その連絡がやって来たのは、オルガ達火星本部組が地球へと降りる寸前の事である。
『まったく人が悪いなオルガ団長も。先にそちらの作戦を私に伝えてくれさえすれば、こうも回りくどい事はしないで済んだというのに』
「んなこと言ったって、協力者ではあっても鉄華団ではないアンタに言う訳にはいかねぇだろうがよ。こっちだって切羽詰まってたんだ、アンタに連絡する余裕なんざ無かった」
『そうだな、その通りだ。今の言葉は忘れてくれ』
画面越しに涼やかに笑った端正な顔立ちの男を、オルガは胡乱気な目線でねめつけた。既に何度も会話を交わしているし、直接対面したことだってあるのだが、やはりどうにも胡散臭い雰囲気が漂っているのは否めない。その立場も含め、端的に言って信用しきれない相手である。
「で、わざわざこっちに連絡までしてくるなんざどういう風の吹き回しだ? まだそっちも仕事は多く有るだろうに」
『君たちが電撃的に王手をかけてくれたせいで、後処理に息もつけないくらいさ。とはいえ、気になることもあったのでね。どうせ近いうちにそちらを訪ねる事にもなると思うが、先に確認を取っておきたかったのだよ』
「そうかよ。そんじゃ用件を聞こうか」
『ああ、それはだな──』
かくして、地球外縁軌道統制統合艦隊の新司令官であり、今回の戦争の調停役を務めたマクギリス・ファリドは不敵な笑みを浮かべた。底知れない、真意の図れぬ不気味な存在感をよりいっそう強くして。
『今回の戦争において多大な戦果を挙げた、鉄華団が所持するガンダム・フレームの一つフェニクス。アレのパイロットを私は知りたいのだよ。いったい誰が、あの鏖殺の不死鳥に乗っているのだね?』
「……鏖殺の不死鳥たぁ、物騒だがアイツにはおあつらえ向きのあだ名じゃねぇか。ジゼルなら喜んで受け取りそうな名前だ」
その時、マクギリスの様子が一変した。
『オルガ団長……今君は、フェニクスのパイロットの事をジゼルと呼んだか? 』
「ああ、そうだ。あれに乗ってるのはジゼルっていう変わった奴だよ。まだ鉄華団に入って一年半程度の新参だが、中々強烈な奴でな。それがどうかしたか?」
しかし、そんなオルガの軽口もマクギリスには届いていない。先ほどまでの底の図れぬ雰囲気はどこへやら、信じられないような、理解できないような、そして何より歓喜でも抱いているかのような、様々な感情がない交ぜになった複雑な相貌を呈している。
かつてマクギリスの人生を一変させた一冊の本に、その名は載っていた。
曰く、力だけで自らの
あるいはアグニカ・カイエルが最も信用し、誰よりも危険と言われた懐刀。
多くの畏怖を刻み込んだその人物が殺戮した数は、全ての人類を見渡しても最大とされるほど。
その者の名を、もしやという淡い祈りを込めながら彼は口の端に昇らせた。
『まさかとは思うが──フルネームはジゼル・アルムフェルトではなかろうな? それも、厄祭戦を誰よりも知る存在だ。違うか?』
「……おいおい、なんでんなことアンタが知ってんだ」
『つまり、正しいという事なのだな?』
「まあ、そうだがよ。どういうことだこりゃあ……?」
『くく、ははは、ハハハハハッ……! それはまたなんとも素晴らしい!』
困惑気味のオルガとはどこまでも対照的に、まるで底が抜けたかのように大笑したマクギリス。この男がこれだけダイレクトに感情を表現したことがこれまであっただろうか。いや、無い。少なくともオルガは見たことも考えたことも無い。それくらい彼らしくないと感じさせる行為である。
ひとしきりマクギリスは笑い終えてから、それでも顔に張り付いた笑みの残滓を隠そうとしなかった。そのまま、いよいよ危険人物でも見てるかのようなオルガへと向き直る。
『いやはや失礼、少々取り乱した。どういう因果があるかは知らぬが、まさかこのような事があるとはな。ああ、絶対に君たちの下へは足を運ぼう。特にそのジゼルと言う少女とは個人的に話したいことが多く出来てしまった』
「こっちとしちゃ丁重にお断りしたい所なんだがな……どうせ言っても聞かねぇだろアンタ」
『無論だよ』
