喫茶ーmid nightー   作:江月

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十四杯目

 遠月茶寮料理學園。

 魔境にして魔窟。蹴り落とすことなど日常茶飯事の世紀末の様相を呈する学園だ。

 そんな学園だが、学校らしい行事も一応ある。

 

「……………………………」

 

 バスの席にて顔面蒼白になりながらぐったりしているのは、コーヒー中毒の夜帳昼也。彼は乗り物に弱かった。

 京都には新幹線で向かっていたが、その時は全力で寝る体勢を整えて、京都駅に着くまで爆睡することで凌いでいたのだ。

 しかし今回はそれが出来ない。いつもの安眠セットを忘れてしまい、寝ようにも周りのピリピリとした空気が気になり、更に隣が─────

 

「ちょっと寝ないでよ、昼也君。私が暇になっちゃうじゃない」

「……………………頼むから寝かせてくれ……………………きぼち悪い…………」

「もぉー、この薙切アリスが隣に座ってあげてるのよ!少しは反応しなさいよ!」

 

 隣が五月蝿いのだ。薄目を開けて確認すれば、ニヤニヤと悪戯っ子の笑みを浮かべたアリスの姿。

 彼女としては乗り物酔いが辛いのは分かるが、やはり構ってほしいというのが本心。

 それを伝えるのは気恥ずかしく、結局こうなってしまっている。天の邪鬼にも程があるというもの。

 とはいえ、普通ならば好感度が急転直下で落ちていくところをこの男、アリスに対する負の感情は特になかったりする。強いて言うなら少々鬱陶しいという位か。

 別にドMというわけでも、酔いが回復している訳でもない。

 好きの反対は無関心とはよく言ったもの。基本的に昼也は他人に興味を示さない。故のこの対応だった。

 補足するならば、昼也は別にアリスを嫌っていない。喧しいとは思っているが、昔からの付き合いだ。今更、気に入らないことの1つや2つで邪険にすることはない。

 ただ、今だけは寝かせてほしいと思うのみ。

 彼らの後ろの席はえりなと緋沙子、前は黒木場が一人で使っており助けはない。

 昼也の預かり知らぬところだが、この席順はじゃん拳の結果。特にえりなとアリスのあいこは二桁をアッサリと越えるほどに白熱した展開をみせていた。

 最後はやって来た昼也に気をとられたえりなが出し間違い、アリスの勝利という形で幕を閉じた。

 

「ねぇ、ねえってば!」

「……………………んー…………」

 

 腕を組んで、頭を窓ガラスに預けた昼也を揺さぶるも、色好い返事は返ってこない。

 乗り物酔いは経験者なら分かるが、かなり辛い。それこそ二日酔いに勝るとも劣らない辛さがある。程無くして魘されつつも眠ってしまった昼也。当然アリスは起こそうとするもその魘されっぷりに流石に自重せざるを得なかった。

 しかし、これで終わっては苦労した甲斐がないというもの。

 というわけでも、眠る昼也の頭を引っ張り自分へと寄り掛からせる。

 一瞬むずがられたが、直ぐに青い顔で魘され、唸るその様子を見つつ、アリスも目を閉じるのだった。

 

 

 ◇■■■■■◇

 

 

 遠月リゾート。富士山芦ノ湖を望む、絶景が楽しめる避暑地に建てられたリゾート施設であり。十数の宿泊施設を遠月リゾートというブランド名で纏めて運営している。

 

「おえっぷ………………うぇ………」

「…………大丈夫か?」

「……………………無理」

 

 そんなバカデカイホテルの前で、昼也は黒木場に肩を借りながら、空いた手で口許を抑えて蒼い顔をしていた。

 二人から少しはなれた場所では美少女3人が横並びでその光景を見ている。

 

「昼也君、あんなに乗り物に弱かったのね」

「慣れれば大丈夫らしいですよ。慣れるまでが時間がかかるみたいですけど」

「家の車なら大丈夫なのはそのせいね」

 

 話題は知っているようで知らない、幼馴染の話し。

 良くも悪くも夜帳昼也という男は大きく表情が変わることは殆んど無い。無愛想の仏頂面がデフォルトなのだ。当然、弱りきった姿など滅多に見せない。

 だからこそ今回のこの姿は珍しく、それ故、話題にも上っていた。

 

