鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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今回、後書きに挿絵を付けております。


#32 テイワズ

 ギャラルホルンでも迂闊に手を出すことは叶わない巨大複合商業組織『テイワズ』。

 その本拠地となるのは木星圏を巡行する巨大艦『歳星』だ。全長は実に七キロ、その規模もまたすさまじく歓楽街や商店街に加えて銀行や冠婚葬祭用の施設、果ては大規模なMS用の工房まで備えられている。この艦はもはや街、ないしはコロニーと呼んだ方が適切な有様なのだ。

 

「前にも思いましたが、どうやったらこんな大きな艦を作れるのか……ちょっと不思議ですね」

 

 フェニクスのコクピットでしみじみと呟いているのはジゼルだった。普段と違い白いワンピースに茶のベレー帽という装いだが、特に気にせず背中のファスナーだけ開けて阿頼耶識システムを繋いでいる。その両手にはクリュセで買ってもらったパンとチーズがあり、さらに無重力にかまけてドリンクのボトルをふよふよと遊ばせていた。

 

 ここは歳星の一角、MS用の巨大工房だ。マフィアとも称されるテイワズだけに自陣の戦力増強にも余念がなく、ギャラルホルンに頼らない独自のMS開発には強く力を注いでいる。この工房はそのために建設されたもので、いくつもの独自制作MS達がこの工房で完成を迎え宇宙へと旅立って行った。

 テイワズ傘下の組織で、しかもぶっちぎりで武闘派組織の鉄華団も当然その恩恵に預かっている。主戦力たるバルバトスとグシオンの改修及びオーバーホールはテイワズ持ちだし、ジゼルもまた二年前にフェニクスの修繕をしてもらっている。戦力でモノを言わせる鉄華団にとってはなくてはならないサポートなのだ。

 

「やあ、久しぶりだねお嬢さん。元気してたかな?」

 

 ふわりと下から登場したのは、白髪に眼鏡の印象的な老人だ。けれどその全身からは溌剌とした元気が滲み出ている。手に握ったスパナと合わせて非常にエネルギッシュな人物だ。

 

「えー……確か整備長さんでしたか。二年ぶり以上ですね」

「そうそう、その通りだ。いやぁ、私としても光栄な限りだよ。なんせあの伝説のガンダム・フレームを四機も自身の手で弄れたのだから! しかもどれもこれも好きなだけ弄って良いと来た! これで燃えない私じゃないさ!」

「そうですか、頼もしいですね」 

 

 歓喜のままにハイテンションな整備長と、いつも通り淡々としたジゼルと。ひどい温度差だった。

 とはいえ整備長の腕前は本物だ。バルバトスもグシオンもつい最近改修されたフラウロスも、全て完璧に仕上げてくれたのは彼なのだから。唯一フェニクスだけは保存状態が良かったので細かい修理しか出来なかったが、それも今日で終いだ。

 

「良かったのですか? バルバトスルプスはあの破損状況だから仕方ないにしても、ジゼルのフェニクスはほとんど壊れていませんし。わざわざ機体を見てもらう必要も無かったのではと」

「とんでもない! いいかい、ガンダム・フレームとは繊細なんだ。エイハブ・リアクター二基の出力にかまけた豪快なパワーばかりに目に着くが、それを可能にするフレーム調整は驚くほど緻密で難しい。そして! 君のフェニクスを診たのはもう二年も前! 既に駆動系は結構摩耗してたし、あの大型武器もガタが起こり始めてたよ。随分と乱暴に扱ったみたいだね!? それを放置するなんて私が許さない! あと弄らせてほしいのが本音さ!」

 

 言われて思い出してみれば、カノン・ブレードは投げたしフェニクスは高機動に任せて勢いよく振り回したしで中々雑に扱っている気もする。ジゼルとしては効率的に殺す為の手段だったのだが、整備する側の視点からみると度し難いことばかりだったらしい。

 かといって、ジゼルがそれを改めるかと言えば否だろうが。整備長の長弁舌を聞き流してパンに噛り付いているジゼルだった。パンとチーズ、それに紅茶がとても美味しい。オルガのセンスはジゼルからしても大満足だった。

 

