鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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#36 傭兵団ハウリング

「レーダーに感有り! エイハブ・リアクターの固有周波数を照会……こちらのマン・ロディです!」

「とうとう来なすったか……反応は一つだけか?」

「はい、それ以外の反応は今のところありません」

 

 オペレーターの固い声に艦長──ハウリング団長ナムレス・リングが重苦しい息を吐いた。壮齢でも衰えぬ大柄な体躯をゆったりと座席に預けたその様は、堂に入ったみごとな貫禄を醸している。

 そして肘掛けには先ほどまで使っていた通信機があり、見ればそこにはジャスレイ・ドノミコルスの名が履歴として残っていたのだった。

 

 傭兵団ハウリング。圏外圏を根城に傭兵稼業をこなす彼らは死と荒事が隣人な日々を過ごしている。いたって普通の護衛任務を行う日もあれば、時には依頼で汚い仕事も請け負うことだってある。海賊染みた真似はほとんどしないが、火事場泥棒はするし他組織との勢力争いになった時は微塵の躊躇もなく潰す。必要ならばヒューマン・デブリを容赦なく使い潰せるが、仲間に対しては基本的に情が厚い。

 そんな彼らを評するならば、黒に近い灰色とでも言うべきか。善人の集まりなどとはとても言えないが、さりとて世紀の極悪人でもない。彼らにとってまず第一なのは金、そして利益だ。それさえあればどんな悪行だろうと手を染めるが、逆に金も利益もないなら必要以上の悪も成さない。どこまでも一般的な、圏外圏でよく見受けられるような傭兵団であるのだ。

 

 だから今回の任務、つまりは鉄華団団長の殺害も別段深い理由がある訳ではない。単純に贔屓の相手(ジャスレイ)から高額の報酬を提示されたから動いただけのこと、恨みも野心も無縁であった。

 しいて言えば、武闘派組織として名の売れ始めた鉄華団に喧嘩を売るのは危険だという考えもあったのだが……それもジャスレイから提示された新型MSの格安売り渡しと、直接彼自身が依頼してきたという事実の前に霞んでしまった。お得意様直々の指名で、しかも報酬も旨いのだ。逃すのも惜しい話だった。

 

「最低でも六機ものMSを単独で倒したという実力、甘く見ない方が良いか」

「でもそんなに警戒する必要ありますかね? まだこっちはMSが十三機と強襲装甲艦が二隻あるんすよ? いくら手練れだからってこれだけの数を相手にしちゃあ──」

「黙ってろ。あんま油断してると簡単に寝首掻かれっぞ」

 

 ナムレスの威圧ある言葉におどけていた男が押し黙る。彼は副官兼ムードメーカーとして良い働きをしてくれるのだが、いかんせん浅慮にすぎるところがあった。

 簡単な殺人依頼かと思えば、大事な仲間たち七人と音信不通になり、ようやく連絡が取れたのはたったの一機だけ。しかも音声連絡ではなく文字媒介と来た。これで何か無いと考える方がどうかしている。

 

 普通ならさっさと逃げの一手を打ってしまう所なのだが、それをナムレスが躊躇う理由が三つある。一つ目は単純に敵討ち、二つ目はもしかしたら本当に仲間の可能性があること。そして最後の三つ目は、鉄華団の手練れを今のうちに削り殺してしまいたいという思惑だ。

 おそらく、団長を殺された鉄華団の目はジャスレイ一派に向くだろう。そうなれば高確率で戦闘まで発展、結果として自分たち(ハウリング)が前線に立つことになる。その時に備え数が有利な内に強敵を倒しておこうという魂胆であった。

 

 ジリジリと時間だけが過ぎていく。既に向こうも通信可能位置まで来ているだろうに何の連絡も寄越さない。音声機器が故障している可能性もゼロではないが、これはやはり──

 

「ッ!? エイハブ・リアクター反応が増加! 種別特定不能、正体不明機(アンノウン)です!」

 

