鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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あけましておめでとうございます。
本年もより良い作品を執筆できるよう精進していく次第です。どうか今年もよろしくお願いいたします。


#23 殺戮の鋼鉄鳥

 人を狩る天使(MA)を打倒するために製造された、人を救うための悪魔(ガンダム)たち。

 総勢七十二機という少数しか製造されなかったガンダム・フレームには、それぞれが”機体コンセプト”とも言うべき設計思想を持っていた。

 

 例えば、ASW-G-08 ガンダム・バルバトス。この機体は汎用性を何より重視した機体だ。おおよそあらゆる武装をそつなく扱えるし、尖った性能を持っているわけでもない。非常に扱いやすい基本的な機体といえるだろう。

 反対に、ASW-G-66 ガンダム・キマリスはピーキーな性能だ。各部に設置されたスラスターによる一撃離脱の接近戦を得意とし、それを補佐するためのユニットも兼ね備えてはいる。だがそれらを加味しても、高速機ゆえにやや扱いづらい近接特化機なのは否定できない事実だ。

 

 このように、ガンダム・フレームには様々な特徴が存在する。特に後年になればなるほど機体性能も向上していくから、より特化型として尖った性能を持ちやすくなるのは道理だろう。だが、当然その途中には”試作機”とも呼べるガンダム・フレームも存在したわけで。

 そのうち最も特徴的とされるのがASW-G-37 ガンダム・フェニクスである。MAを除けば人類を殺害したトップランカーに位置する鋼の不死鳥。そのコンセプトは、そのものズバリ”MAの力を宿したガンダム・フレーム”なのだから。

 印象的なテイルブレード、鉤爪型の脚部、高い機動力を生み出す翼部スラスター──どれもMAに搭載された兵装に相違ない。強大な力を持つMAに対抗するためには、その力を自分たちも使用してしまえばよい、と。実に自然な発想から設計されたガンダム・フェニクスは、なるほど確かに相応しい機体性能を持つに至ったわけだ。

 

 ──それがまさか、フェニクスを操るパイロットまでMAと似通うとは。

 

 人を狩る天使をモチーフにした悪魔は、果たしてモチーフ通りに人を狩る悪魔へと成り果てた。きっとこの因果は開発者の誰もが思いもしなかった誤算であり、あるいは業によって定められた運命でもあったのだろう。

 

 ◇

 

 カチッ、カチッ、カチッ。MSの狭いコクピット内に小さな音が響く。MSの各機能を順に立ち上げていく音だった。小気味よくスイッチが入れられ、次第に光が点り始める。

 パイロットにとって数えるのも億劫なほどに繰り返された起動シークエンスだ。目を瞑っていても出来る。よどみなく機体は息を吹き返し、メインモニターには高台から見下ろす形となっている採掘場が映される。さらにその下のサブモニターには機体型番──ASW-G-37 GUNDAM PHOENIXの文字が浮かび上がっていた。

 

 かくして出撃準備を終えたフェニクスのパイロット、ジゼル・アルムフェルトは普段よりもやや不機嫌そうに通信を入れると、鉄華団団長オルガ・イツカの下へ通信を繋げたのである。

 

「フェニクス、起動シークエンス終了しました。いつでも出れますよ、団長さん」

『そうか、分かった。悪いが一刻の猶予もねぇ、すぐにでも出てもらうことになりそうだ』

「気乗りはしませんが、まあ団長さんの頼みなら」

 

 改めてモニターに映された採掘場へと目をやる。残念ながら鉄華団はタッチの差で間に合わなかった。採掘場を見渡せる高台に急行した時には、既に目覚めたMAはすぐ近くのMS隊──話によればクジャン家というらしい──を敵と定めていたからだ。果たして彼らがどのような対策を施しているかは定かではないが、あまり高望みをしない方が賢明だろう。最悪にして面倒な事態は避けられなかったのだ。

 

 ほう、とため息を吐いてからジゼルは持ち込んだ携帯食料に手を伸ばした。袋を開けて、簡素な棒状の食料を咀嚼する。今は阿頼耶識システムと繋がっているから、味はちゃんと分かる。だけどもあまり美味しくない。地球でマクギリスからもらったチョコの方がよほど美味しいと感じるほどだ。

