鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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今回も結構長いです。のんびりとお楽しみください。


#48 ジゼル・アルムフェルト

 マクギリスとガエリオが交戦を開始し、三日月たちがMAを相手取って戦い始めた同時刻。

 ジゼル・アルムフェルトとイオク・クジャンの戦いもまた、闘争の幕が切って落とされようとしていた。火星から続く殺し殺されの因果、ついにその全てを清算する時がやって来たのだ。

 

『ジゼルは嬉しいですよ。こうしてわざわざ、ジゼルに殺されに来てくれたのですから』

『何をッ!』

 

 薄い笑みを白いかんばせに浮かばせ、まずは挨拶代わりとばかりにジゼルはフェニクスの火器を解き放った。左手には一三〇ミリ機関銃、翼部のサブアームにはそれぞれ電磁投射砲(レールガン)と滑腔砲を構え、腕部からは小口径機関砲を放ってみせる。とても一機に搭載されたとは思えない大火力、まさしく狂気の弾幕という他ない。

 それをイオクたちは即座に散開して避けると、一定の距離を保って動き回りながらこれまた機関銃で牽制を試みた。グレイズとレギンレイズがそれぞれ七機ずつ、イオクの乗る黄と黒のガンダム・レラジェも合わせて十五機のMSによる射撃の雨を、フェニクスはしっかり躱してみせる。

 

 やはり強い──その事実にイオクは歯噛みした。数の優位など歯牙にもかけない操縦センス、それに機体の性能自体もそれなり以上だ。たかだか十五機程度で相手取れるのか、ほんの一瞬不安に駆られた。

 

『隙だらけですよ?』

 

 ほんの一瞬の迷い、それを見透かしたかのようにフェニクスが一気に距離を詰めた。握り込んだ巨大兵装(カノンブレード)を構えイオクの乗るレラジェへと肉薄する。

 今までのイオクならこの時点で詰みだった。フェニクス相手に一瞬でも隙を晒し、その上操縦技術も低いとなればどうしようもない。せいぜいが部下に守られ、またも自らの無力を嘆くのが限度だったろう。

 

 だが、今のイオク・クジャンはかつてとは違う。火星で良いように扱われた時とは明確に変わっていた。

 

『その程度でッ!』

 

 横薙ぎに振るわれた大剣をレラジェは華麗に宙返りして回避する。そこからお返しとばかりに右手のカノンを発射、大口径の一撃はスレスレで不死鳥の右脚部ミサイルポッドに掠り、派手な爆炎を噴き上げた。即座にフェニクスは分離(パージ)して誘爆を防いだものの、初めて明確な損傷を与えられたことにイオクたちの士気が一気に沸き立つ。

 そう、これまでならどれもこれもあり得ない事態だった。火星ではフェニクス相手に一撃も入らなかったし、イオクがここまで見事に攻撃を回避し反撃を入れるなど、望むべくも無かったのだから。人の心は一瞬のうちに如何様にでも覚醒できるが、けれど技術まで伴うはずがなく。当然この成長ぶりにも種はあった。

 

『なるほど、阿頼耶識システムですか……今のギャラルホルンは阿頼耶識を禁じているようなので、少々驚いてしまいました』

『そうだ、これこそが貴様を討つための我が秘策! クジャン家に代々伝わるこのガンダム・レラジェと、そして禁忌の力を以って貴様を殺すことこそ我が使命ゆえに!』

 

 同じ阿頼耶識を用いるパイロットとして、ジゼルはすぐにこのカラクリに思い至った。イオクも否定はせず誇らしげに、そして一抹の嫌悪感を言葉に乗せて肯定したのである。

 現代では成長期の子供に専用のピアスを取り付ける非人道的な阿頼耶識だが、厄祭戦時代にはむしろ戦うために当然の処置だった。なにせ訓練も学も全くない子供だろうと、直感的にMSを操作し複雑自由な挙動を行えるようになるのだ。例え倫理的に問題があろうと、今も昔もその優位性は失われていない。

 加えてギャラルホルンも阿頼耶識の研究自体は続けており、かつて失われたシステムを完全に再現するに至っている。だからガエリオやマクギリス、それにイオクといった大人までも阿頼耶識システムを使いこなせているのだ。

  

