鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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今回はジゼルの一人称視点です。書いていて一番頭がおかしくなりそうでした。


#19 彼女の見る世界

 ──目が覚めた時は、きまって二度寝の誘惑に駆られるものです。

 

「んっ……ふあ……」

 

 なんだかとても眩しい。寝起き特有の情けない声をあげつつ、仕方なしに目を開きます。すると朝日が窓から差し込んでいて、ちょうどジゼルにあたっているではありませんか。まだ寝たりないので、寝返りを打ってから毛布に潜り込むことにします。

 

「……眠い」

 

 このまま昼まで寝てしまいましょうか。式典戦争から今日でほとんど一ヶ月、そろそろ鉄華団も火星に戻る時が近づいています。だけどジゼルの仕事はほとんど終わっていますので、昼間まで寝ていても文句は──いえ、そういえば何かあったような。

 

「……護衛任務って、言ってましたっけ……」

 

 そんなのもあったようななかったような。確か対象はクーデリア・藍那……ホルスタイン? それともバームクーヘン? 名前が長すぎて忘れてしまいました。寝起きの頭ではなおさらです。

 ともかく鉄華団とも縁が深い女性がアーブラウの街に出るというので、その護衛を団長さんから頼まれていたのでしたか。同行者は他に三日月・オーガスさん、あの鉄華団が誇るエースパイロットです。MS操縦はもとより白兵戦でも強いのですから、お若いのに大したものだと思います。是非ともジゼルに殺させて欲しいお相手ですが……さすがに我慢ですね。ジゼルにも最低限の矜持はありますから。

 

「仕方ありません……起きましょう……」

 

 しかし思い返せば、確か集合は朝の九時からだったはずです。すぐに時間を確認すれば、まだ朝の七時。十分時間に余裕はありますが、早い内に準備をした方が良いでしょうね。必死にベッドにしがみつこうとする身体を意思の力で引き剥がすのはいつだって重労働ですが、一度ベッドから抜け出してしまえばどうしようもありません。

 薄いピンク色のパジャマを脱いで胸の下着を着けてから、普段着を取り出します。シャツにスカート、それからタイツ。ネクタイは気分で色を変えたりも。その上にカーディガンを羽織って、最後に支給されている鉄華団のジャケットを羽織ればお着替えは完了ですね。

 

 世の中の女性は服装選びにも時間をかけると言いますが、ジゼルにはその理屈がよく分かりません。こんなもの、ある程度のパターンを決めてしまえばそれでいいのに。

 お化粧も同様にして、ちょっとだけ目元や頬をどうにかすればお終いです。面倒なのでそれ以上はしません。こだわる時は誰かを誘い込んで殺したい時だけなので。処女ですけど、成功率は決して悪くはありませんよ。

 

「朝ごはん、今日はなんでしょうか……辛味と合う触感なら良いのですが」

 

 お仕事は億劫ではありますが、他ならぬ団長さんの頼みなら断る訳にもいきません。せいぜい真面目に取り組むといたしましょう。

 ああ、その前に朝の日課を終えてしまいますか。ちょっとしたお祈りです。もっとも、聖書の神様を敬う気はありませんがね。だって本当に存在するなら、ジゼルのような狂人を生み出すはずがないですし。そうでないなら神様はたぶん、とっくの昔に人間に飽きてしまわれたのかと。

 

 それでは敬虔なる信者のように、両手を組んで無垢な祈りを捧げましょう。

 今日こそは、誰かを殺して良い日でありますように──と。

 

 ◇

 

 朝の九時。鉄華団地球支部の玄関で暇を潰していましたが、集合時刻ぴったりにその女性はやって来ました。時間を守る方はジゼルにとって好印象ですね。殺すのは最後にしましょう。

 

「クーデリア・藍那・バーンスタインです。この度は無理なお願いを聞いてもらって申し訳ありません」

「ご丁寧にどうも。ジゼル・アルムフェルトです。あくまでもジゼルは鉄華団の一員ですので、敬語を使われる必要はありませんよ」

「そうですか……でも、この方が落ち着くのでお構いなく。そちらこそ、そう畏まる必要もないのでは?」

「すみません、ジゼルもこれが素の口調なので」

 

 ジゼルの髪の毛にも匹敵する金の長髪に、紫色の瞳が綺麗な女性です。ちょっと身長が高いのでしょうか、少なくともジゼルよりは大きいです。それと、一緒に来たのに黙ってばかりの三日月さんよりも。

 そんな彼女こそ、火星独立運動の中心核を成す逸材だとか。なるほど、ここしばらく混乱していた街中を一人で歩かせるには危険な人ですね。テロリストは意外なところに居たりするものですし。

