鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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#21 暗雲

「この写真に写っているコイツ、アンタはどう見る?」

「これは……」

 

 式典戦争のゴタゴタもあらかた片付き、三日もすれば火星に帰還しようという頃だった。書類作成に取り組んでいたジゼルは、不意にオルガから一枚の写真を見せられた。どうやら火星の採掘場らしいそこには、何か大きな機械が埋まっている様子が写っている。

 地球支部の事務員としてフェニクスと共に残留する──などとジゼルは勝手に考えていたのだが、この写真を見ておおよそ求められる役割を察した。一部しか露出していないそのフォルムは、三百年前から知っているもの。故に確信を持ってその名を呟く。

 

MA(モビルアーマー)じゃないですか。またぞろどうして火星の採掘場なんかに……」

「ちッ、やっぱMAだったか。もしかしてとは思っていたが……嫌な予感ほど当たるもんだな」

 

 MA(モビルアーマー)。天使の名を冠した、人を狩る最悪の無人兵器。かつての厄祭戦のおりには実に人類の四分の一を殺戮したともされており、現代では情報規制のせいで存在すら伝わっていない禁忌の名である。

 それをオルガが知っていたのは、かつてジゼルが事細かにその存在を教えたからだ。彼女は三百年前から現代まで、コールドスリープを用いて生き延びてきた。だから現代では知られていない情報も数多く知っているのである。

 

「誰かMAにちょっかいを掛けた人は居ますか?」

「いいや、絶対に近寄らないように厳戒態勢を敷いてるところだ。俺たちじゃ壊れてるのかスリープ状態なのか見分けがつかなかったからな」

「良い判断ですよ団長さん。おそらくこれは休眠状態でしょう。もし近づけば、辺り一帯が人の血で染め上げられたことかと」

 

 ともあれ、MAという最悪の存在が火星の採掘場から発掘されてしまったのである。現在は休眠(スリープ)状態となっているようだが、目覚めれば人間を殺すべく行動を開始するだろう。しかもこの採掘場は鉄華団が預かっている場であり、荒らされてしまうと多大な損害を被ってしまう。

 

「ホントはこっちの事務を引き続き任せたかったんだが……こうなりゃ仕方ねぇ。アンタは俺たちと一緒に火星に戻ってくれ。このMA(デカブツ)をどうにか処理しないことには、とても採掘なんて出来やしねぇよ」

「分かりました……すぐに準備をいたしましょう」

「地球支部はユージンとメリビットさんにひとまず任せるか……って、もしかして不服だったか?」

「いえ、その……」

 

 珍しい事に、なにやらジゼルが不服そうだった。

 普段の彼女なら無表情で淡々と言葉を返すものだが、今の彼女はありありと嫌そうな色が出ているのである。彼女とそれなりに接しているオルガでも、そうそう目にすることは無かった態度だ。

 

「不服……と言えばそうでしょうね」

 

 果たしてジゼルは頷いた。理由を問えば「これはジゼルのアイデンティティにも関わる話ですが」と前置かれてしまう。その時点でオルガの背に嫌な予感が走る。だが止めはしなかった。もはや慣れたものであるからだ。

 

「MAをいくら倒したところで、無人機だから誰も殺せはしません。なのにMAは非常に強くてしかも積極的に人を殺すという、いわばジゼルのライバルなのです。たくさん倒さないとジゼルの取り分が減るのに、倒すのも大変で達成感も少ないのですから堪りませんよ」

「なるほどな。アンタらしいと言えばその通りだがよ……」

 

 あんまりにもあんまりな理由に、慣れたとはいえやはり面食らってしまうオルガなのであった。

 

 ◇

 

 地球から火星までの旅はだいたい三週間ほどかかる。長いが、これでもギャラルホルンの使う正規ルートを航行できるのだからずっと早い方だ。かつての鉄華団のように裏ルートを辿れば、この数倍はかかってもおかしくない。

 だが、そうは言っても三週間もの船旅なのだ。その時間をどのように潰すかは各々の自由だ。束の間の休息を取るのもいいし、勉強するのもいいし、シミュレーションでMS操縦の特訓をしても良い。もちろん、備え付けのジムで身体を鍛えるのだって良いだろう。

 

 そんな中でジゼルが選んだ行動は──

 

