喫茶ーmid nightー 作:江月
─喫茶 mid night─
隠れた名店としてその筋では有名な喫茶店だ。
だが、ここ数日は様子がおかしい。
二桁に到達するほどの間、一度として開かないのだ
界隈では夜逃げやら何やらと真しやかに語られているが、真相が出回ることはない。
そんな話題の種であるとうの物臭ダメ店主はというと──────彼は今京都に居た。
何故、京都?と問われそうだが、理由も一応ある。
古都京都、寺社仏閣の京都、といったイメージが強いが、もう1つの側面として学生の町、というのもある。更にそこに併せてここはカフェが乱立する地帯でもあるのだ。
そして、その地帯ならではといっても良いのか、質の良いコーヒー豆の卸売り業者も幾つか店を構えている。
そう、昼也は豆の仕入れに出ていたのだ。
昨今はネットでも注文できるが、やはり自分の五感で選んだものが一番しっくりくるという理由から時偶彼は京都を訪れる。
意味深な幕引きがあった気もするがこれは必要なことだ。何よりコーヒー豆の買付だけが用ではない。
むしろそちらはついで。本命は別だ。
「おっさん、目が鈍ったな」
「ぐっ……………………そんなに悪いか?」
「少なくとも、去年の奴よりは質が落ちてるな」
「そうか……………………買うか?」
「おっさんが後ろに隠してる質の良い奴を、な」
「……………………お前さん、犬みたいになってるな。ほれ、伝票」
「代金は着払いな」
「分かってるっての。まいどー」
京都にすんで30年でありながら、京言葉はおろか関西弁すら使わないおっさんが営む卸売り店を出てきた昼也は腕時計を確認すると空を見上げた。太陽が丁度真上にあり、眩しい。
いつもならここおっさん、異常なまでに渋ってくるのだが、今日はアッサリと彼を解放していた。
結果、時間がポッかりと空いてしまい暇、という有り様だ。
有名な観光地である京都だが、流石に二桁以上訪れていれば行く場所も特に無い。
仕方がない、と1つため息をついて彼は歩き出す。予定は早まったが、その分長居をすれば良い、という発想のままやって来たのは小さな花屋。
「あら、夜帳の坊ちゃん。いつものやつかい?」
「………坊ちゃん呼びはやめねぇ?」
「アッハハハ!坊ちゃんは坊ちゃんさ。まだまだお子さまじゃないか」
「一応これでも、店主なんだが?」
「あたしから見ればまだまだ子供さ!」
快活に笑う女将に昼也はゲンナリとした表情だ。
この花屋も先程の卸売店と同じく昔からの行き着けというもの。それこそ女将の言うように幼い頃からの知り合いだ。
当の本人にその事を問えば物凄い表情で睨まれることだろう。
女将は一頻り笑いながらもその手を止めることなく、やがて1つの大きな菊の花束を作って持ってきた。
白い菊の花束。受け渡す際の女将の憂いを含んだ表情は恐らく見間違いではないだろう。
その表情を見て見ぬふりして彼は代金を払うと店を出ていった。
次に目指す場所は少し遠いが、ちょうど時間も空いたと言うことで歩いてその場所へと向かう。
古都の街並、その中を花束を担いだ少年がフラフラと歩いている。平日の昼間に、だ。
一応、人通りの少ない道を進んではいるがそれでも0ではない。道行く人は、差はあれども昼也へと不躾な目を向けてきていた。
だが、昼也は気にしない。一々他人の視線やら評価を気にするような気質ではないのだ。
むしろ逆に眠たげな表情で辺りを見渡し、見返す。生気の抜けた顔だ。夜道で会えば悲鳴をあげて逃げ出したくなるかもしれない。
幽鬼のように歩む昼也だが、その足取りは意外にも力強く確りしている。いや、いくらもやしっこでもそれ位は普通に可能か。
とにかく彼は一心にある場所を目指し、歩き、歩き、歩き、漸く辿り着く。
そこは、墓地。小高い丘に設けられたそこには多数の御影石が乱立していた。
昼也は入り口の近くにある流しに無造作におかれた木桶に水を注ぎ、柄杓と一緒にそれらを纏めて持つと、墓地へと足を踏み入れた。
平日、それもお盆などではないため辺りに人影はない。埋め込まれた石畳に、コツコツと靴底がぶつかる音が定期的に響き、やがて止まる。
そこは墓地の最奥、隣接する林との境界線上に建てられた大きな墓だった。刻まれた文字は“夜帳”。
ここは夜帳一族の墓なのだ。因みにもっと言うならこの墓地の土地所有者は彼等だったりする。何でも昔、バカみたいに儲けた先祖が後世の世に金は残さん!と決めたらしく散財した結果なのだとか。
