セブンスターズの議会場から一路自らの執務室へと戻ったマクギリスは、執務机に向かう椅子に座った途端に深い溜息を吐いた。彼らしくもない疲れたような行いだ。予想外の事態に遭い、さしもの彼でも動揺は禁じ得なかったのだろう。
「まさかガエリオが生きていたとはな……やってくれたなエリオン公。おそらくはあなたの下に身を寄せていたのではないかと考えるが、違うか?」
「その通りだ。私は訳あって彼を助け、その目的のために惜しみない援助を行い、そして袂を別つ際にも敢えて見逃した。くくっ、怒っているかね?」
「……どの口がそんなことを。これだけの事をされてなお怒らないほど聖人君子になったつもりなど無いさ」
ラスタルの口から呆気なく明かされた真実にはマクギリスをして──いや、マクギリスだからこそ怒りを覚えるのだ。仮にも味方として引き込んだ者からのまさかの裏切り、革命派のトップに立つ者として見過ごせるはずがない。
けれど、あのラスタルが意味も無く自陣を不利にするような真似をする筈がないのもまた事実だ。それくらいには彼の手腕を認めている。ならばそこにどのような意図があったのかマクギリスは思考を巡らせたが、
「……どう考えても不可解だな。私とガエリオをみすみす相対させたとしても、こちらの落ち度が明るみになって不利に落とされるだけだ。それを承知でエリオン公が革命派に加わるとは考えづらいと思うが?」
「そうだな、私としても自分で自分に驚いている節があるとも」
もっともな指摘にラスタルも苦笑で返した。
「まさか得にならないどころか自らの首を絞めかねない行いをしてしまうとはな、と。だが後悔は無いさ。マクギリスよ、お前が真にギャラルホルンを改革せんと願うなら、奴との対峙は不可欠だ」
「自らの罪を認め、その上で奴を乗り越えろと?」
「いいや、それ以上さ。共に歩めたはずの友との決着をつけずして、ギャラルホルンという巨大組織を束ねる事など叶わん。ガエリオ・ボードウィンはその為の試金石であり、またマクギリス・ファリドが超えるべき最大の試練であるという訳さ」
「簡単に言ってくれる。つまりあなたは、
再びマクギリスは溜息を吐いた。今度は一度目よりもなお深い。
あまりにも個人的な動機で、かつ享楽的としか思えない。少なくともあのラスタル・エリオンが選ぶ手とは到底思えなかった。なのに呆れや怒りがあってもそれ以上責める気が起きないのは、彼自身半ば認めているからなのだろうか。
すなわち──ガエリオを越えなければ自らの理想は果たせないと。
「いいだろう。ならば見せてやろうではないか。今度こそガエリオをこの手で討ち取り、真なる秩序をこのギャラルホルンへと齎す様をな。結局のところ物事を決めるのはいつだって力だ、それを改めて証明してみせよう」
気炎も新たにマクギリスが闘志を燃やす。かつて友誼を結び、そして殺した男の予想外な登場には確かに出鼻をくじかれた。ああ、それは確かに認めよう。だがそれで? ならば次こそは完膚なきまでに叩きのめせば良いだけの話、むしろ加速度的に二極化した政争はより勝者をはっきりさせてくれるはず。その点に関しては感謝だってしてもいいくらいだ。
「ガエリオにはこの手で引導を渡してくれよう。私とアイツのどちらが正しいのか、今こそ雌雄を決する時なのだから」
「……男の人は、大変ですね」
燃え昂る男の宣誓に、これまで無言を貫いていたジゼルが初めて口を開いた。先ほどのマクギリスのように軽い溜息を吐くと髪を軽くかきあげる。自分だけで手入れすることで
「強さはもちろん愛や友情、譲れない誇りという無形のものへ簡単に命を懸けることが出来る。
「生憎とそう簡単にはいかんよ」
今度はマクギリスが苦笑してしまう番だった。冗談なのか本気で言っているのか分かり辛いジゼルの発言だが、たぶん両方の意味を含んでいるのだろう。そうでなければ口の端が弧を描いてなどいないはずだ。
「包み隠さず述べてしまえば、今の私は君をこの場に招待する以上の行いを鉄華団に要求していないのだよ。これ以降に発生する我らの戦いにまで参入するか否かは、あくまでオルガ団長の判断こそ肝要だろう。なのに身勝手にも参謀たる君を巻き込んでしまえば鉄華団の不興を買ってしまうのは明白だ」
「……意外と真面目な理由でしたね。ジゼルはもっとこう、鉄華団を体よく利用するつもりなのだと考えていましたが」