 

「はて、どうしてでしょうかね……?」

『なんか言ったか?』

「いえ、何も。それより他の方はどうですか? さすがにジゼルだけでMAの相手をするのは嫌なのですが」

『その話なんだがな……』

 

 今回の作戦では、鉄華団のエースたちが駆るガンダム・フレーム四機を主軸にする作戦だった。パイロットの腕的にも、ガンダム・フレームの誕生経緯にしても、これ以上の適任はいないと考えたからである。

 けれど、その前提はこの場にやってきた瞬間崩れ去った。フェニクスを除いたガンダム三機が、MAを認識した途端いっせいに不調を訴えたからである。原因不明、しかし強大なMAを相手取るのにこの不調は無視できない。さすがにジゼルもこれは予期できなかったから、対策などがあるはずもなく。だから急遽ガンダム三機を後方支援に回し、代わりに彼らに次ぐ実力を持った者たちをMAに当てる手筈となったのだ。

 

 そうは言っても、三日月たちを除けばMA相手に出せるパイロットがほとんどいないのも事実だが。

 

『だから俺たちが出せるガンダムはアンタとフェニクスしかねぇ。負担がデケェってのは百も承知だが、それでもどうにかしてもらいたい。頼めるか?』

「……いいですよ、もう。ここで話していても埒が明きませんし。代わりに、二つほどお願いがあります」

『いいだろう、言ってくれ。出来る限り便宜は図る』

「では一つ目。今度何か美味しい食べ物でも一緒に買いにいきましょう。阿頼耶識を繋いで食べるつもりですから、フェニクスで食べられそうなものを幾つか見繕っておいてください」

『そんなもんでいいのか? 俺はてっきり──』

「まあ焦らないでください。それで、二つ目のお願いなのですが──」

 

 もう一度モニターに目をやる。破壊された採掘場近辺で暴れるMAの姿が恐ろしい。あれだけ居たはずのクジャン家所属のMS隊は今や一握りだけ、それ以外は地に伏せるか必死に逃げ惑うかの二つしかない。

 事情を知らなければ哀れを催す悲惨な光景だし、事情を知っていてもここまで無残な姿になると同情心が沸いてしまう。それは彼らに横槍を入れられたオルガとて例外ではない。身勝手な行動への怒りはあるが、ざまぁみろと嘲笑う気まではしなかったのだ。

 

 ただし、これらは全て常人の感性に基づくならの話だが。

 

「あそこに居る生き残りの人たちは、全員ジゼルが殺しますから。鹵獲はともかくとして、殺すのは控えてもらえればと思います」

『……だろうと思ったよ。他の団員には出来るだけあそこの奴らを殺すなと伝えてある。それでいいか?』

「もう手回しまで行っていたとは、ちょっとビックリしましたよ。お気遣いありがとうございます」

 

 鈴を転がすように軽やかな感謝は、これから人を殺せるという暗い愉悦に彩られている。おぞましいが、けれどオルガとて伊達や酔狂で彼女を雇おうと決めたわけではない。この程度の狂気、もう慣れてしまったのだ。

 勝手にMA討伐に横槍を入れてきた挙句、失敗までしたクジャン家とやら。鉄華団に断りもなく面倒なことをしてくれたとは思うが、果たして死ぬ必要まであったかどうか。オルガはそれ以上をここで考えるつもりは無いし、ジゼルに至っては発想すら存在しない。他の団員にしてもわざわざ止める気はないだろう。

 

「さて、それでは出撃()るといたしましょうか。これ以上MAをほうっておくと、ジゼルの取り分が無くなってしまいますので」

『よし、なら作戦通りに頼むぞ。ちょいと狂っちまったが、やることは変わんねぇ。おびき寄せて、分断して、本体を叩く。そんだけだ』

「それでは──」

 

 フェニクスのレバーを強く握った。フットペダルへと徐々に力をこめて、翼部スラスターのスロットルが開いていく。ジゼルの意思によって鋼の不死鳥に火が入り、鏖殺の不死鳥(あくま)へと変生(へんじょう)を遂げていく。

