喫茶ーmid nightー   作:江月

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十三杯目

 遠月茶寮料理學園。

 一般人には理解の及ばぬ魔窟にして魔境。生徒間の蹴落とし合い等、日常茶飯事であり、殺伐とした名門お料理学校だ。

 さて、そんな風に書いてはみたがやはり学び舎であることには代わり無い。普通の高校のようにイベントも多数存在している。

 その一つに“宿泊研修”がある。

 友情とふれあいの宿泊研修、改め無情のふるい落とし宿泊研修。その本質は玉の選別だ。石ころの大半がここで散る事になる。過去の宿泊研修では半分以上が退学となっているのだ。

 そんな人によっては地獄の片道キップとも言える研修のしおりを傍らに、昼也は調理台へと向かっていた。彼の目の前には14種の世界のコーヒー豆が一同に介している。

 大まかな種別として、コーヒー豆はアラビカとロブスタの二つに分けられ、その他にも在来種のティピカやブルボンと呼ばれる種も存在していた。

 そこからさらに、産地で分かれ14種類。これらはそれぞれに差があり、巧く組み合わせることが出来れば美味しいコーヒーとなるのだ。

 

「んー…………ダメか」

 

 一口啜り、首かしげてノートへと書き込む。いつもなら気の赴くままに組合わせメモなどとったことの無い昼也にしては珍しい。

 既にページは四ページ目。どのページにもビッシリとブレンドについて事細かに書かれている。

 割合のミリグラム単位、お湯の温度、軟水硬水、お湯の量、蒸らす時間、そして淹れ方。

 自分の中の黄金比を記したことの無い昼也からすれば面倒であり、そして新鮮なやり方だった。

 因みにこのノート。彼からすれば単なるメモ書きだが、世の料理人に知れ渡れば大金を積み上げても手に入れたいと考えるものが出かねない程のモノだったりする。

 そも、昼也にとって微妙であるなだけで十分、いや、十二分に美味しいコーヒーなのだ。先程の用件を全てクリアせねばならないが、それさえ出来れば美味なる一杯を味わえるのだ。

 彼がやっているのは魔法でも何でもない、単なる技術。技術は才覚にもある程度左右されるが、根底にあるのは当人の積み上げた経験にある。例えば、昼也の黄金比は幼少からの長年の経験から来ている。例えば、えりなの神の舌は元より鋭敏だったが、その後の薊による虐待擬きの教育によって極限まで研ぎ澄まされたものだ。

 どちらも長年の積み重なりから、今の結果を叩き出している。

 

「……………………っと、トイレトイレ」

 

 最後まで書き込んだことを確認し、ノートを閉じて昼也は軽い足取りで厨房を出ていった。コーヒーには利尿作用を促進させる効果がある。ついでに水分過多にもなるためトイレが近くなるのだ。

 かれこれ四時間はブレンドに時間を割いている。そろそろ休むか、とトイレから厨房に戻り、そしてピタリと立ち止まった。

 

「…………中学生?」

「……………………」

 

 そこにいたのはぬいぐるみを抱き抱えた、少女。彼女は興味深そうに昼也の書いていたノートの中身を眺めていた。

 集中しているらしく、昼也の呟きも、存在にも気づくことなく、ただただ無言でノートを読み進めている。

 

「…………おい」

「……………………」

「おい、そこどけ」

「…………ッ!?」

 

 漸く気づいたのか少女は口許まで抱き抱えたぬいぐるみを持ち上げるとノートを片手にズザザーッと後ろに飛び下がった。その目には猜疑の色が浮かんでいる。

 少女の様子に面倒事の匂いを嗅ぎとった昼也は突っ込むことなく、出していた器具の洗浄と後片付けを行っていく。全て手洗いだ。

 面倒ではあるが洗浄機などにかけて破損する方が更に面倒であるため粛々と洗っていく。十年以上はやって来た作業だ慣れたものである。

 それに、洗浄よりも更に気を使わねばならない作業がある。

 それはコーヒーの保管。密閉容器に入れねばならないのだが、他にも臭いが強いものの側には置いてはいけない、冷暗所であらねばならない、等色々と条件があるのだ。

 それらを守らなければ、酸化してしまい味が劣化、香りも弱まり、ニンニクなどの横に置いてしまえば、淹れた時にひどい目に合う。実際昼也はその禁を一度破っており、それ以来保存に関しては神経質に行っていた。

 

「うっし…………終わり」

 

