鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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#49 角笛のこれから

 まず結論から述べれば、ギャラルホルンという組織は大きく改編された。

 

 今より一ヶ月前に勃発した、”ギャラルホルン戦役”と名付けられた革命軍と旧体制派の戦いはトップであるマクギリスとガエリオの相討ちで終わった。けれどガエリオ自身は革命軍側のラスタル・エリオンの手に落ち、他の戦域も既に雌雄は決していた以上、旧体制派の負けは揺るがなかったのだ。

 こうして勝者はマクギリス・ファリドその人に決まり、彼は革命派の英雄としてギャラルホルンの全てを掌握したのである。

 

 手始めに革命派のトップとして立ったマクギリス・ファリドと、彼と同盟を結んだラスタル・エリオンの二者の手によってセブンスターズ制そのものが完全に廃止。勝者にして立役者たるマクギリスとラスタルすら例外でなく、これまであった数々の特権は全て消え去った。

 代わりにギャラルホルン自体はトップをマクギリスとし、その下にピラミッド状で実力主義の組織が再編される事となる。大まかな配置、人員こそ変わらないものの、コロニーや圏外圏の者も有能ならば積極的に重役に置き、地球出身の貴族だろうと立場に胡坐をかいた無能ならば容赦なく下士官へと再配置したのだ。

 この苛烈だが公平極まる采配は主に差別されてきた者達から熱烈に歓迎され、少しづつ組織の風通しは良くなってきている。中には地球出身だろうと本心からギャラルホルンの腐敗を憂いていた者たちも居て、彼らも一丸となり、一歩ずつ着実に笛吹きは本来のあり方を取り戻し始めたのである。

 

 これまでの腐り切った治安維持組織という実態にも積極的にメスが入り始めた──この事実が齎すものは、一組織の変革以上のものだろう。世界全体を監視する巨大機構の改善は確実に世界へと新たな風を吹かせるはずだ。それも、善い方向に。

 

「ま、とは言っても事はそう簡単でも無かったがな。ギャラルホルン戦役から一ヶ月、浮足立った組織を纏め直すのは骨が折れた。書類の山に会議に顔合わせにと盛りだくさんだ。そのせいでここに来るのもこんなに遅くなってしまった、すまない」

 

 そう言って黒い喪服に身を包み花を携えた男──ガエリオ・ボードウィンは苦笑してみせた。

 ここはヴィーンゴールヴの一角、ギャラルホルンの管轄となる共同墓地だ。組織に属する者の中で希望する者、あるいは引き取り手がいない場合はこの共同墓地に納められる事となっている。それは誰であれ例外ではない。

 よく舗装された地面にズラリと埋められた黒い墓石たちはそれだけで来た者を静謐な想いにさせる。死者への哀悼の念が周囲の活気さえ鎮め、厳粛さを生み出しているかのよう。

 

 だがガエリオの眼前にある墓石だけ他とは明らかに様相が異なっていた。墓石自体は変わらない。しかしその周囲には参列者の持ち寄ったであろう花々が無数に飾られ、他にもたくさんの供え物がある始末。まるで一人だけパレードでもしているかのような賑やかさだ。

 その絶妙な空気の読めなささと、死してなおこれだけ慕われる様が如何にも彼らしくて、思わずガエリオの口元もほころんでしまう。きっとそれくらいはこの墓石に眠る彼、イオク・クジャンも許してくれることだろう。

 

「せめてお前が生きていてくれればと何度思ったことか……いや、これは俺の言えた台詞じゃないな。むしろ『今更弱音を吐いてどうするのだ、ボードウィン公!』と叱られるか」

 

 旧体制派として革命軍に対抗する組織をまとめ、マクギリス・ファリドに立ち向かい、そして敗北したガエリオ。本来ならば良くてあらゆる権力を剥奪されて追放、悪ければ処刑という結果が待ち受けていたことだろう。

