戦争が単なる経済活動と化し、大衆の娯楽なった現代。戦争観戦が好きな僕らはとうとう戦地において生の戦争を観に行くことにしたのであった。

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みんなの戦争

 兵士達は厳めしい表情で互いの装備を確認した。観る者の息を止めてしまいそうな。生ぬるい平穏に浸っている一般人には到底真似出来ないような。そんな緊迫した空気がそこにあった。

 異常無し。上官はそう判断すると、必要最小限の単語を発する。突入の合図だ。

 かなりの重装備にも関わらず、兵士達は迅速に駆けて行く。それは訓練された人間のみが為せる業だ。目指すは敵軍基地。但し基地と言っても、民家に偽装した隠れ家のようなもので、どうやら諜報や偵察の際に補給地点も兼ねて利用されているらしい。予想される敵兵の数は十人程度。

 先陣を切る兵士が戸を蹴破る。突然の襲撃に対応出来ない敵兵に、間をおかず後続の兵士が発砲する。鮮やかに咲く赤い花は逆説的に生の美しさと素晴らしさを観る者に訴えかけ、響く銃声と悲鳴はある種の荘厳なオーケストラとして聴く者の心を振るわせた。

戦闘は、奇襲による一方的な殲滅がそう呼べるならの話だが、突入から終了まで十分とかからなかった。こちら側の死傷者はゼロ。完璧な勝利だ。

 

 

 兵士達が無事に自軍の基地に帰還するのを観ながら、興奮が醒めやらない僕は大きく息を吐いた。しめやかなエンディングが流れ始める。隣を見ると彼女もぐったりと体をソファに預けていた。僕の視線に気付くと、彼女は少し気怠そうに微笑んだ。

「凄かったね」

「うん、凄かった」

 しばらくして、彼女はピョンと立ち上がり、冷蔵庫の扉を開けた。

「何か飲むー? 私はビール飲むー」

「あー、じゃあ僕も」

「イエッサー、ってあら、ビール切らしてる」

 彼女は冷蔵庫を覗き込みながら言った。

「ああ。ごめん、そう言えば昨日全部飲んじゃった」

「そっ。じゃさ、ちょっといつものところまで飲みに行こうよ。なんか今日は無性にアルコールが欲しい気分」

 いいよ、と僕も立ち上がり、番組が終わってからつけっ放しだったテレビの電源を消した。

 

 

 いつもの店に入ると、カウンターから僕達の名前を呼ぶ者がいた。どうやら大学からの友人が一足先にいたようだ。僕達は彼の隣に座る。

「おい、今日の戦争は最高に面白かったな。敵は全滅、味方は無傷。最高だ」

 アルコールが僕達の元に届くと、友人は皮切り一番に言った。

「ああ良かった。興奮したよ」

「ね、サイコーだったよ」

 僕と彼女もここぞとばかりに同意する。

「これで俺達の勝利にまた一歩近づいたな」

「ま、元々こっちが優勢だったしね。勝利はほぼ確実だよ」

 今日の戦闘は相手の数少ない反撃の芽を潰すためのものだ。このままいけばこの国の勝利は間違いないだろう。

 いまや戦争は国民のものとなった。かつてマスメディアによって大々的に宣伝され、政治が大衆化したように戦争もまた同じ道を辿ったのだ。

 倫理。道徳。教育。反対論者が馬鹿みたいに繰り返すお題目よりも、苛烈なまでに生々しいリアルの方が、よっぽど有益に違いなかった。そして何より、戦争ほど面白い娯楽はない。今ではどこもかしこも戦争一色だ。

「あっちもそろそろ降伏するんじゃないかなあ」

「ええ。どうやらこちらの要求通りに関税を引き下げる準備をしているらしいですよ」

 彼女の呟きにバーテンダーが答える。

「へー、そうなんですか」

「だろ? 俺達の勝ちだよ」

 グラスを傾け、友人は上機嫌に笑った。

「あちらさんは相当まいってるんだよ。ま、でもどうせそれ以上に儲けてるんだろうけどさ」

「だろうねー。戦争のおかげで今景気が良いしね。ほら、私の会社も食品系だからさ、もう大忙しだよ」

「こっちも戦争があると変な犯罪が減って助かるよ。交番に来るのは方向音痴と浮かれた酔っ払いだけさ」

「私も――」

 バーテンダーは静かに口をはさんだ。

「私もこうして皆さんが来てくれて大変助かっています」

「じゃあ、まさに戦争様々だ」

「全くだ。よしよし、それじゃここで乾杯の一つでもしようじゃないか。ほら、マスターも付き合ってよ」

「では失礼して」

 友人の言葉に従い、それぞれがグラスを掲げる。

「戦争を祝して――乾杯!」

 アルコールが並々と注がれたグラスは実に陽気な音色を奏でる。それから僕達は夢中になって戦争の話をした。

 

