アーブラウ防衛軍発足式典。ついにこの日を迎えた訳だが、そのきっかけは二年前、鉄華団が大きく関与したエドモントンでの一件にまで遡る。
今まで四つの経済圏たちは、ギャラルホルンの手によって自らの軍隊というのを保持することが禁止されていた。世界の治安維持を謳う彼らにとって、他所の軍隊というのは徒に戦火を産む可能性がある火種に過ぎなかったからである。もちろん、アーブラウもまたこの例外とは足りえなかった。
しかし膠着した実情は、ギャラルホルンの権威が失墜したことで大きく動き出す。
まずエドモントン市内で阿頼耶識システムを備えたギャラルホルンのMSが暴走、これには非人道的なシステムこと阿頼耶識が搭載されていたのも加味され、世論の批判を一手に浴びた。さらにはアーブラウの政治家とギャラルホルンの癒着すらも明らかとなったことで、とどめとばかりにその権威は地に墜ちたのだ。
故に『こうも腐敗し、不祥事を起こしたギャラルホルンなぞ信用できぬ。これからは自らが自らを守る時代だ』と各経済圏が考え始めたのも実に自然な事であり──ギャラルホルンの改革派筆頭、地球外縁軌道統制統合艦隊司令官たるマクギリス・ファリドの戦力解禁政策もあったことで、とうとう戦力を持つに至ったのである。
◇
アーブラウの軍事顧問を担当する鉄華団の式典における役割は、主に会場外の見回りと警備だ。そのため小綺麗な会場の外には銃を持った少年兵たちや
「なーんで俺たちが外回りなんだろうな? ぜってー俺たちの方がアーブラウの奴らより会場内の警備だって上手いってのに」
「あはは……そういう事は思っても言っちゃ駄目だよ……」
銃を片手に軽口を叩くラックスを軽くたしなめて、タカキは耳を澄ました。遠くから微かに響いてくる堅苦しい挨拶は、発足式典が始まったことを示しているのだろう。いよいよ警備任務も本格的となり、自然と気持ちも引き締まる。
ひとまずタカキはアストンと共に所定の位置に陣取っていた。責任者であるチャドが式典に参加しているため、現在の指揮官は暫定的に彼となっている。そのため下手な姿は見せられないとばかりに、アストンと会話を交わしながらも仕事は怠らない。
「チャドさんが誇らしいのは俺も良くわかるよ。これまで一緒に戦ってきた仲間がこんな大舞台に立てるなんて、昔は全然想像できなかったからね」
「俺もそうだ。同じヒューマン・デブリだった人があんなにかっこよくなれるなんて、夢見る事すらできなかった。でも、だからこそ俺たちもチャドさんを守れるところに居たかったな」
「アストン……」
その気持ちは確かに理解できる。苦楽を共にした仲間だからこそ、晴れ舞台をすぐ近くで応援したいというのは人情だろう。
「でも、それは駄目だよ。だって俺たちの担当は──」
「そうですよ、防衛軍にも沽券というものがあるのです」
「ジゼルさん……えっと、その、どこに座ってるんですか……?」
タカキへと被せるように聞こえてきたジゼルの声は、何故だか上から降ってきた。
アストンと共に反射的に振り仰げば、そこにはMWに腰かけたジゼルが居た。黒いタイツに包まれた足をプラプラとさせ、長すぎる赤銀の髪を風に遊ばせている。姿かたちだけ見れば、そのまま一枚の絵となりそうな光景だ。
「MWの上ですけど。何か問題でも?」
「いや、問題大有りだと思うんですけど……」
「……その開き直りはおかしいだろ」
困惑を隠そうともせずにタカキとアストンは返答した。しかもよく見れば、ジゼルの手には銃の代わりにハーモニカが鈍い輝きを放っている。仮にも鉄華団の一員としてここに居るはずなのに、どこからどう見ても警備している側の人間とは思えない態度には驚くばかりだ。ふてぶてしいというか、マイペース過ぎるというか、ともかく開いた口が塞がらない両者である。
「それでその、沽券というのは……」
「そのまま、防衛軍にも意地があるのですよ。だって今日は防衛軍をお披露目する機会、なのにいつまでも軍事顧問に頼りきりでは示しがつきませんからね」
「つまり、
「正解ですよ、アストンさん」