 圏外圏に流出した不完全な阿頼耶識でない、厄祭戦の時代そのままの阿頼耶識。その強力さは施術された当人たるジゼルも良く知っている。OSやコンピュータに助けられた挙動でなく、生の人間の動きをそのまま反映できるのは大きなアドバンテージだ。先の回避された一撃とて阿頼耶識でなければ当たっていたし、逆に反撃は照準を定めることが出来なかったことだろう。

 

「これは……少々面倒かもしれませんね」

 

 初めて、ジゼルの口から困ったような言葉が漏れた。負けるとは思わない。むしろこれだけの準備をした相手を殺せると思うと心が躍る有様だ。けれど単純な厄介さと、それを支える心の強さは中々のモノと見受けられる。数の差も含め、鼻歌混じりに殺せる相手ではないだろう。

 いつでも食い殺せる”おやつ”から、それなりに本腰を入れて狩るべき”獲物”へと認識を改める。先ほどは不意をつかれて無様を晒してしまったが、阿頼耶識を用いたのならそれなりの対処をすればいいだけのこと。

 

『では、改めてあなたの全てを壊させてくださいな。痛くはしません、一瞬ですみますから安心して死んでくださって結構ですよ』

『ほざけ、この悪魔がッ!』

 

 最初から勝負にならないとすら思われていた、ジゼルとイオクの激突。しかしそれは大方の予想を覆し──意外にも勝負の土俵に立っていたのである。

 

 ◇

 

 ASW-G-14 GUNDAM LERAJE(ガンダム・レラジェ)は、初めて砲撃性能に特化されたガンダム・フレームだった。

 黒と黄色で塗り分けられた機体はアスリート然とした細身であり、極限まで人体に近づけられたものとしてかなりの精密性を誇っている。これは単純に人機一体性を向上させると共に、メインウェポンとなる銃を精確に扱えるよう配慮されたものだとジゼルは聞いていた。

 基本の武装は大型の長距離大口径砲が二挺に、背部バックパックにマウントされた特殊試製マルチカノン、それに申し訳程度に装備されたバトルアックスの四つになる。清々しいまでの遠距離特化機体であり、銃撃に強いナノラミネート装甲には本来あまり有効打が無いはずだった。

 

『ちぃ、ちょこまかと──ならば!』

『イオク様!』

『分かっているッ!』

 

 相変わらず高速で動き回るフェニクスは容易く照準を合わせられる相手ではない。イオクたちもそのことは既に承知しており、だからこそレラジェの特性を最大限に活かす戦法を効率的に取っていた。

 レラジェ背部にマウントされた巨大な砲身、特殊試製マルチカノンが腰だめに構えられる。その半ばに位置する回転式弾倉(シリンダー)が回転し、四種類ある内の一つを弾倉にセット。そしてイオクなりにおおよその偏差を考慮し放たれた一撃がフェニクスよりそこそこズレた地点へと飛んでいくが、次の瞬間放たれた弾頭が炸裂し内部から大量の小片が飛び出した。

 広範囲にばら撒かれた小片はさしものジゼルでも回避は不可能である。カノンブレードと腕部の小盾で機体を庇い最小限の被害で抑えるが、この一撃の厄介な所は()()()()()()それなりの効果を発揮するところだ。

 

『これで奴の腕部には銃撃が通りやすくなった! あそこを重点的に狙え!』

『了解しました!』

「はぁ、これがあるからレラジェは厄介だと思うのですよね……」

 

 さらにイオクの部下たちが一斉に銃撃を浴びせかける。今度は出来るだけ腕部を狙い、フェニクスも意図を読んで回避に専念する。だが受け止めることは極力せず、推進力にまかせて振り切るばかりだ。

 ──対遠距離攻撃に対して無類の防御力を発揮するナノラミネート装甲だが、弱点もいくつか存在した。一つは直接的な打撃で叩くこと、二つ目はナパーム弾などの熱量でナノラミネート塗料を溶かすこと。そして三つ目が、速射性の高い銃弾で塗料自体をまとめて剥がしてしまうことだ。

 

 今回の場合、三つ目の手法をイオクは選んだ。散弾(ショットガン)に酷似した弾丸はナノラミネート塗料を剥がすことに特化されており、マトモに受ければ簡単に塗料が剥げてしまう。鉄壁の装甲さえ対処できればMS相手にも銃撃が通るという寸法だ。 

