喫茶ーmid nightー   作:江月

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十九杯目

 友情とふれあいの宿泊研修、改め、無情とふるい落としの宿泊研修。

 本日六日目、つまりは地獄は漸く終わったのだ。

 それぞれが思い思いに安堵の息をつくなかで一人難しい顔で昼也はコツコツとペンの頭でノートを叩いていた。

 昨晩、フルコースを食べ終えて入浴、就寝と生徒達が休息に勤しむなかで彼は開放された厨房の一つでコーヒーの研鑽を行っていたのだ。

 とりあえず十種を無作為に5つ取り出し、調合、そこからコーヒーを淹れて、味見、一種変えて淹れて、味見と何度も繰り返していた。

 合計252通り。そこから更に分量を変えて調合する。

 昨晩はその内、7通りを検証していた。少ないとも思われるかもしれないが、分量を細かく調整しなおしているとどうしても一つの組み合わせに時間を割かねばならなくなる。

 一つの組み合わせで最低三杯は飲んでいたためもう、トイレで調合した方が良いんじゃないか?とか思ったりしていた。流石にそんなシュールなことはしたくないため、速攻で却下したが。

 今悩んでいるのは次の組み合わせだ。ついでに胃に優しいレシピも考えていた。コーヒーのように刺激のあるものを飲みすぎると内臓が疲れてしまうための措置だ。

 

「流石にこの歳で粥生活は、なぁ?」

 

 嫌すぎる。今更ながら知り合いに料理人が多いこともあり、見聞を広めるためにも様々な味を知りたいと思っても粥しか胃が受け付けないとか、泣けてきてしまう。

 因みに、胃に優しいコーヒーというのも考えたが、コーヒーの時点でダメだろ、という判断のもと取り消しとなった。

 一般的に胃に優しいものは、味が薄く、柔らかいもの。そして食べ方は、焦らず、ゆっくり、少しずつ食べることが前提となる。

 

「薬…………薬?薬………薬、薬膳、か」

 

 まさかの新ルート開拓フラグである。

 薬膳は医療知識、取り分け漢方に関する知識が必須であるため昼也はこれまで手を出してはいなかった。単純に面倒だからだ。

 知識を詰め込むには手間がかかり、その詰め込んだ知識を活用するには、それ相応の技術が要り、その技術を身に付けるには練習が必要となる。

 都合三つに加えて時間がかかる為、ものぐさな彼は基本的には新技術の取り入れは行わない。それが停滞の一助ともなっているのだが、彼は目をそらし続けてきた。

 

「……………………緋沙子に調合してもらうか」

 

 そういえば薬膳のスペシャリストが居たわ、と思い至りうん、と首肯く。いや、何も解決していないのだが、とりあえず彼は胃腸を労ることに関して考えることをやめた。

 再び考えるのはスパイスの調合。更にコーヒー豆の品種から選び直している。

 コクがあるもの、苦味の強いもの、酸味が強いもの、その他に多種多様のコーヒー豆をブレンドし昼也の一杯は出来上がるのだが、日によって混ぜる量が変わるのだ。

 二、三種類のときもあれば、幼い頃は全種混ぜたこともある。因みにその時は先代店主に脳天を拳骨で殴られた。

 他にも変り種ならばコピ・ルアク等も有名か。これはジャコウネコの糞からコーヒー豆を採取して、洗浄、精製して作られるものだ。希少であるためとてつもなく高い。少なくともそこらのコーヒー豆よりは高い。

 とにかく、コーヒーのブレンドは奥が深い。数こそスパイスには劣れども様々な要因で味を変えてしまう為にその難易度はかなりのもの。

 その奥深さが面白い。

 どれ程経ったか、ガリガリと一頻りペンを走らせ、一息つくために魔法瓶を取ってそこで漸く彼は気がついた。静かすぎやしないだろうか。

 辺りを見渡し、絶句した。

 

「デジャ・ビュ?」

 

 無駄に発音が良かった。

 誰も居なかった。人っ子一人居なかった。何てこったい、天丼である。

 一人ぐらい声を、と思うかもしれないが一人ニヤニヤしながらペンを走らせる男に誰が声をかけようと思うだろうか。

 何より、彼は学園きっての嫌われもの。元より狭い交友関係も相俟ってボッチなのだ。

 結論、置いていかれた。本人は特に焦ること無く、ここから学園まで幾ら掛かるか程度しか考えていなかったりする。ついでに、乗り物酔いに関しても思い出し、歩いて帰るか、等とバカなことを考えてもいた。