 鉄華団とはジゼルが加入する前からの付き合いで、その縁もあってお互いに良好な関係を築いているらしいです。今回ははるばる蒔苗氏のお見舞いの為に鉄華団と共に火星から来たようで、護衛任務も半ば無料に近いサービスであるとかないとか。べったり癒着してますが、まあそこはジゼルが気にする点でもありません。

 

「クーデリア、どこに行くかは考えてるの?」

「ううん、それほど深くは考えてないの。ただ、二年前にアーブラウに来たときはすごく忙しくて、とてもじゃないけど見て回る余裕もなかったから。事情はどうあれこっちに来たなら、一度くらい見てみたいのです」

 

 それから「あ、でもちゃんとやることは終わらせてますからね!」と慌てて付け足したクーデリアさんに、「へぇー」と適当に相槌を打つ三日月さん。どこまでも投げやりな態度に見えますが、拒絶している訳ではないみたいです。クーデリアさんもそれを分かっているのかニコニコしますし。

 

 ……あれ? もしかしてこれ、ジゼルはお邪魔虫という奴なのでは?

 

 よくよく考えてみればこの話を団長さんが持ってきたときも、彼は「余計なお世話かもしんねぇが──」などとおっしゃっていました。その時は三日月さんの実力を信頼しての発言かと思ったのですが……これはきっと、()()()()()()もあったのでしょう。

 でも大丈夫、ジゼルと三日月さんはそこまで親密な訳ではありません。会話だって普段の職場が異なるせいであまりしませんし。そういう意味では、団長さんの方がよほどジゼルと親密かと。だからあなたが心配する事は何もありませんよー。

 

「それじゃあ行こっか。ジゼルはアーブラウには詳しいの?」

「ええ、まあそこそこは」

「分かった。じゃあ頼むね」

 

 なんて考えている傍からこれですか。ああ、本当に面倒です。クーデリアさんからの疑惑の眼差しが刺さりますよ。ですので、これからは適当に気を遣って適当に忘れたりしましょう。ジゼルに綿密な気遣いを求められても、それは畑違いなのですから。殺人に繋がるなら頑張るのもやぶさかではないですがね。

 

 ひとまずは、のんびりと護衛を頑張るといたしましょう。

 

 ◇

 

 良くも悪くもおかしな事態は起こらず、つつがなくクーデリアさんのアーブラウ散策は進んでいきました。道行く人々の視線を集めたり、声を掛けられたりと忙しそうでしたが、それでも充実した表情を浮かべていたのですから良かったのでしょう。ジゼルからすれば退屈でしょうがないですが、護衛とはそういうものです。

 しかも今はクーデリアさんはショッピング中で、仕方なくジゼルは道端のベンチに座っている最中です。ちなみに三日月さんは彼女についていきました。ちょっとクーデリアさんが嬉しそうだったのは、ジゼルの見間違いではないでしょう。

 

 お昼下がりの、のどかなひととき。眠気を我慢するのが大変です。だから暇つぶしに道行く人々を眺めていれば、いつだって誰がどのように殺せそうか延々とシミュレートしてしまうのですよ。

 

 ……あそこの歩道を歩いている若者、隙だらけです。すれ違い様に刺殺できそうな気がします。

 ……向こうで腰をかがめているご老体は、耳元で大声をあげればそれだけでショック死かと。

 ……なんの変哲もないサラリーマンを不意に銃撃したら、どんな反応をしてくれるのでしょう?

 ……並んで歩いている子供たちは、車でまとめて轢き殺してみたいものです。

 

 本当に、考えるだけでもたまらない事ばかりです。やってみたくてしょうがない。だけどこれらは全部が全部、この場ではできません。ジゼルは快楽殺人者ではありますが、一時の誘惑に負けて全てを失うほど短慮でもありませんから。時と場所、それに我慢は弁えているのです。

 

「すみませんジゼル、お待たせしてしまいましたね」

「いえ、お構いなく」

 

 そうこうしている内に、クーデリアさんが戻ってきてしまいました。彼女の手には小さな袋が、三日月さんの左手には大きめの袋が提げられています。どうやら、それなりに買い込んだようで。逃れられぬ女性の(さが)ですね。

 さて、この後はどうしようかと考えていたところで、いつの間にか鉄華団への定時連絡の時間となっていました。ここはジゼルが行こうかと考えていたのですが、三日月さんがさっさと行ってしまいました。同じ女性同士で待っている方が良いと考えたのでしょうかね? ここまで来てクーデリアさんを置いていく辺り、意外と鈍感さんなようです。

 

 クーデリアさんがベンチに座って、二人並ぶ形となりました。ですが、いざこうなると話すことが無いですね。沈黙ばかりが横たわってます。ジゼルは特に気にしませんが。話すことが無いなら、無理に話す必要もありません。

 

「……」

「……あの」

 

