鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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#38 次なる狼煙

 歳星内を騒がせた鉄華団団長暗殺事件がひとまずの決着を見たのは、それから五日後のことだった。

 

 今回の騒動による被害者たる鉄華団団長オルガ・イツカは加害者であるジャスレイ・ドノミコルスに対し謝罪と賠償を要求するだけに留め、示談という形で事態の収集を図った。

 報復に命まで取らず、あくまで常識的な対処及び対応で収める。大人たちにとっては当たり前でも、これまでの鉄華団なら考えられない行いと言えよう。これには歳星内の主だった組織達も驚愕し、主に鉄華団を快く感じていなかった者たちからの心象が大きく変わることになった。

 

 ”子供ばかりの野蛮な組織”から”力と理性を兼ね備えた武闘派組織”として。ほんの少しづつでも鉄華団は変革を開始していると印象付けたのだ。

 

 示談そのものはマクマードが仲介に入ったということもあり円滑に進み、ジャスレイは鉄華団が消費した諸々の資材と事態に対する賠償金、それにケジメとして指を二本詰めることになった。マフィアとも称されるテイワズらしいやり方だ。

 これが決まった時のジャスレイは顔面を蒼白にさせていたが、それでも命があるだけマシと言うべきだろう。同じくその場に居たジゼルも顔を真っ青にさせつつ、殺意の籠もった眼差しを彼へと向けていたのだから。

 

「──いや、今思い返してみてもよく分かんねぇよ。どうしてアンタまで顔真っ青にさせてたんだ」

「そ、それはその……」

 

 歳星における暫定的な鉄華団居留地となったイサリビの一室。火星に残った会計担当のデクスターの代わりに事務仕事を終えたジゼルが報告にやって来たのだが、彼女を見てふとオルガは呟いてしまったのである。

 タブレット端末を片手に明らかにジゼルが言い淀んだ。無表情ながら気まずそうに泳ぐ瞳を少しだけ追って、オルガは呆れたように溜息を吐く。なんとなく予想が着いてしまった。

 

「殺すのはいいが拷問は嫌いってか。分かっちゃいたがアンタも大概変わってるな」

「だって痛そうなのって考えるだけでヒヤッとするじゃないですか。拷問するよりも殺してあげる方が相手も余計に苦しまずにすみますし、ジゼルも嬉しいしで良いことづくめです」

「躊躇いもなくそう言いきれんのはこの世界でアンタ一人だけだろうよ……普通はどうしたって生きていたいもんさ」

 

 割と本気で言っているらしいジゼルに再度溜息を吐いてしまう。今更軽蔑するつもりなど微塵も無いとはいえ、やはりジゼルの頭のおかしさは筋金入りと再認識したオルガである。黙って仕事をしていればマトモに見えるだけマシというか、性質が悪いというか。

 果たしてこんなジゼルに対して約束を果たす事はできるのだろうか。クリュセで互いに交わした『ジゼルは力を貸し、オルガは彼女の幸せ探しの手伝いをする』という内容が急に無理難題に思えてしまう。

 

 それを言ったらまた怒られそうなので黙っておくが。円満な関係が下らないことで拗れてもシャレにならない。

 

「んで、結局今回の被害総額やらはどうなってたんだ」

 

 現実逃避気味に本題へと入ってみれば、「どうぞ」とジゼルがタブレット端末を手渡してきた。見ればそこには細かい文字と数字がびっしりと連なっている。二年前のオルガなら目を回していたであろう情報量だが、今の彼ならこの程度に目を通すのは容易かった。

 ざっくりと目を通してみれば、やはり思った以上に被害は少ない。破壊された小型艦艇と惜しげもなく消費してくれたフェニクスフルースの各種弾薬や推進剤さえ賠償金で補填すれば差し引きゼロ、残った大量の金はそっくり鉄華団の懐へと入っていく訳だ。

 

「被害は軽微、こいつは僥倖だな。にしても賠償金の方は改めて確認してもすげぇ額じゃねぇか……こんだけあると逆に現実味がねぇ。昔の俺らが見たら卒倒しちまいそうだよ」

 