 

 しばらく経ったある日。僕達はいつもの店で飲み交わしていた。

「あのさあ、相談があるんだ」

 友人は秘密めかした口調で言った。だがその表情はこの重い悩みを抱えたというよりは、遊びに行きたくて仕方ない子どものそれであった。

「相談?」

「ああ。実はさ、俺、戦争に行こうと思うんだ」

「え?」

 と僕の口から驚きが零れる。

「まさか、入軍するつもりなのかい?」

「軍事訓練ってもうホントきついんでしょ? 大丈夫、耐えられる?」

「いや」

 僕と彼女が尋ねると、友人はそれをあっさりと否定した。

「違う違う。観に行くのさ」

「観に行くって……どうやって?」

 一般市民は戦地に行くことが固く禁じられている。戦地に行くことが許されているのは原則として兵士とマスコミだけだ。

「それはな、ほら、もうすぐ戦争も終わりそうだろ」

「うん、確かに噂になってるね。停戦交渉が秘密裏に始められたとかなんとか」

「ああ、あった、そんなの。楽しい戦争も終わりかあ……。だけどそれが何か関係あるの?」

「あるんだな、それが」

 友人は嬉しそうに説明を始めた。

「実は調べてみたんだけどさ、戦災復興っての、そういう支援ボランティアには特別に戦場に行く許可が出るんだよ。それに参加しようと思うんだ。と言っても俺が参加するのは、戦争観戦が本音の集まりだけどな」

「へえ、そんなのがあるんだー。面白そうだね」

「流石にもう大規模な戦闘はないらしいけど、上手くいけば小競り合いは観れるってさ。どうせならやっぱ生で戦争を観てみたいじゃないか!」

「うんうん、わかるわかる。ねねっ、私達も参加しようよ」

 彼女は友人の話を聞いてぐいぐいと僕の腕を引っ張った。

「いいけど、何か特別なものが必要だったりするのかい? あと、仕事もあるからあんまり長い期間は難しいな」

「いや、何回か講習を受けるだけでいいんだ。期間もそんな長いわけじゃない。今回は一週間くらいだそうだ」

「なんだ。それだけでいいのか」

 随分と簡単そうだった。それならこんな素晴らしい機会を逃す手はない。画面越しに観るだけでは物足りなさを感じていたところだ。どうせなら戦争を体感してみたかった。

「わかった。じゃあ折角だし僕達も観戦しに行こうか。その、手続きとかはどうすればいいんだ?」

「任せとけって。俺が全部やっといてやるよ」

 友人はにやりと楽しそうに笑った。

 

 

 友人の言葉通り講習は大したことなく、僕達は無事に戦地へ行く許可を得た。

 そして今、僕達は飛行機を乗り継ぎ、とうとう戦地を踏みしめている。

 現地到着から二時間後に自国の部隊と合流、拠点まで移動し、今日は休息に充てる予定となっていた。建前の支援活動は明日からだ。

 僕はそっと懐にある拳銃を触る。僕はこれで人を殺すかもしれない。手の震えは恐怖とは別のものだった。

「ワクワクするね」

 彼女が悪戯を打ち明けるような声で囁く。

「うん。凄い……」

 僕と彼女だけではない。ボランティアとして来た者全員が思い思いに興奮を噛みしめていた。

 アクシデントにより部隊の到着が遅れるとの連絡が入ったので、僕達は少しだけ散策をすることにした。皆、最初は戦闘が観られるかもしれないと期待していたが、残念なことにどうやら今は小康状態らしい。戦闘はおろか兵士の姿すらお目にかかれなかった。

しかし合流時間が迫り引き返そうかという頃、前方から二十人程度の集団がこちらに向かって来るのが見えた。一転、緊張が走る。

「敵軍かな?」

「いや、服装もバラバラだし民間人じゃないか。それか俺達みたいなボランティアか」

「ああ、なるほど」

 僕と友人が話し合っていると、向こうの集団が愛想良く手を振る。どうやら友人の言った通りあっちもボランティアのようだった。こちらの人間も安心して手を振り返す。

「おーい! おーい!」

 友人は先頭に立ち、何が嬉しいのか一際大きく手を振っている。そんな彼の姿に苦笑していると、突然乾いた音が響いた。と、同時に友人の胸から真っ赤な液体が噴き出す。友人はくぐもった呻きと共に崩れ落ちた。

