鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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#5 鉄華団

 乾いた銃声が一つ、狭い室内に響き渡った。

 

「団長さん、この人は殺して良いんですよね?」

「そういうのは撃つ前に訊けって……だが、そうだな、コイツは殺していいやつだ」

 

 ワインレッドのスーツを着込んだ青年と、学生服に似た装いの少女がいた。どちらもソファに腰かけ、まるで世間話でもするかのように恐ろしい会話を交わしている。少女の手には硝煙を燻ぶらせる拳銃が握られているから、先の銃声は彼女が発砲した時のものだろう。

 その真逆に、足を撃ちぬかれた痛みで呻いているのは年老いた男性であった。青年らと向かい合って座る彼は顔面を蒼白にさせて、今にも世界が終わりそうな悲痛な顔で青年へと命乞いをする。

 

「ま、待て、助けてくれ……! 君たちには悪いことをしたと思っている、だから──」

「何言ってやがる。今更んな命乞い通るとでも思ってんのか、アンタ?」

 

 とても若輩とは思えない威圧感を発する青年──オルガ・イツカは老人を睨みつけた。それだけで蛇に睨まれた蛙のように、老人は声を失ってしまう。

 

「合計三十二人、何の数字か分かるか?」

「は……?」

「お前が襲わせたアドモス商会の採掘プラントで死んだ人間の数だ。なんの罪も謂れもねぇ一般人をこんだけ殺しといて、自分は助けてもらえるたぁお笑い種だな」

「そ、それは、その……」

「しかもその動機が『若輩者たちの会社に年長の自分が追い越されるのが悔しかったから』とは、とんだ糞野郎じゃねぇか。アンタ、会社の経営なんて向いてなかったんじゃないのか?」

「……この、言わせておけば!」

 

 蒼白だった顔面を怒りで紅潮させた老人は、素早く右手を懐に入れようとして──乾いた銃声が、また一つ響いた。

 正確に狙い打たれたのは右手の甲、そのせいで老人は手に取ろうとした銃を反射的に取り落としてしまう。

 

「いい仕事だなジゼル。こうなるって読んでたのか?」

「はい。この手の人間は、油断させて一矢報いるのが常套手段ですので」

 

 微かに楽し気にしながら、ジゼルは老人が取り落とした銃を回収した。これで本当に老人は丸腰で、さっきまで赤かった顔は先ほど以上に蒼白となってしまっている。もはやどうしようもない、ただの弱者に過ぎなくなったのだ。

 

「さてと、それじゃあアンタには死んで落とし前をつけてもらうとするか」

「か、考えなおせ! わしを殺せば殺人になるんだぞ! そんなこと、ギャラルホルンが黙っているわけ──」

「おいおい、俺らが何の対策も無しにここに来るとでも? んなこた当然織り込み済みだ。大変だったんだぜ、ギャラルホルンに恩を売っておくのは。おかげで海賊団を二つも潰す羽目になっちまった」

「なぁ……!?」

 

 もはや逆転の目は万に一つもないと悟ってしまい、いよいよ老人の顔に絶望が浮かぶ。それでも何とか生にしがみつこうと涙を流して、みっともなく命乞いを繰り返す。

 その滑稽で無様な姿を見てオルガの胸中に浮かんだのは、なんとも言えない胸糞の悪さだけ。受けて当然の報いと思う一方で、哀れを催す老人を見て笑うこともできなかったのだ。

 

「因果応報って言えばその通りなんだがな……」

「団長さん?」

「いや、何でもねぇ。そんじゃ、三か月分の()()()()の締めくくりだ。コイツの事はアンタの好きにしてくれて構わねぇよ」

「ありがとうございます。後片付けの心配もせずに好きなだけ殺せるなんて、本当にここは良い職場ですね」

「……そうかい。じゃ、終わったら呼んでくれ」

 

 ソファから立ち上がり、出口へと歩いていく。背中からはさらに死に物狂いで助けを希う老人の声が追いかけてきたが、オルガは一切歩みを止めなかった。止まってしまえば、きっと同情してしまうから。

 聞こえてくるのだ。少女の皮を被った悪魔の、純粋で恐ろしい悪意の言葉が。間違いなく笑っているのだろう。その様子がありありと思い浮かんでしまうのだ。

 

「では、あなたが積み上げた全てを破壊させてくださいね。大丈夫、すぐに終わりますよ」

「やめろ、止めろ、止めてくれ……! 嫌だ、わしは死にたくない、こんなところで終わりたくない……!」

 

