鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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#16 厄祭戦の記憶

 さて、まずは何から話したものでしょうか、前にも一度した事とはいえ、慣れないことは難しいです。

 そうですね、あなたはジゼルについて知りたいとも言っていましたから、先にジゼル自身の前提を話してしまいましょう。

 大丈夫ですよね、団長さん? ……どうやら平気みたいですので、告白してしまいましょう。きっと驚くでしょうが、この話は他言無用でお願いしますね。

 

 ──ジゼルは、人を殺すことに快感を覚える人種なのです。

 

 はい、人並みに趣味も欲求もありますし、好きな事だってありますが、それを差し置いて殺人が好きで好きでたまりません。何と言いますか、個人が長年をかけて積み上げた人生を一瞬で台無しにする感覚が快感となるのですよ。

 色んな人から『お前はおかしい』と指摘されますが、それはジゼルも同感です。だけど、そういう星の下で生まれてしまったのですから、そんな自分と上手く付き合えるようにジゼルも努力しています。おかげで今はすっかり人殺しが生きがいとなってしまったのですから、万事良しというやつでしょう。

 ……ここまで話しておいてなんですが、あまり驚いた様子がありませんね。

 もしかして、これも予想していましたか? ……なるほど、そうらしいですね。なら好都合ですし、改めて本題に入るとしましょう。

 

 殺人欲求を堪えきれないと考えた当時のジゼルが、アグニカ・カイエルの立ち上げた組織へと身を投じたのは、厄祭戦も末期に差し掛かった頃でした。もちろん末期というのは今の時代の物差しがあるから言えることで、当時はまったく終わりが見えない陰鬱な空気が漂っていましたが。

 ええ、本当に酷い時代でしたよ。人類の行き過ぎた叡智は凄惨な戦争を引き起こし、果てにMAという効率的に人を殺す為の機械を生み出しました。この辺りはギャラルホルンのあなたなら詳しいでしょうし、省略してもいいでしょう。ともかく、人間同士の始めた争いはいつの間にかMAまで参加して、結果としてそこら中で死と退廃と暴力がばら撒かれていたのが三〇〇年前であったのです。

 

 この状況に我慢ならないという正義心と、あらゆる不可能を可能としてしまう才能を抱いた男が一人いました。

 もうお判りでしょう? それこそがアグニカ・カイエルという英雄だったのです。

 

 ()()()()が立ち上げた独自組織『ジェリコ』は、混沌の世の中で異彩を放っていました。聖書より拝借した壁の名を冠したこの組織は、厄祭戦という黄昏の中でひときわ強く輝いていたものです。瀬戸際で戦場とならなかった恵まれた国や、土地を焼かれて荒れ果てた国まで、出自を問わずあらゆる人材を集めて成り立っていたこの組織は、厄祭戦という無秩序な戦争を止めるために精一杯戦っていました。彼らこそ、人類を救うための最後の砦、希望だったのです。

 ……どうしてそのような崇高な組織に、殺人狂のお前が入れたのだという顔ですね。分かりますとも、団長さんや副団長さんにも同じ顔をされましたから。ジゼルだってちゃんと学習してるんです。

 

 さて、地球規模で起きる国家間の争いと、MAによる虐殺を終わらせるためには、当時のジェリコは圧倒的に人材が不足していました。先ほどの言葉とは矛盾に感じるかもしれませんが、これは順序が逆だからです。あらゆる国から人材を募っていたのは、つまるところ人材不足によってやらざるを得ない事だったのですから。

 そしてジゼルは、幸いにも実家は裕福な方でした。お金もありますし、高等な教育だって受けれました。だけど誰かを殺す為には不自由すぎる生活で。だから思い切って家出したジゼルは、ジェリコの門扉を叩いてみたのです。

 

 人手不足だったジェリコは少しでも多くの人材が欲しくて、戦ったことのないジゼルですら訝しみながらも迎え入れてくれました。その裏にはジゼルの出自や、若い女としての下卑た価値を見出したという理由もあったのでしょうが、別にどうでも良かったです。むしろ複数人に強姦されかけた時など、逆に殺す大義名分が出来て喜んだくらいですし。

 

 ──だからそんなに深刻そうな顔をしないでくださいよ二人とも。今のはちょっとした笑い話ですよ?