「え?」

 誰かが間の抜けた単音を漏らす。それを合図にしたかのように再び乾いた連続音。またばたばたと人が倒れる。どれもテレビを通じて馴染みの深いものだった。

襲撃。

 自分達の置かれた状況をようやく理解すると、僕達は深い恐慌に呑み込まれた。皆、我先にと蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出した。僕も恐怖に煽られて走り出す。

「待って、助けて!」

が、不意に誰かに右足を強く掴まれ、僕は立ち止まらざるを得なかった。足元を見ると、彼女が地べたに座り込んでいた。その真っ赤に染まった脇腹からは滴る血液は、彼女の小さな手では止められそうにない。僕は思わず手を差し出した。

だがその時、こちらに銃口を向け、意地悪く歪む笑みが僕の視界に飛び込んで来た。それは怪我をした彼女の姿よりもなお強烈なものだった。殺される。おぞましい恐怖が脳内を真っ黒に塗り潰す。僕は彼女を蹴り飛ばし、全力で逃げた。後ろから彼女の叫び声、そして銃声が聞こえた気がした。

 僕は必死に走った。だが、退路は既に伏兵によって塞がれており、先んじていた人達が凶弾の餌食となっていた。一部の人は拳銃を取り出して応戦しているが、明らかに劣勢だ。

 死にたくない。敵を殺さないと殺される。死ぬのは嫌だ。僕は無我夢中で懐から拳銃を取り出し、ただ目の前にいる人間に向かって引き金を引いた。背後から予想だにしなかった銃撃を受けて、彼等は次々と倒れていった。

 そして何発撃ったのだろうか。僕は急に腹部に熱いものを感じた。触ってみると、ぬるりと赤い液体が指にまとわりつく。痛い。撃たれたのだ。そう知覚すると、急激に体の力が抜けていく。痛い。怖い。嫌だ。死にたくない。闇に沈んでいく意識の中、僕はただそれだけを思い、地面へと倒れてた。

 

 

「……んっ」

 気が付くと、僕は白い簡易ベッドの上に寝ていた。

「ここ、は?」

「おお、良かった。目を覚ましたか。ここは軍の診療所だ」

 僕の呟きに、近くにいた軍服の男が答えた。

「助かっ、た?」

「ああ。君達が襲撃された時、合流のため我々の部隊もすぐ近くまで移動していたのが幸いした。そうでなかったら間に合わなかっただろう。君達を襲ったのは敵国の民間人で、どうやら以前からこのような卑劣な行いをやっていたらしいな」

 その後も軍人は色々とこれからのことを話してくれていたが、僕は上の空だった。生きている。それは原始的な喜びだった。僕は生きている。……僕は? なら他の人はどうなったのだろうか? 急に暗い不安に襲われ、軍人に尋ねる。

「すみません。あの、他の人は……?」

「……半数以上が死亡、残りの生存者の殆どが重傷。正直な所、君はまだ運の良い方だ。今夜が峠の人も多い。だが正面に加え、背後からも奇襲を受けたのに君達はよく戦った。心からそう思うよ。なにせ相手は兵数、装備、経験、どの分野においても君達より勝っていたのだから」

 軍人はそう言ってから沈鬱な表情で辺りを一瞥した。そこにはずらりと簡易ベッドが並べられていた。その全てに瀕死の怪我人が横たわっており、医師が懸命の治療を施している。

 僕は自分が拳銃を撃ったことを思い出した。その瞬間、目の前で赤い血が醜く飛び散ったことも。僕は人を殺してしまったのだ。そして友人と彼女のことを思い出す。二人とも死んでしまった。それに僕は彼女を見殺しにした。僕が彼女を殺したのだ。

「僕は……人を、彼女を、殺して……!」

 罪悪感という急性の熱病に罹り、声が。体が。激しく震える。

「そうか、初めては女だったか。それは、辛いな」

 軍人は、誰だって初めて人を殺した時はそんなものだ、ここは戦場だ仕方がない、殺さなければ君が殺されていたのだから、と僕を優しく慰めた。

「それに――」

 と、軍人はことさら軽い口調で言った。

「そんなに気に病むことはない。どうせあいつらはTVやインターネットを観て面白半分に戦争に参加したバカ野郎、死んで当然さ」

 


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