喫茶ーmid nightー   作:江月

25 / 27
二十五杯目

 秋の選抜。選ばれし60名の生徒達が二つの組に分かれてお題をこなしてしのぎを削る食の祭典。

 当然ながら選ばれることすらも相当の意味を持つのだが、そこから生半可な腕では勝ち上がれない。

 課題に関しては、夏期休暇の前に提示されるため、各々その休暇を全てつぎ込むことも少なくない。

 そんな運命の日、当日。朝日の差し込むとある一室。

 

「……………………頭イテェ」

 

 ベッドで上半身を起こし、片手で顔を覆った、昼也は半分寝ぼけた声色でそう呟く。

 というのも、前日の夜遅くまで新作コーヒーの試飲をしていた結果、寝るに寝られなかったのだ。

 元々眠りが浅いお陰で睡眠時間が短い事も慣れてはいるが、慣れているだけで辛くないわけではない。

 現在10時57分。選抜開始まで、残り3分である。

 彼は考える。最適解を導き出す。

 

「……………………寝坊にするか」

 

 そして、諦めた。

 再び布団にくるまり、目を閉じる。黒木場やアリスが対抗心を燃やしていたが、知ったこっちゃない、と目をそらす。

 

「ダメに決まってるでしょう!!」

 

 意識の飛び立つ直前に掛けられた大声によって、昼也は現実へと舞い戻ってきた。

 目を薄く開ければ、顔を真っ赤にしたえりなの姿。

 

「……………………不法侵入」

「貴方がこの前私に鍵をくれたんでしょう?起きれるか分からない、て」

「……………………そうだっけか?」

「はぁ…………本当に来ないとは思わなかったわ」

 

 えりなは額に手をやり、深々もため息をつく。

 いや、彼女も何となく昼也がサボりそうな事は分かっていたのだ。だが、彼女とて十傑としての仕事もある。これでも急いで起こしに来ていた。

 

「ほら、行きましょう昼也君」

「えぇー…………」

「えぇー、じゃありません!せっかく選抜入りしたのよ?少しはやる気を」

「…………分かったから叫ばんでくれ、頭に響く」

 

 女性の高音ボイスは寝不足の頭に辛いものがある。

 観念した昼也は渋々と起き上がった。

 時刻は既に11時を過ぎている。

 

「……………………」

「完全に遅刻よ。どうする気かしら?」

「まあ、俺が作るのは時間もかかんねぇんでな」

 

 伸びをすると昼也、えりなを部屋の外へと押し出してしまう。

 また寝るつもりか、と慌てて扉を開けたえりなを待っていたのは、パン一の昼也。

 

「「……………………」」

 

 沈黙、圧倒的沈黙。

 昼也はその無言のまま、着なれたバーテン服へと着替えていく。

 いつもの、ベストまで羽織って彼はえりなへと向き直った。

 

「堂々と覗きすんなよ。ムッツリお嬢様」

「…………な、だだだだだ誰がムッツリよ!!」

「で、遅くに行っても大丈夫なのか?」

「……………………ンン、ええ、一応連絡は入れておいたから」

「…………なら、用意だけしとくか」

 

 真っ赤になってワタワタしているえりなの隣を抜けて昼也は階下の厨房へと降りてきた。

 そのまま向かうのは予め用意していた棚だ。

 中身は幾つかの小瓶。ほんのりと香るスパイス独特の香り。

 

「…………ソレは?」

「まあ、一応作るものは決めてたからな。調合だけは済ませといたんだ」

 

 それらを回収し、肩掛けのカバンに必要な食材と道具、そして小瓶を詰めてから問う。

 

「で、場所ってどこだ?」

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 選抜。初っ端から低い点数に混じってそれだけの才覚を持つ者達は確りとした成績を修めていた。

 Bブロックもかなりの波乱だったが、レベルが高いのはAブロックの方だ。

 

 一位、葉山アキラ 94点

 二位、黒木場リョウ 93点

 同率、幸平創真 93点

 

 残る枠は一つ。そこに飛び込んだのは91点を叩き出した巨漢。

 これで決まり。誰もがそう思っていた。

 