 レラジェは砲撃に特化しただけあり通常弾の他、さらに熱量を浴びせかけるナパーム弾、内部に衝撃を徹す徹甲弾の四種類を備えている。これらを効果的に用い、遠距離からMAを撃滅するのが厄祭戦での戦い方だった。

 

 とはいえチマチマと防御力を削ぐより、直接叩いた方が効率が良いとして後継機は開発されなかったのだが……こと部下と共に一丸となって戦うイオクにはもってこいの機体だった。一人では勝てずとも、仲間と連携して追い詰める。あるいは狩人のようでもあり──不死鳥狩りとも呼ぶべき戦い方だった。

 

 ばら撒かれる散弾を相手にフェニクスの防御力がジリジリと削られていく。しかも人並み以上の操縦技術を手にしたイオクと、元よりそれなりの腕前を持つ部下たちが揃って遠距離から波状攻撃に徹しているのだ。いくらフェニクスの過剰搭載火力といえども簡単には決定打を与えられない。

 

『随分と本気ですねぇ……まさかここまで化けるとは正直思ってもいませんでした。そんなにジゼルが憎いですか?』

『知れたことを……! この身は既に復讐者、私を庇って散った部下のためにも貴様だけは生かしておけん!』

『そうですか。まあ別に、どうせ死ぬ相手なんですしどうでも良いですけど』

 

 真に散っていった部下を思うなら、前線で命を懸けることこそ愚策では──と指摘しようとして、ジゼルは敢えて口を噤んだ。それを言って冷や水を浴びせてもつまらないし、愚直に真っすぐな人物だからこれだけ多くの人間を従わせられるのだろう。その点は素直に評価できた。

 だがそれとこれとは話が別だ。殺せるなら殺させてもらうし、既に捉えている。

 

『まずは一つ──』

『なっ、このッ!』

 

 フェニクスに急接近され離脱しようとしたグレイズの足にテイルブレードのワイヤーが絡みつく。強引にフェニクスの下へと引き寄せられたグレイズのコクピットに、パイルバンカーを仕込んだ膝蹴りが炸裂した。

 

『イオク様、ご武運を──』

 

 それ以上の言葉を遺すこと無く、的確にコクピットごと人命が潰された。ついにこの戦いで初の犠牲者が生まれ、ジゼルがさらに調子を上げる。それに比例するようにイオクは怒りの炎をいっそう燃やすのだ。

 

『貴様は……ッ! 人の命を何だと思っているのだ!?』

『殺して良い命と、殺すべきでない命。それじゃ駄目ですかね?』

『ふざけるなァ! 貴様のような怪物はやはり、その存在からして許されない!』

 

 これは戦いで、誰かが死ぬことはあるだろう。イオクも部下たちもそれは先刻承知している。

 だけどだ。だからといって殺人狂の楽しみになってやる道理もない。こんな人を外れた存在はあってはならないという想いをより強くして、鏖殺の不死鳥を追い詰めるべく気炎を上げた。

 数が減ってしまおうがイオクたちのやることは変わらない。数の優位を頼みにフェニクスを囲み、遠距離から機動力ごと封殺してしまう戦い方を徹底する。レラジェの特殊な戦法もあって間違いなく戦況はイオクたちに有利だ。その証拠にフェニクスの装甲は所々色が剥げ、銃撃だろうと有効打を与えられるようになっているはずなのに──

 

『二つ、それから三つですかね』

 

 情け容赦なくフェニクスは命を摘み取っていく。ほんの少し薄くなった弾幕を錐揉みに掻い潜り、片手に構えた長刀をレギンレイズへとぶん投げた。飛来した長刀に不意を突かれたその隙にフェニクスが強襲、左手の小盾から出てきた金の剣でコクピットを一閃する。

 ついでとばかりに援護に入ったグレイズもテイルブレードで黙らせ、瞬く間に二機のMSが戦闘不能になって宇宙に漂った。これで残りは十二、気が付けばジリジリと追い込まれ始めているのはイオクたちの方だった。

 

『どうして……このようなッ。まだ私の覚悟は足りぬというのかッ!』

 

 これが鏖殺の不死鳥、これが悪辣なるジゼルだった。

 正しい思想を抱いているのはイオクたちだろう。戦い方も、仲間への想いも、全て全て正道なのはイオクたち。なのに結果はご覧の有様、ただ一機だけのフェニクス相手にじわじわと殺されていくのが現実だ。

 不条理としか言い表せない実状を前にイオクが臍を嚙む。逆にジゼルは自らの手で誰かを殺すことに喜びを感じる──否、感じてしまうのだ。

 

「それで構わないと、思ったはずなんですけどね……ままならないものです」

 

 自嘲気味にジゼルは呟いた。彼女にとって何より優先するべきは自分の幸福で、たまたま一番幸せを感じられるのが殺人だったというだけの話。ならば矯正できる余地もあるかと考えたが……あいにくと、今も胸の中に広がる高揚感を鑑みるに不可能なようだ。

 

 お前には決して、まともな終わりなど来ないだろう! 満たされぬ飢えにいつまでも苛まれ続ける──それがお前の末路だ!