「だから──って聞いてないね君!? いや、うん……それはともかくとしてだ。これらは全部私の理屈、本当のところはここのボス、マクマード・バリストン氏の意向もあっての改修なんだよ。だから本当に遠慮することはないのさ」

「マクマード氏? それはまたどうして──」

「さてね。後で面会するって話だし、直接訊いてみればいいんじゃないかな?」

 

 とんとんとスパナで肩を叩いた整備長。彼は子供の様に目を輝かせると、フェニクスの外装に手を置いた。

 

「君たちが歳星(こっち)に来るよりも十日くらい早く機体は到着してたから、こっちの方でフェニクスも最低限の修理は済ませてある。さすがにバルバトスルプスの損傷が酷かったから、そっちを優先させてもらったけどね」

「仕方ありません。治療順序(トリアージ)で言えばバルバトスルプスは緊急(レッド)、フェニクスは待機(グリーン)でしょうし」

「理解してもらえて助かるよ。それにもっと言うと、パイロットである君らの意見を訊ねたかった。だからバルバトス共々本格的な改修はこれからなのさ」

 

 そう言って後ろを向いた整備長の視線の先には、改修中のバルバトスの姿がある。派手に破壊された右腕はまだ直されておらず、逆に左腕もいったん外されている有様だ。まだまだ改修完了には程遠いと見える。

 

「三日月君にはこれから意見を訊くとしてだ。君はフェニクスの改修について何か案はあるかい? かつての厄祭戦も乗り切った今の姿が良いと言うならそれもアリだとは思うが」

「いえ、是非ともお願いしたいです。ある程度『こうだったら良いな』というビジョンは見えていますので」

 

 モグモグとパンとチーズを食べ終えたジゼルは紅茶で胃袋へと流し込むと、ぺろりと赤い唇を舐めた。

 

「フェニクスの基本機能は現在のままで構いません。けれどそう、武装をもっとたくさん持ちたいんです。現在の武器は対MA用のモノをそのまま流用していますから、対MS戦闘だとどうしても引き出しが少なくて」

「そういやこの前発掘されたMAは非常に巨大って話だったか……なるほど、それで対MA用に開発されたガンダム・フレームの武器は大型ばかりなのか! はっはー! 今になってまた一つガンダム・フレームの謎が解けるとは!」

「バエルなどはむしろ軽くて硬い武器を装備してましたが……ともあれオーダーはただ一つ、武装の大幅追加です。多少運動性が落ちようとも構いませんので、対MS用の武器を満載してください」

 

 そうすればジゼルは、より誰かを殺しやすくなるのだから。

 

 実のところ、このような改修案は厄祭戦の頃にも何度か提案されていた。それでもあくまで対MA用の武装から変わらなかったのは、それだけMAが強かったのと──ジゼルの本性が危険すぎたからだ。故に対人対MS戦には使い辛い大型武装を使わせることで必要以上の殺人を抑止しようと考えたわけである。

 だが結局ジゼルは厄祭戦で十数万もの人命を奪ってみせたし、しかも現在はフェニクスの改造を制止する者もいない。むしろ望んで整備してくれる者ばかりなのだからジゼルにとっては好都合だ。

 

「心得た! 君が十分に満足いくような武装を追加させてもらおうじゃないか!」

「お願いしますね」

 

 整備長が気合も新たにコクピットから離れていくのを見送って、ジゼルも立ち上がった。阿頼耶識システムを外し、下ろしていた背中のファスナーを閉めなおす。先ほどまで楽しんでいた味覚と嗅覚が急激に遠のくが、それももう慣れた感覚だ。 

 胸元の黒いリボンを調節してから、新しく卸したローファーを履いた足でフェニクスのコクピットを蹴って無重力の中空へと飛び出す。壁際に設置された手すりにつかまったところで、「おーい、一つ忘れてたよ!」と整備長の声が追いかけてきた。

 

「なんですか?」

「バルバトスにはルプス、グシオンリベイクにはフルシティの名を付けた私だが、君はどうする? 私が付けてしまうか、それとも君が考えるか?」

「……自分で考えておきます」

「そうか、分かった! 呼び止めてすまなかったね!」

 

