喫茶ーmid nightー   作:江月

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十六杯目

 友情とふれあいの宿泊研修、改め無情とふるい落としの宿泊研修。未だに二日目でありながら雰囲気の死んでいる生徒が多々居る。既に3桁にも至るような数の生徒達が退学になっていた。

 夜遅くどころか明け方までコーヒー漬けとなっていた昼也も例に漏れず死んだ目で、濃い隈を作っている。いや、自業自得なのだが。辛いものは辛い。

 

「くぁ……………………眠…………」

 

 大あくびをしている昼也。その隣ではいつものようにボケッとした様子の黒木場の姿もあった。

 この二人が並ぶと緊張感が休んでしまうから困りものだ。

 アリスやえりな、緋沙子が居れば違うのだろうが、生憎と彼女等は別会場。突っ込みはいない。

 

「ラッキーだったぜ、黒木場となら大抵なんとかなりそうだし」

「…………だからって手ぇ抜きすぎるなよ」

「分かって……眠い…………」

 

 仕事しろ、緊張感。周りとの温度差が半端ない。

 周りの同級生達は大なり小なり二人へと視線を送っており、殆んどが負の感情。

 黒木場は中学時代はアリスの指示で実力を伏せており、昼也はやはり編入生ということと食戟と授業で何人もメンタルをへし折った事から恨まれているせいだ。

 二人はナメられている。そしてその事を二人は気にしない。外野の声では揺らがない。

 暫く気の抜けるような会話を繰り広げていた二人。すると、調理場の前の扉が開き、ショートカットの女性が入ってきた。

 

「水原冬美。お題は魚。ペアで一人一品作って持ってきて。制限時間は二時間ね。食材は前においてるのから持っていって」

 

 それだけ言うと水原は椅子に腰掛け体育座りの体勢をとった。

 魚はやはり鮮度が命。何を作るにしてもそこが重要だ。一同それは分かっているため、押し合い圧し合い前へと殺到して魚を掠め取っていく。

 ちゃっかりボケコンビも食材の奪取に成功していたりする。

 

「何作る?」

「…………鮭は新鮮だからカルパッチョ。残りは」

「ペスカトーレか?」

「…………妥当だな」

 

 まさかのこの二人、イタリアン専門の水原にイタリアンをぶつけるつもりらしい。因みに本来カルパッチョは生の牛ヒレの薄切りにチーズやソースを掛けたものであり、魚介系のカルパッチョは日本発祥だったりする。

 二人にそれ以上の会話はなかった。黒木場はカルパッチョに昼也はペスカトーレへと取り掛かる。

 どちらも目が死んでいるが、その手際は流石と言える。

 水洗いされた鮭はあっという間に捌かれ、切り分けられ、その後ろでは鍋に敷き詰めるように魚介類がところせましと並べられていた。

 

「タッチ」

「…………おう」

 

 昼也が手を挙げ、黒木場がそれに答えて叩き合わせて場所を入れ替わる。ついでに二人はそれぞれに見た目を変えた。

 黒木場はファイアパターンのバンダナを。昼也はカチューシャを。

 それぞれが着けることで雰囲気が変わり、目にも生気が戻ってくる。

 今回の調理は黒木場がメインであり、昼也がサブだ。こと、魚を扱わせれば黒木場の技量はかなりのもの。少なくとも昼也より上。

 故に魚介類を本格的に扱うときは黒木場、ソースなどを作る場面は昼也、といった風に自然と動いていたのだ。

 

「ソース!」

「あいよ、そっちのスプーンパス」

「そら。もっと速くやれよ」

「十分やってんだろ。これも計算に入れてんだからよ」

 

 言い合いながらも手は止まらない。もとより処理速度の高い二人だ調理をしながら、片付けを行うことなど雑作もない。

 酸味のあるソースを手首のスナップを利かせて振り掛け、カルパッチョは完成。ペスカトーレもほんの少し煮たたせれば出来上がるだろう。

 ここまで凡そ一時間未満で到達していた。周りでは未だに四苦八苦しているもの達が居るというのに、二人は後は皿に盛り付けて出せば終わりである。

 

「「……………………」」

 

 カチューシャとバンダナをとった二人は空気が抜けて萎んだ風船のように覇気が何処かへと霧散してしまっていた。さっきまで、それこそ調理中はかなりかっこ良かったというのにひどく残念だ。

 仮にこの場にえりなやアリスが居れば惚れ直していたであろう。そして、同時に覇気が抜けた二人に苦笑いしていたこと請け合いである。

 そうこうしている内に料理は完成。それぞれが皿をもって前へと進み、水原の前に提示した。

 

「鮭のカルパッチョにペスカトーレ。私にイタリアンで来るとはね」

 