 

 ──かつて誰かに言われたことを、ふと思い出してしまった。

 

 この戦いの前、オルガはジゼルの事を”実は普通ではないか?”と評した。けれど結局、誰よりもまずジゼル自身が自らの異常性を弁えているのだ。彼がどれだけ真正面から業に向き合ってくれたとしても、もはやマトモに戻る望みは薄いのだと、本人が一番よく理解している。

 

「……ウジウジと迷っても仕方ないですね。せめて殺してから考えましょうか」

 

 だからバッサリと思考を切り上げ、目の前の敵を撃滅することに集中する。まずは殺してから考える、話はそれからだと言い聞かせるように。

 ……そう、決して弱気に駆られてしまった訳ではない。いつか、自分の中の最後の一線すら越えてしまうのではないかという恐怖に、ほんの一瞬でも囚われた訳では断じてないのだ。

 その証拠に身体は正直だった。殺人という昏い愉悦を求めて意識せずともフェニクスを駆り続ける。また一人、それから二人、三人と順調にキルスコアを重ねていく。どうであれ天性の殺しの才覚は本物であり、それ以外など不要とばかりに鉄火の中を羽ばたいた。

 

 一方で堪らないのはイオクの方だ。当初は不死鳥狩りに十五人で臨んでいたはずなのに、気が付けば半分以下にまでやられていた。どれだけ心の変容、部下との繋がりがあろうとも、それだけでは決して届かない高みをまざまざと見せつけられている。心が段々と絶望へ傾き始めているのが、いやおうなしに分かった。

 

「私の力が、覚悟が、足りぬのか……? 怒りも屈辱も憎悪も何もかもをひっくるめてなお、私は部下の仇一つ討てずに終わるというのか!?」

『イオク様、こうなればもはや撤退を──グアァァァッ!』

「おい、どうした、返事をしろ! クソォッ!」

 

 また一人、尊い命が宇宙の闇へと散っていった。本当にこれで良かったのか? こんな私怨にかまけて部下の命まで道連れにする道理が本当にあったのか? 少しづつ鎌首をもたげた疑惑の念がむくむくとイオクの中で育っていく。

 マトモに考えてしまえば足を止めてしまいそうだった。これ以上の犠牲は無用として逃げの一手を打ってしまいそうで、けれどそれだけは出来ないと誓った。第一逃げたところで不死鳥には追い付かれるのが関の山だ。

 

「ならば私は──正気など捨ててやるッ! 皆、すまない! 不甲斐ない私を笑ってくれて構わない!」

『イオク様、何を──』

 

 人のままでは怪物を殺せないというのなら。もはや人である必要すらない。何より恐ろしいのはこの場で復讐すら果たせず、全てが犬死で終わってしまうことなのだから。目の前のフェニクスを打倒できるなら、それこそ”悪魔の契約”だって喜んで結んでみせる。 

 その心に呼応するかのように、コクピットが赤く染まる。レラジェの瞳も同様に深紅へと変わり、その動きが目に見えて鋭く素早くなった。イオクは知る由もないが──ガンダム・フレームのリミッターが外れたのだ。

 

『部下たちが流した涙を拭えるなら、私は喜んで人間など捨ててやるッ!』

『これは……!』

 

 初めて、ジゼルが分かるように動揺した。対MA戦のために設定された最大出力、それがイオクの激情に呼応して目覚めたのだ。阿頼耶識システムは人機一体を体現するもの、故にあり得ない話ではないのだが、ジゼルにとってもそれは未知数の覚醒だった。

 途轍もない速度で闇を切り裂き、両手の砲と背中のカノンでフェニクスを狙い撃ちにする。これまでサポートに徹していた機体からの砲撃は今度こそフェニクスに追いつき、とうとう背部の大型ブースターに着弾した。パージされた直後に爆発、搭載されていた電磁投射砲と滑腔砲が運命を共にする。

