喫茶ーmid nightー   作:江月

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九杯目

 遠月茶寮料理學園

 料理界のエリートを産み出す弱肉強食の魔窟にして外道も蔓延る人外魔境。在籍するだけでも相当であり、大抵のモブ達は進級すらも出来ない事などザラである。逆に進級出来た者はモブであっても腕利きの強者となるのだ。

 

「進級試験落ちたァあああ………!」

「もうダメだ……!お仕舞いだ………!」

 

 そして、この學園は無駄に広い。具体的には事務棟から編入試験を行う試験会場まで凡そ三キロ。直線距離で三キロだ。因みに直通の道はない。

 

「頼む!金なら幾らでも払う!だから息子の退学を取り消してくれぇ!!」

 

 ……………………先程から道を進むだけで阿鼻叫喚なのはどう言うことだろうか。前者に至っては絶望感が半端なく、後者に至ってはすがられた職員は無視を決め込み取り合おうとしない。

 

「…………地獄かよ」

 

 ズボンのポケットに手を突っ込んで死んだ目で呟いた彼は深々とため息をついた。

 本日は編入試験が開催される日。彼、夜帳昼也もその試験を受ける一人だ。

 薙切の離れに住み着いていたのだから、送ってもらうことも出来だろうに、態々歩いての登校。理由としてはやはりこの學園、延いては料理界において“薙切”という名前が効きすぎるということにある。

 食の魔王、神の舌、その他諸々。ビックネーム過ぎる。編入生である昼也がそんな者達と共に學園に来たことを見られれば裏口などと余計な噂が立ちかねないのだ。

 本来ならばあり得ない事でも、殺伐としたこの學園ならば噂を信じるものが大多数となるのは明白。居心地が悪ければ速攻で調べものを終えて學園を去りかねない。それは困る。

 とはいえそんな思惑に関して露程も関知していない昼也からすれば鬱展開を回りで見せられてゲンナリしているところだ。正直帰りたい、というのが彼の心情である。

 どこの世紀末だよ、と。

 その内心を表すように彼の足取りは遅い。亀の歩みとどっこいどっこいの遅さだ。

 

「帰りてぇ……………………」

 

 今更ながら彼の格好に言及しよう。白の長袖シャツに黒の薄手のベスト、赤のリボンタイに黒のズボンという出で立ちだ。店ではここに右大腿部にポケットのある黒のサロンエプロンを着けていた。イメージ的にはバーテンダーが近いだろうか。

 そんな格好の眠たげな目付きの悪い三白眼の少年が猫背に歩いていれば、それは注目を少なからず集めるというもの。

 

「よう!お前も編入試験を受けるのか?」

「…………ん?」

 

 話しかけるは赤毛の少年。顔の左斜め上の眉尻付近に切り傷のある少年だった。

 学ランの彼は仲間を見つけた、というような表情で片手をあげて昼也へと近付いてくる。

 

「誰だ………?」

「俺か?俺は幸平創真だ。よろしく」

「…………夜帳昼也」

 

 これが二人の最初の出会い。極々普通の対面なのであった。

 

 

 ◇■■■■■◇

 

 

「へぇ、昼也は喫茶店やってるのか。オススメのメニューとかあったりするのか?」

「いや、うちはメニューとか出してないんだ。基本的にコーヒーだけだな」

 

 ベンチに腰かける二人。意外にも話は弾んでいるらしく話題は各々の店のことであるらしかった。

 無表情である昼也を見ていると本当に盛り上がっているのか甚だ疑問も出てしまうというものだが、そこは目を瞑る。

 彼等の周りでは黒塗りの高級車やら、そこから下りてくるお坊ちゃんやら、それに付き従う護衛や執事やらで溢れかえっている。先程、昼也に話しかける前に創真が話しかけた相手もフランス料理店の御曹子であった。

 つまりは金持ち揃いの中に異物が二人紛れ込んでいる形になっている。当の二人は全く気にしていないが。

 そも、料理の腕に金持ちかどうかなど関係がない。どれだけの名店であろうともその跡取りが皆類稀な才覚を持つ事無く、高い食材が使えるから料理が上手くなるわけでもない。

 その点において二人は似ていた。料理に貴賤は無く、また、食材にも貴賤はなし。

 ただ、己の培ったモノで勝負する。そんなスタンスだ。

 

「そういえば、編入試験って何するんだ?」

「えり……………………俺の知り合いが言うには料理だとよ。試験官が出すお題をクリアすれば良いんだと」

「お題かぁ。ま、何が来ても問題はないか」

「自信あるんだな。定食屋はフランス料理とかも出すのか?」

「いや、出さねぇよ?けど、お客の要望に答えないのは料理人失格じゃねぇか」

 

 快活に笑う創真。彼の論だと昼也は料理人失格になるのだが、そこは言われた当人も口には出さない。自覚はあるのだ。

 似ている、と先程表現したが、それは料理に対するスタンスのみ。例えば客に対して要望にできる限り応える創真に対して昼也は客を無理矢理自分の土俵へとあげてしまうのだ。

 味に浸らせ、味に没頭させ、他は何も感じさせない。完璧なバランスで作られる料理とコーヒーはそういう代物だった。

 ふと、コーヒーが飲みたくなってしまう昼也。しかし、周りには自販機などはない。暫く考え込んで、ピコンと豆電球が灯るような閃きが訪れた。

 彼はベンチより徐に立ち上がると、そのまま試験会場へと足を向け、歩み出したのだ。

 