「もちろん存分に利用させてはもらうさ。だが知っての通り、私は鉄華団を高く買っている。なればこそ不誠実な真似をするなどとても出来はしないのさ」
これは紛れもない本心である。共に友好関係を結んでおり、しかもマクギリス個人が目にかけている組織だからこそ、その繋がりを壊してしまうような行いをしたくないのは事実だった。
だがそれは所詮真面目な理由であり、同時に建前に過ぎない。真の理由は先ほど宣した通りでしかなく、ジゼルの言葉を借りれば”譲れない誇り”のためにガエリオと決着をつけるべきと考えているのだ。
「すまないがガエリオはこの手で倒す。それがこの俺に課せられた使命であり、越えるべき試練であるのだろう。まったくエリオン公の言う通り、上手く手のひらの上で転がされてしまったものだよ」
「そうですか、それは残念です。……友情も親愛も何一つない相手が横槍を刺せる良い機会だったのですがね」
「手前贔屓になってしまうが、あの男は強いぞ。様々な意味でな。それに勝てると断言できるのか?」
当然の疑問を呈したのはラスタル、それに対しジゼルは穏やかに微笑んだ。見る者を魅了し吸い込んでしまいそうな儚さで、その唇は悪夢のごとき言葉を紡ぐ。
「ええ、もちろんですとも。決意も友情も積み上げてきた人生も、誰かの全てを呆気なくぶち壊すのが
血と狂気に塗れた破綻者こそジゼル・アルムフェルトの本性なれば、この程度の発言は一々特筆するに値しない。既に一度直に会っていたマクギリスは動揺の欠片もないが、さしものラスタルもこれには驚いたように目を見張った。やはり、頭で理解していても直に見るのは違うものである。
厄祭戦の生き残り、まさかこれほどとはな──珍しく動揺を隠そうとしないラスタルの呟きが部屋に木霊した。同時に彼の中で納得も生まれてしまう。ここまで人を外れた怪物が相手では、ガラン程の男が敗れるのも無理はないと。
そんなラスタルの動揺と納得をよそに、ジゼルは一人で得心したように頷いた。その瞳は既に自らの獲物を定め爛々と輝いている。
「ではジゼルの相手はあのイオク・クジャンという男ですね。たくさんの殺しても良い人間をジゼルの前に連れてきてくれるなんて、彼には感謝の念が絶えませんよ」
「その割には随分と恨まれていたようだがな。いや、君が彼らへ行った殺戮を鑑みれば決して不自然でもないだろうが……何か発破をかけでもしたかな?」
「そうですね、心からの忠告と感謝をさせてはもらいましたよ。それをあの人がどう受け取ったかは知りませんが、まあ彼はジゼルの相手です。例え鉄華団がこの戦いに関与しないとしても、いつかジゼルが殺すので手出しは無用ですよ」
口調こそいつも通りのんびりとした雰囲気だが、そこには有無を言わさぬような圧力が付随していた。マクギリスとしても別段文句は無かったし、仮に鉄華団が参戦しないとしてもイオクだけならどうにかする算段は付けられる。
それに何より、鉄華団がマクギリスからの要望を蹴るとはこれっぽっちも信じてはいなかったのだ。だから少しも躊躇いなどせず歯切れよく確約してみせた。
「良いだろう、では君とイオク・クジャンについてはそのように取り図ろう。構わないかな、エリオン公?」
「……ああ、勿論だとも。あの男とて承知の上のはず、ならば私には止める義務も資格もありはしないさ」
マクギリスとガエリオの対面にはらしくも無い横槍を入れたラスタルだが、それ以上の私情を挟む気はこれっぽっちも無いようだった。内心はどうあれイオクの扱いについてはマクギリスへと一任するらしい。
これを冷酷と見るか、私心を殺せると考えるか、はたまたかつての部下にも手を抜かず対等に接するべきとしたのか、捉え方はそれぞれだろう。ともあれこの場のリーダーはその答えに満足したらしく、鷹揚に一つ頷いたのである。
「いずれにせよ、今日という日を以って改革への第一歩が踏み出されたのは確かだ。互いの保有戦力から考えても、決着の舞台は宇宙を置いて他にあるまい。となれば開戦までは今しばらく間が空くのも確かであり──」
「その間に出来る準備は済ませておけという事ですね」
「ああ、その通りだとも。もはや我々は引き返せない。だが引き返す気など毛頭ないさ、狙うは一点改革の成功のみ。この腐ったギャラルホルンに新たなる風を吹かせるために、尽力せねばならないのだ」