最後には散財が過ぎてスッカラカンの一文無しになったようだが、この土地は今でも夜帳のものであり、管理のみを寺に任せている次第だ。
そんな場所で昼也は墓石に水をかけ、花を供えるとその眼前でドッカリと胡座をかいて座り込む。
何を言うでも、何をするでもなく。ただひたすらに墓石を見上げ、見つめ、その場から動かない。
サラサラと風が流れる音があるだけ、林が近いからか外の喧騒もここにはあまり届かないのだ。
どれ程の時間そこに居たのだろうか。既に太陽は没しかけており、彼の名字でもある夜の帳が降りてきていた。
「で?何か用かよ、爺さん」
「お主くらいであろうな。儂をそう呼ぶ者は」
胡座で片肘をついて気怠い様子で呟かれた問いに返ってくる老練な声。いつの間にか昼也の背後には着物姿の老人が腕を組んで立っていた。右目に大きな傷があり、袖から覗く腕の筋肉が逞しいこの老人は薙切仙左衛門。食の魔王とも呼ばれる料理界の重鎮だ。
普通ならば仙左衛門にこの様な口の聞き方をすれば周りが黙っていないのだが、薊と同じく彼等のやり取りはこんな感じが当たり前となっている。
「旭が死んで何年になる」
「……………………耄碌したかよ爺さん。確か5年だ」
「お主の時は止まったままか?」
「…………関係ねぇだろ」
不貞腐れた様に呟き立ち上がった昼也は空になった木桶とその中に柄杓を突っ込んで仙左衛門の隣をすり抜けて去っていく。が、何故か足音がついてきていた。
「…………マジで何かあるのか?」
「ふっ、なぁに儂も帰るだけの事よ。お主が気にすることなど何もないであろう」
「いや、爺のストーカーとかごめん被るって話だ」
「本当に肝が据わっとるのぉ、旭のバカを思いだすわい」
「そのままあの世に引っ張られちまえ」
墓地を出ればそこにあるのは黒塗りの高級車。運転手が出てくると後部座席を開けて恭しく一礼してくる。
仙左衛門が乗るのを見て、やっと解放される、と片を回していた昼也だったがあることに気付いた。
車が発車しない。それどころか運転手も一礼したまま動かないのだ。嫌な予感が生まれるというもの。
暫く無言の抵抗を示したが、元来流される、というより流れに身を任せるタイプの昼也は諦めのため息をつくと車へと乗り込んだ。
バタリと扉は閉められ、運転手も乗り込み走り出す。車内は無言。
考えても見てほしい。ヤクザな見た目の爺さんの隣に座って車に乗る。この時点で辞退したくなるというものだ。
窓枠に肘をついて流れていく京の町並みを見ている昼也。その目は酷く虚ろだった。
出来れば降りたいと思っているがもやしっこにスタントマンの真似事など出来る筈もない。視線を合わせないように外を見るのはちょっとした抵抗だ。
「……進学先は決めたのか?」
静寂を切り裂く仙左衛門。しかし昼也は答えない。
何故か?自分の店の店主という名のニートへの道を閉ざされないためだ。
適当な高校を挙げるのも手だが、薙切の家の情報網を駆使されれば数時間と掛からず看破される事が目に見えているため、不用意な発言も出来ない。
結果の沈黙だが、顔を逸らしていることで仙左衛門へと向けている後頭部にプレッシャーが突き刺さる。
一分、二分、と時間は過ぎて、やがて昼也は諦めたのか口を開いた。
「進学はしねぇよ。俺はこのまま…………」
「遠月に来い」
言い切る前に言葉を被せられた。
渋々、向き直れば、強い視線に射竦められる。
「お主の止まった時を動かすものが居るやもしれぬぞ?」
「…………それは、他所でも」
変わらないだろ、と続くことなく昼也は口をつぐんだ。
目を見て直ぐに分かった。自分の返答はyesしか求めていないのだと。
だが、某奇妙な冒険の漫画家ではないが簡単に頷くならば彼はこんな性格になっていない。むしろ、Noと言いたくなってしまう。
とはいえ単に拒否するのでは堂々めぐりというもの。そも、昼也は何故ここまで誘われるのかが分からないのだ。己の才を知らないが故の疑問だった。
「何で俺なんだ?」
「ふっ、知れたこと。儂は才有るものがこのまま野に埋もれるのが我慢ならんのだ」
「才、ね…………はぁ…………………仮に行くとして、だ。辞めるのは自由か?」
「お主も遠月のシステムは知っておろう。才がなければ去る、それだけよ」
「返答になってねぇぞ、爺さん。辞めても良いんだな?」
「…………直ぐに辞められては儂らの面目丸潰れということを理解しておけ」
「……………………」
仙左衛門の言葉に昼也は沈黙を返答として、目を閉じた。
車は止まることなく走り去り、やがて峠があったのか、その先へと消えていくのだった。