「すんません、まだ良いですかね?」

 

 いつも通りのやる気の無さ。声の出所を見れば黒のカチューシャで髪を纏めた昼也が片手をあげていた。

 時間は残り20分。残るはこの男のみ。

 

『えー、あ、夜帳昼也選手ですね。遅刻の届け出が出ていました。料理は出来ていますか?』

「おう」

 

 審査員の前に出されたのは、五角の少し深い器。盛られているのはドーム状の

 

「チャー、ハン?」

「カレーチャーハンだ」

 

 そう、チャーハン。先程まで出てきたリゾットオムレツやスープのパイ包み等からすれば凄まじく、普通だ。

 香りも、先程の香りの爆弾のような強烈なものも無くほんのりと漂うに留まっている。

 言ってしまえば、味気無い。しかし

 

(なぜ、こんなにも食欲を誘うの…………!)

 

 千俵なつめは何故か溢れてくる唾液を何度と無く飲み込む。

 それは周りの審査員達も同じだった。

 会場一杯に広がることはない、審査員のみにその香りは食欲を擽る。

 誰からともなく、隣に置かれたレンゲを手に取った。

 そして、一口。

 

「…………ッ!!これは」

「スパイスライス、でしょうか」

「それだけじゃない!噛む度に溢れでる旨味と香り!」

「だが、深みのあるこのコクは…………」

「…………旨い…………!」

 

 皿を持ち上げ掻っ込む者も居るほど。

 実を言うとBブロックにも同じくカレーチャーハンを作った者も居た。

 だが、昼也の作ったソレは少々変わっている。

 

「このコクの元を、聞いても良いかしら?」

「……………………ん?」

 

 なつめが問えば、昼也はチャーハンを掻っ込んでいた。

 一瞬食べながら口を開こうとするが、思い直し飲み込み、傍らの水で口のなかを濯いで開く。

 

「コーヒーっすよ」

「コ、コーヒー!?」

「ええ。コーヒーの苦味は辛味を殺しますけど、コーヒーは単に苦いだけじゃない。酸味とコクだけを狙って出すブレンド位、訳無い」

 

 自称バリスタにとって、好きな味を出すブレンドを作ることなど難しくない。まあ、それは経験によるものだが。

 それだけの実力がありながらも、彼は自分の求める味に辿り着けずにいた。

 カチャカチャと進むレンゲ。

 このチャーハンは特に特別なことはしていない。

 使用したのがスパイスライスであり、尚且つ炒める際にコーヒーをミリ単位で加え、食材全てにスパイスを仕込んだ程度。

 スパイスライスを作る際には水溶性のスパイスを、そして炒める際には脂溶性のスパイスを用いた。

 ここで、ここ最近凝っているスパイスコーヒーの技術が生きた。

 即ち、スパイスとコーヒーの黄金比も彼の中に蓄積されていたのだ。

 特別なことは一つもない。食材は愚かスパイス、コーヒーも買おうと思えばスーパーで集められる。

 

「高級品なんて必要ない。ある食材で、出来る料理それがいいだろ?」

 

 ま、今回は手抜きだけどな、と彼は緩く笑って食後のコーヒーを啜っていた。

 因みに、チャーハンを6つ作ったのは朝飯も兼ねたモノである。

 

『え、えぇっと、それでは得点をお願いします!』

 

 司会の言葉に表示される数字。

 20 18 19 19 18

 

『ご、合計点数94点!!同率一位!決勝トーナメント出場です!!』

 

 まさかまさかの大波乱。最後の最後で、荒らしていった昼也のチャーハン。

 制限時間の三時間のうち、彼は一時間半程しかここには居なかった。

 そして、この瞬間。実力者は例外無く、彼、夜帳昼也を意識する。

 この男は間違いなく勝ち上がってくる、と。

 

「……………………眠ぃ」

 

 件の男は大あくびをし、それは会場へと融けていった。




美作さんは犠牲になったのです。展開の犠牲に、な。
同率で上げることも考えましたが、決勝トーナメントがカオスになるので、却下しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。