「とりあえず、中に入りましょう。涼しい場所で休めば、昼也君も少しは回復するでしょう」

 

 えりなが言い出し、5人は遠月離宮と呼ばれる施設へと入っていった。

 中は遠月の名に恥じない、豪華絢爛。踏み心地の良いカーペット、豪華なシャンデリア、高い天井。

 その中で大宴会場に生徒達は集められていた。そして、会場の隅に椅子を持ち込んだ昼也はそこで某ボクサーのように真っ白に燃え尽きて項垂れているのだった。合宿のがの字も始まっていないというのに既に満身創痍、これを笑わずに居られるだろうか。

 とはいえ、常時ならまだしも今は自身の首が賭けられたデッドレースの直前だ。余程の自信家、若しくはバカでなければプレッシャーに潰され周囲に気を配る余裕など無い。

 だが、同時にこの男にも余裕はない。

 今正に、ゲロるかゲロらないかの瀬戸際に、境界線上に立っているのだ。

 お陰で会場奥のステージに立つ、教師の言葉も、そして今回のゲスト達の言葉も右から左に流れるどころか、入る前にシャットアウトされてしまう始末。

 故に気付かなかった。ドS眼鏡がすぐ目の前まで来ていることに。

 

「…………いった!?」

 

 脳天に振り下ろされた一撃によって戻ってきた昼也。顔をあげれば顔馴染みが蟀谷に青筋を浮かべて立っていた。

 

「さっさと行け。お前一人だぞ、残ってるの」

「は?…………あ、マジだ」

 

 四宮に示されて辺りを見渡せば、残っているのは燃え尽きていた昼也と今回のゲスト講師達のみ。同級生達は皆、移動のバスへと向かってしまったのだ。

 

「この合宿前に居眠りとは余裕だな、てめぇ」

「そう言う、四宮さんは元気っすね。何か良いことでもありました?」

「んな訳ねぇだろ。今回は…………」

「お久しぶりですね昼也くーん!」

「邪魔すんな日向子!俺が話してるだろうが!」

「そう言わずに、四宮先輩。ヒナコも彼と会えるのを楽しみしていたんですから」

「四宮、小さい男は嫌われるよ?」

「ルッセェぞ、水原ァ!」

 

 卒業生の集合絵。それだけで感無量とも言える図だが、その中で昼也は着物姿の女性に抱き締められて窒息しかけていた。タップするが拘束が緩む気配はない。むしろ女性が喜んで更に抱き締める始末だ。

 

「もー、昼也くん。店を閉めるなら閉めるって言ってくださいよー。お陰で私、店の前で三時間ぐらい待ってたんですよ?」

「………ッ!…………ッ!!?………ッ……………………」

「おい、日向子。昼也を今すぐ放しやがれ。窒息してるぞ。課題の前に殺す気か?」

「あれ?…………あー!ちゅ、昼也君が!」

 

 ぐったりと白目を向く昼也をガクガクと揺らすのは乾日向子。日本料理屋“霧のや”を営む女将。そして彼女の後ろで苦笑いするのはケツ顎が印象的なオーベルジュ“テゾーロ”のシェフ、ドナート梧桐田。

 少し離れれば、寿司“銀座ひのわ”の板長、関守平。更にその隣には堂島の姿もある。因みに四宮は水原との毒舌合戦に精を出していた。

 

「昼也君、早く君も行きなさい」

「…………ゲホッ………関守さん、容赦ないっすね」

「君一人を特別扱いするわけにはいかないだろう?」

「関守の言う通りだ。君の武運を祈っておこう」

「…………うーす」

 

 フラフラと覚束無い足取りで去っていく背中を見送る卒業生達。

 彼ら彼女らは、喫茶店の常連なのだ。何より、彼が幼い頃より知る面々である。

 その目は弟を見るようであり、子供を見るようでもある、そんな目。

 何より、

 

『(アイツ、体力ないからなぁ…………)』

 

 一同の内心が重なる瞬間だった。

 

 

 ◇■■■■■◇

 

 

『それでは、皆さん。揃いましたね?』

 

 乾のその言葉に場はピシリと引き締まる。

 一同の視線を集めるなかで、彼女は朗らかに微笑むと近くの椅子に腰掛け、お茶とお茶請けの柿の種を開けていた。

 