 と、クーデリアさんが口を開きました。

 やや気まずい様子で目線を動かしているのを見るに、言い辛いことなのでしょうか。けれど意を決したようにこちらに向き直ると、はっきりと告げてきます。

 

「その、オルガ団長からあなたの話は聞きました」

「そうでしたか。別段不思議ではありませんね」

 

 言わんとすることはすぐに伝わりましたとも。

 つまり彼女はジゼルの本性を知っているという事です。さもありなん、鉄華団とも関わりの深い重要人物であるならば、事前に危険人物の情報をリークしておくのも大切なことだと思います。別に怒る気はありません。

 

「すみません、こちらだけ勝手に個人情報を聞いてしまって……」

「気にしてはいませんよ。むしろ事実を知ったうえで、こうして話しかけてくる方に驚きましたが」

「……本音を言えば、それなりに怖い気持ちもあります。でも、こうして私の我が儘に付き合ってもらって分かりました。あなたはけっして、優しさを忘れてしまった人ではないのだと」

「……なるほど、あなたの瞳にはそう見えましたか」

 

 青臭い意見、なんて事は言いません。理解しがたい相手でも拒絶はせず、美点を探してみる。人として素晴らしい事じゃないですか。第一ジゼルも同い年くらいですから、同じだけ青いはずですし。

 ただ、それでも楽観的な気はしますがね。団長さんはジゼルの本質を的確に見抜いたうえで、”コイツは信用してもいい”と判断を下しました。でも、彼女はジゼルの表面上を見て判断しただけ。さっきまでジゼルがシミュレートしていたことを話したらどのような表情をするのでしょうか。見てみたい誘惑に駆られます。

 

 しかしそれは、ただの嫌味以上の意味を持ちません。ジゼルと彼女はあらゆる意味で他人なのですから、極端な一例を持ちだして論破した気になっても愚かで虚しいだけ。それよりもむしろ──

 

「あなたの生き方は、ジゼルには少々眩しいです。良家の令嬢として生まれ、不自由なく育ちながらも、立派な志を抱いて、見事に成功させました。似たような境遇なのに墜ちるところまで墜ちた()()()()からすれば、心一つでそうも変わるのかと驚くばかりですよ」

「やっぱり、苦労も多かったのですか」

「最初だけですよ。吹っ切れた後はやりたい放題しましたし。今のジゼルに後悔なんてありませんから」

 

 するとクーデリアさんは安心したように笑いました。まったく、随分とお人好しな方です。ジゼルのようなロクデナシを心配するなんて、その心はもっと他の方に向けるべきだと思うのに。

 

「なら良かった……と素直に祝福することも出来ませんけれど。いつか、あなたのような人も一緒に笑い合える世界を作りたい──なんて言ったら、それこそ嗤われてしまうでしょうか?」

「さて、どうでしょうね。少なくともジゼルは嗤いませんよ。難しいとは思いますが」

 

 片や人を生かすために言葉とペンで戦う者、片や人を殺す為に剣と銃を手に取る者。互いの立ち位置は正反対で、ほんの些細なきっかけがあれば口論になってもおかしくない。

 彼女の見る世界と、ジゼルの見る世界は百八十度違うのです。その在り方は水と油のように相容れないものでしょう。

 

「あなたはこのまま地球支部に残るのですか?」

「最初はその予定でしたが……事情が変わりまして。過去の遺物が発掘されたらしいのでその処理に」

「なら、火星まで戻るという事ですね。それは良かった」

「どういう意味でしょうか?」

 

 それでも。

 自らと正反対の者こそ、自らを最も成長させる礎である──などと言うように。

 

「だって、もっとたくさんあなたとは話をしてみたいの。本音を言えばやっぱり怖いし、聞きたくないこともたくさんあるかもしれないけど、きっと私にとって必要な意見もあるでしょうから」

「なら、頑張って期待に応えてみるとしましょう。もちろん、その分の対価はいただきますがね。恩と義理は常に等価交換ですから」

「分かってます。それはオルガ団長が一番気にするところですからね」

「はい、その通りです」

 

 クーデリア・藍那・バーンスタインさんにとっては、このような女も得難い存在なのかもしれませんね。

 その後は戻って来た三日月さんと一緒にアーブラウ散策の続きをして、日も暮れた頃に迎えに来た車にのって帰りました。何事も起こらず、退屈な護衛任務だったと言っておきましょう。

 

 ……そういえば結局、今朝の祈りは届かなかったようです。ふむ、たまにはジゼルも真面目に祈ってみるべきなのでしょうか? もっとも、殺人を奨励する神様の心当たりなんてありませんけどね。

 




ようやく鉄血のオルフェンズのヒロインであるクーデリアの登場です。ここまで長かった……
目指す道、思想などは正反対な二人ですが、どちらも気性が激しい訳ではないので穏やかに終わりましたね。ついでにちらっと次回以降の伏線も出せました。

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