鉄華団の団員が抱くジゼル・アルムフェルトへの印象は、大きく分けて以下の三つに分類される。
一つ目、マイペースで天然気質。
二つ目、仕事には真面目。
三つ目、どこか得体の知れない雰囲気が漂っている。
一つ目と二つ目についてはそのままだ。ジゼルの発言や行動はけっこう突飛なものが多いし、ふざけたような辛党なのも有名な話である。かといって勝手気ままかと言えばそうでもなく、鉄華団の仕事に対して真摯に取り組む姿勢が見受けられる。
そして三つ目、これは最近になって新たに浮上したものである。少し前のMA戦では横槍を入れてきたギャラルホルンの者たちを一方的に殺戮し、地球支部では着任後すぐにアーブラウ兵を射殺したという。その異様なまでの殺人への躊躇いの無さは、新入りの団員はもちろん古参の少年兵たちでもどこか気味が悪く感じてしまう。
──たぶん彼女には、何か秘められた本性がある。それもとびっきり醜悪な本性が。
もちろんジゼルの狂った趣味を正確に把握している者はごく一部だが、最近では平団員たちにもこのように思われているのだ。義理堅いし真面目なところもあるから嫌いにまではならないが、どこか苦手意識を持ってしまうのは仕方なかった。
だからそのジゼルがオルガと共にクリュセに遊びに行くと知ったときは、かなり大きな波紋が団員たちに広がったものである。
『はぁ、オルガがデートだと!? しかもあのジゼルと!? おいおい何の悪ふざけだよ、冗談キツイぜ全く』
「マジだマジ、大マジだ」
通信機の前に座るシノは神妙に頷きながら、画面の向こうで叫ぶユージンを宥めた。
火星本部より遠く離れた地球支部に居るユージンは、おそらく鉄華団の誰よりもジゼルを危険視していた人物である。このオーバーな反応も彼ならむしろ納得いくものでしかない。
『つかデートってなんだデートって。あの女っ気の全然なかったオルガが出会いも交際もすっ飛ばしていきなりデートたぁどういう了見だ。その辺詳しく教えてくれよシノ』
「オルガが言うには、なんか色々あって明日にでもクリュセの美味いもん食いに行くことになったんだとよ。どっちもデートって意識してるわけじゃねぇみたいだが、こりゃどう見てもデートだろって俺たちで勝手にネタにして盛り上がってるとこなんよ」
『そりゃまあ確かに、んな面白そうなイベント見逃せるはず──じゃなくてだ! あんな危険人物とデートとか命が何個あっても足んねぇぞ……マジで止めとけって』
一応ユージンもジゼルの義理堅さは知っているが、それでも理屈じゃなくて本能的に不安になってしまうのである。別に、デート経験でオルガに先を越されることを
ただそんな危険性を憂慮する想いとは裏腹に、思いがけない恋愛話っぽい流れに興味津々なのも事実だが。彼とてまだまだ青少年、そういった話には食いついてしまうのも仕方ない。
『すみませーん、ユージンさんいますか……ってあれ、もしかして火星の方と通信中でしたか?』
ひょっこりユージンの後ろに映り込んだのは、今も地球支部で一生懸命働いているタカキだ。シノが「よう、久しぶりだな!」と声を掛ければ、『あ、シノさん。お久しぶりです』と返してくれる。
『おう、ちょうどいいとこに来たなタカキ。聞いてくれよ、あのオルガがデートすんだとよ! しかも相手はあのキチ……じゃなかった、ジゼル・アルムフェルトなんだと』
『ええッ!? ジゼルさんとって、それはまた随分と急な話ですね……』
『だろ? ホントびっくりしたぜ。頼むから詳細は教えてくれよな』
「ったりめぇだろ! こんな一大イベント見逃す方がどうかしてるぜ!」
既に有志の手を借りて二人を出歯亀する準備は整えている。カメラなどはいくつか用意したし、変装用の服なども準備万端だ。後はシノを筆頭にして目立たないように二人を尾行し、終わった後に存分に茶化してやろうという算段である。
普段は大人顔負けなくらい努力して生きている彼らでも、今回ばかりは完全に青少年たちのノリと勢いそのままだった。
「ラフタさんなんかもう乗り気すぎてヤバいくらいだし、アトラもアトラでかなり気になってるみたいだからな。ぶっちゃけライドたちもかなりテンション上がっちまってるぜ」
『昭弘はどうしたんだよ? アイツなら絶対止めると思ったが』
「アイツはオルガに一任するらしいぜ。オルガがいいって言うならそれでいいんだとさ」