公の仕事で非常識な場所に腰かけているくせに、言ってることは妙にまともなジゼルであった。
それにしても、なんだかいやに上機嫌な雰囲気があるとタカキは思った。傍目にこそ変化の乏しい表情だが、どこか楽し気な様子を感じさせるのだ。
「何かいいことでもありましたか?」
警備の間の暇潰しがてら訊いてみたタカキに、ジゼルはにこやかに答える。どこまでも純粋で美しい、静かな笑顔で。
「いいえ、これから起こるのですよ」
「それってどういう──」
そこから先の問いは、生憎と耳に届くことが無かった。何故なら、唐突に会場の一角から爆発音が響いてきたから。鈍い音、ガラスの割れる甲高い音、それに人の悲鳴が、一気に会場の内外を覆いつくした。
一拍遅れて、場がハチの巣を突いたように慌ただしくなり始める。会場から飛び出してきた防衛軍側の警備員達など、見るも無残なほどの狼狽具合だ。
「タカキ! どうする、チャドさんは……!?」
「分からない! だけど中の担当は防衛軍側だし、チャドさんならきっと大丈夫だよ! 今は必要以上に慌てず、外から状況を掴むことから始めるんだ!」
「わ、分かった!」
「良い判断です。では、ジゼルは他の方にもそう伝えてきましょう」
「お願いします! 俺たちは向こうで状況を聞いてきますので!」
即座に背を向けて走り出すタカキとアストンを見送るジゼルは、やはり和やかな笑みを湛えている。それから黒煙の立ち上る会場を見上げて、いっそう表情を綻ばす。
だけどそう、もしタカキがその笑みを見ていたならば、きっと先ほどとは違う印象を抱いていたことだろう。純粋に美しく、けれど見る者をどこまでも不安にさせる暗黒の笑みだと。
◇
アーブラウ防衛軍発足式典がテロに見舞われてから、既に三日が経過した。
いまだテロを起こした主犯の影も形も掴めぬまま、徒に時だけが過ぎ去っていく。アーブラウ側は代表である蒔苗東護ノ介が意識不明の重体となり大混乱に陥り、にわか仕立ての防衛軍も培ったはずの力を発揮できずただ奔走するばかりだ。
そして鉄華団もまた、波乱の渦に飲み込まれていた。
「今日で三日……どうしよう、チャドさんも意識が戻らないし、火星の本部とは繋がらないし、俺たちどうすれば……」
「こうなったら俺たちでチャドさんの敵討ちだ! 誰がやったか知らねぇけど、絶対に後悔させてやろうぜ!」
「それは駄目だ! こんな状況で俺たちが勝手に動いたら、取り返しのつかない事になるかもしれない。それだけはやっちゃ駄目だ」
「ぐっ……わかったよ」
渋々諦めてくれた仲間に気づかれないよう、タカキは小さくため息を吐いた。同じようなことを言われるのは今日だけでもう何度目だろうか。その度に逸る仲間たちを抑え込むのも、いい加減に苦しくて仕方がない。
結局、式典で起きたテロに巻き込まれた形となったチャドはそのまま意識不明として指揮が取れず、三日前からタカキが鉄華団をまとめる事となっていた。しかしそうはいっても、思うように行かないことなど山のようにある。
「せめて、団長と話が出来れば……」
その最たる例は火星と連絡がつかない事だろう。どうやら既にラディーチェが火星と連絡を入れてくれたらしいのだが、それ以降タカキには一切通信をさせてくれないのだ。何度頼んでも「既に連絡は入れたし、これは私に一任されている」とばかりで、まるで取り合ってもくれない。団員はタカキを含め通信機器なんてとても使えないから、こう言われてしまっては打つ手がないのだ。今回ばかりは温厚なタカキですら、頭が固すぎるのではないかと恨んでしまったほど。
かといって通信機器の扱えるジゼルに頼もうにも、彼女は三日前から市街地に向かったきり戻ってこない。何をしているのかすら不明であり、こちらに接触することもままならないのだ。
状況は暗闇の中を進む様に似ていた。目隠しをされて、ただ何となく風の流れに沿って進むだけ。けれどその先には何が待ち受けているのかてんで分からず、混乱と恐怖だけが日に日に強くなっていく。