 

 幸いにして、ジゼルには殺人の為の才覚が備わっていましたからね。どうすれば効率的に人を殺せるか、考えて実行するのに不足しない心体を持って生まれたのは幸運でしたとも。

 

 そして何より、あの頃はいくらアグニカが不戦を訴えても戦争を止めない人間も多かった都合上、武力行使をする相手には事欠かなかったものです。組織に携わる一兵士として時には銃で、時にはナイフで、そして時にはMSで、あらゆる手段でアグニカに敵対する人たちを殺して殺して殺し尽くしましたよ。今ふり返ってもとても良い思い出ですよ。

 

 ……ふふっ、あなたにとって彼らはどう映るでしょうか? 

 アグニカ・カイエルの言葉に従わない人間など死ねと思いますか? 

 それとも、彼らもまた時代の狂気に飲み込まれた被害者だと考えますか? 

 答えは人それぞれですから、ジゼルも別に訊く気はありませんがね。

 

 ただ、気づいていますか? あなた、頬が少し緩んでいますよ。意識した方がよろしいかと。

 

 ともかく、ジェリコの中でそれなりに力を見せる事が出来たジゼルは、ついにアグニカのすぐ近くまで取り立てられました。その時にはもうジゼルの殺人趣味は露見していましたから、誰もが彼の行動に驚きましたよ。しかも、当時開発されたばかりの最新鋭機たるガンダム・フレームの一機を譲るほどの好待遇。さすがのジゼルもびっくりしました。

 

 でも、彼にはそれを躊躇う理由などどこにも存在していなかったのです。

 あなたも知っての通り、アグニカは実力主義者です。有能であるならば出自や人格、それから趣味嗜好についても頓着しません。どれだけ問題児であっても、彼のカリスマ性は全ての人間を従えさせてしまうのですから。

 

 随分と嬉しそうですね。ええ、もちろん嘘はついていませんよ。誇張無しに、アグニカは非常に優秀な方でした。多種多様な理論を学び、よく情勢を読んで、だけどその場の勢いや流れすらも味方につけて、どのような苦境でもその身一つで切り開く。豪放磊落だけど、冷静沈着な人柄も併せ持つ彼は魅力に溢れていました。特にバエルに乗り始めてからは、より顕著になりましたとも。だからこそ、彼の背中に着いていきたいと願う者たちがあまりに多く存在したのでしょう。

 ジゼルもアグニカの隣で戦うのは好きでした。だって彼は、あの時代においてただ一人ジゼルの事を信頼してくれたのですから。理解の及ばない相手を異端と遠ざけ理解を拒む、それは仕方のない事です。だけど彼は、それがどうしたとばかりにジゼルと向き合ってくれました。理解する努力も放棄して忌避するなど、それは他者に示せる力のある者がやることではないと。豪快に笑ってくれたのです。

 

 最後の一線をまだジゼルが越えていないのも、きっと彼のおかげなのだと思います。

 

 さて、アグニカは掛け値なしの英雄でしたが、その代償に敵もまた多くいました。それはMAだけでなく、人間もまた同様です。巨大なカリスマは多数の光をもたらす一方で、強烈な影を生み出しますから。強大すぎる者への妬みや僻み、恐れや不満、そういった負の感情はかつてより存在した巨大な国にこそよく見られました。

 

 こんなぽっと出の組織に面子を潰されて堪るか──彼らの言い分はこのようなものでした。

 馬鹿らしい、浅はかな考えだと思いますか? 

 泥沼な戦争のさなかに、そのような些細なプライドにかかずらっている暇があるのかと思いますか? 

 でも、人の心理とはえてして屈折しているものです。時にそれは、理屈の通らない不条理な行いを生み出すものですから。

 

 彼らは激化する厄祭戦の中で、戦争を終わらせようとするジェリコにすら攻撃を始めました。敵の隣で敵を相手取って、そのまた敵はあらゆる全てをなぎ倒して漁夫の利を得ようとする。誰も彼も戦争の熱と狂気にあてられた、人間の醜さを凝縮した絵図がそこにはありました。

 ジゼルの主な仕事は、まさにそんな彼らの鎮圧でした。アグニカはこれこそジゼルを効率的に用いる最良の手段だと見抜いていたのでしょう。はい、全くもってその通りです。フェニクスと共にいったいどれだけの人間を殺したか、ジゼルも覚えていないくらいですし。とってもやり甲斐がありましたよ。

 

 ああ、一つ言い忘れていましたね。ジゼルは軍の命令に背いて殺したことは一度だってありません。全てはアグニカによる指示のもとで、殺せるだけ殺しました。ジェリコの中にはジゼルを良く思わない人間も少なからずいましたが、実力と成果さえあれば咎められないのもアグニカの計らいでしたね。

