ジゼルにとってそれなり以上に久しぶりな鉄華団地球支部は、冬空の下うっすらと雪が積もり始めていた。屋根は一面白く塗り替えられ、道路も粉雪で舗装されている。
その最中でも鉄華団団員たちやMSの放つ熱量は些かも変わりなく、寒さに負けないとばかりに元気よく仕事をこなしていたのだった。
「……皆さん、よくこの寒い中で働けますね。こっちに来て三日経ちましたけど、ジゼルには無理だと再確認しました」
「んなこと言ってねぇでさっさと働け。まだ仕事の引継ぎとか残ってんだぞ」
いつかのようにソファでだらんとしているジゼルに、ユージンは苦虫を嚙み潰したような顔で書類を差し出した。さっさと目を通しておけと言外に伝えられ、渋々ジゼルも受け取って紙面をざっと眺めてみる。内容はここ数ヶ月における地球支部での金の流れや、新たにアーブラウで募集した鉄華団団員についての一覧である。
「今すぐ覚えろとまでは流石に言わねぇが、事務方に戻んなら少しは把握しといてくれ。またラディーチェみたいな裏切り者が出たら対処できなくなるからな」
「その時はジゼルが責任を持って処分するのでお構いなく。裏切り者への嗅覚は鋭い方だと思うので大丈夫ですよ」
「……素直に喜んで良いのか分かんねぇが、まあとりあえず鉄華団に被害が出ないよう気張ってくれ」
諦観にも似た感情を抱きながらユージンが溜息を吐いた。彼が地球支部で事務方の抜けた穴埋めをしていた間、ジゼルは火星でギャラルホルンと一戦交えたり、テイワズでオルガを救ったりしていたという。そこだけ聞けば手放しに褒められる行いだし、事実これについてはユージンも心から感謝を送っている。
だけどやっぱり複雑なのだった。全部が全部うまくいっているから良いものの、一つでも失敗していたらどうなっていたことか。ここまで来て彼女を追いだせなんて言うつもりは無いから、せめてオルガには早く手綱を握って欲しいと切に願うばかりである。
しばらくの間、ペラペラと紙をめくる音と、タブレット端末の画面を叩く音だけが反響する。高級な家具などが揃ったこの部屋は応接室のはずなのだが、使いどころが少ないのも相まって今やジゼルがだらけるだけの場所だった。
「もうちょいシャキッとしろよ、他の奴らに示しがつかねぇぞ」
「寒いとやる気が……」
「冬眠でもすんのかよ……地球出身ってのは知ってるけど、暖かいとこの生まれだったのか?」
「いえ、北半球のそのまた北の方です。いつも雪とか降っててすごく寒かったです」
「ならちっとは頑張れっつうの! 寒さにゃ慣れてんだろ!?」
「お屋敷でぬくぬくしてたので無理です。これでも元はインドア派でしたので」
「ちっ、そういやお前お嬢様育ちだったっけか」
思わず舌打ち。ジゼルは完全に無視していた。
これだから恵まれた生まれの奴らはと心の中で悪態を吐きつつ、そういえば今の自分たちも悪くない立場だと思いなおした。火星本部は老朽化した建物の再建が進んでいるらしいし、地球支部もアーブラウ側の厚意で色々と融通が利く。かつてとは雲泥の差な環境に身を置けているのも事実だった。
「そういや、今度ギャラルホルンのお膝元に呼ばれるって話らしいけどよ、やっぱ地球本部ならすげぇ設備も揃ってんのか?」
「ジゼルに聞かれても知りませんよ。かつては水上のメガフロートなんて影も形もありませんでしたから。むしろこっちが気になるくらいです」
「そんじゃお前がコールドスリープした後で出来たって事か。そいつは残念だ」
そこまで言ってから、「そういえば」とユージンは顎に手を当てた。端末を叩く指がいつの間にか止まっている。
「お前が結構なアグニカ・カイエルとやらのファンってのは前に聞かせてもらったけどよ、現状のギャラルホルンについてはどう思ってんだよ? 少なくとも創設者様は高い理想を持ってたみたいだが──」
「今のギャラルホルンは腐敗してしまっているから、怒っているか否か……ですね?」
「おう、そうだ」
神妙に頷いた。さすがにやらないだろうとは思うが、これで内心で怒り狂っているなど言い出したら何が起きるか分からない。地球支部に運ばれてきたフェニクスは