もはや誰もが限界だった。タカキは慣れない指揮と状況に耐えるだけで精一杯だし、団員たちは一刻も早く状況を打開すべく動き出すことを望んでいる。既に地球支部は暴発寸前の銃であり、ほんの少しの刺激さえあれば容易く趨勢は推移していくことだろう。
「どうかしましたか? タカキさん」
──故にそんな事態を待っていたかのように、怪物は姿を現した。
「あ、ジゼルさん! 探してたんですよ!」
「少し落ち着いてください。そう勢い込んでは話せるものも話せませんよ」
ふらりとやって来たのは、これまでどこに行っていたのかも不明だったジゼル・アルムフェルトである。行先すら告げないまま消えてしまった彼女に不満はあるが、それでも今ばかりはどこまでも頼もしい登場だった。
これでようやく打開策が見えてきた。その一心で手短に彼女に一連の事態を説明すれば、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。ジゼルも情報が欲しくて都市部にまで出ていたのですが……そのせいで無用な迷惑をかけてしまったようですね」
「いえ、何も言ってくれなかったのに不満が無いと言えば嘘ですけど、今は責めても仕方ありませんから……それより、何か新しい情報は入ったのですか?」
「ええ、もちろん。どうやら、今回の一件はお隣の経済圏であるSAUが関与しているとか。つまり、このまま行けば戦争になる可能性が非常に高いです」
「そんな……! 戦争だなんて、冗談でしょう……」
絶句してしまう。この平和な地球支部がそんなことに巻き込まれてしまうなんて、とんでもない話だ。しかも現状では火星の団長の指示を直接仰ぐことすらできず、実質的にはタカキが指揮を執って生き抜いていく他ないというのに。唐突に降って湧いた重責に、さしものタカキも膝が震えた。
この時ばかりは、目の前でなんら変わった様子を見せないジゼルのマイペースぶりが羨ましく感じられてしまう。彼女はいったい、何を考えているのだろうか?
「ひとまず、状況は分かりました。ではまずは団長と連絡を取ってみましょう、ついてきてください」
「え、でも今はラディーチェさんが全部仕切ってるって……」
「関係ありませんよ、そんなの」
いっそ傲岸なまでに言い切り、ジゼルは歩き始めた。一拍遅れてタカキも慌ててその後をついていく。
あの頑固な人を相手にどうするつもりなのだろうか。そればかり考えていたせいか、気がつけば事務室に辿り着いていた。たくさんのコンピューターの存在するこの部屋は、通信を一挙に担っている側面もある。
ラディーチェは難しい顔をして、コンピューターと睨み合っていた。けれどすぐにタカキたちに気が付く。
「おや、またタカキさんですか。それに……姿の見えなかったジゼルさんまで。どうしたのですか?」
「えっと、その──」
「火星との連絡を取りに来ました。繋いでもらえますか?」
単刀直入にジゼルが用件を告げた。するとラディーチェは露骨に顔を顰める。うんざりしているというのがありありと伝わってくるその顔に、タカキは初めて彼に反感を覚えてしまう。
「またその話ですか。タカキさんにも何度も言いましたが、火星との連絡は全て私に一任されています。今更あなたが戻って来たところで、向こうに伝えることは何もありません」
「無駄口を叩く前に、早く繋いでください」
「ですから、その必要はないと言ってるでしょう!」
「繋いでください。それとも──ここで死にますか?」
「なっ……! ジゼルさん、それは!」
構えられた銃は、既にラディーチェの方へと向けられていた。セーフティも外されており、いつでも撃てる状態であることを否が応でも悟ってしまう。
ジゼルの瞳は本気だった。通信を繋げないならここで射殺すると、何より雄弁に語ってしまっている。その気迫に呑まれたのか、ラディーチェは「ひっ」と情けない声を上げて、
「そんなもので脅して何になると言うのです! そんな野蛮な手段に私が屈するとでも──」
「そうですか」
気丈にも抵抗の意思を示してしまい、一発の弾丸が撃たれる結果となった。