 

『やらせるかァァァッ!』

 

 さらにはまさにトドメを刺されんばかりだったレギンレイズの間に割って入り、咄嗟に長距離大口径砲をねじ込んだ。砲の爆発に紛れてバトルアックスを振るうもフェニクスはすぐに後退、追撃するようにイオクは砲を乱射する。

 

『大丈夫か!?』

『私は問題ありません! しかし機体の方がもう……』

『ならば無理はするな、ここから撤退して構わん。今は私に任せろ!』

 

 かつてのイオクを知る者ならきっと目を疑ったことだろう。あの鏖殺の不死鳥を前に、半歩後ろを必死に喰らいつく彼の姿など考えられもしなかった。それだけ劇的な変化にジゼルもまた少なからず驚愕していたのだ。

 

『人は変われると言いますが……そんなに部下の方たちが大事でしたか』

『貴様には分からぬだろうがなぁ! たった一つの想いに身を焦がし、そして貫ける心の強さが如何なるものか!』

『そんなの──』

 

 瞬間、ジゼルの脳裏に様々な場面がフラッシュバックした。

 初めて殺した時のこと、殺人欲求を必死に抑え込んでいた頃、アグニカの下で戦ってた思い出、鉄華団として働いた記憶が、一斉に溢れて流れていく。

 いつだって彼女は自分の欲求に正直だった。どれだけ他の一つに身をやつしてみようとも、ただ一つの持って生まれた情念が肥大するだけだったから。強い想いで何かを成し遂げようとすることが、ついぞ出来なかったから。

 

 ──最強というのは、目指すものじゃない。強い想いで何かを成し遂げた時、気がつけば至っている頂だ。

 

『あなたなんかに、(わたくし)の何が分かるというのですかッ!』

 

 例え復讐心という褒められない感情が動力源だったとしても、眼前のイオクが羨ましくて仕方なかった。

 殺人欲求とはやりたい事、好きな事でしかなく、いうなれば絶対に成し遂げたい事柄ではないのだ。我慢できるか出来ないかは別として、貫くべき誇りでも断じてない。

 そうだ、ジゼルに誇りは無い。代わりに人として恩には必ず報いるという信念を持っているが、これとて自らを戒める最後の一線に過ぎない。何かを成し遂げたくても、結局全ては殺人への快楽に繋がってしまうのだ。

 

 こうありたい、これは成し遂げたい、これだけは譲れない──そんな強く頑なな感情とはついぞ無縁だったと、ここに来て初めて自覚した。

 

『イライラしてきました……あなただけは絶対に殺してみせますよ』

『やれるものならやってみるがいい。その前にこの私が引導を渡してくれよう!』

 

 もはや欲求も快楽も関係なかった。自らに無い強さを持ち、そして追い詰めてくる眼前の敵が憎らしくて仕方ない。その輝き全てを踏み躙り穢してやりたくてたまらない。ジゼルは初めて、怒りのままにフェニクスの操縦桿を握り締めたのだ。

 かつてない程に荒れた心でもやはりジゼルの強さは驚異的である。ブースターを失くし身軽となった機体で変幻自在に攻め込み、引いて、殺戮する。イオクの急成長も大したものだが、それでも不死鳥が殺して回るのを全て止めることは出来なかったほど圧倒的である。

 

『残り三つ……! さぁ、いい加減あなたにこそ引導を渡してあげましょう』

 

 弾切れを起こした機関銃と左脚部ミサイルポッドを放り棄て、カノンブレードと長刀の二刀流で敵手へと向き直る。残りはイオクの乗るレラジェとグレイズ、レギンレイズが一機ずつだ。不死鳥を前にもはや風前の灯火であるいうのに、イオクたちの心は少しも怯んでいなかった。

 

『もはやこれまで……などとは言わぬ! 例え最後の一人になろうと抗ってみせるまで!』

 

 既に遠距離からの飽和攻撃は意味をなさないと悟り、イオクたち三名は武器を近接用のものへと切り替えた。イオクだけは右手にバトルアックス、左手に砲というアンバランスな構えである。

 まずはフェニクスが先手を奪い急加速、それを受け止めたレギンレイズをグレイズがすかさずフォローに入る。けれどテイルブレードに阻まれ思うように近づけない。しかし更にその背後からイオクが狙撃、塗料が剥がれ脆くなっていた肩装甲が吹き飛んだ。