 だがマクギリスはそうしなかった。むしろ積極的にガエリオを上の立場に置き、自らの仕事を手伝わせたのだ。革命派の中には反対する意見も当然あったが、それは全て黙殺されてしまっている。

 この予想以上の厚遇にはきっと色々な意味があるのだろう。単純に人手が足りないという現実、自惚れでなければマクギリスからの友情、それに旧体制派も最低限尊重し無碍にはしないというアピールも含まれるはずだ。事実、他のセブンスターズ達もあくまで実力に見合った地位へと再配置されている。

 

 とはいえ額面だけ受け取れば旧体制派のトップがちゃっかり現状でも良い立場に収まっている訳で。革命派の反対意見ももちろん理解できるし、ガエリオ自身複雑な想いはある。だけど、それも含めて覚悟し選んだ道がこれなのだ。

 

「俺の我が儘でお前や、他の大勢の者達を争いに巻き込んでしまった。この罪自体は一生消えるものでは無いだろうが……けれど少しでも返せるものがあるのなら、俺はそれだけに打ち込もう。そのために俺はこうして生きているようなものなのだから」

 

 ギャラルホルン戦役の死者は規模の割に意外なほど少ない。比較的短時間で決着がついたのと、革命軍側がラスタルを筆頭に極力人死にを抑えてくれたからだ。その点には感謝してもしきれない。

 それでも死者は出ている。怪我人だけならもっと多い事だろう。その全てを最初に巻き込んだのは誰あろう、ガエリオ・ボードウィンという男なのだ。ならばその咎を一生忘れず、せめて彼らの分だけ世界をより良くさせる義務がある。

 

 そのような事をガエリオが考えていた時だった。背後から、土を踏んでやってくる足音がした。咄嗟に振り向けばそこには髭を生やした偉丈夫の姿がある。やはり、黒い喪服に花を携えていた。

 

「……エリオン公」

「久しいな、ヴィダール。いや、今はガエリオ・ボードウィンだったな」

 

 共にマクギリスの敵として手を組み、そして紆余曲折の末に敵として戦った相手だった。けれどラスタルとガエリオの間にドロドロとした因縁は少しも無い。故に互いに悪感情を出す事も無く、むしろ好意的に挨拶すら交わしていた。

 ラスタルは持っていた花を墓前に手向けると、静かに黙禱を捧げた。それをガエリオが背後で見守ること十秒弱、ラスタルが瞼を開き向き直る。

 

「手塩にかけて育てようとした真っすぐな若者を早逝させ、私のような悪辣な大人が生き残るとはな……なんともままならない世界なものだ」

「いや、それはあなたの責ではなく──」

「確かに殺したのは鉄華団の鏖殺の不死鳥だし、開戦の発端を作ったのもお前かもしれない。そして自ら選んだ道に殉じたのはイオクだ。けれど、結局私も同じ穴の狢なのさ。お前とマクギリスの決着を、そしてギャラルホルンの改革という理想の未来を見たいと身勝手にも願った。果てがイオク・クジャンの死だというのなら……」

 

 彼にしては珍しく、後悔するようにそっと目を伏せた。この豪快で老獪な男がこのような姿を見せるなど、ガエリオは思いもしなかった。彼もまた、イオクの死には感じるものがあるらしい。

 

「お前一人が全ての責を感じる必要はない。無いとは言わぬが、それは私とマクギリスも同じく背負うべきものだ。そして元を正せばこのギャラルホルンの腐敗こそすべての因、誰にだって責任はあるし、誰にも罪を押し付けることはできん」

「けれど結果は変わらない。俺はつまらぬ私怨で大それたことをしたし、混乱と流血を招いた。それ自体は──」

「勘違いするな、ガエリオよ。事実は逆だ、()()()()()()()()()()()()()()()犠牲は少なくて済んだのだ。もし私なりのやり方で改革を目指したり、マクギリスが一気呵成に改革を進めようとしたならば、もっと時間は掛かり流れた血も多かったことだろう」