 手際よく全て片付けた昼也はサロンエプロンを外して伸びをする。バキバキと鳴る関節が長い間動いていなかった事を表していた。

 ついでに響く腹の音。時刻はお八時。昼も抜いていた為に小腹が空く時間帯だ。

 作るのは面倒、しかし腹は空いている。

 どうしたものかと考えるも、名案は浮かばない。いや、作れよ料理人とか突っ込まれそうだが、生憎と彼に料理人としての矜持は、無い。これっぽっちもありはしない。

 無い無い尽くしである。

 

「…………ねぇ………」

 

 その声を掛けられて漸く昼也はここにもう一人が居たことを思い出す。

 少女へと目を向ければ、彼女はぬいぐるみとノートを胸に抱いて昼也へと目を向けていた。

 

「これ、君が書いたの?」

「…………ああそうだが?」

「お菓子のレシピは?」

「俺はコーヒー極めに来てんだ、料理は二の次なんでね。菓子も同じくだ」

「……………………変なの」

 

 パサリとノートが調理台へと置かれ、少女はジト目を昼也へと向ける。心なしか頬が膨れており、見た目と相俟って幼児にしか見えない。

 

「つーか、アンタ誰だ?」

 

 今更の質問。そも、ここは昼也が勝ち取った設備だ。所有者は彼となっており、少女は不法侵入となる。

 

「知らないの?」

「中等部に知り合いは居ないもんでね」

「……………………」

「何だよ。ちょ、痛いっての!」

 

 無言の脛ローキック。連打されれば誰だって痛い。

 案の定、声を荒げて昼也は脛を抑えて踞ってしまった。

 そんな彼の前に少女はぬいぐるみを抱き抱えて仁王立ちし

 

「ももは高3よ、バカ」

「うっそだろ、おい」

「次はその股からぶら下がってるものを蹴り飛ばすわよ」

「鬼かよ………!で、結局アンタ誰なんだ?」

「…………茜ヶ久保もも」

「俺は…………」

「知ってる。夜帳昼也。ももとおんなじパティシエだと思ってたけど」

「俺はバリスタだ。強いて上げるなら、だがな」

「何で遠月に来たの?」

「しつこい勧誘を受けたから、だな。面倒この上ない」

「でも、この前食戟をしてた」

「喧嘩売られたからな。ついでにこの設備もくれるって話なら乗らないわけねぇだろ」

「…………変なの」

 

 茜ヶ久保は一頻り昼也をジト目で見ると、踵を返して厨房を出ていってしまう。

 

「何なんだ?」

 

 ポツリと残ったのは昼也のみ。腹の虫が空しく鳴いていた。

 

 

 ◇■■■■■◇

 

 

「って、事があったんだが…………」

「昼也君、貴方茜ヶ久保先輩と知り合いだったの?」

「いいや、初対面だ」

 

 冷蔵庫に凭れる昼也と、日夜研鑽に努め、腕を磨くために調理台へと向かうえりな。ここは調理棟(五棟目)の厨房。つい先日、ちゃん研の部室を潰して新たな調理棟の建設を始めているが、完成していないため二人は、ここに居た。

 

「茜ヶ久保先輩は遠月十傑、第四席に座る先輩よ。当代きってのパティシエとして有名なのだけれど」

「…………十傑、ね。そんなお偉いさんが俺の厨房に何のようだったんかねぇ」

「茜ヶ久保先輩はパティシエと言ったでしょ?貴方のアップルパイに興味が有ったんじゃないかしら?」

「レシピ通りに作ってるだけなんだがなぁ」

 

 ため息をつくその姿に、えりなはほんの少し苦笑いを浮かべる。

 自身とて才能があり努力を重ねている。だが、この場のこの男はその更に上。

 やっていることは基本中の基本。その基本に彼独自の黄金比を併せることで結果を出す。

 勿体無い点は当の本人がコーヒーにしか興味を示さず、熱意をもって料理に向かわないところだ。同時にありがたいのかもしれない。

 

「…………今度の」

「ん?」

「今度の宿泊研修、昼也君は何か用意してるのかしら?」

「用意………………いや、特にはしてねぇな」

「そう…………」

「あ、でも。研修って遠月リゾートだったろ?」

「ええ」

「なら、堂島さんに話し通して厨房を使えるようにしてもらうか」

「貴方の交遊関係って、変わってるわよね。同年代の友達は居るのかしら?」

「そりゃブーメランだ。えりなも友達居ねぇだろ?」

「い、居るわよ」

「ダウト、目が泳いでるぞ」

 

 暫しの沈黙、同時に二人はくつくつと笑い始める。

 地獄のふるい落としはもう間も無く。

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