 だからどうしたとフェニクスが更に一歩踏み込む。力でレギンレイズを押し切りブースターを潰した。本当なら迷わずコクピットを狙うのだろうが、今のジゼルはそれよりもなお殺したい相手が存在する。

 

『──このッ』

『ちぃ──!』

 

 レラジェへと突撃したフェニクスのカノンブレードをバトルアックスが迎え撃つ。火花を散らし凄絶に鍔迫り合うが、リミッターの外れたレラジェが半歩先を行っている。

 ならばと長刀を横から振りぬくも、そちらは手に持った大口径砲の砲身で強引に防がれた。ひしゃげて使い物にならなくなったが、それがどうした構わないとばかりの思い切りの良さである。

 

『貴様はかつて言ったな! 結局最後は殺すのかと!?』

『今更それが何だと言うのですか?』

『そっくりそのまま返してやろう。殺人狂の貴様は、結局最後は皆殺ししか出来ないのだと! 貴様が大切に思う人間も、嫌いな人間も、最後には殺さなければ気が済まなくなるのが定めだ!』

『それ、は……!』

 

 ほんのわずかにジゼルが動揺し、太刀筋がブレた。背後から襲い掛かるテイルブレードも狙いを外しレラジェの右足を捥ぐにとどまってしまう。

 その隙を見逃さずにイオクは一気にフェニクスを前方へと弾いた。慣性に揺さぶられフェニクスが数瞬だけ無防備になる。即座に特殊試製マルチカノンを構え、残った最後の部下たちへと叫んだ。

 

『今だ、撃て!』

 

 これが不死鳥を殺す最初にして最後の機会だ。千載一遇のチャンスをモノにすべく、コクピット目掛けて照準を合わせる。所々ナノラミネート塗料も剥がれている今、あたれば確実に機体を貫くことだろう。

 

『これでぇ!』

 

 カノンと機関銃が十字砲火(クロスファイア)を成した。仮に防いだとしても致命傷は免れない、そんな一撃を前に不死鳥は機敏に反応しようとして──

 

『おいおい、アンタがそこまで追い詰められるなんてらしくねぇな』

 

 横合いからやって来た白い機体が、フェニクスを射線から掻っ攫っていったのだ。

 突然の乱入者にイオクたちは勿論のこと、助けられたジゼルですら理解が追い付かなかった。その機体は鉄華団が保持するMSの獅電に似ているが、装甲は白く塗られ頭部には指揮官機らしく角が付いている。明らかに特別な立場の者が乗る想定の機体、鉄華団で王の椅子などと揶揄されていた機体の持ち主はただ一人だ。

 

『団長さん!? なんでこんな戦場のど真ん中にまで来てるんですか!?』

『よぉ、正直余計なお世話かと思ってたんだがなぁ。念のために様子を見に来て正解だったみたいだな』

 

 鉄華団団長のオルガ・イツカが、あらゆる過程も理由もすっ飛ばしてこの戦場に参上した。

 ジゼルからすれば意味が分からない。だって彼は本来後方のホタルビにでも乗って指揮を飛ばす立場のはず、まかり間違ってもこんな所まで来て良い立場ではないというのに。万が一にも撃墜されたら大変なことになってしまう。

 けれどオルガは特に気負った様子もなく、当然のように笑っていた。片目を瞑り普段の調子で語り出す。

 

『そろそろ誰かにアンタの様子を見に行かせたかったんだが、手の空いてる奴がいなくてな。ちょうど俺が一番暇してたから来ちまったって寸法だ』

『だからってこんな無茶苦茶を……いえ、その前に助けていただいてありがとうございます』

 

 本当にそんな軽い理由で来たのだろうか。らしくないとジゼルは感じたし、事実オルガもそのように思っていた。何故こんな危険を冒してまでやって来てしまったのか、ハッキリとした理由は未だ分からない。

 それでも、事実として彼は間に合い、彼女は救われた。それだけは疑いようのない真実だった。

 

『んで、さっきから通信を漏れ聞いてれば好き勝手言ってくれやがってよ。つーかそれで動揺するアンタもアンタだ、さっきも言ったがらしくねぇ』

 