 

 ……あなたならば、今の話で理解できたことでしょう。ええ、アグニカ・カイエルといえども、決して根っからの善人ではありません。戦争地帯に殺人狂を放り込めばどうなるか程度、予見できない訳がない。それを承知でジゼルに行けと命じたのですから、彼も彼で悪辣なところはあったのだと思います。純粋な力で物事を解決するというのは、つまりそういう事なのです。

 

 ──大義を成すには、まず自分の悪性を承知しなければならない。これはアグニカが良くジゼルに話してくれた言葉ですね。

 

 だけど厄祭戦を止めたいという気概は本物で、そのためにはあらゆる手を考慮しては尽くして、絶対に足を止める事だけはしませんでした。彼の心の中には、常に莫大な正義の炎が燃えていたのです。最初期のガンダム・フレームだけあってごくシンプルな機体であったはずのバエルが、ジェリコの象徴とされるまでの活躍をしたのも、紛れもなくパイロットの力あってのものでしょう。

 およそあらゆる戦場の最前線を駆け、絶望的な状況をひっくり返し続けたのがアグニカです。特にMAの討伐に関しては右に出る者がいなかったアグニカは、最期には選りすぐりの戦友と共にほぼすべてのMAを討伐してしまいました。ジゼルも二機か三機ほどMAは狩りましたが、彼ほどの手練れには永劫なれる気がしません。それくらい見事な手腕でしたとも。

 

 熾烈を極めた厄祭戦は、MAの根絶によって急速に終わりへと近づきました。その頃には戦争をしていた国々も疲弊しきっていたので、ジェリコの傘下にポツポツと入り始めて。血で血を洗う凄惨な戦場も、徐々に熱気が冷めていくのを肌で感じ始めた頃。

 

 満を持してアグニカが出した声明に世界が応じた事で、二十年にも渡り続いた厄祭戦はついに終結したのでした。

 

 ◇

 

 長い長い語りが終わって、ジゼルはほうと吐息した。喋り続けて喉が渇いたのか、テーブルに置いてあった飲み物を図々しくもオルガの分まで飲み干してしまう。何となくそうするだろうと考えていたオルガは、それをわざわざたしなめはしなかった。

 喉を潤したジゼルはぺろりと唇を舐めてから、感極まった様子のマクギリスへ静かに微笑みかけた。

 

「さて、どうでしたか? ジゼルの語れる範囲でアグニカ・カイエルと、それからジゼル自身について語ってみたのですが」

「……素晴らしい」

 

 一つの感情が極限にまで磨き上げられた時、それを盛る為の言葉(うつわ)はひどく陳腐になるという。

 だからマクギリスの短い呟きは、まさしく彼の内心をこれ以上なく映し出してくれていた。

 

「書物だけでは決して知りえない、アグニカ・カイエルの抱いた熱というのを感じられたよ。ああ、まさしく至福の時間だった。私の憧れは、やはり誇張など微塵もない正当なるものであったと安堵するばかりさ」

「なら良かったです。ジゼルもお世話になった人を悪く言われるのはあまり面白くないので」

「そのようなこと、とても出来はしないとも」

 

 訊きたいことがあるのだが良いだろうか? とマクギリスが丁寧に問うた。

 ジゼルがコクリと首を縦に振るのを確認して、彼は改めて言葉を昇らせた。

 

「ギャラルホルンにおいて、バエルにはアグニカ・カイエルの魂が宿ると言われ敬われる。君はこれについてどう考える?」

「どうもこうもないかと。バエルが凄いのではなく、アグニカ・カイエルが凄いというだけの話でしょう。今の逸話にもその思惑が見て取れますよ」

「……では訊くが。もし現代にバエルに乗れる者が居たとしたら、その者はどうなる? ギャラルホルンを掌握できると思うかね?」

「おい、まさかアンタ……」

 

 何事かを察した様子のオルガが険しい視線をマクギリスへと浴びせた。彼が何を目的として今の問いを投げかけたのか、それが見えてしまったからだ。

 だけどジゼルは片手を挙げてオルガを制すると、普段よりもどこか呆れの混じった口調で答えを返したのである。

 

「先も言った通りです。バエルが凄いのではなく、アグニカ・カイエルが凄いのです。もし誰かがバエルに乗ったところで、伝説の英雄が駆った機体を操るという以上の意味は持てませんよ」

