喫茶ーmid nightー   作:江月

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六杯目

 ─喫茶 mid night─

 ここ最近、来る客の大半が封筒を置いていくために若干うんざりしてきている店主が経営する隠れた名店だ。

 来店するものは基本的に横の繋がりからだ。少し奥まった場所にあることも理由の一つだが、仮に見つけても初見では中々入りづらいということも主な理由となる。

 何が言いたいかというと。

 

「久しぶりね、昼也君」

「お久しぶりです、昼也さん」

「……………………」

 

 割りと頻繁にローテが回りきるのだ。薊でないのは仕事に追われているためだ。

 今回の来店はえりなと彼女の秘書を務める新戸緋沙子の美少女二人。

 野郎ならば鼻の下を伸ばしそうだが物臭ダメ店主には色気は効果ない。

 今日も今日とて安楽椅子を揺らし軋ませ、ハードカバーの本へと目を落としたままだ。

 前まで、それこそ初対面の時の新戸だったならば主への不敬として噛みついていただろう。いや、今とて認めてはいない。知らず知らずの内に口角がヒクリと震えたりしている。

 だが、彼女も子供ではないのだ。年齢的に子供だが、とにかく昔よりは成長している。それに来年は高校生。この程度で目くじらなど

 

「あの、昼也君?」

「……………………」

「ねぇ、前にもこんなだったわよね?」

「……………………」

「ちょっと…………」

「昼也さん!えりな様を無視されるとはどういう了見ですか!!」

 

 無理だった。それはもう、驚きで隣のえりながビクリと震える程の怒声を昼也へと叩きつけてしまっていた。

 しかし、柳に風、豆腐に鎹、糠に釘、全くもって堪えた様子のない昼也は本に目を落としたまま、傍らのカップに手を伸ばして中味を飲み干す。

 ホッと息をつくと、ティーカップの隣に置いていたポッドから新たにコーヒーを注ぎ直した。とんだカフェイン中毒だ。

 

「緋沙子?」

「…………っ、申し訳ありませんえりな様。出すぎた真似を」

「いえ、良いのだけど…………」

 

 謝られたえりなだったが、彼女も特に咎めるつもりはない。緋沙子の気質も、そして昼也の気質も長年の付き合いから分かっている。

 それ故に基本的にえりなは一人でこの店を訪れるのだ。生真面目な緋沙子と怠惰な昼也では相性が悪すぎる。

 と、これが表向きの理由。その建前の裏側にはほんのり甘酸っぱい感情が有ったり………無かったり。

 前述の通り、えりなは美少女だ。そしてそれは緋沙子もなのだ。

 憎からず思っている相手のそばに自分以外の女の影があるのは、何というか気に入らない。

 昔から料理に囲まれ、人付き合いが少なかった彼女には自分の感情を正確には把握していない。ただ、嫌なのだ。子供が駄々をこねるように、気を引きたくなってしまう。

 が、流石にそれは自重した。色々と先を見据えると恥ずかしい。

 変わりにコーヒーに砂糖とミルクを入れてやった。この店は基本的にコーヒーはブラックで出てくる。店主の拘り、とまではいかないが基本的にブラックしか飲まないためだ。

 故に席には一応、砂糖坪とミルクポットが置かれている。どちらもコーヒーを飲むことに関しては妥協しない昼也が拘ったモノであるため品質はどちらもお墨付き。神の舌を持つえりなでも満足できる。

 しかし、置いてあるからとはいえ、自分のブレンドにケチつけられたような気がして昼也はコーヒーにそれらを入れられることをあまり好まないのだ。

 怒鳴りはしない、咎めはしない、ただ、チラリと見る。

 気付くか気付かないかのほんの刹那だが本から視線を外してその客を見る。

 その事に気付いたのはずいぶん前だ。昼也が始めてコーヒーを振る舞ってくれた時にまだ小さかったえりなは思わず砂糖とミルクを入れてしまった。

 他人に興味が無くともまだ子供、自分の一杯に今に比べれば露骨な反応をしたのだ。

 それ以来、えりなが気を引きたい時には出されたコーヒーに砂糖とミルクをほんの少し入れるようになった。

 

「…………」

 