 ゼロがいくつも並んでいる箇所を見て苦笑が漏れてしまう。一少年兵だった頃は想像すらしなかったような莫大な金額が手に入るなんて、随分と遠くまで来たものだと実感する。

 こういった金をどのように扱うべきか、オルガとしても悩むところだった。これまでは荒事に備え戦力の拡充を最優先で進めていたが、今度は少しづつ改善していた福利厚生に本腰を入れても良いかもしれない。既に労働環境自体はCGSの頃と比べものにならないとはいえ、依然として建物は古く各種保証も手が回ってない箇所が多いのだから。

 

 タブレット端末と睨めっこしながらアレコレと考えているオルガの前では、やや不機嫌になったジゼルが吐き捨てていた。

 

「これくらいむしり取ってやるのが道理でしょう。むしろ命を取られなかった分もっと寄越せと言ってやりたい気分です」

「おいおい、まだ根に持ってんのか。もうコイツは終わった話だ、アンタがこれ以上怒っても何も変わんねぇぞ」

「……それでもですよ。ジゼルにとってはしばらく根に持つくらい深刻な話でしたので」

 

 ムスッと頬を膨らませて怒るジゼルに、どことなくハムスターを連想してしまうオルガである。

 とはいえ、実際にジゼルの怒りはまだまだ収まっていないらしかった。思えば今回は最初から犯人(ジャスレイ)への殺意が高かったが、一応の道理は弁えた彼女がこうも食い下がるのは珍しいどころの話ではない。

 これもクリュセで話し合った時の内容から何となくの予想は着くのだが……さすがに自分でそうだと断じてしまうには、オルガとしても恥ずかしいのが本音だった。

 

「いい加減に機嫌を直してくんねぇとこっちも困んだ。アンタが不機嫌ってだけで俺としても冷や汗もんだ」

「……別に、誰かに八つ当たりするつもりなんてありませんよ。でも団長さんに死なれたらジゼルとしてもすごく嫌なんです。もう少し自分のことも大切にしてあげてください」

「心配してくれてんのは嬉しいけどよ。さっきも言った通りこれはもう終わった話なんだ。むしろアンタが嫌がるような目にジャスレイが遭うんだからマシってもんだと思うが」

「むむむ……一理はありますけど……」

 

 ジゼルが唸った。やはり彼女は何だかんだ正論には弱いのだ。あと一押しでとりあえずこの話を終わりに出来る手ごたえを感じたオルガは、なりふり構わず一挙に畳みかけにいく。

 

「そんなに不満だってんなら、今回の礼も兼ねてまた髪梳くくらいしてやってもいいからよ。あんましアンタばかり特別扱いすんのは良くねぇが、それくらいならしてやるさ」

「本当ですか……?」

「あ、ああ。男の俺に文句ねぇならだけどな」

 

 オルガの思った以上の食いつきに面食らってしまう。本当なら同じ女性であるアトラ辺りにやってもらう方が良いのではと思うのだが、たぶん彼女の中ではあまり男女で区別する気がないのだろう。普段の様子からして間違いない。

 それにこう、断じて下心がある訳ではないのだが……甘いミルクのような香りとシャンプーの匂いというのはどうしても健全な青年として鼻に残ってしまうのも事実だった。女性に積極的なアタックをかけるのはシノやユージンの役割だし、遊びや女よりもまず鉄華団と家族を第一にできるオルガではあるが、同じ男としてこれを振り払うのも難しい。

 

 逆に言えば仕事一筋の彼でもそういうのを意識してしまう辺り、意外と彼女には気を許しているのだろうか。殺人嗜好には共感できずとも義理や恩を通すところは気に入っているのだから当然かもしれないが。相性が良いというのはたぶんそういった面も含むのだろう。そう納得しておく。

 

「文句なんてありませんよ、むしろ嬉しいです。この前も言いましたけど、この髪を自分で整えるのってすごく大変なんですからね」

「んなこた見りゃ分かるっての……まあいい、そいつでこの話は手打ちだ。構わねぇな?」

 