「だがギャラルホルンには『バエルに乗る者こそギャラルホルンの頂点に立つ者』と定める規律がある。君の理屈はこれと反するのでは?」

「……それはそうかもしれません。ですが、今の世の中では正しい理屈こそ通らないというのを誰より知っている者こそ、あなたではないのですか?」

「──ッ!? それ、は……」

 

 胡散臭い笑みすら忘れて呆然としてしまったマクギリスを見て、これは痛い所を突かれたな、なんて呑気な感想をオルガは感じてしまった。傍目から見ている分には、どちらの言も興味深いことばかりだからだ。

 マクギリスのいう事が確かならば、これ以上ない改革の大義名分が手に入ることだろう。バエルを知るジゼルを乗せるなり、どうにかしてマクギリス自身が乗るなりすれば、それで終わりだ。これ以上ない簡潔かつスマートな革命方法に違いない。

 けれどそう、今の腐敗したギャラルホルンがそのような曖昧な規律に従うとは限らない。いやむしろ絶対に従わないのは目に見えている。腐敗をどうにかしたいと願った者が、腐敗した組織の規律に頼るなど矛盾した行いでしかないのだから。

 

「……アグニカ・カイエルという英雄はバエルを用いてギャラルホルンを立ち上げ、頂点に君臨した。だからこそ英雄と同じだけの力を手に入れることは、すなわち英雄という存在になれることだと私はずっと考えてきた。しかし君は違うと言うのか?」

「大前提としてあなたは、アグニカ・カイエルではありませんよ。だけどマクギリス……えーと、ファリドさんでしたっけ? あなたは別にアグニカの威を借りずとも、己の力で今の地位に這い上がってきたのではないのですか? 殺すことしか能のないジゼルからすれば、あなたもアグニカと同じだけ立派で、尊敬に値する人ですよ」

 

 それは純粋な賞賛の言葉であった。ジゼルにしては珍しく、心から他者へ尊敬の念を示している。

 果たしてその言葉にマクギリスは何を感じたのか。先ほどまでの無心となった様子から一変して、面貌には活気ばかりが満ち満ちている。

 

「そうか。ああ、その言葉を貰えただけでも、今の私には過ぎたものだ。この歓喜は胸に刻みこむとしよう」

 

 懐から小さな包みをいくつか出して、テーブルへ乗せた。見ればそれらは一口サイズのチョコである。

 

「今の私からはこの程度の礼しかできないのが心苦しいが、せめて貰っておいてくれ。それと、とても有意義な時間をどうもありがとう。だが私にはやるべきことが見つかったのでね。急で申し訳ないが、ここらで失礼するとしよう」

「おい、さっきの件は──」

「また後日、ゆっくりと話し合わせてくれ。今はもう一度、全てを見つめなおす時間が欲しいのだ」

「ちっ、わーったよ。気が済むまで熟考して、いい考えを頼むぜ」

「任せておいてくれ」

 

 すっかりいつもの胡散臭い笑みを浮かべ、これまた信用し辛い承諾の言葉を爽やかに残して、マクギリスは退室していった。余韻を一切感じさせない退場にはジゼルもオルガも言葉が見つからない。

 それからオルガは先ほどの意趣返しとばかりにチョコを一つほおばると、大きく伸びをしてリラックスした体勢を取った。彼も緊張していたのだろう。

 

「……ま、正直助かったぜ。火星の王だなんて急に言われても、とてもじゃねぇが決められねぇよ。もっといろんな奴と相談して、それから返事をしたいからな」

「そうですね、副団長さん達みたいな、信頼できる方々にはまず話を通しておくべきです。独断で決めるのは良くないでしょう」

「アンタの意見も訊きたいが、もちろん構わないよな?」

「信頼できる方々、と言ったはずですが?」

「おう、元からそのつもりだ。何度も言ってることだ、あんま言わせんなよ」

 

 何の迷いも見せず即答したオルガに、ジゼルは静かに俯いた。誤魔化すように彼女もチョコを頬張ってから、今更のように味覚が機能していないことを思い出す。それでももごもごと口を動かして、噛み締めるように呟いた。

 

「目覚めて最初に出会ったのがあなたで本当に良かったです、オルガ団長。信頼されるとは、やっぱり良いものですね」

 

 口内で溶けたチョコは、何故だかほんのりと甘いような気がした。




うーむ、難しい……

次回はそろそろタカキたちの描写をしたいと考えているのですが……さてどうしたものか。
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