一秒の迷いもない即答である。
はぁ、というオルガのため息だけが、いやに大きく室内に響いたのだった。
◇
十日。それが、アーブラウとSAUにおける八日間だけの戦争が幕を閉じてから経過した時間である。
初の経済圏同士による戦争は多くの勢力、商人、組織にとって注目の的であり、誰もが固唾を飲んでその趨勢を見守っていた。この戦争の行く末次第では、勢力図が大きく塗り替わる事となるのだから当然だ。
結論から述べれば、戦争は早期に終結となったことで期待されたような派手な展開は起きず仕舞いであった。しかし、その渦中にて中心的な役割を果たした鉄華団には、多くの関心が向けられもしたのである。
「まさか鉄華団の名前がここまで売れちまうとはな……こりゃ嬉しい誤算って言うべきなのか?」
テレビを流れる映像を睨みながら、ユージンはどこか複雑そうな顔で呟いた。久しぶりに降り立った地球ではあるが、とても満喫できるような状況ではない。戦後の後処理に追われているのもそうだが、それ以上に今は
「俺たちの居場所が認められるのは別に悪い事でもないと思うが……何か不安に思う事でもあるのか?」
「不安って訳でもねぇけどよ、こんだけ有名になっちまうと相応の振る舞いが求められちまうなと思ってな」
椅子に座って同じくテレビに目をやっていた昭弘に、ユージンはやはり難しい顔をして答えた。
テレビ画面に映っているのは、どこかの放送局に設えられたスタジオだ。そこには司会と共に多数の有識者たちが集められている。普段は日常の些事から重大事件まで幅広く紹介し議論している彼らが、現在熱心に話し合っている事と言えば──
『鉄華団というのは、この数年で急速に事業を拡大している新進気鋭の組織ですよね? 火星の一企業が地球の戦争を止めてしまうなんて、すごい話じゃないですか』
『しかも元はと言えば子供たちが立ち上げた組織らしいですから、単純にすごいと述べる他ありませんよ』
『そもそもからして彼ら鉄華団が名を上げたのも、あのエドモントンでの一件が一因ですからね。ギャラルホルンの独裁に風穴を開けた勢力として、今回の活躍もむしろ納得というものです』
『いやはや、ごもっともですな。鉄華団を語るならやはり悪魔と呼ばれるガンダム・フレームの活躍も外せない訳ですが──』
アーブラウとSAUの二大経済圏の戦争を独自に終結させてしまった、鉄華団についてであったのだ。
元よりアーブラウにおいて、鉄華団の扱いは決して悪くない。どころかかなり良い。街に出れば鉄華団団員というだけで便宜が図られるし、周囲からも一目置かれることとなる。それに加えて軍事顧問として指名すらされているのだから、むしろアーブラウは一番に鉄華団を買っていたと言っても過言ではないだろう。
だというのに、つい先日に短期終戦を迎えた通称『式典戦争』において鉄華団は独自に動くことでSAUに王手をかけてみせた。つまり、戦争の勝者は誰の目にもアーブラウだと明らかにされたのだ。これの意味するところは非常に大きい。
まだ戦争の発端になった蒔苗氏が目覚めていない以上、条約など諸々の締結はしばらく後になるのは間違いない。それに加えて勝者のアーブラウも必要以上に敗者であるSAUへと吹っ掛けることはしないだろうが、これで大きく政治的優位に立てたのも確実である。
では、これらの利益はどこから始まったのか? 決まっている、鉄華団だ。彼らが迅速な行動を起こしたことで戦火はむやみやたらと広がらず、また徒に戦争を煽っていた裏切り者も取り除かれた。その裏切り者と組んで鉄華団を裏切った者もいるにはいるが、そのような些末事は鉄華団が成した功績に比べれば微々たるもの。影とは、より大きな光で覆い隠せてしまうのが世論なのだから。
端的に示せば、鉄華団はさらなる活躍をアーブラウにて繰り広げたのだ。そのせいで元より高かったアーブラウからの評価はうなぎのぼり、ついには連日テレビのニュース番組で鉄華団についての特集が組まれる事態にまで発展したのである。もはやちょっとしたどころではない、有名人ならぬ有名組織の称号を冠している。