 レーダーを睨んでいたオペレーターが鋭く叫んだ。先ほどまで観測していた自機のマン・ロディの反応はそのまま、新たに一つ強大な反応が増えたのだ。おそらく奪ったマン・ロディを操作し、本命となる機体のリアクターを落としてここまで牽引させていたのだろう。

 

「やっぱお出ましか! 総員戦闘配備、予想通りに敵が来たぞ!」

 

 にわかに警報が発され、艦内が慌ただしくなる。乗組員たちが定位置に付くや否や、素早く艦橋(ブリッジ)が収納された。二隻の強襲装甲艦に備わる全部の砲塔が慌ただしく照準を合わせ始め、飛来する未知の敵へと身構える。

 MS部隊はこれを見越して最初から全機とも発艦させている。故に準備は万全、どんな敵が来ようと最低限の対応は取れる布陣が出来上がっていたのだ。

 

 そして、狂気と凶器を満載した鋼の不死鳥がその姿を現した。

 

「おいおい、なんだあのバカげたMSは……」

 

 モニターに映し出された赤と金の敵影を認識した瞬間、思わず呆れの声がナムレスの口から漏れてしまう。

 翼の如きスラスターと接続された巨大ブースターユニット、そして全身に積み込んだ武装の数々はとても一機のMSに搭載してよい推力、火力ではない。単機に様々な機能を集約するのはある種男のロマンだとはナムレスも認めるところだが、それを現実に行う馬鹿が居るとなれば話は違った。

 そんなバカげたMSは一目散にナムレスの方へと飛来する。だが向きが違う。狙いは隣、もう一隻の強襲装甲艦の方だろう。迷いのない様子から見るに旗艦がどちらかは既に割れていると見なして良かった。

 

「迎撃開始! なんとしても撃ち落とせ、味方には当てるなよ!」

「了解!」

 

 勇ましい(いら)えと共に艦砲が炸裂する。同時に味方MS隊も各々機銃を向けると、到来した赤と金のMSへと発砲を開始した。

 殺到する無数の弾丸たちだが、しかし敵MSには当たらない。余裕をもって避けたかと思えば掠れるくらいのスレスレまで、滅茶苦茶な速度ですさまじい曲芸軌道を敢行してくる。弾丸の間を縫うように避けながら接近してきた敵MSは、まずは駄賃とばかりに手持ちの巨大な砲剣を振るい一機のユーゴーを叩き斬ったのだ。

 

 一言、強い。煌々と緑のツインアイを輝かせるその機体は、パイロット共々バカげた設計に(あた)うだけの実力を備えていると見て良いだろう。なによりも機体からにわかに発せられる、不吉にも程がある気配が凄まじい。

 

「ちっ、マジか……こりゃとんでもねぇ化け物を釣っちまったみてぇだな……」

 

 ひやりとナムレスの背筋を冷たいモノが伝った。長年に渡り鉄火場をくぐり抜けてきた勘が告げている。この手の手合いとマトモに戦えば苦戦は必至、最悪は命まで持っていかれるぞと。

 もはや戦うだけ損だ。交戦からほんの少しでそこまで判断したナムレスはすぐさま指示を飛ばす。弱腰と思われようと仕方ない、全ては命あっての物種なのだから。

 

「MS隊に通達! 全機とも敵MSのスラスターまたはブースターを優先的に狙い破壊しろ、倒そうとまでは思うな! その後はすぐに艦首回頭、MS隊を拾い次第即座にこの宙域を離脱する!」

「りょ、了解しました! ナムレス団長より通達──」

 

 こういう時、疑問は全て後回しにして従ってくれる部下たちの姿勢がありがたい。自らへの信頼の心地よさと、それを裏切れないという重責の二つに心が満たされる。

 ともあれ、後はもう祈るだけだ。ナムレスはMSのパイロットではなく艦長の役割なのだ、どれだけ内心で焦っていようと仲間を信じてどっしりとした姿を見せ続けなければいけない。そうでなければ皆が浮足立ってしまう。

 

 しかし現実はそう上手く出来てはいないのだ。

 

