷を踏み抜く。それが夜帳昼也という男。
「だいたい、何なんだ?俺お前の名前も知らねぇんだけど」
「僕は森武!森グループの御曹司だ!!」
「へー」
鼻くそでもほじってそうなほどに気の無い返事。
そも、どこぞの財閥関係者など昼也からすれば見慣れた相手だ。彼の後ろでは緋沙子が小声で森グループに関しての説明を行っているが、聞けば聞くほどお粗末なものだ。
典型的な成り上がりの、成金。プライドばかりが先行するタイプの、人に嫌われる人種。
既に昼也の目からは、疑問の色も失せ、冷めきった冬空のよりも冷たいものとなっている。
それに気付かず、森は再度叫んだ。
「僕の全てを懸けて君を叩き潰してみせよう!」
「全て?」
「ああ!そうだ!僕がこの学園で得てきた設備を全てだ!代わりに君は退学を懸けろ!」
森は致命的なミスを犯してしまう。気付かなかったのだ。昼也の表情が歪に歪んだその瞬間を、見逃してしまっていた。
(鴨が葱背負ってやって来やがった…………!)
口元を片手で覆って隠した昼也の内心はこんな感じである。
少し後ろからその表情を見てしまった二人はその背に冷たいものが走る感触を覚えていた。そして、目の前の森に心の底から同情していた。
狼の前で肥太った角の無い羊など最早餌でしかない。骨まで齧り尽くされる事が確定してしまっている。
「因みに聞くが、設備ってのは調理室か?」
「ふっ、僕がその程度で満足するはず無いだろう?宿泊施設完備の調理棟さ!」
「そうか」
終わった。先程まで悪巧みをしていた昼也はこの千載一遇のチャンスを逃すほどアホではない。調理室と宿泊施設が同時に手に入れば安泰と言えるもの。彼の頭には既に勝った後の計画がうち上がっていた。
「良いぜ。その食戟受けよう」
「勝負は明後日。君はスイーツが得意らしいからね。今回はその土俵で戦ってあげるよ」
「……………………で?なに作るんだ?」
「ふっ…………林檎を使ったデザート!これで決めようじゃないか!」
そう言って去っていく森。彼は自殺志願者か何かなのだろうか。真綿どころか極太の鎖で自分の首を盛大に絞めていったのだ。
林檎。そしてデザート。
作るものは決まっている。
「んじゃ、帰るか」
◇■■■■■■◇
あれから時の流れとは、早いもので二日後、舞台の上では森と昼也の二人が向かい合っていた。
会場も満員御礼。彼等の目当ては昼也の実力の程と敗北の姿。一部を除いて、オッズをつければ森の圧勝という予想が出ていた。
残った一部、観戦しているえりなや緋沙子、更に二人から話を聞いたアリス、黒木場はひたすらに森へと同情や哀れみを向けていた。下手すれば料理人としての森武という男を殺しかねないのだ。殺られる側に同情するのは当たり前である。
二人の間に司会が立った。
『えー、本日の食戟。夜帳君が懸けるのは自身の退学!対して森君が懸けるのはこれまで彼が得てきた設備の全ての委譲となります!』
歓声が上がる。森は不敵に笑みを浮かべ、昼也は垂れ下がった長い前髪を掻き上げ、えりなから渡された黒のカチューシャで髪を留める。珍しく目がマジだ。
『それでは!双方調理台の前へ!』
歓声が収まり、二人はそれぞれの調理台へと立った。言い様の無い緊張感が漂っており、誰ともなく唾を飲み込む音がする。
『敗ければ全てを失う、食の決闘───────開戦です!!!』
合図と同時に森は作業へと取り掛かった。彼が今回作るのは、林檎を用いたロールケーキ。用意した食材は全て高級品であり、自身の実家の力をフル活用して臨んでいた。
対して昼也は少しのんびりとした滑り出し。彼の食材は至って普通のそこらのスーパーで買えるモノばかり。主役の林檎ですら袋詰めで売られていたモノだ。
作るのはアップルパイ。生地は既に用意しているため、林檎の調理を行っていく。
まるで川の水が流れるようなサラサラとした音が響いた。
『な、なんという手捌きでしょうか!?夜帳君の林檎を剥いて切り分ける速度が半端ではなーい!』
3分とかからずに林檎4つの処理を終えてしまい、後は煮込むのみ。食感を残しつつ、味は確り染み込ませて焦がさない。
会場に漂う甘く、芳醇な香りはそれだけで口のなかに涎を溢れさせる魔力を持っている。