どうであれ引き金は引かれてしまい、ギャラルホルン内での一大闘争は避けえぬ未来と決まってしまった。ならばもう、最後にモノを言うのは我を通すための力であり──それはマクギリスにとって何よりも”らしい”決め方に他ならない。
「そのための力こそガンダム・フレーム、か……そろそろ私も、ファリド家の蔵を開くときなのかもしれないな」
◇
「それで結局、団長さんはどうするおつもりですか?」
『どうするっつってもなぁ……』
『元々俺らとマクギリスの野郎はそういう関係性だ。確かに今回の敵はチョイと特別っつうか、味方も敵もギャラルホルンっていうのが妙な感じではあるが──』
そこで一度言葉を切り、コホンと咳払いをして居住まいを正した。その鋭い視線は既に先を見据えている。
『受けるっきゃねぇだろうな。ここで断っちまったらそれこそ筋が通らねぇ。向こうがこっちを裏切らずに約束を守るってんなら、俺たちもそれに応えなきゃなんないだろ』
「……団長さんらしい考え方ですね。好きですよ、そういうモノの考え方は」
『そりゃどうも。褒め言葉として受け取っとくさ』
「褒め言葉ですからね」
他愛のないやり取りにお互い苦笑してしまう。地球と火星で遠く離れた地に居る両者だが、結局その関係性は依然として崩れはしない。
それにしても──とジゼルは言葉を続けようとしたところで、オルガの方も『さっきから気になってたんだが』と疑問を切り出した。モニター越しに目線が合い、やはり苦笑。
「なんです?」
『いや、そっちこそなんだ』
「なら先にこっちから言わせてもらいますが」
『……おう』
譲り合いの美徳など知らんとばかりにジゼルが先に口出した。やや呆れながらオルガは黙って先を促す。
「マクギリスさんの思惑に乗るという事は、どうあれ戦いに参戦するという事です。
『確かにそうかもな。だけどまぁ、俺だってヤケッパチになった訳でも目先の利益に目が眩んだ訳でもねぇよ。それなりの打算と勝算があってのことだ』
「というと?」
『俺たちはかつて、まだアンタが居なかった頃にギャラルホルンへ一発かましてやった。そん時の評価のおかげで今の地位が有るんだが、それは分かるな?』
勿論ジゼルは把握している。今より二年も前、鉄華団は火星からアーブラウまで革命の乙女を無事に届け通し、その最中に妨害をしてきたギャラルホルンを次々と打ち破った。それが契機で一端の企業にまで成長できたのだ。
狂っていても事務方なのだ、その辺りの
『そんで今は火星ハーフメタルの採掘に、大海賊の討伐に、アーブラウでの活躍に……だからそう、あともう一歩なんだ。あと少しの功績があれば、俺たちはもう”ギャラルホルンに一泡吹かせただけ”の組織じゃなくなるのさ』
「武名を轟かせ、角笛の改革に手を貸し、そして改革の中心人物と太いパイプを繋げる、と……確かに理には適ってますね。ちょっと欲張りさんな気がする以外はですけど」
『アンタに言われちゃお終いだな』
とはいえ博打に近い考え方をしているのは違いない。かつてオルガは遠回りだろうと進み続けると決意したわけだが、今回の決定はストレートに最短を突っ走るやり口だ。昔ならばともかく、現在の彼とはどうも噛み合わない気がしてならない。
そんな違和感をジゼルは感じた訳なのだが、オルガの方も否定は一切しなかった。代わりに強い口調で断言してみせる。
『危険な橋かもしんねぇが渡れないことは一つも無い。ギャラルホルンは二分され、マクギリス側が優勢。俺たち鉄華団だって幾つも場数を踏んできた精鋭だ。そんで何より、頼りになる奴が俺の周りには多いからな──例えばアンタとかさ』
だからどんな奴が相手でも勝てるさ、間違いなくな──そう締め括られた言葉にジゼルは静かに微笑んだ。
理由としては脆いだろう。信頼がある、故に必ず勝てる。まとめてしまえばそんな程度でしかなく、大きな利益の為に敢えてリスクに飛び込むのはかつてを彷彿とすらさせてしまう。
それでもただの無謀とは思えないのは、熟慮された上での判断だからだろうか。いいやそれとも、”これを最後の大一番にする”という決意が漂っているからか。無用なリスクを避けるのは大切だが、肝心要ですらリスクを気にしていては度胸が足りない。