いっそ笑えるほどに呆気なく、ラディーチェは足を撃ち抜かれていた。痛みに呻きながら椅子から転げ落ちた彼を無慈悲に蹴飛ばしたジゼルは、手早く火星への通信を繋ぎ始める。そこに仲間を撃った感傷など微塵も感じられない。
それをすぐ近くで見ていたタカキは、目の前の光景が信じられなかった。確かにここしばらくのラディーチェは嫌味なほどであったが、それでも躊躇なく仲間を撃つなんて考えれられない。故にジゼルへの反感すらも覚え始めてしまったところで、通信が繋がった。
『どうした? また何か進捗があったか?』
スピーカーから聞こえてきた声に、我知らずタカキは安堵してしまう。間違いなくそれは鉄華団団長オルガ・イツカのモノであり、これでこの意味不明な事態にも光明が見え始めたと無条件に感じてしまう。
「こんにちは、団長さん。お元気でしたか?」
『その声はジゼルか……! ラディーチェはどうした!? タカキは居るのか!?』
「はい、此処に居ます! ですがその、ラディーチェさんが……」
『タカキだな、ラディーチェがどうかしたのか?』
オルガの疑問に答えたのは、当の本人であった。
「団長! 聞いてください、ジゼル・アルムフェルトが何の理由も無しに私を撃ったのです! これは鉄華団を裏切る、由々しき問題ではないですか!?」
「ちょ、ラディーチェさんまで何を!?」
『ほう、ジゼルが撃ったのか』
「はいそうです! 私は誓って、おかしな事などしていないというのに、この女は問答無用で──」
『まあちょっと待て。お前の言い分は分かったが、それならジゼルの話も聞かなくちゃ筋が通んねぇ』
痛みによる興奮もあって喚きたてるラディーチェを制止して、いっそ冷徹な程に鋭い声音でオルガはジゼルへ問いかけた。
『んで、どういう理由があって撃った? 返答次第によってはアンタにけじめをつけなくちゃならないが』
「簡単な事です。団長さん、今回のアーブラウの事件はご存知ですよね? ラディーチェ・リロトはその主犯、ないし関係者の一人と裏で取引を交わしています」
『なんだと……? そいつは本当なのか!?』
「嘘に決まっている! そんなのその女がでっち上げた出鱈目だ──グアッッ!?」
「うるさいので、ちょっと黙っていてください」
足元でなおも主張を続けるラディーチェを、ジゼルは容赦なく足蹴にして黙らせた。しかも彼女の靴はブーツにも似た安全靴で、相当痛かったらしい彼は身を折り曲げて悶絶するばかりである。
もはやタカキは、この状況についていけなかった。この場で何をすれば良いのかも不明瞭なまま、成り行きを見守るしかない。
その時、事務室の扉が勢いよく蹴り開けられた。見れば、アストンが血相を変えてタカキの下へ走ってきている。
「タカキ、どうした!? さっきの銃声は!?」
「あ、アストン! えっと、これは……」
どう説明したものか分からず、ひとまず目線でラディーチェとジゼルを指した。するとアストンもこの異様な状況が見て取れたようで、難しい顔をして黙り込んでしまった。彼なりにこの状況を咀嚼しようと必死なのだろう。
そしてその間にも、ジゼルと団長のやり取りは続いている。
「そちらへと送った資料は要点だけですが、どうでしょう?」
『……こりゃあ確かに間違いないな。通信に関する矛盾も、録音された音声も、鉄華団を売る代わりに金と安全を保障した書面も、何もかもが証拠足りうる。これが全て事実なら裏切り者はラディーチェに他ならないか。だが、これだけ揃ってんならどうしてもっと早く連絡をよこさなかった?』
「すみません、実はジゼルもここまでの証拠を集めきれたのは
『なるほど……ま、一応理には適ってるか』
しばしの間、スピーカーからはオルガの微かな息遣いだけが聞こえてきた。まるで何時間もあるかのように思えたその空隙も終わってみれば数秒で、オルガは既に答えを導き出していた。
『いいだろう。そいつへのけじめはアンタに任せる。ただし、そっちの指揮権はあくまでタカキのもんだ。アンタは好きに動いても構わねぇが、タカキの指示には従え。分かったな?』