「今じゃ鉄華団が街に出るだけでもひと騒ぎだ。鉄華団をでっけぇ組織にして、皆が胸張って生きれるようにしてぇと思ってたのによ。こうまでくると逆になんだかなって気分だぜ。チャドが目ぇ覚ましたら腰抜かすんじゃないのか?」
「ふっ、どうだろうな。だけど俺もアイツも元はヒューマン・デブリだったのに、今じゃ蔑まれる事も使い捨てになることも無いんだ。それだけでも十分すぎるさ」
「そうだよなぁ、俺もCGSに反逆かました時は想像もしなかったわ。まさかこんなところまで行きつくとはな」
多くの苦難があり、死別があり、屈辱を耐えて、逆境に立ち向かった。その果てに手に入れたのが今の名誉だと言うなら、これもこれで悪くないと思えるのだ。
だけど同時に、こうも感じてしまうのだ。きっと団長であるオルガ・イツカは、こんなところで止まらないだろうと。もっともっと先を目指して、三日月と共に断崖すらも飛び越え『上がり』を掴もうとするのではないかと。そう思えてしまって仕方がない。
果たしてどちらの方が賢いと言えるのか、より良い未来と言えるのか。それはユージンには分からない。たぶん昭弘にも分からない事だろう。だけどオルガ・イツカがその先を目指すというなら、自分たちもどこまでやれるか試してみたいという気持ちが湧き上がるのも確かなのだ。
「その辺りアンタはどう思うよ? なぁ、今回の活躍の立役者さんよ?」
「ふわぁ……なんですか急に……?」
だからユージンは、これまでずっと喋ることなくソファに寝そべっていたジゼルへと話を振ってみた。
普段よりも数倍気怠そうな声を出したジゼルは、まるで電池が切れた玩具のようにだらんと力なくソファに横たわっていた。特徴的な赤銀の髪を床に垂らして、非常に眠たそうな顔である。
「お前な……いつまでそうも腑抜けた格好を曝してるつもりだ」
「……ジゼルが、満足するまでですよ……久々の戦争に張り切りすぎて、ジゼルは疲れました……」
「確かにアンタの活躍は聞いたが、いい加減にしゃきっとしろよ。もう終戦から何日経ったと思ってやがる」
「その後も事務処理をしてたので、疲労が凄いのですよ……」
金の双眸をクリっと動かし、寝転がりながら疲労を訴える姿は庇護欲を誘う愛らしさがある。しかし、その本性をよくよく理解しているユージンと昭弘はなんら思うところが無い。というより、そうなったら終わりだとどちらも暗に考えているほどだ。
今回の戦争において、鉄華団の中でもとりわけジゼルが齎した戦果は大きい。裏切り者を暴き、臨時の参謀として真面目に作戦を立て、戦闘においても自ら横入し犠牲を防ぎに行ったというのもタカキから聞いている。これについてはたぶん趣味と実益の一致だろうが、そのおかげで負傷者はいても奇跡的に戦死者は無いのだから何とも言い難い。
そういった理由もあり、二人ともジゼルについて悪感情を抱く余地はない──なんてこともなかった。
「疲労が凄いったって、半ば自業自得だろ。分かってるんだぜ、アンタが言葉巧みにタカキたちを戦いに誘導していたのは。上手くいったからオルガも多少の注意で済ませたが、ホントならただじゃ置かねぇ事だぞ」
「……結果オーライ、というやつですよ。犠牲もなく、最大の利益を出すには、それが一番でしたから……」
「もしこれで一人でも犠牲が出てれば、俺はお前を一生恨んでやるつもりだったがな……ったく、やり辛いったらねぇな」
確かに結果だけ見れば、鉄華団に最大のリターンをもたらしたのは間違いない。しかしそのために随分と鉄華団を用いて綱渡りをしたのも事実であり、一つ間違えれば凄まじいまでの犠牲が出ていたのも明白だ。
結局、自分の欲を満たすために戦争へと誘ったのがジゼルの真実。性質が悪いのは、公的な利益と私的な趣味を高い次元で両立させてしまった事だろう。その上で脳内に描いた図を完全に成立させたのだから、責めるに責められないのも事実である。
目の前の事態への対処が得意な人間は鉄華団にも多くいるが、先の先まで読んで行動できる人材はそうはいない。それができるのは積極的に頭を使っているオルガとユージン、そしてかつての家族であるビスケットだけだろう。