 ──それら全てを振り払うように、オルガは部屋の扉を閉めた。

 

 ◇

 

 問題児という表現すら生温い異端児、ジゼル・アルムフェルト。彼女が鉄華団に加入してから、既に三か月が経過していた。驚くほどにマイペースな性格と猟奇的な嗜好を持つ彼女ではあるが、事情を知る大方の予想に反して至極真面目に業務に取り組んでいる。

 

「ジゼルさん、この書類の審査お願いします」

「分かりました」

「すみません、こっちの会計報告なんですが、数字が合っているか確認してもらえますか?」

「了解です」

「模擬戦の相手なんですけど、ちょうど三日月さん達が空いてないので代役を──」

「任せてください」

 

 鉄華団に加入して最初の数日は研修を受けつつ現代知識を吸収したジゼルは、それ以降新入りとは思えない程に忙しい日々を送っていた。

 朝から昼にかけて書類仕事を片付け、夕方までは事務仕事全般の手伝いを任され、夜は一人で鍛錬にいそしみ、貴重な休み時間すら日によってはMS隊の訓練相手として引っ張り出される毎日だ。

 そんな殺人的な仕事量をこなすこと実に三か月、誰もが『新入りにやらせる仕事量じゃないだろ』と感じていたのだが、ジゼルは何一つ文句をこぼさず淡々と業務をこなしているのだった。

 

「真面目っつうか、ありゃちょいと働きすぎじゃないのか? 事務仕事とは言えほとんど働き詰めじゃねぇか」

 

 コーンミールで出来た粥にスプーンを突っ込みながら、実働一番隊隊長ノルバ・シノはそう評価した。明るく楽天的な性格の彼は鉄華団のムードメーカーであり、また面倒見も良いため案外と団員の様子をよく見ている。今の言葉も、そんな彼だからこそ漏れたものだろう。

 

「仕方ないだろ、鉄華団の事務担当はまだ片手で足りる人数しか居ねぇんだから。デクスターさんやメリビットさん、それに認めたかねぇがジゼルが死ぬ気で業務回してくれてるから何とかなってるだけだ。地球支部だって出来た以上、これまでより遥かにのしかかる負担はでけぇ」

 

 シノと向き合い遅めの晩飯に手を付けているのは、鉄華団副団長のユージンであった。彼は憂鬱そうにスープをすすると、重いため息をついてしまう。

 

 夕食を食べるには少しばかり遅い時間、広い食堂にはユージンとシノの二人の他には誰の影もなかった。だが厨房の方からは水を流す音が聞こえてきているから、きっと食事係のアトラはまだ残っているのだろう。

 どうしてこの二人がこうも遅い時間に夕食をとっているかといえば、単純にやるべき業務が多いからに他ならない。急激に成長した鉄華団でそれなり以上の立場にある彼らは、他の者よりこなすべき責務は多岐に渡るのだ。

 

「肝心要のオルガはやっと社長として一端になってきたところだし、俺は悔しいがまだまだ勉強中だ。そんな中でそれなりに基礎の出来てる奴がポンと事務に入れば、そりゃあ重宝されもする」

「そういうもんか」

「そういうもんだよ。ったく、あれでもうちょいマシな人間性なら手放しで喜べたんだがなぁ……」

 

 認めるのは癪だが、確かにリスクを負ってまで雇っただけの価値をジゼルは示している。それだけに苦々しく呟くユージン。彼の脳裏には、三か月も前の臨時面接の印象がことさら強く焼き付いているのだ。

 自らの異常性を告白した際のうっとりとした笑み、傍から見れば美しいその表情の裏には抑えきれない醜悪な願望が潜んでいて──

 

「なんだったか、人殺しが好きとか言ったんだよなぁ? あんな虫も殺せなさそうなお嬢さんがかー……本当なのか?」

「マジだよマジ。お前も一緒にあの場にいたなら、絶対に”コイツはまずい”って確信する。つーかあんまりその話広めんなよな。うっかり年少組にでも知られたら面倒な騒ぎになる」

「分かってるって。お前にも口酸っぱくして言われたからな」

 

 殺人をしたことのある人間なら幾らでもいる鉄華団でも、その行為自体に快楽を見出す人間は居ない。だからこそ、ジゼルの本性については一部の人間以外には秘匿されているのだ。