「了解しました。精々この状況を見極めつつ、楽しませてもらいましょう」
『頼むから、あんま羽目を外し過ぎんなよ。タカキ、俺たちもすぐそっちに向かう。それまでどうにか耐えてくれ、お前が頼りだ』
「はい!」
それを最後に、通信は切れた。後に残されたのは異様なまでの静寂と、圧し掛かるような緊張感だけ。どうにも息苦しく感じられてしょうがない。
あまりに様々な事が起こりすぎてタカキの頭はパンク寸前であったが、それでも二つほど理解できたことはある。すなわち、ラディーチェは裏切っていて、ジゼルはそれを阻止してみせた。結果だけ見ればそういうことであるのだろう。
「じ、ジゼルさん……結局、俺たちはどうすれば……」
「大丈夫、簡単な事ですよ。裏切り者には死を、それだけです」
いっそ優しく語り掛けながら、ジゼルは床に這い蹲っているラディーチェに銃を向けた。無機質な銃口と鋭い殺意を感じ取ったのか、ラディーチェの身体がびくりと震えた。必死になって身をよじり逃げようとしながら、命乞いをすべくジゼルを見上げる。
「待って、待ってください! 裏切ったのは謝ります! ですが私を唆してきた相手、ガラン・モッサは油断ならない相手です! 私は、そんな彼から君たちを守るためにわざと乗っただけであって──」
「あなたは、そのガラン・モッサという人の目的を知っていますか?」
「知りませんよ! ですが、私ならそれを調べることも可能です! ですからここで殺す必要は」
「そうでしたか。では、死ぬしかありませんね」
突きつけられた銃口に、ラディーチェの弁舌が止まる。どうしようもなく逃れられない死が目の前に居ると、この瞬間に悟ってしまったのだ。その瞳に恐怖と絶望が浮かび上がり、それから観念したように息を吐いた。
「……最後に一つだけ聞かせてください。どうして、このことがバレたのですか? 絶対にバレないように細心の注意を払ったというのに」
「簡単な事です。あなたは、感情を隠すのが下手でした。いつも誰かを見下してばかりなので、いつか殺す為の口実が出来ると思って見張っていたのです。結果はまあ、言うに及ばずですが」
「たったそれだけ……? それだけで、ずっと私の事を?」
「はい」
その迷いない答えを聞いて、ラディーチェはクツクツと笑い声を漏らした。ついにおかしくなったのかと場違いにも心配してしまうタカキの前で、彼はありったけの憎悪と侮蔑を込めて正面からジゼルへと言い放つ。
「この、バケモノが」
「よく言われますよ、褒め言葉です」
マズルフラッシュが瞬き、銃声が再び響いた。その時にはもうラディーチェは死体へとなってしまっていて、ジゼルは静かに硝煙を吐き出す銃を懐へとしまっているところだった。
赤い血が床へと広がる。ジゼルはそれを一瞥してから、タカキたちへと向き直った。ぞっとする、その瞳。何の感情も映していないようで、ただ一つの感情に埋め尽くされている。
「さて、これからは戦争になるでしょう。この背後で糸を引いている者の狙いはその中にある。であれば、ジゼル達はその目的を探るために、そして何よりアーブラウ側の者として、否応なく戦い抜いていく他に道はありません。良いですね?」
「はい……大丈夫です」
全然大丈夫なんかじゃない。だけどジゼルの、喜悦に塗れた瞳に覗き込まれてしまえばそれしか言えなかった。彼女は間違いなく鉄華団の一員で、言っていることも正しくて、今もこうして最悪の事態になる前に対処してくれたのに。それでも、どうしたって怖くてたまらなかった。
「大丈夫だタカキ、俺がついてる。絶対に、生きて帰るんだ」
「ああ……そうだね、アストン」
その言葉に、少しだけ勇気を貰えた。今のタカキは指揮官なのだ。だからいつまでも怖いから、理解できないからと立ち止まっては居られない。
信用できるかできないかで言えば、たぶん出来る。いつか考えたその言葉を思い出して、ジゼルと上手い事協力しなければならない。
──開戦の狼煙は、もう既に上がっているのだから。