 

 ラスタルは目的のために手段を選ばない。必要ならば戦争一つ起こし、血みどろの出血を起こすのも厭わない側面がある。そんな彼の行う改革は、決して派手さは無くとも静かに犠牲は増えてくはずだ。

 マクギリスはマクギリスで動きが早く、それ故に大きな反発も起こりやすい。仮に彼個人で革命を成功させたとしても、旧体制派の反発に合い一ヶ月という短期間ではとてもギャラルホルンを掌握しきれなかっただろう。そこから泥沼の改革戦争になる可能性も低くない。

 かといって何も行動を起こさなければ、ギャラルホルンの横暴が蔓延するだけである。搾取される者たちの嘆きは止まらず、いつかはもっと大変な事態にまで発展していたかもしれない。

 

 だからこうして決着をつけられたことに意味があるのだ。もっとも犠牲を少なくでき、かつ白黒分かりやすい結果を突きつけ迅速に組織を改編できた。たとえ結果論であったとしても、最善の次くらいには良い方法になったといえるのだ。

 

「胸を張れとは言うまい。お前の持つ罪悪感は大切なもので、忘れてはならないものだ。しかしお前のおかげで流れなかった血もあり、そしてその罪は私もまた等しく背負うものだ。その事実まで忘れるなよ」

「そうか……礼を言わせてほしい、エリオン公。あなたのおかげで、少しばかり気が楽になったよ」

「ならば良いさ。迷える者を導くのは先達の務めだ」

 

 何故、アリアンロッドにおいてラスタルが強く慕われているのか。どうしてマクギリスの策略に嵌まり、自らの不正が暴かれてなお、彼が総司令の座まで剥奪されなかったのか。

 

 ──その一端、善悪を合わせ持つ男の懐の大きさを確かに垣間見た気がした。

 

「さてと、説教臭い話はこの程度にしておくか。まだ訪れる場所があるのだろう?」

「ああ、その通りだよ」

 

 既にイオクの墓前には花を添えたが、まだ二つガエリオの手元には残っている。次はそちらを訪れるつもりだった。

 

「ではエリオン公、すまないが失礼させてもらう」

「うむ、しっかりと自分の心にケジメを付けてくるといい」

 

 それから、ラスタルが茶目っ気を含んだ笑みを浮かべた。髭面の割に愛嬌のある笑顔だ。

 

「もう少しギャラルホルンが落ち着いたら、共に肉でも食いに行こう。こっちに一人大食いがいてな、見ていて飽きんぞ」

「ははは、誰のことかは想像がつくが……そうだな、マクギリスでも誘ってご相伴に預かるとするよ」

「くくっ、私の焼く肉は美味いぞ」

「エリオン公手ずからの焼肉とは、楽しみだ」

 

 二人して軽く笑いあってから、最後にガエリオはイオクの墓へと向き直った。伝えたかった言葉、告げたい言葉はたくさんあるが、今の気持ちをシンプルに表すならば──

 

「短い時間だったが、お前と共に戦えたのは俺の誇りだ。ありがとう、イオク・クジャン」

 

 そしてガエリオは、背を向けると静かに歩き出した。

 

 ◇

 

 墓地の片隅にひっそりと存在するその墓は、先の賑やかなそれとはまるで正反対の閑散としたものだった。

 いくらなんでもあまりに寂れた墓石は、それだけ弔いに来る者の少なさを物語っている。刻まれた名前は風雨で掠れ、土汚れや木の葉が好き放題に積もっている程だ。

 そんな墓の惨状に顔を顰めたガエリオは、ひとまず素手で払えるだけ汚れを払った。まだまだ汚れは多いが、それでも少しはマシになった墓にそっと花を置いて黙禱する。

 