 何はさておき、先ずは帰る準備だ。ノートを鞄へと突っ込んで、ペンをポケットに差し、後は肩掛けの旅行鞄を下げ、鞄を持ってこれで終了。外に出る。

 広々とした駐車場には一代の車も止まっていなかった。むしろ、清清しい程にガラガラだった。空が眩しいほどに晴れていることが腹立たしい。

 フロントに電話でも、借りるか、と踵を返し

 

「昼也君?」

「よう、昼也」

「……………………何で居るんだ、お前ら」

 

 薙切えりな、幸平創真、夜帳昼也。

 この合宿でなにかと話題を集めた3人が一同に介していた。

 

「手拭い取りに行ったら乗り遅れてさ」

「私は…………忘れ物よ」

「そうか…………で、どう帰るんだ?」

「それなら……………………」

「えりなお嬢さま、お出しできる車がちょうど一台…………そちらのお二人も乗り遅れた学生さんでしょうか?」

 

 やって来た、スタッフの問いに創真は直ぐに頷き、昼也は若干頬をひきつらせて頷いた。

 

 

 ◇■■■■■◇

 

 

「……………………」

 

 車内は沈黙が支配していた。前は運転席に運転手が座り、助手席は創真。後部座席にはえりなと顔面蒼白で眠る昼也。

 最初こそ新しいブレンドを考えていたのだが、車が動き出して5分とかからずにダウンした昼也はそのまま沈黙、寝落ちしていた。ここにはアリスが居ないため起こされる心配もない。

 だが、隣のえりなは若干の不満顔だ。

 創真が居ることもそうだが、昼也も沈黙しているために暇なのだ。

 

「昼也、寝てんのか?」

「…………起こさないでくださいね。彼、乗り物に弱いみたいなので」

「薙切って昼也と知り合いなんだな」

「…………色々あったのよ」

「ふーん。にしたってスゲェよな。初日だし巻き玉子とか見てるだけでよだれ出そうだったし」

「彼と張り合うなら、直ぐにでも学園を追い出されるわよ」

「あ?何でだよ」

 

 えりなの強い言葉に創真も振り返りつつ問う。彼は自身の父との経験からか自分よりも上の相手にも物怖じしない面があった。

 そのせいか、正確に相手の力量を量り、汲み取る能力に欠けている。

 つまりは昼也がスゴいことは分かるがそれ以上は分からない、ということだ。

 

「…………彼は言ってしまえば天才よ。それも類を見ないレベルの、ね」

「なんだよ、お前より上なのか?」

「……………………否定はしないわ」

 

 そう、否定はしない。神の舌を持ち、自身も研鑽と才能により実力者であるという自負があるにも関わらず、だ。

 料理人の誰もが羨むような才を持ち、しかし誰もが求める道を進まない昼也。

 彼が進むのは正道ではない。邪道とまでは言わないが、自分の前の壁を蹴り壊して無理矢理進むような強引さがあった。

 

「ほぼ確実に、彼は選抜に選ばれるわ。君とは大違いね」

「選抜?」

「そんなことも知らないのかしら。“秋の選抜”と呼ばれるものよ。一年の選ばれた生徒達が食の重鎮たちに腕を振るう、美食の祭典」

「……………………あ、あの黒スーツとかか?」

「既に選定は始まっているの。合宿はふるい落としの他にもこっちの意味あいがあったのよ」

 

 選抜に選ばれるのは60名。全体の凡そ十分の一という所だ。望む望まないに関わらず、実力の有るものは選ばれる。

 

「……………………ぐぬ…………」

「ッ!?」

 

 車が揺れた。その反動で昼也は横に倒れ、えりなの揃えられた膝へと頭が乗った。

 先程までのキリッとした空気はどこへやら。頬を染めて慌てるえりなは何度も自分の膝と、彼の頭が元々あった位置とを交互に何度も見やる。

 ハッと気づいて前を見るが、既に創真は夢の中、運転手も特に言及はしてこない。ゴクリと喉がなった。

 恐る恐る、手を伸ばし彼の髪へと触れる。

 

「…………柔らかい」

 

 思ったよりも柔らかかった。若干癖毛なのか手櫛を通せば少し引っ掛かるがそれもするりと解ける程度。未だに顔は蒼いが、撫ではじめてから魘されなくなったのか唸り声は収まっていた。

 

「──────」

 

 小さな呟き。それは寝言だったが、えりなは確かに聞いた。

 表情はほんの少しだけ暗くなった。

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