 整備長が付ける名前は結構悪くないと思うジゼルである。少なくとも例の流星号に比べればずっとカッコいいとジゼルは思う。別に流星号も嫌いなネーミングではないのだが。

 だけどもし、新たにフェニクスに名前を追加するならどうするか。

 ずっと昔からそんなこと、ジゼルの心の中で決まっていたのだ。

 

 ◇

 

 歳星に存在する巨大な住居。水と和の調和したその住まいは、とても宇宙艦内部とは思えない完成度と威容を誇っている。

 その中に通されたのは鉄華団団長のオルガ・イツカ、それに三日月・オーガスとジゼルだった。用件は先日のMA討伐について。他にも売り下ろしたギャラルホルン謹製のMSの件も話し合う予定だ。

 

「よぉ、よく来たな皆の衆。まだ火星でやることも残されてるだろうに、呼びつけて悪かったな」

「いえ、そんなこと。今回の件、出来るだけ早く親父の耳に入れておいてもらうのは当然の事かと」

 

 マクマード・バリストン。

 その男は圏外圏で最も恐ろしい男と称される、テイワズのトップに立つ男だ。このご時世には中々珍しい和服を着こなし、恰幅の良い初老に差し掛かった身体は確かな威圧感と重圧を感じさせてくる。

 しかし気さくな挨拶と労いの言葉は好々爺然とした穏やかなものだし、オルガの方も一大組織のボスを相手に適度な緊張感を持ちながらも硬くはなっていない。前評判を聞いているとどこか拍子抜けする、奇妙な印象を与える男がマクマードだった。

 

「厄祭戦時代の遺物、MAだったか……その顛末、まずは聞かせてくれよ。その為に当事者の二人にも来てもらったんだからよ」

 

 鋭く問いながらオルガの後ろに目をやったマクマード。そこには半身不随のため車椅子に乗った三日月と、一応は身形を整えてきたジゼルの姿がある。どちらも大して緊張しておらず、いつも通りの自然体だが。後者に至っては初対面なのに大した図太さだ。

 

 ともあれ、まずはMAについての報告だった。

 

「元々アレは、テイワズから預かった採掘場で発掘されたものでして──」

 

 いつ発掘されたのか。どのようにその正体を知ったのか。討伐までどれだけ時間をかけたか、どんな手段を使って打倒したのか。

 滔々と説明するオルガを偶にフォローする形でジゼルと三日月が口を挟みつつ、話は円滑に進められた。全部話し終えた時には十五分程度だったろうか、すっかりオルガの口内は乾いてしまっていた。

 

「──以上が、俺たちの関わったMAの全てです」

「団長さん、紅茶飲みますか?」

「いや、親父の前でそいつは流石に──」

「気にしなさんな。その程度で目くじら立てるほど俺は狭量な男じゃねぇよ」

「……すんません、どうもコイツはマイペースなもんで」

 

 頭を下げてからボトル内の紅茶を飲み干したオルガは、再び毅然と前を向くとマクマードへと視線を戻した。マクマードの方は顎に手を当て、オルガに背中を向けている。

 

「なるほど、MAについてはよく分かった。随分と大変な目に遭ったみてぇだな、ご苦労なこった」

「ですがそれだけの価値はあったかと。結果的に採掘場は必要以上に荒らされる事はありませんでしたし、俺ら鉄華団の実力を改めてギャラルホルンに見せつけてやることも出来ました。鉄華団(ウチ)の名前が上がれば、それだけテイワズにとっての利益も大きくなるかと」

「その通りだな。しかも今回はギャラルホルンの新型MSをアホみたいに寄越してきやがった、コイツはデカいぞ」

 

 MA討伐ばかりに目が行きがちだが、ギャラルホルンでもまだ限定的な配備に留まっている新型MSのレギンレイズ、それを合計で十もテイワズは手に入れたのだ。ついでグレイズの純正リアクターもいくつか手に入れた──大部分は渋々マクギリスへと返還した──から、その利益は計り知れないものがある。

 上機嫌なマクマードは葉巻に火を点けた。紫煙をくゆらせながら椅子に腰かけ、鋭くもどこか柔和な気配を持ってジゼルへと視線を寄越す。まるで見定めているかのようだ。

 