だから
「それで、確か……鉄華団の行く末についてでしたっけ?」
「おう、そうだよ。つーかしっかり話聞いてんじゃねぇか」
「眠たかったので……聞いていない振りをしてました……」
相変わらず意図の読み取れないマイペースさを発揮するジゼルである。
彼女は今も点いたままになっているテレビへと視線をやると、そこに答えがあるかの様に意味深な笑みを浮かべた。
ニュース番組の内容はいつの間にか変わっている。鉄華団の次に選ばれた内容は、これまた関りの深いギャラルホルンの腐敗について。とり分け大きく取沙汰されているのは、ギャラルホルンを仕切るセブンスターズだ。
『今回の戦争、ギャラルホルンを牛耳る七貴族たるセブンスターズが裏に関与していたという噂がありますが……』
『それはまだ噂に過ぎぬ段階ですよ。確たる証拠も無しに口にして良い言葉では──』
『しかし火のない所に煙は立たぬとも言いましょう。特にアーブラウに取り入って戦争を指揮していたという人物の存在は確実視されている以上、そこから何らかの事実が漏れ出すのも確かです』
『全てはギャラルホルン側の発表を待つことになるという訳ですな。さて、どのような答えを返してくれるやら』
そのまま有識者たちの議論が始まった番組から視線を外して、ジゼルは真っすぐユージンたちを視線で射貫いた。
さっきまでの気怠い雰囲気は何処へやら、いつも通りに平坦なハッキリとした声音だ。
「地球における四大勢力の二つが起こした戦争は、どれだけ小規模なものであったとしても大きなうねりを生み出すものです。そしてうねりとは、乗りこなせなければ呑み込まれてしまうだけ。ましてやその渦中にいた鉄華団は、どうあれうねりの中を進む他にないでしょう」
「つまり、どのみち足を止めてる暇はないって事だな」
「そうでしょうね。そして、世界が混乱すれば戦いもまた終わらない。まさしくジゼルの望む通りです」
「……やっぱ、まだアンタの力を借りるしかないのも確かか。仕方ねぇ、せいぜい大人しくしといてくれよ」
内心でユージンは歯噛みした。
できる事なら、
しかし彼女は一年半もの時間をかけて、自身の有用さを示してみせた。その能力は、これからも進み続ける鉄華団にはきっと必要なものだろう。それも理解できるから、彼は歯噛みする他ないのである。
「俺はたぶん、いつまで経ってもお前を心から信用できる日は来ないだろう。だが、ひとまずお前が家族を犠牲にしない内は何も言うつもりはない。鉄華団の未来の為にも、その力をアテにさせてもらうぞ」
昭弘をしてそう告げる他ないのだから、やはりジゼルはまだしばらくは必要なのだろう。願わくば、出来るだけ戦争などしないで済むように祈るばかりだ。
ちょうどその時、部屋の扉が開いた。入ってきたのは地球支部の団員、参謀のジゼルと副団長のユージン、そして隊長格である昭弘が一堂に会しているのを見て、やや気まずげな表情である。
「えーと、その……ジゼルさんにお客さんですので、呼んで来いってオルガ団長が……」
「客……? ジゼルにですか? 眠いので後回しにして欲しいのですが……誰なのですか?」
「団長が言うには、モンタークっていう人らしいですけど……」
「おいおいそりゃあもしかして」
その名を名乗って鉄華団を訪ねてくるのは一人しかいない。ユージンも昭弘もあの鉄仮面の下に隠れた胡散臭い人物像を思い出してしまい、反射的に顔を顰めてしまう。
あの男がどのような用件を携えてジゼルを訪ねてきたのかは分からない。だが、無視するよりかはちゃんと出向いた方が良いのは確実と言えるだろう。それこそ人格的にも、立場的にもだ。
「……こいつは俺からの助言だが、こればっかりは行った方が良いと思うぜ」
「同感だな。後で面倒なことになるのはお前もご免だろう」
「……わかりましたよ。団長からの指示でもありますし……行けば良いのでしょう、行けば」
こうして、ジゼルは重い瞼を擦りつつ、渋々ながらも身体を起こしたのであった。
次回、マクギリス現る。