ジゼルが部屋へと入った途端、意識せずその男へと目が引かれた。
オルガと向き合って腰かけているのは、体格の良い身体に流麗な銀髪を誇る見覚えのない青年。どこか爽やかな雰囲気を感じさせる一方で、相貌は無機質な仮面に覆い隠され判別できない。かろうじて見える口元のおかげで、彼がどうやら機嫌が良いと分かる程度しか感情が読み取れない。
間違いなく一筋縄ではいかぬ相手であると悟りつつ、ジゼルはオルガの隣へと腰を下ろした。
「……あなたですか。モンタークという方は」
「ああ、そうだよ。初めまして、ジゼル・アルムフェルトよ。私はモンターク、いや──」
モンタークは言葉を切ると、大胆にも仮面を脱ぎ去ってしまう。バサリと銀のウィッグが取り払われ、その下に秘められていた金髪が鮮やかに煌く。
そうしてモンタークは露わになった碧眼で、真っすぐにジゼルへと視線を流したのだった。
「君の前ではこのような仮面など無粋だな。改めて名乗らせてもらおう。私の名はマクギリス・ファリド、ギャラルホルンの地球外縁軌道統制統合艦隊の司令官を務めさせてもらっている。そして何より、厄祭戦の英雄アグニカ・カイエルを誰より崇拝する者でもある」
アグニカ・カイエル。厄祭戦を終わらせた掛け値なしの英雄であり、今の世を支配するギャラルホルンを築いたあらゆる意味で規格外の男。
傍目からも分かるほどの尊敬の念を籠めて、マクギリスはその名を唱えていた。その途端、無気力で眠たげだったはずのジゼルの瞳がにわかに愉快そうな色を映しだす。
「へぇ……これはまた面白い方を連れてきましたね、団長さん」
「連れてきたっつうか勝手に入って来られたって方が正しいんだが……ま、それは良い。ひとまずこいつがアンタの客だ。なんでも、今回の一件でアンタに興味を持ったんだとよ」
「先の名乗りで察しは付いたかと思うが、私は先日起きたアーブラウとSAUの戦争において調停役を務めていてね。その最中に、君たち鉄華団の活躍を目にした。無論、君が操るフェニクスの雄姿もだ。上からになってしまうが、見事な活躍だったと言わせてくれ」
その言葉には社交辞令以上の、本物の賛辞が含まれていた。彼は心から鉄華団の活躍を寿いでいるのだ。
ひとまず軽く頭を下げた二人を見やってから、マクギリスはさらに話を続ける。
「君たちの活躍はアーブラウとSAUの無為な争いを止めただけでなく、ギャラルホルン内の腐敗を炙り出すにも役立ってくれた。そうだな、まずはそちらから入るとしよう」
「腐敗っつーと確か、連日ニュースに取り上げられてるセブンスターズ絡みとかいう……」
「まさにそのことさ。鉄華団を利用し戦火を広げることを企み、逆に利用されて死んでいったガラン・モッサという男。残された彼の機体は、こちらの想定を上回るだけの恩恵をもたらしてくれたのだよ」
「ガラン・モッサ……ああ、あの髭の方ですか。そういえばいましたね、そんな人も」
思い返せばガラン・モッサの最後は、フェニクスのカノンブレードによって機体ごと圧し潰されるという壮絶なもの。最後の最後まで強敵としての存在感を放ち続けて逝った男だ。
とはいえ手を下した張本人たるジゼルには、『殺し甲斐があってとても良かった』程度の記憶しかもはや残っていないのだが。彼が最後に叫んだ予言めいた言葉も、てんで気にした様子はない。
その時の感覚を思い出したのか、微かにはにかんだジゼル。可憐な毒花のようなそれをオルガは訝し気に眺め、マクギリスは微笑を湛えてジゼルへと返す。彼もまた愉快で仕方ないといった様子である。
「そう、本来ならば彼のMSは取り付けられた自爆装置によって灰と化していなければならない。しかし如何なる理由があったのか、彼は機体を自爆させる前に止めを刺されてしまったのだ。些細な違いだが、先も言った通りこれが大きかった」
「回りくどい話はよそうぜ大将。つまり何が言いたいんだかハッキリしろよ」
「これは申し訳ない、ならば端的に結論から」
そこでマクギリスはいったん言葉を切ってから、
「今回のアーブラウとSAUの戦争を裏で手引きしていたのは他でもない。我らギャラルホルンを束ねるセブンスターズの一人によるものであったのだよ」
「なんだと……!」
とんでもない事実である──とまではオルガも言わないし思わない。これまでだって散々ギャラルホルンの身勝手な理屈に振り回されてきたうえ、第一この戦争の目的はギャラルホルンの内情が絡んでいるのではと予想もしていたのだから。
しかし、予想していたのと実際に悪行を目の当たりにしてしまうのでは、当然ながら反応は違ってきてしまう。
「俺たちも、火星から地球にかけて散々そっちのやり口は見てきたさ。だが、にしても治安維持を謳う組織が戦争起こすなんざ筋が通んねぇだろうがよ。こりゃどういうこった?」
「……返す言葉もない、君の怒りは至極まっとうな感情だよ。ギャラルホルンの腐敗も行くとこまで行ったかと頭が痛い想いさ」