『へぇ、なんつぅか昭弘らしいぜ。タカキはどう思うよ?』
『俺は別に大丈夫だと思いますけどね。ジゼルさんって結構怖くて不思議ですけど、同じくらい良い人ですし』
『ま、マジか……アイツのことそう思ってんのか……』
タカキは団員たちの中でも温和な性格をしており、かつ有数の常識人である。そんな彼が本性を知らぬとはいえジゼルを割と高く評価しているのだから、真逆の評価を下しているユージンとしては愕然としてしまう。
ともあれ、例のデートとやらをどう感じたところで地球に居るユージンに出来ることは皆無だ。今はただ黙って結果報告を待つしかない。
『タカキ、ユージンさんは見つかったのか?』
『あ、ごめんアストン、もう大丈夫だよ! すみません、俺はこれで』
『じゃあ俺もそろそろ仕事に戻るかな。ともかく、絶対に詳しい情報は教えてくれよな!』
「任せとけっての!」
こうして、不安と期待とお節介と覗きの混じり合った謎の食べ歩きツアーは始まったのである。
◇
「団長さん団長さん、次はあのお店に行きましょう。きっと美味しいケーキがありますよ」
「分かったからちょっと落ち着け、これで何件目だと思ってやがる?」
「んー……まだ六件目でしょう? さあお早く」
そう言って有無を言わせずオルガの袖を引っ張って歩き出すジゼル。行き先にはちょっと洒落た佇まいの洋菓子店、たぶんクリュセの中でもお高い方の店だろう。金銭の心配は必要ないが、どうにもオルガとしては気遅れしてしまう雰囲気が醸し出されている。
──正直、ちょいとばかり安請け合いしすぎたかもしんねぇな。
鉄華団団長であるはずのオルガ・イツカは、引きずられながら心の中で嘆息してしまう。買い物になると女性は男性よりも遥かに活動的になると聞いたことがあったが、それはあのジゼルですら例外ではなかったようだ。
店内も外見に違わず小奇麗で、やはりオルガはどうにも場違いに感じてしまう。しかもかつては底辺を生きていたオルガにとって、ケーキなど食べるどころか見たことすら無いものばかりだ。けれどジゼルは気にした風もなく、当たり前のようにショーケースに並べられたケーキを品定めを始めている。相変わらずのマイペースさだ。
「このモンブラン美味しそうですね。団長さん、試食してみてはもらえませんか?」
「こいつか? すんません、このモンブラン? ってヤツ一個貰えますか?」
「は、はい……!」
言われるままに一個注文してみれば、店員からかなりビビられてしまい思わず苦い顔になってしまう。白狼のような鋭い容姿と高い身長、それに普段着のワインレッドのスーツがもたらす威圧感はかなりのものであるらしい。ありていにいって、
「気にしないことですよ団長さん。ジゼルはあなたが良い人だってちゃんと知ってますからね」
「……ありがとよ」
ジゼルがらしくなく慰めてくれたのが、なんだか気にしているように思われて逆に辛くてしょうがなかった。
ともあれ店内に備え付けの喫茶スペースへと足を運び、提げていた袋をざっと下ろす。両手に三つずつの合計六つ、それがジゼルの買い込んだ品物たちであった。
「にしても随分と買い込んでくれたなぁアンタも。まさかこうまで嵩むとは思わなかったぜ」
「団長さんが悪いんですよ。あんなに美味しそうな食べ物ばかり見せられたら、どれもこれも気になってしょうがないじゃないですか」
「そりゃ全力で美味そうなとこリサーチしたからな。これで全く靡かれなかったらその方がよっぽど困っちまう」
「なら、ジゼルがたくさん買っても構わないのでは?」
「物は言いようだな。ま、確かに文句を言われるよりははるかにマシだが」
話している間に出されていた紅茶に口を付けて、ため息を一つ吐く。始まりは四時間ほど前の午前十時、思い返すだけでも一苦労な食べ歩きツアーの幕開けである。
この洋菓子店に来るまでに立ち寄った店は全部で五つだ。最初はパン屋でライ麦パンやフランスパンを買い、次はチーズの専門店で名前も聞いたことがないような不思議なチーズを幾つか買った。
パンについては何でもジゼルの故郷で盛んに食べられていたらしく、彼女は随分と懐かしがっていた。チーズについても同様らしく、なんでもブルーチーズやモッツアレラがお好きなのだとか。オルガからすればカビの生えた食べ物などヒューマンデブリの食糧より酷い気がしたのだが、一口試食してみて考えを改めた。とても美味い。