 どれだけ本人が無害を訴えようとも、得体のしれない人間はそれだけで警戒を招き無用な混乱を引き起こす。ましてや人殺しが趣味の人間だなんて、常識的に考えてお近づきにはなりたくない人種だろう。

 

 ちなみに、彼女の正体もまた隠ぺいされている。表向きには壊滅した傭兵団の生き残りで、行き場に困っていたところをテイワズの推薦により鉄華団へとやって来たという設定だ。ジゼルの元軍属という来歴もあって、今のところそうそう疑われてはいない。

 

「あんまり姿形だけ見て絆されんなよ。アイツは俺たちとは違う世界を生きてる、一種の怪物だ。うっかり武器でも何でも渡せば取り返しのつかないことになるかもしんねぇ」

「でもよぉ、今日だって例のフェニクスでMS隊の模擬戦闘に付き合ってもらったぞ。俺としちゃあ助かったけど、良かったのか?」

「あんまし良くないんだがなぁ……だけど助かってるのも確かだし、腕が立つのも事実だ。ホントに扱いづらい奴だよ」

 

 鉄華団においてジゼルは銃器などを所持することを原則禁じられており、さらに言えば刃物や凶器になりかねないものの所持すら禁止されている。それだけ徹底的に彼女を縛っているにも関わらず、最も危険なMSの操縦は許可してしまっているのだからやりきれない。

 もちろんユージンだって理解している。彼女は貴重な戦力であり、せっかくのガンダム・フレームを遊ばせておくのも勿体ない話だと。だけどそれとこれとは別だからこそ困っているのであって……

 

「オルガもオルガで、アイツの仕事内容と案外律儀な性格は完全に信用しちまってるからな。だからせめて副団長の俺だけはジゼルを見張っておかないと、いざって時に取り返しがつかない」

「言うじゃねぇか、さすがは副団長ってやつだな」

「よせよシノ」

 

 照れくさくなったユージンが頭を掻いたその時だった。

 

「すみません、まだご飯ありますか?」

 

 平坦で感情を感じさせない少女の声が聞こえてきた。ユージンとシノが振り返ると、いつの間にかカウンターの方に赤銀の髪の少女が立っていた。白と黒を基調にしたシャツとミニスカートに、黒いタイツと青いネクタイが特徴的な服装は、この三か月ですっかり見慣れたジゼルの装いだ。

 彼女はカウンターでサンドイッチが二つ乗ったトレイを貰うと、スタスタと別のテーブルに座ろうとする。ユージンとしても彼女と必要以上に仲良くなる気も無かったから、むしろありがたいばかりだ。

 しかし、

 

「おーい、こっち座ったらどうよ? せっかくの飯なんだ、みんなで食った方が美味いぜ!」

「あっ、おいシノ!?」

「なら、そうさせてもらいますね、ノルバ・シノさん」

 

 慌ててたしなめるユージンだが既に遅く、シノの声かけによってジゼルはやって来てしまっていた。しかもよりによって、ユージンの隣である。思わず「うげっ」と変な声が漏れたが、ジゼルは一向に気にした様子もない。早速山盛りのサンドイッチの一つにかぶりついていた。

 

「なに考えてやがるシノ!?」

「良いじゃねぇか別によ。せっかくの機会なんだ、ちょいと話してみんのもありだろ?」

「ったく、また勝手なことしやがって……」

 

 小さくそんなやり取りをして、仕方なくユージンは腹を括る。気は進まないが仕方ない。こうなればもう、話すだけ話してみる他ないだろう。

 さりとて何から話せばよいのか咄嗟には見つからず、シノに「何とかしろ」と目配せをすれば目線で「任せておけ」と返されたので、まずは成り行きを見守ることにしたユージンだった。

 

「前々から気になってたんだけどよぉ、どうしていつも辛いもんばっか食ってんだ? それ、ぶっちゃけ俺でも食えそうにないんだけど……」

 

 言い淀みながらシノが指さしたのは、ジゼルの持ってきたトレイに乗っている料理だ。トマトにレタスにベーコンというなんとも食欲をそそる一品だが、やはりというべきか赤い。しかもこれまた鼻にくるような刺激的な香りが漂っていて、否が応でも劇物だと認識してしまう。

 