「お前には、本来ならば二年前に会いに来るべきだったのかもな……それを俺の我が儘でつい先日まで付き合ってくれた感謝は、言葉にしてもしきれない」

 

 アイン・ダルトン。それがこの墓石に眠る男の名前だった。

 二年前、完全な阿頼耶識システムの実験台として投入された彼は、鉄華団の悪魔(バルバトス)によって打倒された。そのうえ暴走していた彼はギャラルホルンの腐った実状を示す生き証人とされ、いわば大罪人も同然の扱いを被ったのだ。

 荒れ果てた墓の惨状もそういった背景があるのだろう。好きこのんで大罪人とされる人物の墓に訪れる者など、これまでほとんどいなかった。

 

 だがこの事実には裏がある。アインが阿頼耶識システムに縋る他ない身体になったのは偶然の成り行きだが、それすら利用してギャラルホルンの不正を糾弾させたのは他でもない、マクギリス・ファリドその人である。

 かつてのガエリオはこの事実に怒り狂った。例え親友といえど、上官の仇を討つために戦う男の誇りを汚すことは許さないと。暴走する感情のままマクギリスに挑み、そして敗れ去ったのだ。

 

 あれから二年。ヴィダールとして仮面を被り、仮面を脱いでマクギリスと対峙し、そして最後は友として立ち向かった。この道程全て、死したアインの力が無ければ踏破できぬ険しい道だったのは明らかだ。

 

「だが死者に鞭打ってまで利用したのは俺の落ち度だ。お前はもしかしたら……いや、きっと許してくれるのだろう。しかし俺のケジメとして、まずは謝らせてくれ」

 

 今もガエリオの内部にあり、彼が下半身を動かせている要因たる阿頼耶識TypeE。その力の源はアインの脳を利用した恐るべきシステムだった。

 

 マクギリスとの決戦の後、阿頼耶識TypeEに用いられていたアインの脳は焼き切れてしまっていた。限界を超えた酷使に彼の脳が耐えきれなかったのだろう。そしてようやく彼は完全にこの世を去り、真実この墓の下へと葬られたのである。

 非人道的な扱いだろう。ガエリオとて何度も迷った。けれどマクギリスに追いつくためにはこの力が不可欠と断じ、手を伸ばしたのだ。何より、アインの遺志を継いで彼の無念を晴らしたかった。

 けれどそれすら達成できなかったと知ればさしものアインも怒るだろうか。最後には部下を利用された怒りより、自らの怒りと友情を優先してしまった。当初の目的よりも大きく離れた結果となったのだ。

 

「俺はお前を利用した男との友情を、結局捨てることが出来なかった。敵討ちすらしてやれず、ただ利用してしまったことは本当にすまないと思う。けれどこれだけは言わせてくれ」

 

 死者は黙して語らない。それでも、ガエリオの言葉は止まらなかった。

 

「俺はこの選択を後悔していない。いくらお前に恨まれようと、それだけは譲れないんだ。だからもう一度言わせてくれ──俺をここまで連れて来てくれて、本当に感謝している」

 

 果たしてこの言葉は天へと届いたのだろうか。伝えたいことを言い切ったガエリオは静かに天を仰いだ。抜けるように青い青い空、雲一つない快晴だった。

 もう一度だけ黙禱してから、ガエリオはアインの墓に背を向けた。ちょうどその時、柔らかく穏やかな風が吹く。背中をそっと押すように吹いたその風にガエリオは一瞬だけ泣き出しそうになり──

 

「ではな、アイン。今度こそ本当に、安らかに眠ってくれ」

 

 最後の決着をつけるべく、その場を後にした。

 

 ◇

 

 ガエリオがその場所についたとき、待ち合わせの相手は既に来ていた。やはり場に相応しい黒い服装を身に纏い、花を携え無言で佇んでいる。その男はガエリオが到着したのに気が付いたのか、ゆっくりと視線を寄越してきた。

 