「このジムを使わせてもらいたいのですが、よろしいですか?」

「あ、ああ……誰の物でもないんだから、好きに使えって」

「おや、てっきりこのジムの主はあなただと思っていましたよ昭弘さん。ともあれ、ありがたく使わせてもらいますね」

 

 筋トレ趣味の昭弘の横で、黙々とトレーニングをこなす事だった。

 やや露出が多めの動きやすい服装に着替え、いつもは下ろすだけの赤銀の髪を一括りにしたジゼル。前髪は星を象ったピン留め二つで抑えられている。その姿はいかにもな健康的なスポーツ少女そのものだ。脱いでみれば全体的に良く引き締まっているのが分かる肉体と相まって、普段の『黙っていれば令嬢っぽい』という雰囲気は微塵も感じられない。

 実際、こなすトレーニング量も中々のものだった。一般には男女関係なく音を上げるだろう量を顔色一つ変えずこなしている。明らかに普段からトレーニングを続けている者のそれだ。

 

「……驚いた。まさかそんだけ鍛えてたとはな」

「MSに乗るなら、体力は必要不可欠ですからね」

「ああ、そうだな」

 

 きっとそれだけではないだろうが、今は追及する気は起きない昭弘だった。

 互いにトレーニングを止めることは無い。会話だって気が向いたら二言三言話すくらいだ。ジゼルからすれば昭弘とはあまり接点も興味もないし、昭弘からしてもジゼルを信用しきっている訳ではない。だからこれくらいの距離感が一番ちょうど良いのである。 

 それからしばらくは無言でトレーニングを続行した後、どちらともなく備え付けのベンチに腰かけた。適度な休憩は身体を鍛えるのに必須である。タオルで汗を拭って、スポーツ飲料を豪快に喉へ流し込む。

 

「……健全な身体には健全な魂が宿るという言葉があります。ご存知ですか?」

 

 飲料で濡れた唇をペロリと舐めながら、不意にジゼルがそんなことを訊いてきた。聞きなれない言葉である。

 

「いいや、知らないな。そんなこと気にした事も無かった」

「そうでしたか。まあ、こんなものは所詮言葉なのでお構いなく」

「そりゃあ……そうだな」

 

 納得しがてら、つい視線がジゼルの方へと行ってしまった。女性らしい滑らかで丸みを帯びた身体。けれど全身に適度な筋肉がついていて、非常にしなやかにまとまっている。比較的スレンダーな体型も相まってどこまでも健全に思え──それ故に蠱惑的な肢体だった。

 あんまり見ているとうっかり目が離せなくなりそうだから、昭弘はすぐに視線を切り上げた。さすがに彼女のような相手に欲情なんてしてしまうのはいただけない。そう感じたからである。

 

「健全な魂……か。とんだお笑い種だな」

「奇遇ですね、ジゼルもそう思いますよ」

 

 本当に先の言葉が真実ならば、ジゼルはきっと素晴らしい魂を持っていなければならないのだろう。その結果はご覧の通りなのだから、確かに信用などできるはずもない。

 そして昭弘は──どうなのだろうか。趣味で身体を鍛えているようなものだから、そんなことを気にかけた事など一度だってない。今の自分はそのような心を持っているのだろうか? つい疑問に感じてしまう。

 

「どうしてお前はそうまで鍛えているんだ? いや、だいたい予想は着くが──」

「ええ、お察しの通りですよ。だってほら、生身で殺人するのに貧弱だと話になりませんからね。昔はもう少し誇れるような志を持っていたはずなのですが……手段も目的も、気づけば変わっているのが人ですよ」

「なるほどな……ああ、らしいと言えばらしいよ」

 

 何をしても最後には殺人に繋がる怪物なのがジゼル・アルムフェルトである。始まりから終わりまで、彼女の人生は殺人という狂気で丁寧に舗装されてしまっているのだ。

 だから、初めて昭弘はそんな彼女に同情した。鉄華団は最後には全員で上がりを掴み、今のような危険な事業なんてしなくて済む未来を目指している。しかし彼女だけはそこで止まれない。いつまでだって争いを求め、誰かの不幸を幸福に変え続ける。平和になった世界に用は無いと言うのは、初めて出会った時に言っていたことだったか。

 

 何の因果もなく、ただそう生まれたから死ぬまで戦い続けなければならない。終わりなど無い。逃げ道なんてどこにも存在しないのだ。

 それではまるで──

 