──利益と危険を秤にかけ、その上でなお勝算があるなら躊躇なく飛び込む。かつてと同じように見えるそれはしかし、確かな成長の上に築かれたものであるのだ。
「良いですよ、それならジゼルも頑張りましょう。頑張らない理由も無いですし。団長さん的にはジゼルが大暴れして、他の仲間の犠牲を最大限に抑えて欲しいのですよね?」
『……まあ、それがないと言えば嘘になるがな。別に囮や捨て駒にする気もねぇさ、つかそんなことしたらアンタ俺たちすら皆殺しにすんだろ』
「さて、どうでしょう? これでも義理や恩にはうるさいですから……団長さんならどうします?」
『はっ、こりゃ愚問だったな』
分かり切っていた答えである。それにそうでないとしても、割とジゼルは居なければ困る人材である。捨て駒どころか他所の組織に渡すつもりだってありはしない。
そんな風に話が一段落したところで、改めてジゼルが「さっき言いかけたことは何ですか?」と問いかけた。そう言えばそうだったとばかりにオルガが頭を掻く。
『いや最初から疑問だったんだがよ、アンタどうしてコクピットで会話してんだ? つか明らかに動いてるよなそっち』
「おや、バレてましたか」
意外、でも無さげな様子でジゼルが言う。そのまま両手に握り込んだ操縦桿を倒し、自身の操るフェニクスフルースを屈ませた。その頭上を無骨な斧が風切り音と共に通過する。すぐに体勢を立て直したフェニクスは固く拳を握り締めると、お返しとばかりに勢いよくランドマン・ロディを殴りつける。
どう考えてもMSを用いた戦闘訓練である。そも最初からオルガの方のモニターには普段着のままコクピットに座るジゼルが写っていたし、チラリと見えるコクピット横モニターには鉄華団のMSが映り込んでいたのだ。
『なんだこれ、戦闘訓練でもしてんのか?』
「ええ、その通りですよ。戦技教導官っぽいことしてますが、これでジゼルも練習に付き合ってもらっている方でして」
『んの割には私服でお喋りまでするとは随分と余裕だなおい……まあアンタらしいけどよ』
お喋りしながら訓練するとは結構な気の緩みようである。それなり以上に団員の訓練にも力を入れている鉄華団としては頭の痛い問題だが、確かに彼女が真面目に訓練している所は想像し難い。これも普段の行いの賜物だろう。
『つーか今更フェニクスで訓練する事なんざあるのか? この前の初陣で武器庫MSを派手に操ってたらしいじゃねぇか』
「それでも武装を装備した状態での重心バランスや、手数の変化は実際に動かしてみて感覚を掴まないといけませんから。特に翼部スラスターのサブアームに武装を持たせた場合は──」
『よーしオッケー、専門的な話はアンタに任せる。なんにせよこれまで以上に強くなってくれんなら文句はねぇさ。存分に奮ってくれ』
「元よりそのつもりですよ。……もしかしたら面倒な兵器が出てくるかもしれませんしね」
興味深くはあるが、戦うのが専門でないオルガには面倒な話である。なので早々に打ち切ってしまい手をひらひらと振った。
さて話題を変えるにはどうするか、一瞬だけ考えてから反射的に言葉が口を衝いて出た。
『そういやよくその服装で阿頼耶識を接続できてるな。服の下側から通してんのか?』
言ってから女性への質問にはちょっと失礼だったかもと思う。
だが既にジゼルは悪戯っぽく口の端を上げていた。嫌な予感がするがもう遅い。
「そうですよ。まさか他の皆さんのように上半身裸という訳にもいきませんし。それとももしかして、ジゼルの下着や胸でも見たかったですか? 団長さんもやっぱり男の子なんですね」
『待て待て待て! 馬鹿野郎、んな訳ねぇだろ!』
「誤魔化さなくても良いと思いますけどねー」
さっきまで真面目な話をしていたはずなのにどうしてこうなるのか。思わず頭を抱えずにはいられないオルガである。ただまあジゼルもジゼルで珍しく楽しそうなのが露わだし、悪くは無いのかもしれないが。こういう下らないやり取りを女性とするのも新鮮なものである。
それからはひっきりなしにオルガをからかってくるジゼルと、それに対抗するオルガという不毛な構図が続き。気が付けば三十分ほども時間を忘れて軽口の応酬が飛び交っていたのだ。
──ギャラルホルンを二分する最大決戦まで残り一ヶ月。今はまだ、平和そのものだった。