「……ガエリオか」

「ああ、遅れてすまないな」

「いや、構わんさ。私の方が早く来すぎただけだ」

 

 いつも通りのやり取りだった。まるで昔に戻ったように錯覚するが、そんなことはあり得ない。その証拠が目の前にあるのだから。

 そうしてガエリオとマクギリスは、一つの墓石の前に並んで立ったのである。栗鼠(りす)の家紋が彫られたそれは、イシュー家ゆかりの墓だと如実に語っていた。

 

 二人にとって共通の幼馴染であり友人──カルタ・イシューの眠る場所である。

 

 どちらともなく墓前に花を添え、無言のまま黙禱を捧げた。それから、おもむろにガエリオが口を開いた。

 

「さっき、アインの墓を訪ねてきた。覚えているだろう、革命の布石としてお前が利用した男だ」

「ああ、もちろんだとも。忘れるはずがない」

「そしてカルタもまた、お前の手によって謀殺されたも同然だ……本音を言えば、お前を見た途端に殴りかかってしまうのではと思ってたさ」

 

 けれど、そうはならなかった。こうして滔々と語るガエリオの言葉に激情の気配は欠片もない。

 

「どうしてだろうな……怒りを忘れた訳じゃないが、ここに来た途端すっかりそんな気も失せた。いや、カルタの前でそんな姿を見せられないと思ったのかもしれないな」 

「お前らしい言い草だ。……私は拳の一つ二つ、覚悟してここに来たのだがね」

「素直に受けてくれるような奴じゃないだろ、お前はさ」

「いいや、これは紛れもない本心だよ」

 

 常のマクギリスからは考えられないような態度だった。らしくもない姿が語っているのは後悔なのだろうか。負い目を感じているらしいのは間違いなく、そしてカルタの死を悼んでいるのも本心のようだった。

 

「私は──いや、俺は、もっとお前やカルタを信じてみればよかったのだな。胸の中で燃え盛る怒りを絶対と疑わずに突き進み、大切だったはずの人間を自らの手で突き放してしまった。我ながら愚かなものだ……」

「……お前の境遇も普通じゃないから、一概に責めることは俺にも出来ない。だけどその通りさマクギリス。あの跳ねっ返りなカルタが、お前に相談されて無碍にすると思うか? それこそ天地がひっくり返ったってありえない話さ」

 

 もしそんなことになったらガエリオは現実を疑う用意がある。それくらいカルタの性格は分かりやすいものだった。

 マクギリスに恋をし、彼の憧れてくれる自分であろうと努力していた。多少オーバーな所はあれ、紛れもない善良な人物だったのは確かだろう。彼女は二人の、よき友であったのだ。

 なればこそ、そんな人物を間接的にだろうと殺したマクギリスの悪行は筆舌に尽くしがたい。今際の時まで彼を想っていた彼女の姿を思い出しただけで、ガエリオの心に怒りの炎が燃え盛る。

 

 けれど、それも呑み込んでこの友情を貫くと決めたのだ。怒りは決して忘れず、しかし囚われることはしない。マクギリスという怒りの体現者と対峙し、そして立ち向かったガエリオの得た答えがそれだった。

 

「なぁガエリオ、こういうとき、俺は何と声を掛ければ良いのだろうか……自分で殺したも同然な相手の墓に訪れるなど考えもしなかった」

「そんなの決まってるだろう。まずは謝って、それからカルタに誓ってみせればいい。謝ってすむことじゃないのは百も承知だが、それでも人としての礼儀だ」

「ふっ……それもそうだな」

 

 初めてマクギリスが唇に笑みを浮かべた。片膝をついてそっと手のひらを墓石に合わせる。

 

「君の想いを無為だと遠ざけ、その命を奪ってしまった事をここに詫びさせてくれ。そして高潔な君に私が憧れたように、君が慕ってくれたマクギリス・ファリドであり続けることを誓おう。それを以って俺からの償いとさせてほしい」