 返答の代わりにジゼルはポンと手を叩いた。「なんだ今の?」と視線で問えば、「手打ちしました」と平坦に告げられる。やはり彼女の頭の中はよく分からない。

 ともかく彼女の中で決着は出してくれたようなので、一つ懸念が減ってホッとする。これで数日後にジャスレイの変死体が発見されるなんて事態は避けられたことだろう。いくらなんでもそれだけは勘弁願いたかった。

 

「それじゃあ団長さん、さっそくお願いしてもいいですかね?」

「マジか。今からやんのか」

「女性がいつも櫛を持ってるなんて当たり前でしょうに」

「なんかアンタが女っぽいこと言ってるとすげぇ不思議な気分になるな……」

「えぇ……? それはちょっと傷つきます」

 

 なら普段のエキセントリックな言動の数々をどうにかしろと言いたくなる。最近は彼女の挙動にドキリとさせられる事も多いが、やっぱり中身がアレなせいでアトラやメリビットと同性とはとても信じられないオルガであった。

 そんなジゼルは頭に被っていた茶色の帽子を脱ぐと裏返しにする。何をするかと思えば、中から小さな折りたたみの櫛を取り出したではないか。唖然とするオルガの前で、さも自然な動作で櫛を手渡してくる。

 

「はいどうぞ」

「いや待ておかしいだろ。なんでんなとこに仕舞ってんだよ」

「この手のタイプの帽子って被ると少しスペースが空くので。有効活用です」

「お、おう……」

 

 返す言葉も無い。

 良く言えば常識に囚われていない、悪く言えば天然通り越したアホである。こんなのが元令嬢で現とんでもない殺人鬼なのだから世も末だと思う。そういえば厄祭戦は世の末という惨状だったらしいが、たぶん関係ないだろう。

 とりあえずいつまでも櫛を持っているのも間抜けなので椅子から立ち上がる──その直前のこと。不意にタブレット端末の画面が切り替わった。見ればそこには艦橋(ブリッジ)からの通信を意味する文字が並んでいる。

 

「悪いな、先にこっちが優先だ」

「……」

「なんか言えって、怖ぇつうの」

 

 無言の圧力を放つジゼルをどうにか無視して通信を繋げる。後で目いっぱい機嫌を取ってやらないと酷い目に遭いそうだ。

 

「どした?」

『その、オルガ団長に繋いでくれって通信が届いたので……』

「また急だな。相手は誰だ?」

 

 タービンズではないだろう。彼らには事の顛末を報告済みである。

 歳星関連もないはずだ。既に決着を迎え、話を詰める余地は存在しない。

 なら鉄華団に用があると言えば火星のアドモス商会らへんか、それとも──

 

『──ギャラルホルン、マクギリス・ファリドと名乗っていました』

「……あの男か」

「あのアグニカ大好きさんですか」 

 

 ギャラルホルンの改革派筆頭にして、鉄華団と手を結んでいる胡散臭くも優秀な男。

 マクギリス・ファリドからの唐突な連絡に、例えようもなく面倒な予感が起きたオルガであった。

 

 ◇

 

 ラスタル・エリオンがついにマクギリスと手を結ぶ事を決めたあの日。ラスタルに送り出されたヴィダールは彼の言葉に従ってクジャン家の艦隊へと合流していた。火星軌道上に待機していた彼らはイオクの身柄を受け取るためにもいったん月外縁軌道艦隊のすぐ近くまでやって来ていたから、合流自体は容易いことだったのだが。

 

「なんと……ではラスタル様はあのマクギリスに手を貸すと言うのか!?」

 

 呆然と呟くイオクに、仮面に素顔を隠したヴィダールは「そうだ」と短く返した。彼の反応は予想の範疇だったので驚くに値しない。むしろ自然な反応だろう。

 クジャン家の保有するハーフビーク級戦艦の艦橋には、どこか奇妙な雰囲気が漂っていた。まずクジャン家の部下たちは当主であるイオクの帰還に喜びが半分、そして明らかに奇抜なヴィダールの存在への困惑が半分。ヴィダール自身はあくまでクールな雰囲気を崩していないから余計に異物感が漂う。

 そしてイオクと言えば敬愛するラスタルのまさかの行動への驚愕と、目の前に立つ男への不信感、それに胸の中で燻ぶるかの鏖殺の不死鳥への敵愾心がない交ぜになった状態である。端的に言って皆の心持は混沌もかくやと言うべき有様だった。