「ヒューマンデブリだな……」

「ヒューマンデブリ……そういえばあなたは元ヒューマンデブリでしたか。彼らも哀れなものですね。命の価値を理解しない横暴な者の手で、無駄にその命を擦り減らしているのですから」

 

 思わず呟いてしまった昭弘の言葉を、ジゼルは全く別の方向に解釈したらしい。しかも内容自体はマトモなのに、「お前が言うな」としか思えないのはさすがと言うべきか。

 どうしてそう思う? などと好奇心で昭弘が聞いてみれば、返答は意外にも真っ当なものだった。

 

「敵の命は容赦なく摘み取り、味方の命は可能な限り大切にするのが軍属としての基本です。せっかく安く兵士を仕入れたのなら、もっと大事に使わなければ嘘でしょう」

「どうせ使うなら長く質よく使えるようにしろと?」

「はい。劣悪な環境で使い捨ての駒にする、というのも間違ってはいないと思いますが。人としてきちんと扱う方が、忠誠心も練度も上げられて一石二鳥のはずですよ」

「そりゃ、昔のアイツらにも言ってやりたい言葉だが……お前の本音はどうなんだ?」

 

 元ヒューマンデブリの身としては、ジゼルからそのような言葉が出てくるのは意外だった。嬉しくもあるし、ちょっと見直したまであるかもしれない。

 だけど何となくそれだけで終わらない感触があったから、続けて昭弘が問う。部屋の熱気はいつの間にか引いていた。すっかり冷めてしまった身体を摩り、薄い胸を張りつつジゼルは不敵な笑みを浮かべる。あの、美しくも人を不安にさせる笑み。昭弘にジゼルを信用させない一番の原因だ。

 

「戦場に出てもただただ死に物狂いなだけの兵士なんて、殺してもちっとも楽しくないですし。もっと酸いも甘いも嚙み分けた人を終わらせる方が、得をした気分になると思いませんか?」

「いいや、ならないな。そう感じるのはお前だけだろうさ」

 

 やはり怪物はどこまで行っても怪物だった。当たり前の事である。通常の感性や思考も間違いなく持っているくせに、どうしようもなく破綻しているその性根。やはり理解など不可能に近い。

 昭弘は立ち上がると、部屋の隅に備え付けられたロッカーの扉を開けた。中にはいくつか上着が入っている。その一つを無造作にジゼルへ放ると、自らは再びトレーニングに戻る。少々話し込みすぎてしまった。筋肉が鍛錬を求めて疼いている。

 

「使え。後で返してくれればそれで良い」

「……気持ちはありがたいですが、やや大きいですね。もっとジゼルにちょうど良いサイズは無いのですか?」

「悪いがそれ以下はない。つか、文句言われるとは思わなかったぞ」

「性分ですので」

 

 しれっと言い返すジゼルであった。

 その面の皮の厚さは見習うべきか。彼女の物言いはいつだって歯に衣着せぬものばかり。秘めるべき本音を隠そうともしない。だからこそ、信用されたりされなかったりするのだろうが。

 

「……そういえば、一つ言い忘れていたな」

「なんでしょうか?」

「地球支部の件は助かった。タカキもアストンも、他の誰一人だってあの戦争で死なずに済んだからな。そこについては感謝している」

「気にする必要はありませんよ。ジゼルの趣味と、その場で求められたことがたまさか一致したまでですから」

 

 それだけ言って彼女もトレーニングを再開する。しばらくすればジムは二人の息遣いだけが支配する、静かだが熱気の有る空間にまたもや変貌する事となった。

 結局これ以降、二人が口を開くことはついぞ無かったのである。

 

 ◇

 

 火星に戻ってからの鉄華団は、迅速にMA討伐の準備を始めていた。

 既にマクギリスには話を通しており、彼の手でセブンスターズの承認を貰ったという話も聞いている。だから後はマクギリス本人が到着すれば、すぐにでもMA討伐戦を開始できる所まで用意できたのだが。

 あいにくと彼は鉄華団より一週間遅れで地球を発ったこともあって、まだ火星に到着してはいなかったのである。マクギリスがいなければ戦力も知見も落ちてしまうから、彼抜きという訳にもいかない。まだ見ぬ未曽有の相手を前に、不完全な陣形で挑むのは避けたいところだった。