既に野次は飛ばない、飛ばせない。この香りを嗅いでしまえば、確かな実力が垣間見えるからだ。
これに焦るのは対面で調理する森。彼の内心は言い様の無い焦燥と自覚していない後悔が渦巻いていた。せめて自分の得意な土俵ならば、と。そう考える。
だが、もう遅い。自分から吹っ掛けたのだ。時計の針は戻ることはなく淡々と進むのみ。それに合わせて調理も進んでいき、やがて、終わる。
『時間です!両者皿を前へ!』
出されるのはそれぞれ、見た目整い、綺麗なロールケーキと至って普通のそれこそどこぞの洋菓子店の店頭に並んでいそうな普通のホール型アップルパイ。
それぞれ三切れずつ切り取られ皿へと盛り付けられた。
『では!先ずは森君の、江刺りんごを使ったロールケーキから、実・食・です!』
ロールケーキはやはり重要なのは切り分けた際の断面だろう。味が良くともそこが崩れていると品として他人に出せたものではない。
今回の一品は均一に揃っており美しいモノだった。生地やクリームにも林檎を余すことなく用いており、判定員たちの評価も上々。
そこで漸く森にも余裕が戻ってきた。確かにあの匂いを嗅いだ際には焦ったが、出てきたのは普通のアップルパイ。用いた材料も比べるのが烏滸がましいと言えるほどの差がある。
勝った、と内心で昼也を嘲笑う始末だ。
判定員達も先程のロールケーキから一転、フツーの一品に失笑気味。
それでも仕事だから、と嫌々ながら一口食べ、3人が3人、同時に目を見開いた。
先程ロールケーキを評していた時とは打って変わって、無言で一気に食べ進めていってしまう。
シンッと静まり返る会場にフォークがぶつかる音だけが断続的に響き続ける。
一切れなど瞬く間に無くなってしまった。
「あー…………夜帳君」
「…………はい?」
判定員の一人がばつが悪そうに昼也に声をかける。声をかけられた当人はいつ用意したのかコーヒーを啜っていた。
「お代わりを、戴けると嬉しいのだが……………………」
「勝手にそこから持ってって良いっすよ。食ってもらうために作ったんで」
その一言が皮切りとなり、判定員達は一斉にアップルパイへと殺到した。既にその隣のロールケーキには見向きもしない。
あっという間にアップルパイは完売し、皿にはパイ生地の屑が辛うじて残るのみ。
結果は誰の目にも明らかだ。森の顔色は蒼を通り越して既に白い。
『そ、それでは投票をお願いします!』
判定員の判定は──────昼也。図上の画面に彼の勝利が映し出された。勝った当人がその事に興味が無さげなのは、らしい反応と言える。
コーヒーを楽しむ、それだけ。これで目的に没頭できる、という感想が辛うじてあるのみだ。
項垂れた森。だが、次の瞬間大声を上げて立ち上がると昼也の胸ぐらを掴み上げる。
「認められるか!この………この僕がお前なんぞに…………!!」
「放せよ、負け犬」
「ッ!」
「お前が俺に挑んだんじゃねぇか。勝てる見込みが有ったんだろ?負けたのは単にお前が下手くそだっただけじゃねぇか」
見事にバッサリ。手を離されると昼也は歪んだ襟を正して首を回し、先程使っていた調理台へと近寄り二枚の皿を冷蔵庫から取り出した。乗っているのは先程出されたモノと同じ普通のアップルパイ。
これは、えりなからのアドバイスだった。曰く、食って掛かられたときに黙らせる為に多めに作れ。三皿あるのは黙らせる用と自分が食べるための分が含まれているからだ。
「食えよ。それでも気にいらなけりゃ、次はお前の土俵で戦ってやる」
調理台に寄りかかり一切れ頬張る昼也は、もう一枚の皿を森へと押し出した。
少しの逡巡、そして森は食べてしまう。彼の中で何かが音をたてて崩れる気がした。
脳が、体が、この旨味を求めて止まらない。それ以外を放棄してしまう。
食べる量は増していき三分の一を食べ終わる頃には、森武という料理人は完全に根っこから壊されていた。
手掴みで食べるまで至り、そのまま糸の切れた人形のように、踞って項垂れる。
それらを見ることなく昼也は片手に自分用のアップルパイを乗せた皿を持ち舞台を後にするのだった。
この日、この勝利は瞬く間に学園中を駆け抜け、多くの者が夜帳昼也という男に危機感を持ち、より一層強い敵意を抱かせる事となってしまった。
その事を本人のみが知らない。