「あ、おい、どこ行くんだよ!」

「試験会場。コーヒー飲みたいんでな」

「ちょ、待てってば!」

 

 その背を追いかけ走る創真。波乱の編入試験、いったいどういう事になる事やら。

 

 

 ◇■■■■■◇

 

 

 遠月十傑評議会。その名の通り十人で構成されており、生徒の憧れの的でもある。

 彼等の、彼女等は料理の研鑽に対する様々な行為が許され、この學園の資金から、既に絶版したような古いレシピ、希少な食材等、それらの恩恵を優先的に受けられる者たちなのだ。

 

「本日の編入試験を一任されました、薙切えりなと申します」

 

 編入生の集団の前でえりなはそう自己紹介した。

 たったそれだけで編入生の大半は顔を青くして、冷や汗を流し、後ずさるものも居るほどだ。

 そんな彼らを冷めた目でえりなは見つめていた。いつぞやの昼也が水原に向けた視線とも張り合えるほどに冷たい。彼女が美人であることも相俟ってみられた方はダメージがでかいというもの。

 しかし、一瞬だけその視線は緩んだ。瞬きほどのほんの一瞬だったが。

 

(良かった、ちゃんと来てるわね)

 

 その視線の先に居たのは、カップを片手にコーヒーにありつく昼也の姿。

 この男、試験会場へと来るなり勝手にコーヒーを探しだしブレンドすると自分で淹れて飲み始めたのだ。周りでは今か今かとハラハラしている他の編入生を無視しての振舞い。

 何人かはそんな昼也を鼻で笑っていたが、コーヒーの香りが鼻を擽るとその目を見開くものが後をたたなかった。

 香ばしく、それでいて上品な魅惑の香り。

 自然と視線もそちらへと向いていき、いつの間にかシンッと静まり返る試験会場。その中で響くカップとソーサーがぶつかる儚い音。

 そして今も試験官であるえりなが来たことにも気付かずにコーヒーを楽しんでいた。とんだ暴挙である。

 だがしかし、えりなは満足そうにすると編入生達へとお題を投げ掛けた。

 

「作る品は卵使ったものよ。それから──────」

 

 そこで一度切り、不敵に笑む。

 

「これから1分だけ、受験の取り止めを行いましょう」

 

 それが限界だった。

 如何に傲慢不遜な態度とっていようとも神の舌に対抗できる腕など持ち合わせていない編入生達は一気に逃げ出してしまう。

 残るのは未だにコーヒーに舌鼓を打つ、昼也とその隣で目を丸くして見ていた創真の二人だけ。

 えりなとしては残るのは昼也だけのつもりだった為に柔らかなの笑みを向けようとして、先に創真の姿を視認して表情筋を全力で動かして取り繕う。

 幸いなことにどちらにも気付かれなかったが、えりなの耳は赤くなってしまっていた。

 

「何でもいいのか?」

「…………ええ、卵を使った一品であること。それが条件よ」

 

 創真の問いに、返ってくるのはつっけんどんな返事。暗に、何故居るのか、と問うているのだが、もちろん彼はその裏には気づけない。頭に手拭いを巻くと、勇んで調理台へと向かっていった。

 残るは面倒くさそうに顔をしかめた昼也のみ。

 

「目玉焼きとかで良いか?」

「…………言っておくけど満足でき無ければ私は笑顔で不合格にするわよ?」

「……………………んじゃ、オムレツな」

 

 ガリガリと数度頭を掻いて昼也は卵とバター、油、塩、その他調味料を手に調理台へと向かうのだった。

 

 

 ◇■■■カット■■■◇

 

 

 出されるのは白い皿。その中央に鎮座するはふわとろに仕上げられたプレーンオムレツ。ふわりと香るバターの香りと卵の匂いが合わさり最強に見える。

 調理過程?バランスを極めただけで至ってノーマルな作り方をしたためにお蔵入りとなりました。

 完成した一皿。それに注目するのはえりなと緋沙子、そして匂いを嗅ぎ付けた創真の3名。作った当人は興味が無いらしく欠伸をしながらそっぽ向いていた。

 先ずは一口目。添えられたフォークを手にとって、端から切り込んでいく。掬い上げ、一口。

 卵の旨味と、バターの香り、そして完璧に計られた調味料による味覚への衝撃は計り知れない。

 二口、三口と止まること無くフォークは動き続け、やがて空しく皿と擦れ合うことで終わりを告げた。

 

「……………………合格よ」

「…………そうかい」

 

 余韻に浸りつつも下された、合格。昼也は一言返すと、その足で試験会場を出ていってしまった。

 3人は誰一人として彼を留めようとしなかった。

 えりなは未だに味に浸っており、その隣では緋沙子が涎を我慢しつつ皿を凝視し、創真は越えるべき壁を見せつけられたようで武者震いしていたためだ。

 この日をもって、物臭ダメ店主は望まぬ面倒ごとに巻き込まれ続けるのだが、それはまた後の話。

 

「そういや、俺って何処から通うんだ?」

 

 夕焼け空に呟かれたこの一言、カラスがバカにしたように鳴きながら彼の上を悠々と飛び去っていくのだった。

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