 

 そのような理由もあって、鉄華団は普段よりもピリピリした雰囲気で包まれていた。多くの団員たちは具体的な内容こそ知らないまでも、何か大きな作戦が近々起きる事は知っている。そして一部の事情を知る幹部たちは、自らが立ち向かう相手の強大さを良く噛み締めているのだ。

 

「MAの厄介な所は、主に二つほどあります」

 

 フェニクスのコクピットで淡々と語りながら、容赦なく拳を振るう。目の前の派手なピンク色をしたMSはそれを紙一重で避けるも、その背後からは射出されたテイルブレードが迫っている。

 

『えっ、なんだって──っと! アッブネー、今ぜってー掠ったぞ!』

「話を続けましょう。一つは子機の作成、プルーマと呼ばれる配下を勝手に量産しては物量戦を仕掛けてきます。このせいで、一機のMAが万軍にも勝るだけの戦力を獲得してしまうのです」

『おっ、おう! なんかよく分からんが、つまりヤバいって事でいいんだな!?』

「はい」

 

 頷きつつ、ジゼルはフェニクスを後退させた。その直後に眼前のMSの斧が振り下ろされるも、フェニクスに当たることなく大地の破片だけをまき散らした。

 距離を取ったフェニクスの目の前で体勢を立て直したのは、巨大な二連装の砲門が印象的なMSだ。元の色から大きく変えられたその機体は、ガンダム・フレームに特有のツインアイを光らせ闘志に燃えている。

 

「だからこそその機体、フラウロスは重要なのですよ。長距離からの射撃で本体の破壊、もしくはプルーマの数を削ることが出来ますから」

『なるほどな。そりゃあ俺の四代目流星号に相応しいおっきい役割じゃねぇか! こりゃ燃えてきたぜ!』

 

 ASW-G-64 GUNDAM FLAUROS(ガンダム・フラウロス)。それがMAと同じ採掘場から発掘されたガンダム・フレームの名前であり、現在は名称も色合いも大きく変えてノルバ・シノの愛機となっているMSであった。

 これが現在シノの手元にあるのは運が良かったと言うべきか。本当はもう少し後になってからテイワズで修理が完成する予定だったのだが、MA討伐に先駆け予定を前倒ししてもらったのだ。そのぶん修理代は高くついたが、それだけの価値があったのはシノの動きが証明している。

 

『んじゃ、行こうぜ流星号ッ!』

 

 気合一喝、フラウロスが勢いよく火星の大地を蹴った。まだ慣らし運転程度しか乗っていないのに、動きにはいっさい躊躇いがなかった。阿頼耶識システムを抜きにしてもシノの実力が抜きんでている証拠である。

 それをフェニクスは余裕を持って迎撃した。振るわれる斧を躱して、続く蹴りを唯一の得物である獅電用の大盾でいなす。お返しとばかりに空いている拳を振るってフラウロスを揺さぶるが、その本命は後ろにあった。

 

「そしてこれが二つ目。MAの持つテイルブレードはフェニクスよりも長く、鋭く、そして早いです。身も蓋もない話ですが、MAはこれ一つだけあれば十分すぎるほどの戦闘力を手に入れられる程ですね」

『こりゃあ……! 確かに、厄介だなおい! どっから来るかも分かりづれぇし、動きも妙っつーか……おわっと!』

 

 焦ったようなシノの声が通信機越しに聞こえてくる。阿頼耶識システムを用いている彼であっても、テイルブレードの不規則な挙動には慣れないのだ。直撃こそジゼル自身が避けているが、それでも掠る回数はかなり多い。

 

『こんだけポンポン当たってるんじゃ、何回死んだか分かったもんじゃねぇな……!』

「あなたより遥かに歴戦の方でも、これに対応するには一手必要としました。気に病む必要はないかと」

『おいおい、んなつまんねえこと言うなよな。一番隊隊長が何もできずに戦線離脱なんざ、カッコ付かないにも程があんだろ! やるからにはそっちの攻撃を完全に見切れるようになってやるさ!』

 

 ひたすら前へ前へ、突撃を繰り返すシノとフラウロス。それでもテイルブレードに翻弄されていたのだが、徐々に対応し始めた。自分の意志でブレードの接近を防ぎ、紙一重で回避する。粗削りだったそれらが次第に洗練されるにつれて、フラウロスの動作もより最適化されていくのだ。