 

 きっとこれほどまでに本心をさらけ出したことなど、マクギリスの人生でも数えるほどしか無いだろう。ましてや心から誰かのために頭を下げ、そして誓うなど皆無だったはず。

 けれど、マクギリスもまた変わった。変われたのだ。アグニカへの執着を断ち切り、友と向き合い、そして友情を改めて噛み締めた。ゆえに今の彼が存在する。

 

 その光景を複雑な表情で見守っていたガエリオは、一つ大きな深呼吸をした。そして次の瞬間には微かな笑みを浮かべている。

 

「これで本当に、二年前から続くすべてに決着がついたんだな……今の誓いを忘れるなよマクギリス。もし背くようなことがあれば、今度こそ俺がお前を殺しにいってやる」

「そうはならないさガエリオ。俺とて一度口にした言葉をそう易々と曲げる気はないとも。カルタと、そしてこんな俺を友だと言ってくれたお前に恥じない自分でありたいと思う」

「全く……ズルい奴だよ。お前みたいな優秀な奴が隣にいると俺の気も休まらないのに、まだ精進しようとする」

 

 だけどその言葉が嬉しく、また誇らしかった。この強情な友にようやくそれだけの事を言わせることができたのだ。これまでの苦労が全て報われる思いである。

 最後にもう一度だけカルタへと黙禱を捧げてから、二人はゆっくりと歩き出した。しばしの無言が続くが、不意にマクギリスが口を開く。

 

「ここしばらく忙しくて会えなかったが、アルミリア嬢の様子はどうだ? 決戦前に色々と言われてしまったが──」

「全部聞いたさ。お前が大真面目なのか大馬鹿なのか本気で分からなくなったが、まあアレだ。お前のことが気になって仕方ない様子だから、早く会いに行ってやってくれ」

 

 冗談めかして伝えてやれば、マクギリスは困ったように肩を竦めた。

 

「お前と仲直りしなければ会いませんと言われてしまったからな。その証明のため、付き添ってもらえるとありがたい」

「ま、それくらいなら構わないさ。どのみち今のままボードウィン家に足を踏み入れたが最後、父の方が殴りかかってくるだろうしな」

「……やはり、ボードウィン卿はお冠か」

「当たり前だろう、むしろどうして平気だと思った? 温厚な父があそこまで怒っていたところなどこれまで見た事がない」

「なるほど、それは怖いな」

「正直言えば俺も怖いさ。まあ仕方ない、お前というよりはアルミリアの為にも、ここはどうにか間を取り持ってみるとしよう」

「ほう、それは助かる。持つべきものは友、とはこういうことか」

「茶化すなよ。だけど一つ訊かせてくれ。お前が俺を殺そうとした二年前のあの日、アルミリアの幸せは保証しようと言ったな? あの真意は──」

 

 一転して鋭い口調で問い詰めたガエリオに、マクギリスもまた逃げることなく彼を見据えた。曇りのない碧色の瞳には悪意を微塵も感じられない。

 

「当然、そのままの意味だ。私個人の思惑は別として、一人の男として彼女は幸せにしてみせると決めていた。例えお前との関係がどうなっていたとしても、あの言葉に嘘はないさ」

「そんなものは偽りの幸せだ……とは、もはや言えんな。いいさ、今のお前からそれだけ聞ければ十分だ」

 

 晴れ渡る青空のように痛快な気持ちだった。もはや憂いは何もないとばかりにガエリオは上機嫌である。

 

「これからも頼むぞ、親友(マクギリス)

「より良い未来を目指すため、当てにしているぞ親友(ガエリオ)

 

 これから先、まだまだ多くの困難があるだろう。乗り越えなければいけない壁も数多い。革命の英雄となったマクギリスと、それを助けるガエリオに求められることは星のようにある。

 それでも──二人がともに歩む限り、きっと難しいことではないのだろう。


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