 チラリとえりなへと視線を送り、再び本を読もうとした昼也だったが、一ページも進めることなく本を閉じると小さく息をついた。

 顔をあげて柱時計を確認し、暫し考えると立ち上がってキッチンへと消えていく。

 いつものパターン。案の定彼は両手にそれぞれ白い皿を持って戻ってきた。

 その二つをそれぞれえりなと緋沙子の前に置き、そして新たなカップを二つ取り出すとどちらにも黒々とした液体を注ぎ込む。

 

「これは…………」

「フォンダン・オ・ショコラ、ですね」

「……………………こっちもな」

 

 白い皿に鎮座するチョコレートケーキ。粉砂糖がまぶしてあり、その上にはミント、傍らにはディッシャーで盛られたバニラアイス。

 そして淹れ直されたコーヒーは先程出されたものよりも更に濃いめであり、苦味が強めのブレンドだ。

 苦いものには甘いものを合わせる。ティータイムの基本の形と言えるだろう。因みに酸味が強い場合は口当たりのサッパリしたレモンパイやチェリーパイ等の果実を使った爽やかなデザートがよく合う。

 さて、件のフォンダン・オ・ショコラだがフォークをいれれば中からトロリとチョコレートが溢れてくる。

 その一口を頬張れば自然と頬が緩んで幸せの中へと誘われていく。

 

「ん~~~…………!」

 

 幸せな笑顔を見せるえりな。隣の緋沙子も同じく夢見心地を味わっていた。

 この店が客が少ないお陰で周りに気を使うことなく美味しさに浸ることができる。

 甘さ控えめのアイス、甘いが同時にほろ苦さも若干感じられるショコラ、そしてそれらの甘さを完璧に調和して流してしまうコーヒー。

 正に至福の時。

 その傍ら、再び安楽椅子へと戻った昼也は一緒に持ってきていた出来損ないのチョコレートケーキを片手にコーヒーを味わっていた。が、その表情は特に変わらない。砂でも食べてるのかと思われるほどに無表情だ。

 いや、何も味覚障害等ではない。単にこれが普通なのだ。

 つまりは彼以外が食べて感動する味でも彼にとっては普通。いつもの味でしかない。

 彼が最後に他人の料理を食べたのは五、六年前、先代の店主がまだ生きていた時だ。因みに人付き合いが明確に悪くなったのもそれぐらいからだった。

 本性が出た、というよりは大切な部分が欠落した、といった感じか。

 コーヒーに情熱を注いで突き詰めていき至高の一杯─────に至る直前での停滞。完成など無い、と言われてしまえばそれまでだ。それでも彼は止めることはない。

 何せ、それこそが─────

 

「昼也君、大丈夫かしら?顔が青いわよ?」

「……………………おう、問題ない」

 

 思考が迷走し埋没していた昼也の意識はえりなによって引き戻された。

 なるべくいつも通りを心掛けてえりなへと視線を送れば心配そうにこちらを見ている。それは隣の緋沙子もだ。

 彼女とて本気で昼也を嫌っているわけではない。何よりも主であるえりなを救ってくれた恩人だ、嫌いになるはずもない。ただ、ちょっとだけ無視するその反応の無さが癇に障るというだけだ。

 二人の心配にさすがの昼也もばつの悪い表情となり顔をそらす。

 らしくない。ここ最近この店を離れる選択肢を与えられているからだろうか。

 

「何でもないさ。風邪でもひいたかね」

「…………本当かしら」

「嘘ついてどうするんだよ。ほれ、店閉めるから帰りな」

 

 シッシッと猫でも追い払うように手を振る昼也。

 明らかにおかしいことは明白だが二人は突っ込めない。何か言おうと口を開き、結局言葉は紡がれず、代金を置いて店を後にした。今回は封筒は無しだ。

 カランカラン、と扉のベルが虚しく鳴り、店内には昼也一人。安楽椅子に深く腰掛けて上を見上げたその表情は髪が目元にかかって窺うことが出来ない。

 ただ、ただ、静謐だけが耳に痛く、虚しさを表す。それだけだった。

 

 

 ◇■■■◇■■■◇

 

 

 数日後、─喫茶 mid night─の表には“close”のプレートが掛けられており、中の電気は消えていた。

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