「狙いはやはり、あなたとあなたの持つ地位ですか? 革命派の筆頭に立つというなら、それなりに敵は多いとジゼルは考えますが」
「その通り」
ジゼルの確認に嬉しそうに頷いて、組織の腐敗を厭う革命家は言葉を紡ぐ。
「今回の戦争を裏で操ろうとしていたのは、セブンスターズの一つであるエリオン家の当主であり、
「こりゃまた……かなりの大物が出てきたな。まさか月からわざわざ地球にまで介入してくるなんざ──いや、だからこその今回か」
「察しが良くて助かるよ。今の私は地球圏においてそれなりの力を得ていると自負しているが、まだまだ盤石とは程遠い。そこに私ではどうしても解決し辛い大きな案件を放り込めばどうなるか……容易に想像はつくだろう?」
元々、マクギリスが司令官を務めている地球外縁軌道統制統合艦隊はお飾りと揶揄されるほど閑職であった。それがマクギリスの尽力でどうにか名に相応しいだけの力を手に入れたのがつい最近。メキメキと力を伸ばしている手腕は見事であるが、その一方で急速な拡大を厭う勢力もまたあるのだ。
つまりそれこそ、ラスタル・エリオン率いるアリアンロッドである。ギャラルホルンの中でも保守派に位置するこの男は、革命派のマクギリスが力を握っていくのが面白くない。そこでマクギリスの管轄圏である地球へ戦争をもたらすことにより、これをいつまでも解決できないマクギリスを追及して信用を失わせるというマッチポンプに出たのである。
しかも戦争を起こすための武力の保有を許したのすら、元を辿ればマクギリスの打ち出した政策に行きついてしまうのだ。政治に携わる老獪な男が、これを利用しない手はないだろう。
「そこでラスタルは、自らの懐刀をアーブラウへと派遣した。誰あろう、ガラン・モッサの事さ。彼は実際非常に優秀な男でね、もし君たち鉄華団が居なければ確実に彼の術中に嵌まっていたことだろう」
「でも、鉄華団の介入によってそうはならなかったと」
「……白状すれば、私にとって運命すら感じさせる巡り合わせだったさ。かつてアグニカ・カイエルと共に戦場を駆けた伝説の存在が、今この時蘇ることで私の力となってくれたのだから」
やはりアグニカ・カイエルの意思は正しきギャラルホルンを望んでいるのだ──自信に満ち溢れた論調で、マクギリスは締めくくったのである。
話している内容は真っ当であるはずなのに、どこか恍惚とした表情で伝説を語るその奇怪な姿にはさしものジゼルも無言である。むしろ「え~……」と少し困惑した様子を見せてから、距離を取るようにオルガの方へとにじり寄ったほどだ。
「別に、ジゼルはあなたの為に戦った訳では……」
「おう、そうだぞ。コイツにそういう殊勝な態度求めても無駄っつうか……」
「いや、良いのだ。例えそれが偶然であろうとも、救われた事実は純然たる記録として残るのだ。それこそ、何にも勝る我らの因果というべきものではないかね?」
弁明するように放たれた言葉にも、いっさい構うことは無く。
いつの間にこうも訳の分からないキャラになったのか、さっきまでの胡散臭さは何処へ行ったと呆れる二人。互いに顔を見合わせて、”これ以上はやめておこう”とアイコンタクトを交わす。この手の妄信している相手には何を言っても無駄と言うのはよくわかっているのだ。
それを知ってか知らずか咳ばらいを一つした後のマクギリスは、普段のように胡散臭いながらも真面目な人物に戻っていたのだった。
「さて、少々脱線してしまったが話を戻そう。ラスタルの私兵というべきガラン・モッサであるが、当然のように警戒心は人一倍強い。ラスタルに繋がる情報は自身の頭と機体にのみ保存し、それ以外には仲間であろうと決して口外しなかった。そのうえ機体にも自爆装置を仕込んでいたのだから、見上げた覚悟という他ない」
「なるほど、そっからさっきの話が出てくる訳か」
「そう、ガラン・モッサは
「……ジゼルはコクピットをしっかりと破壊しましたが大丈夫だったのですか?」
「幸いにもメインとなるソフトウェアは無事だったさ。ふっ、やはりアグニカ・カイエルの懐刀は格が違うと言わせてもらおう」
「はぁ、そうなのですか……?」
ラスタル・エリオンとガラン・モッサの繋がりが暴かれれば、個人的利益を求め意図的に戦争を起こしたセブンスターズとして、空前のスキャンダルとなるのは間違いない。どこまで火種が大きくなるかは定かではないにしろ、まず確実に総司令官という椅子には座っていられなくなるだろう。
それは翻って、彼と敵対の構図を取っているマクギリスの有利に働く。目下マクギリスの最大の敵はラスタルなのだ。最大の政敵が失脚してしまえば、後は着実に力をつけてギャラルホルンを改革してしまえばそれで良い。