 そう言いながらフォークを手に取り、先ずはカルパッチョから。

 一口。フワリと爽やかな風が吹き抜けるような爽快感が水原を包み込む。魚、特に生魚だとその生臭さに敬遠するする者も多いだろう。

 だが、このカルパッチョにそれは無い。絶妙に配合されたレモンとオリーブオイル、黒胡椒にケッパーによって生臭を感じさせぬようにカモフラージュしているのだ。

 飲みこみ、次はペスカトーレ。

 こちらは所謂漁師飯というものだ。日本で言うところのあら煮。タップリの魚介類をトマトベースのスープで煮込むことによって完成し味付けも至極シンプルだ。

 それ故に作り手の技量が諸に出る。おいそれと出せる品ではない。

 水原は切り身を一口とり、口にはこんだ。

 ホロリと解けるように崩れ、口のなかは旨味の濁流によって蹂躙される錯覚を覚えるほどの旨味の嵐。トマトベース特有の酸味を殺さず、トマトの甘味や魚介の旨味と解け合わせた一皿は見事と言うしかないほどのものだった。

 下されるは

 

「合格」

 

 二人は拳を打ち合わせた。

 

 

 ◇■■■■■◇

 

 

 宿泊研修二日目、午後6時。本日の課題はこれで終わり。

 各々が自由時間となるなかで、一人昼也は目と表情が死にながら目の前の光景を見ていた。

 ここは遠月離宮の地下調理室。昨日昼也がコーヒーの為に借りた場所だ。

 そして今、目の前では台を挟んで四宮と創真、田所のペアが向かい合っていた。

 

(どうしてこうなった…………)

 

 彼の内心はそれ一色である。チラリと振り返れば堂島が、ニヤリとしてやったりな笑顔を返してくる。

 何の事はない。今日も昨日と同じように厨房を借りようとしたら、そのままここまで拉致られたのだ。

 全身から解せぬ、というオーラがたらたらと流れ出していた。

 

「そして、今回は彼らに判定員を務めてもらう」

 

 堂島が示す先には卒業生たち。そして何故か乾が椅子に縛り付けられ、首から“ただの観客”と即席で作られた札を下げていた。

 

「乾と昼也君の二人にはそれぞれ観客として居てもらう」

(いや、要らねぇだろ…………)

 

 思っても口には出さない昼也は下がると乾の隣に椅子を持ってきて腰掛けた。

 

「何で俺も観客なんすかね」

「堂島さんも考えがあっての事ですよ、きっと」

「ここに連れてこられる迄の過程を思い出すと嵌められた気しかしないんすけど」

 

 身も蓋もない会話をしていれば、目の前では調理が始まっていた。

 やはり四宮の方が取り掛かるのも早く、作業効率も良い。

 対して田所は緊張からか震えが止まらず、未だに調理に手をつけられていない。が、そこは創真がフォローに入って事なきをえていた。

 メインは田所、創真は補助のみだが彼の経験に基づいた補助は目を見張るものがある。常に先の動向を見据えており全神経を張り詰めさせているのだ。

 他人の調理風景をマジマジと見たことなど片手で足りるほどにしか見たことの無い昼也にとってのそれは新鮮なもの。得られるものも有無を抜きにしても面白い、といった感想を持った。

 補足をすると、昼間の課題でみせた昼也と黒木場のコンピプレーも似たようなものだったのだが、知らぬは当人のみ。

 

「料理、ねぇ…………」

 

 前のめりになり膝に肘をついて手を組んだ昼也の呟き。目敏く聞いていた堂島はその様子にバレないようにニヤリと笑っていた。

 彼の狙いはここにあった。

 少し前に昼也のコーヒーに足りないものは分からない、と回答した堂島だったが、彼自身に足りないものはハッキリと理解していたのだ。

 “出す相手への思い” そして“一品にかける熱意”

 なまじ才覚があるせいか、若しくは本来の気質か、堂島から見て昼也のそれは欠如していると言っても良いほどに欠けているものに感じていたのだ。

 何より、やはりその才覚をこのまま潰すのは惜しい。

 未だに合宿は二日目だが、乾、関守、水原の3人はそれぞれが監督した生徒の中でも昼也の事を高く買っていた。そこに顔馴染、というフィルターは存在しない。

 気づくべきなのだ。自分がどんな立ち位置であり、どれ程非凡であるのかを。

 

「……………………」

 

 無言の中で昼也の手は所々ピクリと動いていた。視線の先には田所と創真の二人。

 もし、自分があの場に立っていればどう動くか。らしくない、と思いながらも、その思考は止まらない。

 

(手が遅い、俺なら…………いや、何を、あ、そこに火入れは二秒早い)

 

 今までに思ったこともない、他人の調理風景への口出し。内心でのみだが、コーヒー以外に興味を示さなかった彼からすれば異常事態と言えた。

 幼少期より知り合いの卒業生たちも彼の目に鈍くだが鋭利な光が宿るのを確認して、各々が薄く笑みを浮かべた。

 そして、時は経ちそれぞれの料理が完成へと至る。

 四宮が出したのはフランスの家庭料理、シュー・ファルシ。キャベツで肉や野菜の細かく刻んだ詰め物を包み蒸した一品。

 それぞれの判定員の前に皿が出され、堂島、昼也の前にも出されたが、何故だか乾の前には皿はなかった。

 