「確かアンタが横槍を入れてきたギャラルホルンを全滅させた功労者だったな。名前は聞いてるが、本人の口から聞かせてもらいたい」

「ジゼル・アルムフェルトです。出身は今でいうアフリカンユニオンの北の方、年齢は……コールドスリープを考慮しないなら三二〇歳は超えますかね」

「ハッハッハッ。中々冗談の上手い嬢ちゃんだよ。いやはや、厄祭戦時代の生き残りなんざ正直眉唾物だと思っちゃいたんだが……」

 

 今度こそ目線が鋭くなった。葉巻を大きく吸って、ゆらりと煙を吐き出す。その仕草があまりに似合いすぎていて、確かにこの男こそ圏外圏のトップに相応しいと思わせるのだ。

 手に持った葉巻の灰を落とし、その先端をジゼルに向かって突きつける。

 

「その目だ。この歳まで生きてりゃ色んな奴を見てきたもんだが、その中でもアンタの目は血と殺意に塗れすぎてる。若いのに大したもんだ、この俺だってそこまでの目はしてないと思うがね」

「さて、直接的に殺したのと間接的に殺すのと。どちらの優劣もないでしょう。それと、ジゼルは若くありませんよ。三二〇歳と先ほど述べたはずですが。あなたよりも倍は年上なのです」

「お、おい……」

 

 この態度にはさすがにオルガも焦った。急いで咎めつつ三日月にフォローを求めれば、彼の目は「別に、普通でしょ」と語っているから堪らない。そういえば三日月もあんまり場の雰囲気を気にしないタイプだった。

 はたしてマクマードはといえば、一瞬虚を突かれた顔をしてから口角を思い切り吊り上げた。瞳にも剣呑な光はこれっぽっちもない。

 

「クッ、ハハハハハッ! こいつは痛快だ、俺を小童扱いとはな! いやしかし、厄祭戦時代の生き残りからすれば間違いでもねぇわな。まったく鉄華団には面白い奴ばかり集まる、なぁオルガ?」

「は、はぁ……ホントすんませんでした」

 

 ここに来てから恐縮しっぱなしのオルガである。マクマードの懐が大きいから良かったものの、そうでなければ何度オルガの首が飛んだものか。考えるだけでゾッとする。

 

「既に知ってるとは思うが、嬢ちゃんのMS改修にも便宜を図るように言い含めてある。精々上手く使ってやってくれ」

「感謝いたします、マクマード・バリストンさん。もし誰かを殺す必要が出たら、是非ジゼルにお声かけください。鉄華団と団長さんが許す限り、一度だけ無償でお力になりましょう」

「おう、よく覚えておくとも」

 

 ふわりとスカートの裾をつまんで礼をする姿は令嬢そのものだが、発言は物騒にも程がある。けれどマクマードはそのギャップに何ら関心を示すこともなく、ただ鷹揚に頷いたのだった。

 これでMA討伐の一件は終わり、肝が冷えるようなジゼルの顔見せも済んだ。後は売り払ったギャラルホルンのMSに関してだが──

 

「親父、入りますぜ」

「おう、ちょうどいいとこに来たなジャスレイ」

 

 警備員である黒服の手によって重厚な扉が開かれた。そこに居たのは赤髪の如何にもマフィア然としたガタイの良い男だ。派手なコートを着込んだ彼は悠々と前に進むとオルガの隣に並ぶ。それから忌々し気に隣を一瞥して、マクマードへと視線を戻した。

 

「オルガは知ってるだろうが、テイワズの商業部門を担当するJPTトラストのリーダー、ジャスレイ・ドノミコルスだ。今回鹵獲したっていう新型のフレームやリアクターはコイツらのとこに卸す算段になってる」

 

 マクマードからの紹介に胸を張り、どこか自慢げに笑っているのは気のせいではないだろう。事実この男はテイワズの専務取締役を務めており、実質的なナンバー2である。尊大な態度に見合っただけの地位も貫禄も兼ね備えているのだ。

 