 仕上げとばかりにガンダム・フレームに特有のフェイス、そのツインアイに緑の光が灯った。しかしそれは段々と色を変えていき──

 

「ジゼル・アルムフェルトです。ガンダム・フェニクス、目標を殺戮してきます」

 

 鏖殺の不死鳥が地上より羽ばたいた時には、血を連想させる禍々しい赤に染まっていたのである。

 

 ◇

 

 まるで地球に住む鳥のよう。

 イオクが抱いたフェニクスへの第一印象がそれだった。

 

『だからあなたは邪魔なんですよMA。すぐにでもジゼルの前から消えてくださいな』

 

 不機嫌さを隠そうともしない声音でMAへと告げた破壊宣言。MAには聞こえていないはずのそれに、しかしMAは不愉快そうに身を震わせて敵意を示した。あたかもフェニクスが不倶戴天の敵であると認識しているかのように。

 フェニクスが陣取ったのはちょうどイオク達とMAの中間地点だ。かばうように背を向けているフェニクス相手に、たまらずイオクは問いを投げた。

 

「貴様──いや、貴殿は何者だ? 助けてもらったことは感謝するが、しかし……」

 

 言いよどむイオクに対し返ってきたのは、実に億劫そうな通信だった。

 

『……はぁ、鉄華団参謀、ジゼル・アルムフェルトです。後は見ての通りなのでよろしく』

「な……! つまり君があの鏖殺の不死鳥のパイロットなのか……!?」

『そうですけど何か? ああ、謝礼については気にしなくて良いですよ。誰でも持っているもの一つで十分に足りますので』

「それは──」

 

 いったい何なのだ? ふと不安に駆られたイオクが聞き返すより前に、フェニクスは迅速に行動を始めていた。

 速い。まず第一印象はそれだ。ひたすら速く、そして無駄がない。放たれた矢のように突貫したフェニクスは、咄嗟に行動を起こしたMAの攻撃を掻い潜って肉薄する。

 鋼と鋼のぶつかる鈍い音が響いた。フェニクスの持つ大剣がMAを叩いたのだ。これまで誰一人与えられなかったクリーンヒット、けれどMAは身じろぎすらしない。生来の頑強さにまかせて受け止めると、お返しとばかりにテイルブレードを走らせる。イオクからしても部下たちを蹂躙せしめた、悪魔のごとき兵装は印象強い。

 

『ふっ──』

 

 微かな息遣いが、通信越しに聞こえた気がした。

 フェニクスは対抗するように腰部後方の尻尾、いや、テイルブレードを射出した。搭乗者の意思が乗ったブレードは的確にMAのテイルブレードを弾き飛ばすと、後方から迫っていた子機たちを苦も無く一掃したのである。

 まるで見えていたかのように鮮やかな対処。子機たちも出方を窺っているかのように大人しくなった。フェニクスのパイロットは尋常な腕前ではない、一瞬だがイオク達に悟らせるには十分すぎる攻防である。

 

『そこで突っ立ってるギャラルホルン! 邪魔だからどいてろ!』

「!?」

 

 さらに、後方からは銃撃の援護が走る。唐突な怒声に振り返れば、そこには鉄華団のMSらしき影がライフルを連射している姿が見える。標的は無数に居る黒い子機たち、フェニクスやイオク達に近づこうとしているのを片っ端から打ち抜いていた。

 

『イオク様、これは……』

「あ、ああ……どうやら、運にまでは見放されなかったようだな」

 

 イオクのそばに残った部下は三人だけ、さらに行動不能となって横たわっているMSがおよそ十機ほど残っていた。あまりにひどい損害。けれど逆に言えば、あれだけMAにいいようにされても十数名の命は残ったのだから僥倖ともいえるのか。

 

『イオク様、ここは鉄華団が戦っているうちに我らは味方を助け離脱するべきかと』

「な!? しかしそれでは散っていった部下たちの無念が!」

『我らはイオク様のために命を張り、そして落としたのです! それなのにイオク様がここで戦死なされては、それこそ無駄死にとなってしまいます! どうか、ご理解ください……』