「阿頼耶識システムの弊害です。ジゼルの味覚と、それから嗅覚は通常ほとんど機能していませんから、これくらいないと認識できないのですよ」

「あー、つまり三日月と同じような現象か……そいつは悪いことを訊いたな」

「いえ、構いません。辛い物は元から好きですので」

「そいつは治らないもんなのか? ほら、今度フェニクスの本格的なオーバーホールがてら『歳星』に行くんだろ? 昔の阿頼耶識なら俺らと違う所もあんだろうし、そこで医者に掛かってみんのも──」

「覚えていたら行ってみます」

 

 シノの厚意から来た言葉は、遮るようににべもなく一蹴されてしまった。こりゃ確実に覚えてねぇし行く気もないな、そんなことをユージンは考えてしまう。たぶん、間違ってないだろう。

 結局彼は困り顔で「こりゃ無理かも、バトンタッチ!」と暗に伝えてきたから、仕方なくユージンが話を引き継ぐ。割とあっさり無言の意思疎通が出来るのも、それだけ二人の仲が良い証左と言えよう。

 

「それはそうと、俺としてもアンタに訊いてみたいことがあんだよ」

「おや、なんでしょうか?」

「なんでアンタみたいな破綻者が大人しくここで働いているのかって事だよ。裏でなんか企んでいる訳じゃねぇよな?」

「企んでいると言われましても……お金やボーナスは貰ってますので、その分の仕事をしているだけですよ。せっかく良い職場を得たのですから、享楽的な衝動で放り出したりはしません」

 

 どうにも感情が読み取りづらいが、それでも本心で言っているらしいことは伝わってくる。確かに彼女は、少なくとも鉄華団で大惨事を引き起こすつもりはないらしい。そうでなければこの三か月でもっと本性を曝け出していたことだろう。

 ただ、気になることはあった。

 

「ボーナスってのはまさか──」

「この前潰したという海賊の捕虜と、どっかの商会のご老体の命です。団長さんとの取り決めですので」

「……全員殺したってことか」

「何か不都合でも?」

 

 無い。不都合など全くない。彼女が始末したのはあくまでも鉄華団の敵か、世間を荒らす悪党たちである。そのような者たちがいくら死んだところで、ユージンにとっては微塵も気にかかることではないはずだ。

 なのにどうしてか反感を抱いてしまうのは、やはり彼女の中身が殺人鬼であると知っている故か。この場で道理が通らないのはむしろユージンの方という自覚はあっても、不信感ばかりは拭えない。

 

「本当は、海賊退治にも行きたかったのですがね。事務仕事を優先してくれと団長さんに言われてしまえば是非もありません」

 

 さぞや残念そうに「いいなぁ、きっとたくさん殺せたんだろうなぁ」と呟いて、ジゼルはサンドイッチの山に手を伸ばした。どろりとした激辛のソースはどことなく血を連想させて、思わずユージンは目を逸らす。

 

「やっぱアンタのこと、俺には理解できねぇよ」

「ま、それならそれでいいんじゃねぇのか?」

 

 ユージンが吐き捨てたその時、不意に場違いなほど明るい声が響いた。

 シノであった。

 

「悪ぃが、俺にもお前の感性はさっぱり分からねぇ。俺はその海賊退治に出てきた口だが、全く楽しいなんて思わなかったしな。むしろ、どんな奴だろうが人の命を奪うことが怖ぇくらいだ」

「シノ、お前……」

「だけどそれを頭ごなしに否定する気もねぇよ。好きなことなんざ人それぞれなんだから、部外者がごちゃごちゃ言っても仕方ねぇ。重要なのは、それを知った上でどう接するかだ。違うか?」

「どうした、なんか悪いもんでも食ったのか!? すげぇマトモなこと言ってる気がすんぞ!」

「馬鹿にすんな、俺だってこんくらい言えるっての!」

 

 驚きと感心と揶揄いがない混ぜになったような心境のまま、「で、どうすんだよ」と好奇心に任せてユージンは訊いてみる。もしかすれば、思いもよらない妙案でも閃いているのかもしれない。心なしか、ジゼルもまたシノに注目しているように思えた。

 

「つまりだ、お互いもっと相手の事を知ってみればいい。一面だけ見りゃ訳わかんねぇ相手だろうと、違った良い面もあるかもしんねぇからな」

「ほーん、それで?」

「まずは互いの趣味を話し合って、そっから共通の話題を見つけて、段々と良い雰囲気になったところで互いの気持ちを確認し合い──」

「……おいちょっと待てシノ」

 