 

「こりゃシノは何とかなりそうだな。助かったぜ」

 

 その様子を遠くから見ていたオルガは、ホッと胸を撫でおろした。テイワズから格安で提供されている『獅電』も良いMSだが、腕の立つシノにはやはり特別強力な機体を操ってほしかった。それが鉄華団を支え続けたガンダム・フレームならば言うことなしだ。

 MAの討伐に使う機体は主に四体。眼前で模擬戦闘を行っているフェニクスとフラウロスに、鉄華団の主戦力たるバルバトスとグシオンだ。それ以外の機体は基本的にプルーマを迎撃する役割となっている。ジゼルの話では対MAの為に作られたのがガンダム・フレームという話だから、適材適所といえるだろう。

 

「この作戦が成功すりゃあ、いよいよ鉄華団はあの採掘場を資金源に出来るんだ。絶対にしくじる訳にはいかねぇぞ……!」

 

 鉄華団が預かっている巨大採掘場は、これ一つで向こう何十年も鉄華団の稼ぎ頭になってくれることだろう。そうなればもう、鉄華団は危険な橋を渡る必要もなくなる。少しづつ事業の健全化を図って、最後には完全に戦いからは足を洗ってしまえばいい。

 オルガ・イツカが団長として胸に抱いてきた理想が、ようやく成就しようというのだ。採掘場の使用はその第一歩であり、阻むならば何者であれ容赦はしない。MAだろうが人間だろうが、やれる限りの手で排除して進むのみ。

 

 ただ、不安に思う案件も一つある。阿頼耶識システムの危険性、警鐘を鳴らしたジゼル曰く──

 

「オルガ!」

「おう、どうしたダンテ?」

 

 思考に没頭していたオルガだが、唐突に現実へ引き戻されてしまう。振り返ればそこには、赤毛の目立つダンテ・モグロの姿があった。鉄華団古参メンバーの一人、元ヒューマンデブリにして電子戦では右に出る者が居ない男だ。

 そんな彼は血相を変えて息を切らしていた。どうやら全力でここまで走ってきたらしい。大きく深呼吸して息を整えると、早口でまくし立てた。

 

「まずい報告だ。火星にギャラルホルンの別勢力が来てる」

「はぁ? どういうこったそりゃ、マクギリスはどうした?」

「そのマクギリス本人が大慌てで知らせてきたんだよ! なんか知らんが、俺たち以外にもMAを討伐しようとしてる奴らが居るらしい!」

「なんだと……おい、そいつはかなりヤベェぞ……!」

 

 我知らずオルガは拳を握りしめていた。心なしか声も震えているように感じてしまう。

 どっかの誰かが勝手にMAを討伐してくれる。これだけなら一向に構わないのだが、鉄華団には見過ごせない理由があるのだ。

 だってそう、MAが居るのは肝心の採掘場なのだ。それを荒らされてはたまらないから、鉄華団は綿密にMAを誘導する策を練ってきた。採掘場を戦場跡地にする訳には断じていかない。

 けれど別勢力が介入するというなら、採掘場が荒らされない保証など何処にもないのだ。むしろ積極的に兵器をぶっ放した挙句、全て滅茶苦茶にされるのがオチだろう。これではMAを討伐したところで元の木阿弥にしかならない。

 

 先ほどまで思い描いていた未来図が、勝手な介入のせいで全てふいになってしまうかもしれない。オルガの胸中を満たした焦りと怒りは相当なものだった。

 

「どこの酔狂な奴だか知らんが、勝手なことしてくれるぜ……! せっかく人が穏便にことを済ませようって頑張ってんのによ……!」

「どうする、オルガ? 予定を前倒しにするか?」

「ああ、本当はマクギリスの到着する三日後だったが、こうなれば仕方ねぇよ。明日にはMA討伐に乗り出すぞ。団員達にも連絡を入れる必要がある」

「分かった、すぐに手配する!」

「頼むぞ! 俺はマクギリスと話を付けてくるからよ!」

 

 マクギリスもマクギリスでこの状況は好ましくないだろう。すぐにでも意見を交換しておく必要がある。

 ここにきて急速に垂れこめてきた暗雲に、オルガはどうしようもない胸騒ぎを覚えてしまうのだった。

 


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