「ま、モノがモノですからね。ウチくらい大きな商業組織でもなきゃ扱いきれない代物だ。まだ新参者の鉄華団にはどだい出来ない話ですよ」

「……そいつはどうも。俺たちはアンタとは得意な分野が違うんです、んなこと言われなくても分かってますよ」

「……なんだと? テメェ、誰に向かって口聞いてると思ってやがる?」

「テイワズのナンバー2、ジャスレイ・ドノミコルス氏だと認識してますが。ああ、それとも人違いでしたっけ?」

「ちっ、言わせておけば図に乗りやがって……!」

 

 互いに売り言葉に買い言葉、鋭い視線のまま火花を散らし合う。どちらも舐められたら終わりな稼業をしているのだ、引き下がれないのは道理と言えた。

 それにだ。元よりジャスレイは短期間で成り上がった鉄華団と、その兄貴分であるタービンズを快く感じていない。オルガもまたジャスレイの抱く悪意に察しは付いているから、両者が手を取り合って仲良くするなど無理な相談なのである。

 

 互いに水と油な関係性、ジャスレイの方が立場は上だがオルガの方は派手な実績をいくつも持っているのだ。少なくともこの小競り合いにおいてはどちらが上も下も関係なかった。

 

「そこまでにしときな、二人とも。俺の前で部下たちが殺し合うのも寝覚めが悪ぃしよ」

「す、すまねぇ親父……」

「すみませんでした……」

 

 両者にとっての親父(ボス)であるマクマードの取りなしでようやく二人は矛を収めた。それでも間に漂う険悪な空気は拭い去れていないが、ひとまずそれで十分だ。

 その後はまだ穏やかに話は進んでいった。非常に貴重かつ質の良い品を手に入れたいのはジャスレイの本心だし、オルガとしてもせっかくの莫大な収入をふいにしたくはなかった。なのでマクマードの仲介の元、分け前や扱いを定めたいくつかの取り決めが交わされ、当座の分は穏便に終わったのだった。

 

「そんじゃお先に失礼しますぜ親父。テイワズのナンバー2としてやることはたんまりあるんでね」

 

 一言断ってから出口へと歩を進めるジャスレイ。その途中、ジゼルの隣を過ぎたところでふと足を止めた。眠たげに「ふわあ……」と欠伸をしているジゼルをしげしげと眺めて、口元をニヤリと歪める。

 

「ったく、名瀬といい鉄華団(こいつら)といいどうして女を重宝すんのやら。上玉だからどこに置いても損はないってか? どいつもこいつも軟弱なこった」

「……団長さんを馬鹿にするというなら、殺しますよ?」

「おう、やれるもんならやってみな。ま、アンタみたいな華奢な女に俺を殺せるもんかよ、顔はいいんだ、精々男を(たぶら)かしてな」

 

 クツクツと笑いながらジゼルの長髪をサッと撫でると、片手を挙げてジャスレイは退出していった。その後ろ姿を目線で追うジゼルは怖いほどに無表情である。それから触られたところに自らも触れると、埃を取るような仕草をし始めた。

 

 マクマードはと言えば重たいため息を吐くと、オルガに対してそっと目線を下げた。

 

「悪いなオルガ。あんな小物でもウチに取っちゃ立役者の一人なんだ、おいそれと見捨てらんねぇし切り捨ても出来ねぇ。頼むから本当に殺してくれんなよ」

「謝んないでください親父。俺は別に気にしてません」

「そうかい。ならコイツは詫びの駄賃だが──」

 

 手招きでオルガを近くに寄せる。それからオルガの後方に視線をちょっと走らせてから、はっきりと囁いた。

 

「ちゃんと女の機嫌は取っておけよ。随分と不機嫌だからな、あの嬢ちゃんは」

「……肝に銘じときます」

 

 ……かつてのように、歳星の飲食店にでも連れて行って奢ってやるべきか。

 後ろから流れてくる不穏な気配を感じつつ、現実逃避気味にそんなことを考えてしまうオルガであった。

 




最近キャラ描写を色々と練り直していたら、いつかに作ったジゼルのイメージ絵がちょっと違うなと感じたので少々作り直しました。これに伴い、#26の後書きに付けた挿絵も変更しております。ご容赦ください。


【挿絵表示】


髪の長さがもっと長ければ良かったのですが……設定上これが限度でした。歳星滞在中のジゼルの基本容姿と考えていただければと思います。

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