 

 到底納得できるものではない。しかし彼らの言葉もまた真実だ。任務の失敗は口惜しいが命あっての物種、ここは撤退すべきであると。イオクもその想いは理解できるからこそ、断腸の思いで決断を下した。

 

「くうッ……! 是非もあるまい。部下たちに繋いでもらった命、ここで散らせるわけにはいかぬか……!」

 

 悔し涙が頬を伝う。自らに付き合って散っていった部下たちに申し開きが立たぬが、死んでしまうほうがよほど駄目だ。きっと全てを失ったイオクなら出来なかった思考でも、いまだ部下たちが残っている現状だからこそ考えることが出来たのだ。

 そうして、鉄華団の邪魔にならないようにその場を後にしようとしたイオクは──

 

「なあッ……! そこにはまだ私の仲間が!」

『そうですか、なら大当たりですね』

 

 ()()()()()()()()()コクピットを無造作に踏み潰したフェニクスの行動に目を剥いたのである。

 切っ掛けをイオクは見ていなかった。ただ、前後の状況的にフェニクスがMAの攻撃を避けるために跳躍し、着地したのだと思う。その結果としてフェニクスの鉤爪状の脚部はあやまたず部下の居るコクピットを踏み抜き、残酷にもその命を奪ったのだ。

 事故か? いや待て、それは違う。だってフェニクスのパイロットは……あまりの事態に硬直してしまうイオクを他所に、フェニクスとMAは接戦を続けていた。

 巨大な兵装は、剣と砲の合体したものだろうか。轟音が鳴り響くたびにMAの動きが鈍り、薬莢の転がる鈍い金属音が聞こえてくる。大口径の砲でMAを足止めしたフェニクスは間髪入れず右足の鉤爪(パワード・クロー)で何かを掴んだ。その正体は破壊され転がっていたグレイズ。先ほどのとはまた違う、けれどまだ生存者が居る機体である。

 

 何をするつもりなのかは皆目見当もつかないが、良いことでないのだけは理解できた。

 

「や、やめろーーッ!!」

『ふふっ、ふふふっ……』

 

 反射的に叫んだイオクと、こらえきれずに笑い声を漏らすジゼルと。

 どこまでも対照的な二人。だからこそイオクは絶望的な表情を浮かべ、ジゼルは楽しくてたまらないとばかりに美貌を悪辣に歪めたのだ。

 まるで球を蹴るかのような動作でフェニクスは右足を振りぬいた。当然、鉤爪に捕まっていたグレイズはMAに向かって飛んでいく結果となる。その先には頭部を開き、ビームを発射する体勢を整えていたMAが待ち構えている。

 

『ま、ちょっとした盾といったところですね』

 

 フェニクスのパイロットが何か言っていたが、イオクには一言足りとて頭に入らなかった。次に起こる事態を予見して、あらゆる思考が釘付けになっていたからだ。

 

 次の瞬間、MAの頭部から極大のビームが放たれた。それは飛んできたMSによって発射口のすぐ傍で止められてしまい、周囲の大地に拡散して抉っていく。MAのほうもすぐには止められないのか、自身の頭部が燃え始めてもお構いなしだ。

 通常、MSの装甲に用いられるナノラミネート・アーマーはビームに強い。直撃したところでパイロットは多少熱を感じる程度で済むだろう。だが今回の場合、既に破損した状態でしかも超至近距離だ。とてもじゃないがビームの熱を受け止めきれず、結果として間接部にまでビームが到達してしまう。

 

 後はただ誘爆するのみ、鋼鉄の機体はそのまま棺桶へと変貌したのだ。

 

「あ、あぁ……そんな、皆が……」

『イオク様!』

『我らがついています、お気を確かに!』

『まずはここからの脱出が先です!』

 

 気がつけばイオクの駆るレギンレイズは、部下たちの機体に抱えられていた。悪夢の具現というべきその場を離脱するように全速力で駆けていく。背後ではなおも部下たちが道具のように使われ、そして殺されているというのに。今の彼はとことんまで無力だった。