 多大な呆れと少しの怒りを含んだ声が通信越しに届いてくる。ようやく動きだしたイオクたちを一緒に牽制しつつ、オルガはなおも言葉を紡いだ。

 

『面倒だから一言で済ませるが──んな中途半端なとこで足を止めんな、止まるんじゃねぇぞ!』

『でもジゼルには……何も強い気持ちがありません。いつの日か、自分の欲求に負けてあなたまで殺してしまうかも──』

『俺は鉄華団全部を未来へ、前へ連れてくって決めたんだぞ、お前一人も連れて行ってやれないでどうすんだ! それでも満足できないっていうなら、交換条件も付けてやる!』

 

 それから、少しだけ彼は眼を逸らした。まるで面と向かって言うのが気恥ずかしいといった様子だ。

 

『自分で言うのも情けねぇ話だが、俺は弱いからな。いつもミカや皆に気張ってもらって、こうやってアンタを助けられたのも奇跡みたいなもんさ。だからよ──俺がジゼルを導いてやるから、アンタが俺を守ってくれ。これでどうだ?』

『──ふふっ、当然ですよ』

 

 ジゼルの返答は軽やかだった。普段の平坦だけどふてぶてしい、そんな調子が戻っている。

 

『ジゼルは強いですからね。団長さん一人くらい、絶対に守ってみせますとも。ええ、簡単な話です』

 

 ただ殺したいから、そのために利用し合うのではなく。ただ居心地がいいから手放したくないのではなく。

 明確に心の中へ、一つの譲れない想いがカチリと嵌まり込んだのである。

 もはや胸中に微塵の怒りも羨ましさも無かった。眼前の敵だって殺したいから殺すのではなく、オルガ・イツカを一緒に狙ってくるから倒すのだ。殺すためではなく守るため。最後は結局殺すとしても、新たな気持ちに嘘偽りは欠片もない。

 

 ほんの一息で最後に残ったグレイズの足を潰し、レラジェへと肉薄する。最後の抵抗とばかりに砲撃が飛んでくるが、今の彼女は無敵だった。掠りすらせずに射線をすり抜け、ついに眼前へと到達した。

 最後の足掻きとばかりにバトルアックスが振るわれるが、そちらは長刀ごと弾かれ手元から飛んで行った。この至近距離ではマルチカノンも狙えない。

 

 イオク・クジャンはもう、丸腰だった。

 

「なるほど、これは私の負けか……」

 

 眼前に迫る巨大兵装(カノンブレード)がやけにゆっくり感じた。無念は多く、出来るならば死にたくない。けれど逃れようのない死が目の前にあるというなら、潔く散って部下の下へ逝くのが定めだ。ここまで食い下がれただけでも望外の事と喜ぼう。

 敗因はきっとジゼルという人物を見誤った事か。まさか彼女のことをこれほど大事にする人間がいるなど、露程も考えはしなかった。仲間と戦うのは自分たちだけという驕りが、知らぬ間に相手をも過小評価してしまっていたのだろう。

 

 けれどそう。だからといってただ敗北を受け入れ死ぬのはあまりに悔しいから。最後に一つ、負け惜しみを籠めた願いでもしてやろうではないか──

 

『鉄華団団長……我らの代わりに、頼んだぞ──』

 

 そしてガンダム・レラジェに剣が突き立てられ、イオク・クジャンは共に宇宙の闇へ散って逝ったのだった。

 結果だけみれば彼の復讐は失敗したのだろう。最後の最後まで不死鳥を超えることは能わず、自分もまた殺されてしまった。それだけ見れば落第点もいいところ。

 でも、オルガにだけは理解できた。面識どころか顔すらほとんど知らない相手の最期の言葉、その意味を寸分余さず理解することが出来たのだ。

 

「ああ、分かってるさ……アンタの代わりに、俺が希代の殺人鬼なんて奴は消し去ってやるからよ」

『団長さん? どうかしましたか?』

『……いいや、何でもねぇよ。さてと、帰るか』

 

 ──だからせめて、安らかに眠ってくれ。

 祈りを込めて、静かに黙禱を捧げたのだった。

 

 それから一分としない内に両艦隊から停戦信号が撃ち上がり──ここにギャラルホルンを二分する戦いはひとまず幕を下ろしたのである。

 




これにてギャラルホルン内戦は終了、残りはエピローグっぽくギャラルホルンと鉄華団のこれからをそれぞれ後1話ずつ書く予定です。
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