その次は肉屋、その次は香辛料専門店、さらには風変わりな珍味を扱った店と、二人で多種多様な店舗ばかり巡っている。どれもこれもCGS時代のオルガならまず入る事すら出来ないような、けっこうセレブリティ溢れる店ばかりだ。それが今では鉄華団団長という肩書もあって店側から大歓迎されるのだから、生きていれば何が起こるか分からないものである。
ちなみに、買った品の荷物持ちをオルガがしていたのは兄貴分の名瀬からの入れ知恵だ。念のために今回の件を相談しておいたら、こういう時の男は荷物持ちをすべきと教えてくれたのである。実際にやったら確かにジゼルの機嫌がちょっと良くなったから、やはり効果はあったのだろう。さすがは名瀬の兄貴と言うべきか。
「文句なんて言いませんよ。団長さんが選んでくれたんですから、きっと美味しいに決まってると信じてましたとも」
「おいおい、初対面で貰った栄養バーを『マズい』ってはっきり言ったのは誰だったよ?」
「……さて、誰でしょうか? ジゼルに覚えはありませんよ」
苦笑交じりに指摘すれば、ジゼルはふいっと金の瞳を泳がせた。バツが悪そうな表情を見るに、彼女も多少は気にしていたようだ。誤魔化すように紅茶を手に取り口を付けた。しかしその所作一つとっても優雅で上品なのが、やっぱり育ちの良さを思い出させてしょうがないのである。
「やっぱり味は分かりませんね。香りも楽しめない紅茶なんて、ただの水よりつまらないものです」
「確か阿頼耶識の弊害だったか。同じくらいMAと戦えても、アンタとミカでは違う障害が発生してんだな」
「おそらくは阿頼耶識システムの違いでしょう。この時代の阿頼耶識は不完全なものですから、そのぶん運動能力にダイレクトなフィードバックが発生するのかと。それと味覚嗅覚を無くすことのどちらが良いかといえば、その人次第と言えますがね」
単純な生活の不便さを考えれば、半身不随にまで陥った三日月の方が圧倒的に厄介だろう。しかしだからといって味覚と嗅覚という五感の内の二つが無くなってしまえば、食事には食欲を満たすという以上の意味合いが無くなってしまう。それでは日々の彩すらも色褪せてしまうことだろう。
「大変お待たせしました、ご注文のモンブランです」
ちょうど話が切れたタイミングで、店員がモンブランを一つ運んできた。嗅いだこともないような甘い香りがオルガの鼻孔をくすぐる。
まずはフォークで一つ突いてみる。クリームが多いのかかなり柔らかい。初めて見る食べ物だからおっかなびっくりになってしまうが、早く食べろとジゼルの視線が突き刺さっているので意を決して口へと運んでみた。
「……うまいな」
「本当ですか?」
「ああ、初めて食ったが甘すぎなくていいな。こりゃ土産にいくつか買ってくか……」
即座に頭の中で金勘定を始めるオルガ。今日はなにも本当にジゼルのためだけに店巡りをしていたわけではない。これまでの店巡りでも、彼は気に入ったものはいくつか買い取って鉄華団本部の方に送ってもらうよう話をつけていたのだ。もちろん、全てオルガの自費である。いつも組織の為に気張ってくれる家族達への、ちょっとしたプレゼントというつもりだ。
その中でもこのモンブランなる食べ物はかなり良い。特に子供たちは喜ぶだろうし、幹部組といった大人の味覚を持つ者たちにも悪くないはずだ。
などとモンブランを突きながら考えていると、やはりジゼルの視線が気になってしょうがない。『じ~』という擬音が聞こえてきそうなほど、もっと言えば穴が開きそうなほどモンブランを見つめている。
この時点で何となく嫌な予感がしたオルガは、さっさと食べ終わってしまおうとフォークを急いで動かし始めたのだが──
「どれどれ、せっかくですしジゼルにも食べさせてくださいよ」
やっぱりか。割と食い意地の張っているジゼルだから、たぶんそう言ってくることは予想出来ていた。
「んなこと言ったって、今アンタがコイツを食ったところで味なんざ分かんねぇんじゃないのか?」
「それでも、食べているという事実に変わりはありませんし。それにほら、アレやってみたいじゃないですか、アレ」
よく理解できないことを早口で唱え終わったジゼルは、何故か雛鳥のように口を広げて見せる。ちょうどフォークで小さく分けたモンブランが入りそうなその大きさ。何のつもりだと一瞬固まってから、オルガはその意図を悟った。悟ってしまった。