 

「しかしラスタル様はマクギリスを強く警戒していたはず……もしや、マクギリスは私を人質にとってラスタル様を従わせたというのか!?」

「それも否定できないが、本質は別だ。単純に、マクギリスの秘めていた野望は想像よりもずっと純粋で真っすぐだった。それだけの事さ」

「そのようなこと信じられるかッ! ……しかし今の私にはそのような事を言う資格も無いのか。結局ラスタル様の足を引っ張り、部下を犠牲におめおめと戻ってきた私には……!」

 

 悔しさに声を震わせる。固く拳を握りしめたイオクの内心は業火に炙られているかの様な状態だ。

 ラスタル様の為にと考えた行いが完璧に裏目に出て、多くの部下も失い、さらには賠償金問題すら残っているときた。どれもこれも自らの短慮が招いた事態である。自分の顔に泥を塗るだけならまだしも、結局は全部他人へと被害が及んでいるのがやりきれない。

 

 そんな彼を見てヴィダールは何を想ったのだろうか。仮面の奥に秘められた瞳がジッとイオクを見つめていた。

 

「俺は、お前のことを真っすぐな男だと思う。行いはどうであれ部下を想う気持ちと、内に秘めた正義感は見事だからだ」

「ヴィダール……お前はこんな私にそのような言葉をかけてくれるのか」

「事実を述べたまでだ。これまで一度も言ったことは無かったがな」

 

 素顔を隠し、素性を隠し、ヴィダールはあらゆる個を捨て去ってまでマクギリスの行いを見定めようと生きてきた。他の者にも必要以上の注意を払うことはしなかった。

 それでも周囲の人間に対して思う所はあったし、そもヴィダールも本質は善性の者なのだ。よほどの事をしたならともかく、この時点までのイオクを嫌う理由はそうそう無いのである。

 

「ラスタルは俺に、お前の下へ行けと助言してきた」

「え……?」

「俺は例えラスタルと矛を交えることになったとしても、マクギリスと戦う。そう決めたのだ。ならばお前はどうしたいと思う? このまま共にラスタル側としてマクギリスと協力するのか。あるいは例えお前一人だけであろうとも、マクギリスと戦うのか。返答を聞かせてくれ」

「私、は……」

 

 問いを投げかけたヴィダールからしても、今のは酷な選択を迫ったと思う。だが訊くならばここしかないのだ。何を考えて「イオクの下へと行け」とラスタルが言ってきたかは分からないが、きっとそこに意味はあると信じている。

 

「私は、火星で多くの部下を殺された。もちろんMAに屠られた者もいるが、それ以上に許せないのはあの女なのだ」

 

 しばらく考え込んだイオクは、絞り出すようにまずは言った。周囲の部下たちがハッとした表情をする。

 

「ラスタル様が警戒し、ジュリエッタですら敵わなかった鏖殺の不死鳥。無抵抗な者たちすら虐殺の限りを尽くし、あまつさえ殺しを楽しんでいるあの狂気。私はそれが我慢できない、許せないのだ」

 

 脳裏に蘇るのは邪悪なる不死鳥とそのパイロットの姿だ。MAと戦いながら同じ人類をも殺し、イオクに対しては美麗と醜悪の強烈な矛盾する印象を植え付けてきた。そんな彼女はもはや存在そのものが悪徳であり、今のイオクにとって誰よりも殺さなければならない存在でもあったのだ。

 

 誰かが「イオク様……」と呟いた。ヴィダールは黙って耳を傾けている。

 

「自己満足であろうとも、私は部下たちの仇を取る。かの地で散っていった者たちに報いたいのだ、嘘ではない。彼らは私に生きろと言ってくれたが、ならばこそ生きている私が動かなければ彼らの無念も晴らせぬのだ」

 

 もしもイオクまでもがあの不死鳥の手にかかれば、部下たちの犠牲は無に帰してしまうかもしれない。

 それは怖い。

 だが、セブンスターズの一角として通すべき意地と誇りがあるのだ。今まで自分は散々部下たちに助けられてきたからこそ、今度は自らが彼らの想いに報いたいと願うゆえに。

 