「私からの課題は、ここにある食材から作る日本料理のメインとなる一品を作ること。そうですね、シャペル先生の授業のペアでこの課題には向かってもらいましょうか」

 

 ざわめく生徒達。当然だ。食材や目指す料理が決まっているとはいえ、これは所謂ジビエ。いきなりそんなことを言われれば誰でも少なからず動揺するに決まっている。

 細目にそれを見つつ乾は両のてを打ち合わせて開始を宣言した。

  バタバタと出ていく生徒達。そんな中で

 

「ボッチの俺は一人でいいすかね、乾さん」

「まあ、仕方ありませんね。それから日向子お姉ちゃんと昔みたいに」

「呼んだことねぇよ、乾さん。てか、メインに成って、尚且つ日本料理なら何でも良いんすよね?」

「その通り。あ、昼也君はコーヒーも出してくれると、私は嬉しいですねぇ」

「……………………」

 

 無言で出ていく昼也。鼻を鳴らして辺りを見渡し、一点を見詰める。数度顎を撫でると、欠伸を噛み殺しながらそちらへと歩みを進めていった。

 少し離れた小川では他の生徒達が釣りに四苦八苦している声が聞こえてくる。

 それらを無視して進んでいけば、酷く面の凶悪な鶏が居る一帯が見えてきた。

 鶏側からすれば昼也は敵として認識される。故に一斉に飛びかかるのだが、その尽くを彼は躱して進んでいく。

 体力は無い。ならば補うには効率を上げれば良い。

 最低限度動きながら、目当てのモノを奪取し、そのままその場を離脱する。理由としてはそれさえあれば昼也の思い浮かべる料理は完成するからだ。

 ある意味面倒くさがりの彼らしい品。

 調理場に戻ってくると、何やら二人組と創真、田所のペアが揉めている場に出くわした。

 

「何やってんだ?」

「よお!昼也か久しぶりー」

「あ、夜帳君」

「!夜帳、昼也…………!」

「誰だ?」

 

 声をかければ、何故だか金髪に睨まれる昼也。彼には睨まれる覚えがないのだ。ついでにあることにも気づいた。

 

「その鴨、捨てるのか?」

「ん?うん。僕たちは終わっちゃったしね」

「んじゃ、もらって良いか?」

「別にいいよー」

 

 譲り受けた鴨の残りと先程採ってきたブツ、更に調味料を幾つか持って調理台へ。

 いつものサロンのポケットから取り出すのは産みたての卵二つ。それを丁寧に布巾で吹き上げ、脇に置く。鶏の卵は総排泄腔という機能、字のごとく直腸と卵管の二つが繋り、ケツから出てくるのだ。表面には雑菌が付着していることもあるため拭かねばならない。

 直ぐ様石鹸で手を洗い、次に取りかかるのは鴨の残りの後処理。これからする事には注意をせねば生臭さが後のものに多分に出てしまうのだ。

 念入りに調べるのは血合と呼ばれる、死骸などの骨などにこびりついて残った血の塊。内臓に関しては元の持ち主である二人組、アルディーニ兄弟がソースで用いた為に最低限で済んだが、やはり血合残っており少なからず手が汚れた。

 再び手を洗って、今度は寸胴鍋に水を入れて、処理した鴨をぶちこむ。後は時おり出てくる灰汁を救いとりつつ、他の準備を進めていく。

 用意するのは目の細かい複数の布巾。それからザルを幾つか。それらを組み合わせてタワーにするのだ。

 ここまで来れば分かると思うが、昼也がやっているのは出汁を取る行程、更に勘が良ければ何を作るのかも分かることだろう。

 調理の最中、彼が止まることはない。今は何故だか何処から持ってきたのかサイフォンを用意してコーヒーの準備をしていた。

 

「いや、何でだよ!?」

「ん?何が?」

 