「おい……まさか俺に食べさせろっていうんじゃねぇだろうな?」
確認を求める声が心なしか震えていたのは、絶対に気のせいじゃないだろう。
「
「口閉じて喋ろっての。つかマジか、本気で言ってんのか……」
咄嗟に周囲を見渡す。知り合いは当然ながら誰もいない。だから見咎められるとか、ネタにされるとか、その心配はないはずなのだが……さすがに難易度が高すぎた。
この世に生を受けて十数年、散々ユージンやシノが”彼女ができたら絶対やりてぇ!”と叫んでいた行為をまさかジゼルとやる羽目になろうとは。不満とまでは言わないが、いかんせん意外性がありすぎるのだ。
「
「勘弁してくれよ……ったく、ほらよ。コイツでいいか?」
五秒ほど胡乱気に見つめてみても変わらない。思えばジゼルはくだらない発想ほど一度そうと決めたら中々意見を翻さない。そのマイペースさは初対面の時から知っているし、変わってもいなかった。
ヤケクソ気味に意を決してフォークにモンブランを勢いよく突き刺し、頬杖を突きながらジゼルへと差し出した。ぱくり、一口でジゼルがモンブランを飲み込む。まるで怪物の捕食シーンでも見ているかのようなシュールさだ。
「むぐ……美味しいと思います、たぶん」
「そいつぁ良かったな、おい」
いったい自分は何をやっているのか、なんてどうしようもない疑問がオルガの心中で広がるが、悲しくなるので無視である。まあ確かに、普段の無表情を崩したアホっぽいジゼルは見ていて面白くはあったが。たぶん団員たちの誰も予想だにしない行動だったとは思う。
当の本人は満足げにモグモグと咀嚼してから嚥下すると、紅茶をちょっと飲んで優雅に口直し。それだけで先ほどのふざけた姿が払拭されるのだから、つくづく美人とは得であると実感させられる。
「一回くらいこういうのやってみたかったのですよね。昔読んだ小説では、男女が食事に出かけた際の定番だとかありましたし」
「そのために俺をダシにすんなってんだ……で、満足したか?」
「ええ、大満足です。ついにジゼルはアグニカもついぞ出来なかった”恋人っぽい行い”を達成したと思うと感無量ですね」
なんだか英雄様の個人情報がさらっと暴露された気がしたが、聞かなかったことにしたオルガである。
そういえばセブンスターズにカイエル家がないのもその辺の事情なのだろうか。きっと彼に惹かれた女性も多いだろうに、なんとももったいない話である。
「そんじゃ、そろそろお暇するか? あんまし居座っても迷惑だろうしよ」
「あ、いえ、まだ気になるケーキがあるので待ってください。それにほら、喫茶店というのは長居してこそと言いますし」
「だけどやることがなんもねぇぞ。まさかこんなところで事務仕事片づけるわけにもいかねぇしよ」
「ええ、そうですね。だから──」
ふと、ジゼルの纏う雰囲気が変質した。例えるならコインをひっくり返すかのような。先ほどまでのマイペースなお嬢様という様子が崩れていき、代わりに醜悪で狂気に塗れた本性の片鱗が表に浮かび上がってくる。あのどこまでも他者を不安にさせる、相容れない魔性としての気配が色濃くなったのだ。
「団長さんとジゼルがこれからもより良い関係を築けるように、お互いの求めるものをハッキリさせてしまいましょう。だってほら、このままだと最後の最後に殺し合いの泥沼になってしまうかもしれませんし」
「……なるほどな、そいつがアンタの本命か」
低い声で呟きながら、オルガの脳裏にいつかの言葉が浮かび上がった。
かつて、名瀬・タービンから一つ忠告を受けていた。『鉄華団とジゼルの望む未来は決定的に違う。いつかその齟齬が取り返しのつかない事態を生むかもしれない』、と。
これまでまがりなりにもジゼルとは上手く付き合ってこれて、良好な関係性を築けていた。それは間違いない。けれど、だからこそ目を逸らしてしまっていた根本的な問題へと、ついに踏み込むときが来たのだ。
それまで漂っていた緩い空気を振り払って相貌も鋭く覚悟を決めたオルガ。対面するジゼルはといえば、
「あ、先にフルーツタルト頼んでいいですか? アレも非常に美味しそうだったので」
「もう勝手にしてくれ……」
特に気負う事もなく、マイペースに新しいケーキを注文していた。
なんだか一年前に初めて筆を執った時を思い出しました。ジゼルにこのような役割は似合うのかどうか、今でもちょっと疑問でなりません……