 一機、また一機、今度は同時に二機も──敵MSは流星のように戦場を駆けてはハウリングのMS達を沈黙させていく。恐るべきはその技量、高速戦闘を繰り広げている癖に狙いはどれもコクピット一択だ。鮮やかなまでに研ぎ澄まされた殺意だけが否応なしに感じられ、いっそう戦慄を禁じ得ない。

 殺人特化。そんな言葉がナムレスの脳裏をよぎる。その間にも赤と金のMSはひたすら止まらない。過剰すぎる武装は継戦能力すら大幅に上げているらしく、十を超えるMSを相手取ってもまだ余裕だ。

 

「まずい、このままでは……」

 

 巨大な大剣で諸共に斬り伏せられたユーゴーがいた。

 滑腔砲でスラスターを破壊され、長剣でコクピットを抉られたマン・ロディがいた。

 レールガンの接射で装甲をぶち抜かれたテイワズ・フレームの百里がいて、金に輝く仕込み剣に貫かれた機体までいた。中には尻尾のように伸びたブレードに振り回されている機体まで。

 

 ありとあらゆる手段を以ってハウリングを壊滅させんと猛威を奮う赤と金のMSは更に、足のミサイルポッドからミサイルを射出した。弾数はそう多くない。けれど狙いが問題だ。殺到するミサイルたちはどれもこれも守りの薄い後方の、それも機関部を狙っていた。

 

「ッ、回避──!」

 

 咄嗟に指示するが間に合う訳もない。ナノラミネート装甲という強固な鎧を持つ強襲装甲艦も、機関部を直接狙われてしまえば成す術が無いのだ。無情にも着弾したミサイルは的確に強襲装甲艦二隻の機関部を破壊し、その足を大幅に削いでいた。

 

「なんだコイツは、こんな敵聞いたことがない……ッ!」

 

 艦が衝撃に揺さぶられる中で、座席にしがみつきながら反射的に吐き捨ててしまった。

 相手の攻撃は全て一撃必殺狙いの狂気じみたそれ。なのにこちらの攻撃は思考を読まれているかのように何一つとして当たらない。

 訳が分からない。理不尽である。噂に聞く鉄華団の悪魔とはこれの事なのか? いや待て、そいつはテイワズで整備中だとジャスレイから直接聞いている。ならコイツはいったい──なんだという!?

 混乱する思考、まとまらない感情、危機感ばかりが煽られて仕方がない。なのに敵MSは当然のように味方を全滅させていて、スラスターもブースターユニットもいっさい損傷なく、健在でしかなかった。もはや絶望するしかない。

 

 機関部をやられ、手足(MS)を破壊され、抵抗する術を失ったハウリングの強襲装甲艦。残る抵抗の術は搭載された艦砲だけだが、それすら滑腔砲とレールガンによって丁寧に破壊されてしまう。爆発の衝撃に耐えながら油断しない敵の周到さを呪うばかりだ。

 逃げる術を絶たれ、攻撃手段すら奪われたハウリングの艦船たち。敵MSはそんな彼らを嘲笑うかのように頭上を旋回すると、ナムレスの乗る旗艦へと降り立った。

 

『こんにちは、名も知らぬ方々さん』

「コイツはなんだッ!?」

「接触回線です! あの敵MSからの模様!」

 

 唐突に響き渡ったのは少女と思われる者の声だ。もちろんハウリングに少女など存在しない。言われるまでもなく赤と金のMSに乗るパイロットでしかありえなかった。

 彼女の口調は戦闘中とは思えない鈴を転がすように穏やかでのんびりとしたものだ。とてもじゃないが先ほどまで暴虐の限りを尽くしていたとは信じられなかったのも無理はない。

 

『突然ですみませんが、ジゼルと取引しませんか? 運が良ければ助かるかもしれませんし、するだけお得だと思いますけど』

 

 もはやハウリングの面々に、選択肢など一つしか無かった。

 




ナムレスの名前はそのままNameless(名無し)をもじったものです。
非常に単純ではありますが、まあ彼は結局モブですので……

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