興味半分、恐怖半分で訊ねてみた質問に、ジゼルは思いのほか真面目な顔で即座に口を開いた。
「別に、どうでもいいです」
「……へぇ、思う所は無いってか」
「そもそもアグニカのファンって言われるのが心外ですけど、あくまでギャラルホルンの前身であるジェリコは居心地が良かったから在籍していたまでです。今がどうであろうとジゼルの知ったことではありませんよ」
「ほーん……なんつぅか意外だな。『世話になった奴の組織が長い時間の間に滅茶苦茶にされたー』とか、んな理屈で皆殺しにでもする気かと思ってたぜ」
冗談交じりに笑ってから、すぐにユージンは「やべっ」と顔色を変えた。
目の前でだらけていたはずのジゼルは、いつの間にか殺意を全身から漲らせていた。不穏すぎるオーラが肌にビリビリと突き刺さって非常に心臓に悪い。ほんの出来心で地雷を踏んでしまったのかもしれなかった。
「なるほど、その手がありましたか……」
納得したように笑みを浮かべる姿がやけに恐ろしい。
「ま、まて。今のは冗談だから本気にすんなよな? マジでギャラルホルン皆殺しとかしたらシャレになんねぇからな? つかいくら鉄華団でもそりゃ無理だから」
「……分かってますよ、今のはジゼルなりの冗談です。そう短慮は起こさない
「ちっとも笑えないからマジやめてくれ……」
ジゼルの殺意が薄れ、すぐにさっきまでのだらけた姿に戻ったのを見てホッと胸を撫で下ろす。シャキッと働いてくれとは思うが、今の殺意が充満した状態に比べれば万倍マシだろう。いっそこのままだらけ続けてくれれば安心だと思うくらいだ。
「にしてもマクギリスの野郎、なに考えて呼び出したりなんてしたんだか」
「それはジゼルも知りませんけど……折角ですし、適当に観光でもしてきますよ。写真とか撮って来ましょうか?」
「すっかり観光客気分じゃねぇか。でも気になるな、余裕あったら頼むわ」
「分かりました。代わりに火星に戻る前にアーブラウのお勧め料理でも適当にピックアップしといてください」
「……まさか一緒に来いなんて言わねぇよな?」
「言いません。一人で行きますのでお構いなく」
素っ気なく返されてしまった。これが気の有る女の子だったら間違いなく心が折れていただろうが、相手が相手だけに全く心は痛まない。
むしろ、じゃあなんでオルガとはデート紛いのことしたんだ──などとはとても訊けなかった。この辺りはもう当人たちの問題として、無策で首を突っ込まない方が得策だろうと悟ったからだ。
それから少しだけ互いに黙ってから、今度はジゼルがポツリと漏らした。
「たぶん荒事になるでしょうね。元より鉄華団はそういう組織ですし」
「……やっぱそうなんのか。否定はできないが、好き好んでギャラルホルンの政争に巻き込まれんのもなぁ」
「そもそも団長さんとマクギリスさんはそういう関係ですから。是非も無いかと」
「肚括るっきゃねぇか」
マクギリスが鉄華団に求めている役回りとは。
きっと、ギャラルホルンという巨大な水面に一石を投じるための力なのだろう。
◇
現在のセブンスターズにおいて、エリオン家とファリド家は他よりも明らかに大きな力を誇っている。
片や月外縁軌道艦隊『アリアンロッド』の総司令官ラスタル・エリオン、片や地球外縁軌道統制統合艦隊の司令官マクギリス・ファリド。前者はマクギリスの策によって力を削がれ、後者はまだ発展途上の者ではあるが、紛れもない強者であるのは間違いない。
「さてエリオン公、準備は全て整った。我々も行くとしよう」
「……ついにこの時が来たか。全く、予想だにしない展開には驚きばかりだ」
故にマクギリス・ファリドとラスタル・エリオンが手を組んだのは、残るセブンスターズ達にとって悪夢のような知らせと言えただろう。
ギャラルホルン地球本部、ヴィーンゴールヴ。世界最大規模の組織に相応しいこの建物は水上に浮かぶ人工島であり、セブンスターズ達の邸宅も此処に用意されている。故に何の憂いもなく合流した三人は、白く清潔感のある廊下を悠々と進んでいく。