「あれ!?私の分は…………」

「ねぇよ。水原のでも分けてもらえ」

「いや、判定員の食っちゃダメでしょ。乾さん、こっちに。半分に分けましょう」

「流石、昼也くん!鬼の四宮先輩とは雲泥之差ですね!」

「……………………乾さんって自分で首閉めていきますね。自滅に俺を巻き込まんでくださいよ?」

 

 昼也は見ていた。四宮の蟀谷に青筋が浮かび、少し持ち上げた手がゴキリときしんでいた瞬間を。

 あれはアイアンクローの前段階。今は分からないが遅かれ早かれ頭を締め上げられること請け合いだ。

 内心で戦々恐々としつつ、料理にナイフを切込み、半分へと分かつ。フワッと凝縮されていた香りが舞い上がった。

 切り分けた半分を乾へと差し出し、昼也は更に切り分けた一切れをフォークで突き立てて持ち上げ、ふと、あることを思い出した。

 

「…………そう言えば、誰かの料理食うのは久しぶりだな」

 

 彼は内心で思っただけのつもりだったが確りと声に出ていた。

 周りが若干ながらの動揺をしていたが、それには気付かず、一口放り込んだ。

 咀嚼、咀嚼、咀嚼、咀嚼、飲み込む。

 他の面々も舌鼓を打ち、魔法にかけられたような味わいを堪能していた。

 その中で、昼也の無表情は崩れない。調理が終えた時点で宿っていた鋭い光も失せていた。

 完食する程度には気に入ったらしく既に皿は空。咀嚼しながら思うのは食後のコーヒーが飲みたい、というもの。さっきまでの変化が消え失せいつも通りである。

 次は田所。彼女が出したのはテリーヌ。七色に振り分けられ組み合わされたそれは虹を思わせる華やかな見た目だ。

 今度は全員分の皿が用意されており、分ける必要はない。

 そして昼也はフォークを入れる直前に薫ったある匂いに、少し驚いた表情を見せて、頬をほんの少しだが持ち上げた。些細な変化だ、誰も気づかない。

 判定員の評価も概ね良好。七種のテリーヌの層と二種のソースの食べ合わせは客を飽きさせない。

 実食を終えて判定。

 田所と四宮それぞれの前に皿が置かれ、その上に判定員がコインを置くというもの。

 結果は───────────三対零。四宮の勝利で幕を閉じた。

 卒業生、それも元一席と進級すらも危うかった在校生ではやはり力の差は歴然。

 しかし、お開きになる直前、カチャリと田所の皿に乗せられる一枚のコイン。

 置いた主は堂島。彼はチラリと昼也、乾の二人へと視線を送る。

 カチャリと置かれる五百円玉。それが二枚、田所の皿へと乗せられた。

 

「何のつもりだ?昼也、ヒナコ」

 

 思わずたじろぐような威圧感。しかし、向けられた二人は揺らがない。

 先に口を開いたのは昼也。

 

「食べたい方に金を払うんすよね?久々に他人の作ったもの食いましたけど、俺はこっちを推しますよ」

「理由は?」

「気遣いを感じたんで。田所さんらしい一皿だと思いました」

「四宮も食べてみれば良い。俺もこちらの品を評価するからこそ投じたまでだ」

「…………」

 

 皿を差し出され、渋い顔をしていた四宮だったが、渋々一部を切り取りテリーヌを口へと運ぶ。

 感想として、指摘する部分は多々ある。技術も拙く、まだまだ発展途上もいいところ。

 だが、

 

「……………………」

 

 二口目に手が伸びる。思い出されるのは故郷の一幕。拙さの中にある確かな食べる相手に対する思いやりを感じ取れる。

 

「これは…………オールスパイス?」

 

 オールスパイスは様々な種のスパイスの香りを代替できるためそう呼ばれる。

 効果は臭み消し、その他にも

 

「消化促進の効果もあるから…………す、少しでもお腹にやさしい品を出せたら、と思って…………」

 

 消え入りそうな声ではあるが、確かな思いやりを伝えるには十分すぎるものだった。

 置かれるコイン。結果は四対三。逆転である。

 もとより非公式の食戟だ、勝敗などあって無いようなもの。

 今度こそ解散となって皆が厨房を出るなか、一人昼也は残っていた。

 見るのは一枚の皿。それは田所が作ったテリーヌの乗っていた皿だ。

 手を伸ばし、指先が触れ、少し撫でる。

 彼は凡夫ではない、むしろ勘の鋭い方だ。それ故に堂島が何故自分をここに連れてきたのかも何となく察することが出来ていた。 

 

「俺に、足りないもの…………」

 

 何となく、指標は見えた気がした。

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