 そんなイオクを懸命に気遣う部下たちの健気な献身すら、彼にはどこか遠くで起きた事にしか感じられなかったのである。

 人を人とも思わず、使い捨ての道具か何かのように浪費していくフェニクス。その狂った有様を見ることで、ようやくイオクも鏖殺の不死鳥の何たるかを理解したのだった。単純な理屈だからこそ、裏も何も無く狂った理屈を読み取れる。あれは人を殺すためだけの存在、いいとこMAと変わらない悪夢の不死鳥に相違ない。

 

 殺戮の鋼鉄鳥たちの狂演は終わらない。

 グレイズを盾にするという狂気的な方法によりビームでMAの視界を潰したフェニクスは、さらにMAへと躊躇無く肉薄した。大剣で巨体ごと押し込み、テイルブレードでいなしていく。その動きはよくよく観察すればどこかへ誘導しているもの、先を見れば鉄華団のMSたちが勢ぞろいして待ち構えている。

 

 おそらく鉄華団の作戦とはここから違う場所に戦場を移して、そこでMAを仕留める腹積もりなのだろう。そのための誘導にあの狂ったガンダム・フレームが出張っているというのなら、これ以上イオクたちを気にかける余裕も無いはず。

 

 ──いいや、まだだ。その程度のことで不死鳥は諦めない。

 

『──ッ!? 追って、きている……!』

 

 部下の一人が息を呑んだ。たまらずイオクが振り返ると、その先には離脱するイオクたちを猛追してくるフェニクスの姿がある。代わりにMAを相手取っているのは、イオクも見覚えのある青と白のガンダムだ。そちらと鉄華団のMSたちを新たな標的と定めたのか、MAはどんどんと別の方へと消えていく。

 代わりに頚木(くびき)から解き放たれてしまったのは鏖殺の不死鳥だ。その背後に積みあがるグレイズの残骸からは、とてもじゃないが生存者を期待することなど出来なかった。

 

 もはやあの不死鳥にとって、イオクたちも当たり前の殺戮対象なのだろう。彼らにしてみればMAがさらに増えたかのような感覚、生きた心地も感じられない。

 

「──どうせここで矛を交える羽目になるのならッ!」

『イオク様、いけません!?』

 

 だからイオクは吹っ切れた。吹っ切れてしまった。

 部下たちに抱えられた機体を捻って拘束を逃れ、そのまま地面に着地した。向き直ればもうすぐ傍までフェニクスが迫っている。ほんの一瞬身が縮こまるが、けれど意地で我慢した。

 

「貴様が無慈悲にも摘んでいった部下たちの仇! このイオク・クジャンが刺し違えてでも取ってみせる!」

『へぇ、あなたが噂のイオク・クジャンでしたか……これはまたどうしたものか。少々困りましたね』

 

 大剣が振るわれる直前だった。フェニクスはおもむろに動作を中断すると、逆に距離を取って静止する。まるでイオクを見定めているかのようだ。

 その間にも部下たちがすぐさまイオクを庇うように前に出た。この状況、良くは分からないがすぐさま死ぬことは無いと見た。なら部下たちに出来ることはこの場から確実にイオクを逃がすことだけだ。

 

 妙な緊張が場を満たす。この手合いを前に言葉での解決は期待するべきではない。だがそうはいっても直接戦闘で勝てるかといえば、先ほどまでの戦闘を見ればとても頷けない。今や八方塞だ。

 睨みあったまま五秒が経ち、十秒が過ぎ──唐突にフェニクスが動いた。さらに後方へと素早く機体を切り返す。

 

 その直後だ。先ほどまでフェニクスが立っていた一帯に無数の銃痕が刻み込まれる。天から降り注いだ銃撃に驚きながらもイオクが空を見上げれば、

 

『何をしているかと思えば、やはり鏖殺の不死鳥に目を付けられていましたか。先ほどの啖呵はともかく、イオク様では相手にならないと思うので引っ込んでいてください』

「ジュリエッタ……」

 

 見るに見かねて援軍にやってきたジュリエッタ・ジュリスとその愛機が、火星の空より降りてきていたのである。

 


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