まず先頭に立つのはマクギリスだ。改革派の筆頭にして野心に燃える青年であり、彼は今日この時を誰よりも待ち望んでいた。期待に浮かさてしまい、自然と歩む足も早まってしまう。
二人目はラスタル、マクギリスに弱みを握られ彼と協力する羽目にはなったが、その風格には些かの衰えも見られない。そもそも彼とてマクギリスの思想に共感できる箇所があっての現状なのだから、驚きは有っても不服とまでは思わない。
そして最後の三人目。マクギリスが個人的にこの場へと呼び出した鉄華団所属、ジゼル・アルムフェルトだ。彼女は普段通りに鉄華団のジャケットを着こみ、まるで物見遊山でもしているかのようにキョロキョロと辺りを見渡しては写真を撮っていた。
「そんなにヴィーンゴールヴが珍しいのかな、お嬢さん」
「ええ、それなりには。ジゼルの本来生きていた時代にはこのような建物はありませんでしたからね。地球支部に戻ったらギャラルホルン本部の内部構造を皆に見せびらかすつもりです」
「ハハハ、それは是非とも勘弁願いたいものだ。ギャラルホルンの企業秘密がバレてしまう」
豪快に笑うラスタルに、ジゼルもまた薄い笑みを以って応えた。一見すれば初見の相手ながら上手くやり合っているように思えるが、より詳しい事情を知っているマクギリスからすれば微妙に不安な二人である。
なにせ、ラスタルの命で行動していたガラン・モッサを殺害したのはジゼルその人なのだ。そのおかげでラスタルは失墜する羽目になり、友まで同時に失っている。そんな相手を前に追及するどころか談笑できているだけ、やはりラスタルとは大人なのだと感心させられた。
──改めてマクギリスは確信する。ラスタル・エリオンを味方に引き込んだのは間違いでは無かったと。上手くやれば潰せたかもしれないし、他ならぬ彼の手で力も縮小してしまってはいるものの、こういった存在が居るだけで俄然マクギリスの改革も現実味を増してくる。
「さてジゼル嬢」
ここでマクギリスは足を止めた。まだ目的地とは遠いが、先に釘を刺しておかなければならないことがあった。
「君はどうして今日この時、私に呼び出されたかは分かっているかな?」
「何となくは。仕掛ける気なのでしょう? そのためにあなた方の艦隊のみならず、鉄華団が味方に居るのだと印象付けたかった」
「正解だが、少し足りないな。確かに世論を賑わす鉄華団がこちら側に付いていれば、よりギャラルホルンの改革という題目にも説得力が増す。しかし、それならオルガ・イツカ団長の方がより適任だろう」
にも関わらずマクギリスはジゼルを選び呼び出した。つまりその意図は──
「セブンスターズ達に見せつけてやるのさ。かつてのアグニカ・カイエルを知る者は、現状のギャラルホルンに不満を抱いているのだと。我らがどれだけ堕落し腐り果ててしまったか、それだけでも自覚させられよう」
「……そう簡単に上手く行きますかね? むしろジゼルのことなんて偽物だと流してしまいそうですけど」
当然の疑問に答えたのは、意外な事にラスタル・エリオンだった。
「ようは名目が全てなのだよ。革命とは何も
かつての仇敵からの想いもよらない評価に、マクギリスが堪えきれずクツクツと笑い声を零した。どれもこれもかつてのマクギリス、そしてラスタルなら決してされなかった評価である。それだけでも自分が否応なく変わっているのだと実感させられる。
再び歩を進める。もはや止まりなどしない。黙々と、淡々と、粛々と進み続けて──そして着いた。セブンスターズ達が集まる会議場、その扉が目の前に鎮座している。
「では、行こうか」
マクギリスが扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。
◇
既にマクギリス以外のセブンスターズ達は揃い踏みであったのだが、それでも席は半分にも届いていなかった。ボードウィン家、バクラザン家、ファルク家のご老体が座るのみ。あまりにも少ないが、しかしどうしようもないのだ。