「私はこのままギャラルホルンに革命をもたらし、今の腐敗を一掃してしまう腹積もりだ。そのために大きな手札を手中に収めた訳だが……しかしまだ不安もある。盤石を期すなら、君たち鉄華団の力を是非とも借りておきたいのだよ」
「……どうしてアンタはそうまで俺たちと組もうとすんだ? 確かに昔に比べりゃ段違いに大きくなったが、それでもギャラルホルンとやり合うにはまだまだ足りなすぎんぞ。そこはちゃんと理解してんだろうな?」
「もちろんだとも。君たちの規模、強み、そして弱みまで全てを考慮した上で、私の心情が鉄華団を気に入っているのだから是非もあるまいよ」
かつて、火星軌道上で初めて鉄華団を見た時の事だ。ガンダム・フレームの一機を頼りに宇宙に上がった若者たちの姿に、マクギリスは自身の信奉する伝説の再来を重ね見た。
この者たちこそ信頼するに足る力の持ち主となるのだと、内心で歓喜に震えあがったのだ。
「あの時垣間見たガンダム・バルバトス……その姿はまさしくアグニカ・カイエルの再来だった。そして今、何の因果か君たちは三機のガンダム・フレームと一人の生き証人を抱えている。まさしくこれ以上ない証明と言えるだろう」
「何を言っているのかよく分かりませんが、とりあえず一つ訊かせてください。どうしてあなた、ジゼルが過去の人間だと知っているのですか? 団長さんがそう簡単に打ち明けるとも思えませんし……」
「簡単な事だよ。私は幾度となく、それこそ一言一句暗記するほどまでにアグニカ・カイエルの書物を読み耽ったが、そこには殺戮の化身たる鋼の不死鳥の名が記されていた。曰く、最美にして最悪の懐刀だとか。そしてその者の名を、ジゼル・アルムフェルトといったらしい」
「なるほど、つまりアンタは俺が漏らしたフェニクスとジゼルの二つからそこまで行きついたと。とてもじゃないが正気じゃできねぇ発想だな」
賛嘆と皮肉の入り混じったオルガの評価だが、無理はない。普通ならばMSパイロットの名など偶然の一致だと考えるし、過去からやって来た存在だと即座に結び付けられるはずがない。
それが出来てしまうというのはすなわち、強く強く英雄の再来を望んでいたということ。マクギリスが妄信的なまでにアグニカ・カイエルの伝説にのめり込んでいるという事実を如実に表しているのだった。
「私からジゼル・アルムフェルトへ頼みたいのはつまりそのことなのだよ。是非とも厄祭戦の生き証人である君の口から、アグニカ・カイエルという男について語ってほしい。そして願わくば、力をもって自身の欲を貫いたという君の生き様も、可能な限りで聞いてみたいのだ」
力を信奉し力をもって大義を成そうとするマクギリスにとって、
だがその前に、とマクギリスは一息おいてオルガへと視線を向けた。
「先にオルガ団長の答えを聞こうではないか。そうだな、もし私がギャラルホルンを掌握した暁には君たちに火星の統治権を丸ごと譲ってしまおうと考えている」
「統治権丸ごとだと……! そりゃつまり──」
「君たち鉄華団がギャラルホルンとなり、そしてオルガ団長は火星の王となる。どうかな? ギャラルホルンと戦う危険に見合うだけの報酬はあると思うが」
「そりゃ確かに魅力的だが……スケールがでかすぎてピンとこねぇよ……」
かつては虐げられた参番隊の少年兵隊長。そこから鉄華団を起こし、苦難を乗り越え、一大組織の団長として風格を得るに至った。そんな途轍もない昇り竜を体現してみせたオルガであっても、さすがに火星の王と言われて「はいそうですか」と頷けはしなかったのである。
きっとマクギリスはそのようなオルガの葛藤などお見通しであったのだろう。結論を急がせることは無く、自身は優雅にジゼルの方へと意識を切り替えた。
「さて、オルガ団長が答えを出すまでの間に、私にも厄祭戦を教えてはもらえないだろうか? 君たちの事だ、既に一度は厄祭戦についても話しているのだろう? それをそのまま教えてくれればそれで良いとも」
「随分と察しの良い方です……わかりましたよ、団長さん達に話した内容で良ければ。はぁ、面倒です……」
ため息を一つ吐いてから、現状を再確認。目の前には「ついに私も生のアグニカに触れることが出来るとは……!」と感極まった様子の金髪イケメンが一人。
自他ともに狂人と認めるジゼルですら、今の彼はちょっと変な人だと認めざるを得ない程である。
「……まぁ、ジゼルも彼の良さは知っているつもりですから、理解はできますよ」
「ほう、やはり君にも分かるかね? 素晴らしい、やはり私の見込み通りだ。かの英雄を知る者ならば彼を讃えずには──」
「人が話す時は静かにしていてください」
「ふむ、良いだろう」
やっぱり一筋縄ではいかない相手──ジゼルはそう確信して、渋々ながら重い口を開いたのであった。
次回はまた厄祭戦の独自解釈を多分に含みそうです。
それにしてもポケモンUSUMのベテラントレーナー♂、前々から誰かに似てると思ったらこれ髭のおじ様だ……