 思わず創真が突っ込みをいれるも梨の礫。突っ込まれた昼也はキョトンと首をかしげて逆に不思議そうに彼とその回りで似た表情の面々に目を向けていた。

 そうこうしているうちに、調理場に芳ばしい出汁の香りが漂い始める。

 少し間をおいて、昼也は流しにボウルとザルを組み合わせたモノを用意してそこに鍋の中身を注いでいく。

 そしてガラの残ったザルをとり、ボウルを先程組み立てた即席濾し器に通していく。

 段を少しずつ進む毎に、出汁の色合いは明るくなっていき、一番したのボウルに到達することには黄金の色となっていた。

 次に取りかかるのは卵。両手に一つずつ持って同時にボウルへと割りいれ、塩やその他調味料で味を整え少し混ぜながら、濾過した出汁を数回に分けて投入していく。

 混ざり終えたことを確認し、今度は油をひいたフライパンを熱して、十分に温まった事を確認してから少しずつ、卵を流し込んでいく。

 流して、巻いて、また流して、巻いて。これを複数回繰り返していけば、徐々に大きくなっていき、最後には綺麗な玉子焼きの完成だ。

 そう、彼が作っていたのは玉子焼き。それもだし巻き玉子と呼ばれるもの。

 出来上がった一品を皿へと盛り付けて乾のもとへと持っていく。

 匂いを嗅ぐだけでもゴクリと唾を飲み込んでしまうほどの魅力的な一品に、乾含めて5人はその皿へと一心に目を向けていた。

 

「では、一口……………………!」

 

 数個に切り分けられた玉子焼き。その一切れを更に箸で半分に切って乾は口へと運び、数度の咀嚼、目を輝かせた。

 噛む度に溢れる鴨出汁の旨味と卵が織り成すハーモニー。臭みに関しても最初に血合等を取ったことと、濾したことにより殆んど解決しており、逆にうっすらと残った臭みは香りへと昇華していた。

 一切れは直ぐになくなり、二切れ、三切れ、と箸は止まらない。

 全部で五切れだったが、その五切れ目の半分を残して漸く箸が止まった。

 

「ちゅ…………夜帳君、合格です!」

「…………どうも」

 

 既に興味が失せていたのか、合格通知を聞きながら彼はコーヒーを飲んでいた。その傍らには別皿に盛られた玉子焼きの切れっ端。それを茶請けにコーヒーを飲んでいたのだ。

 ここでソワソワしているのはアルディーニ兄弟の弟と田所。特に田所は一度昼也のコーヒーを味わっている。彼が煽るカップをチラチラと何度も見ていた。

 二人の様子に気付かない筈もなく、昼也は首を捻って、音を鳴らし調理台へと向き直ると、新たなカップにコーヒーを、空いた小皿に玉子焼きの切れっ端を乗せてそれぞれへと差し出した。

 

「い、良いの?」

「チラチラ見られてりゃ、コーヒーも飲みづらいんでな。そっちの、えっと……………………」

「イサミ・アルディーニだよー。それより良いの?僕も食べて」

「ま、あんたらのお陰で俺はジビエしなくて済んだしな。要らなきゃ別にいいが」

「いただきまーす!」

「わ、私もいただきます」

 

 二人揃ってそれぞれ出されたコーヒーと玉子焼きに舌鼓を打つ。

 創真はまだしも、これにはアルディーニ兄弟の兄、タクミ・アルディーニが苦言を呈していた。

 

「イサミ!敵からの施しを受けるのか!?」

「でも、兄ちゃん。お礼ってことだし。兄ちゃんも食べる?旨いよ、これ」

「な、いや、その……………………夜帳昼也!」

「…………何だよ。言っとくがおかわりはもうねぇぞ?作りたけりゃ卵とってこいよ」

「な…………僕はそんなこ」

「昼也、卵ってどこにあったんだ?」

「あん?どこって…………そこ出て左曲がって暫く行ったとこだ。鶏もいたぞ」

「そっか……………………うっし、田所」

「…………ほっ…………!な、何、創真君」

「このメモの奴採ってきてくれ」

「え?…………うん、大丈夫だけど…………これって?」

「とにかく頼むぜ!待ってろよ、昼也!アルディーニ!」

 

 そう言って、創真と田所の二人は大自然に飛び出していった。

 二人を見送りつつ

 

「嵐みたいな奴っすね」

「そうですねぇ。それよりも昼也君、私もコーヒー欲しいなーって…………」

「……………………玉子焼き、食ったでしょ?」

「ケチー!」

 

 二人並んで座る、乾と昼也はそんな緊張感の無いやり取りをしているのだった。

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