イシュー家は最初から空白で、エリオン家は出席権を剥奪されており、クジャン家はラスタルですら当主の動向は把握しておらず、そしてファリド家はこの瞬間に到着した。セブンスターズと名乗るには、あまりに貧相だった。
「遅れてしまい申し訳ありません、皆様方」
「構わぬが……なぜ、エリオン公がこの場に居る? そしてそこの小娘は何者なのだ?」
まずはファルク家当主から鋭い問いかけが浴びせかけられるが、マクギリスは一向に気にしない。むしろ意味深な笑みをより深めると、カツカツと長テーブルの前に歩み寄った。
マクギリスの放つ強大な雰囲気が、いっそう強くなる。誰かが思わず椅子を引いた音だけが響く。
「何故も何も、私がこの場にお呼びしたからです。まずは前提として、ファリド家とエリオン家は手を結ぶこととなりました。遅れましたがこの場でご報告させていただきます」
「手を結んだだと……! 馬鹿な、そのようなはずが──」
「あるのですよ、バクラザン公。いやなに、信じられないのも無理はない。この私とて、ほんの半年前はとてもじゃないが考えすらしなかった同盟なのでな」
苦笑気味にラスタルが答えた。まさか彼の口から肯定されるとは思いもよらず、三者ともに愕然としてしまう。
──まず初めに、バクラザンとファルクはどちら共に中立派だ。積極的に腐敗とされる行いに手を染めたりはしないが、かといって是正しようともしない。腐敗によって恩恵にあやかれるなら遠慮なくそうするし、わざわざその状況から動こうとまでは考えない。いうなれば事なかれ主義、腰が重いとも評される二家だった。
例えばマクギリス・ファリドなら腐敗を無くすべく改革派になったし、ラスタル・エリオンならいずれは腐敗を正すにしても現状は腐敗をも利用した保守を優先させていた。故に両者が手を取るなどあり得ないと考えられていたし、中立派にとっては自らの持つ恩恵が全て消え去りかねない脅威とも言えたのだ。
「しかし、ならばそちらのお嬢さんはいったい誰なのかな? 見たところ鉄華団の者にも見受けられるが……」
ボードウィン卿の疑問に今度はジゼルが前に出た。優雅にスカートの裾をつまみ、軽やかに一礼する。堂に入った令嬢としての振る舞いに感心するような空気が流れ──
「ジゼルは、ジゼル・アルムフェルトと言います。かつてはアグニカの立ち上げたジェリコ所属、現在はオルガ・イツカ団長さんの下で鉄華団参謀を務めさせてもらってます」
「……!?」
「なんだと……!」
一瞬にして驚愕とも恐れともつかぬ空気へと変貌した。
かつてマクギリス・ファリドがジゼルについて報告した際は、眉唾と思いながらもひとまずは信用した。けれど、こうして目の前に本物が現れてしまえばいっそう動揺は深くなる。
そう、彼らは疑う訳にはいかないのだ。ジゼル・アルムフェルトが死んだという記録は何処にもなく、そして目の前のジゼルを名乗る少女が放つ殺意は濃密すぎた。海千山千の彼らでなければ呑まれて気絶していてもおかしくはない。
「信じられないでしょうが、此処に居るのは厄祭戦で誰よりも人を殺した鏖殺の不死鳥その人だ。少なくとも私は本人だと確信しているし、あなた方とて今や疑う余地は微塵も無いと分かるでしょう?」
驚愕に支配された三者の頭にマクギリスの言葉が冷水のように染み渡る。言われるまでもなく、こんな狂気を纏った少女を目の当たりにして偽物だとは思えない。そしてだからこそ、何故マクギリスはジゼルを連れてきたのかに恐怖してしまうのだ。
「まさかとは思うがファリド公……そこのジゼル・アルムフェルトに我らを殺させるつもりではあるまいな……?」
「それこそまさかだ。私とてそのような短絡的な思考など取りませんとも」
一番の懸念は即座に否定された。けれどジゼルの殺意は止まらない。
「しかし、彼女は同時に怒っている。我らギャラルホルンの腐敗ぶり、そして偉大なるアグニカ・カイエルの魂が忘れ去られてしまっていることにな」
「……えー、まあそうですね。アグニカが頑張って設立した組織がこうもなっているなんて、ジゼルとしてはちょっとショックですねー」