「ヴィダール、私は愚かだ。自らの正義のみを信じ、その果てに部下たちを何人も死なせてしまった大馬鹿ものだ。それでも良いというのなら、手を組ませてもらいたい」

「……目的は例のガンダム・フェニクスとそのパイロットで良いのだな?」

「無論だ。しかしそれ以前に、私はあのマクギリスが好かんのだ。人を食ったようないけ好かない態度、どうにもソリが合わん!」

 

 最後の方は完全に私情であったが、ともかくイオクの決断は下ったようだ。鉄華団はマクギリスと手を結んでいる以上、鉄華団所属のフェニクスを打倒するなら敵対する以外にあり得ない。

 つまりそれはマクギリスと手を組んだラスタルとも敵対するということだ。イオクの意志を問うたヴィダールですら「本当に良いのか?」と訊ねてしまうが、対するイオクは迷いがなかった。

 

「無論、良くはない。しかしいつまでもラスタル様の世話になり続ける訳にもいかんのだ。それに私の目的はあくまでもただ一人、ラスタル様と戦うことは最小限に収めるつもりだ」

 

 それから彼は部下たちへと視線をやる。誰もがイオクだけを真っすぐに見つめていた。

 

「これはあくまでも私の個人的な願いだ。付き合いきれないというなら構わぬ、遠慮せずに申し出てくれ。それでもというのなら──どうか私の力になってはくれないだろうか?」

「──当たり前でしょう」

 

 返事はシンプルで、力強いものだった。

 

「我々はイオク様の部下、先代より誇り高きクジャン家に仕えてきた者です」

「その誇り、どうしてここで捨てることができましょうか?」

「皆、ありがとう……! 恩に着るぞ!」

 

 不安は当然あるだろう。今のクジャン家に何が出来るのかという疑問もある。

 しかしそれでも、彼らはクジャン家に仕える部下たちなのだ。当主に従うことに否は無いし、その言葉が独りよがりの正義感から解放されているのなら猶更だ。成長の兆しを見せた今、余計にこの青年を見捨てることは出来ないのである。

 

「だがどうするのだ? 先の一件でクジャン家は大幅に力を削がれた。対してマクギリスは地球外縁軌道統制統合艦隊を掌握している上、ラスタル様もアリアンロッド総司令官としての立場自体はそのままだ。もはや太刀打ちできる戦力差ではあるまい?」

「確かにそうだな」

 

 これにはヴィダールも頷いた。互いの戦力差は絶望的、相手はセブンスターズの二角と艦隊なのだ。いくらラスタル側の力は減少したとはいえ、依然としてクジャン家一つの力で適うものでは到底ない。

 

「もしこの場にセブンスターズがもう一人居なければ、だがな」

 

 故にヴィダールは仮面を外した。鉄の仮面が剥ぎ取られ、短い紫髪と端正な顔に走る無残な傷跡が衆目に晒される。

 

「まさかヴィダール、あなたは……!」

「ここにはクジャン家と、そしてガエリオ・ボードウィンが存在するのだ。セブンスターズの一角では成しえぬことも、二つ集まれば可能となる」 

 

 ファリド家とエリオン家は確かに強敵だ。しかしまだ勝負はついていない。

 残るセブンスターズはファルク家、バクラザン家、そしてイシュー家の三つ。特にイシュー家に関してはガエリオとしても他人事ではない。

 勝機は少ない。しかし立ち回り次第でまだまだ勝ちの目は見えるのだ。特にヴィダールことガエリオはマクギリスが持つ唯一の弱点である、これを利用しない手は無いだろう。

 

「俺はマクギリスを、お前は鉄華団の不死鳥を追う。ここに利害は一致した、よろしく頼む」

「……その素顔には驚かされたが、こちらこそ頼むぞ、ボードウィン公!」

「よしてくれ、まだそう呼ばれるような男でもない」

 

 苦笑しつつ、ガエリオとイオクは手に握り合い。

 

 かくしてここに、ギャラルホルンを二分する戦いの狼煙が水面下で上がったのである。

 


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