 次第に話の方向性が行方不明になっている気がする。勢いのままに口を回すシノの言葉は徐々に理解するより男女のお付き合いといった方向へシフトチェンジしていて……そこはかとない不安がユージンを襲う。

 隣にちらっと目をやる。するとやっぱり心なしだが、いつの間かジゼルの視線も冷たくなっている気がした。

 

「そう、つまりは()()()()()()()になって見りゃ良いんじゃないかってことだ!」

「馬ッ鹿かお前!? それを本人の前で言うアホがどこにいんだ! つーかこの女だけは止めとけ、マジで止めろ本当に。ぜってぇお前の手に負えるような奴じゃないからな!」

「えー、んなこと言われてもよぉ、ようやく俺たちと同年代の女の子が鉄華団に入ったんだぜ? これで我慢する方が無理ってもんだろ」

「だから容貌に絆されんなって言っただろ! ったく、お前にちょっとでも期待した俺が馬鹿だったよ」

「悪ぃ悪ぃ、物は試しって奴だよ」

 

 仲間内でもかなり女性関係に飢えているシノだから、こうなるのもある意味お約束とでも言うべきだろうか。まさかこうまで節操無しというか、勢いで押そうとするとは思いもしなかったが。

 それとも、これでもシノなりに色々考えた末の結論だったのか。だとすれば言い過ぎたかもしれない、そんなことを考えていたところで、「ご馳走様でした」という声に思考を元へと戻された。気づけば、ジゼルのトレイは既に空だ。いつの間にか全部食べ終えていたらしい。

 

「おっ、もう食べ終わったのか、早いな」

「ええ。ここのご飯はいつも美味しいので」

「そりゃあなんつったってアトラの作ってくれる飯だからな。味は保証されているようなもんだ」

 

 あんだけ辛味増しましだと最早関係ないのでは? とはさすがにユージンも言わなかった。

 

「それでは、お先に失礼しますね」

「ちょっと待て」

「まだ何か?」

「そう時間は取らせねぇ。ただ、はっきりさせておくことがあるだけだ」

 

 席を立ったジゼルに倣って、ユージンも立ち上がる。ちょうどジゼルを見下ろす態勢だ。

 彼女の金の瞳と目線が合う。吸い込まれそうなそれは見下ろしているはずなのに試されているかのようで、それでもユージンははっきりと告げた。

 

「他の誰がアンタを信用しようと、俺だけはアンタを信用しない。それが副団長たる俺の務めだからな。もしアンタがどうしても我慢できなくなった時は、まず俺のところに来い」

「……良い人ですね、あなたは。だけど残念、それはできません」

「はぁ、そいつはどういうことだ?」

 

 真正面から非難してきた相手を褒めるのも意味不明だし、出来ないと言われてしまったのも不可思議だ。

 そんなユージンの疑問を前に、ジゼルは微笑を唇に浮かべた。妖艶な、人を喰ったような笑み。

 

「団長さんも、あの日に全く同じことを言っていましたよ。『どうしても我慢できなければ、まず俺のところに来い』って。だからあなたのところに行く前に、まず彼のところに行かなければなりませんね」

「……はっ、上等じゃねぇか。んなことやらせると思うなよ」

「肝に銘じましょう、ユージン・セブンスターク副団長さん。では、お先に」

 

 トレイを下げて今度こそ食堂から出ていこうとするジゼルを、ユージンとシノは静かに見送る。だけど最後に彼女は足を止めると、振り向き様にこう言った。

 

「ジゼルの趣味は人殺しですが、ハーモニカやフルートを吹くことも好きですよ」

 

 それだけ言い残して、彼女は廊下へと消えていった。後に残されたのはユージンとシノ、それに食べかけの夕食だけだ。たぶん、すっかり冷めてしまっていることだろう。せっかく作ってくれたアトラには申し訳ないばかりである。

 ひとまずユージンが座りなおしたところで、シノが深刻そうな小声で耳打ちしてきた。

 

「……なぁ、フルートってなんだ? リンゴとかオレンジの事か?」

「……そりゃフルーツだろ、馬鹿」

 

 訂正しつつ口に運んだ飯は、やはり冷えてしまっていた。

 




個人的にですが、ユージンはオルフェンズの中でもかなり好きなキャラです。なのでちょっとだけ出番が多めになってしまいました。
ひとまず鉄華団でのジゼルの立ち位置と、どうやって彼女の本性と折り合いをつけているかの話でした。

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