あんまり心が入っていないが、普段からジゼルはこんな調子である。だからマクギリスは特に疑う事は無かったし、今もジゼルの殺意に中てられている三者はそこまで気が回らない。唯一ラスタルだけは彼女の真意に手が届いたが、それはこの場で言う事ではないと自制した。
「そういう訳だ。諸君らは恥ずかしいとは思わないのかね? かつてアグニカ・カイエルがギャラルホルンを創設した際の理念は何処に行ってしまったのだ? 今や世界の治安を守るという大義すら失われ、混沌とした世の中が広がる有様。この現状になんの呵責も無いと言うのか?」
「それは……」
ただ一人、ボードウィン卿だけがマクギリスの言葉に理解を示した。残るファルク公、バクラザン公はだんまりを続けている。彼らとしては現状こそ最良である以上、下手に同意して利益を捨てたくはないのだ。
けれどそんな葛藤もすぐに終わる。今のマクギリスは誰にも止められない。
だってそうだろう。安易な力に訴えることはせず、最大の障害をも味方にし、かつてのアグニカを知る者を引き込み、何より一つの負い目も無い。ここからマクギリスが追い詰められる事など万に一つもあり得ない。
「いや──」
負い目ならある。たった二つだが、マクギリスにとって忘れがたいものが。
しかし彼と彼女がここで立ちふさがるなど絶対に無い。なにせマクギリスが暗躍し、一人は直々に止めを刺したのだ。可能性として考慮するなど馬鹿げている。
だからすぐにマクギリスは馬鹿げた思想を振り払うと、いまだ答えを渋る三者に選択を突き付けた。
「あなた方にも選んでいただきたい。我ら改革派と共にギャラルホルンのより良い明日を目指すか、このまま腐り果てた昔日を愛おしむのか。無論のこと、敵対するなら容赦はしない。だがこちら側に付くというのなら、可能な限り便宜は図ると約束しよう」
状況は完璧だった。武力によって脅している訳ではないが、影響力のある者たちばかりがマクギリスの傍に揃っている。よしんば敵対するとしても、現状の力量差なら簡単にひねり潰せる。それを理解できないセブンスターズではないだろう。
だから後は予想通りの言葉を待つだけ──
「いいや、我らはあなたには屈しない、ファリド公」
「なに……!?」
の、はずだった。
訳が分からないというマクギリスに、ファルクの老体はもう一度毅然とした態度で宣言した。バクラザン公も真っすぐマクギリスを見据えていて、ボードウィン卿だけが状況の変化についていけていなかった。
「ファリド公の言い分にも理解は示せるが、けれどそちらにも不正はあるだろう。友を殺してまで革命を行おうとする者の言葉など、信用できるはずも無い」
「何を言って──」
その時だった。会議場の扉がまたも開く。新鮮な空気が流れ込み、閉塞した場を洗い流す。
新たにやって来たのは二人、どちらも若い男だ。特に目を引くのは先頭に立つ男、奇怪な仮面を付けているせいで顔が少しも分からない。
仮面の男──ヴィダールはイオク・クジャンと共に堂々と入室すると、困惑するマクギリスの前に立ちはだかった。
「久しぶりだな、マクギリス」
「その声は……まさか!」
「ああ、その通りだよ。この日の為に俺は地獄から舞い戻った」
仮面によってくぐもった声だが、聞き違えるなどマクギリスにはあり得ない。それだけ馴染み深く、同時に二度と聞くはずのない声だったはずなのだから。
いっそう動揺を深めたマクギリスの前で、ヴィダールは仮面を外した。端正な顔を走る傷跡と、ボードウィン家に共通する紫の髪が鮮やかだ。そして両眼に宿る焔は真っすぐにマクギリスを射抜いている。
「単刀直入に言おう。──喧嘩をしに来たぞ、マクギリス」
「ガエリオ、だと……! 生きていたのか──ッ!?」
──逃れようのないマクギリスの負い目が、ついにその仮面を剥ぎ捨てた。
マクギリス、ついにガエリオと相対するの巻。
それにしてもオルガ・イツカの死亡からもう一年とは早いものです。彼の遺言通りに
あと正確には一日ズレてますが、誤差の範疇なので許してください……(小声)